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第二章

106話 緊迫

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「何故帝国軍がここにいるんだ!」

「待て!武器を下ろして話を聞いてくれ!」

 初めて見たが、シズネと同じような尻尾と耳から彼らは妖狐族、さらに言えば恐らくは男が四人、アルガーに槍を向けていた。
 アルガーは両手を挙げ降伏の意を示している。

 その後ろに控える近衛騎士二名は剣の柄に手をかけていた。そう訓練されているのだろうが、それでは今は逆効果だ。

 しかし妖狐族の男たちはアルガーだけを厳重に警戒している所を見ると、その力量は見破られているのだろうか。

「目的を言え!お前らの隊長はどこだ!」

 興奮した一人がアルガーの鼻先に触れるほどの近さまで槍を突き出した。
 アルガーの指先が微かに動く。彼なら一瞬で抜刀し切り捨てることも余裕だろう。しかし、今はそれを抑えている。

「──私がこの隊の隊長ということになる。……一度武器を下ろして話を聞いてくれないか?」

「それ以上近寄るな!」

 私がアルガーの横に歩み寄ると、一本の槍が私に向いた。

「ま、待ってくれ!一度武器を下ろしてくれないか!?」

「それはそっちが先だ!」

「わ、分かった。──お前たち、剣を……」

 私は近衛騎士に目配せした。彼らはおずおずと剣を鞘に納める。

「帝国が一本的に侵略を始めたことを忘れるな!同様にお前らもこうして押しかけてきたのだ!立場を理解すべきだ!」

「す、すまない……」

「客人として迎え入れられたいのなら、礼節を知れ!」

 激高した妖狐族の男はまるで話にならなかった。

「まず名を名乗れ!」

「わ、私はプロメリア帝国の貴族、レオ=ウィルフリードだ」

「レオ……?その名はどこかで……」

「ウルツ=ウィルフリードの息子だ」

「……ほう。なるほどな」

 妖狐族の男は先程までの態度とは打って変わって槍を下ろす。私の名前はそれほどまでに広まっていたのだろうか……?

「は、話を聞いて頂けるか?」

「……我々の中に、ウルツ=ウィルフリードに勝てる者はいないからな……」

 妖狐族の男の目線が私の横へ移る。

「血は流れない方がお互いにとっていい。そうではないか?」

 振り返るとそこには、馬から降りる素振りも見せず、堂々とした視線を向け、圧倒的な強者の余裕と威厳を放つ父の姿があった。
 時にはこのような「チカラ」による交渉術も必要なのかもしれない。

「暫し待たれよ……。おさに直接伺いを立ててくる」

 妖狐族の男の一人が村の方へと戻って行った。

 戦いにならなかったのは父のおかげだ。誰だって猛獣の子どもを傷つけようとは思わない。
 私はただ、無力なままでいただけだ。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「──長は話し合いを望まれるようだ」

 戻ってきた妖狐族の男が、私たちと門番とのピリついた沈黙を破った。

「ただし、レオ=ウィルフリード。お前一人だけ里へ入ることを許す」

「なッ……!」

「……ウルツ=ウィルフリードのような化け物じみた男を里に入れたらどうなるか分からないからな。条件が呑めないのであればおかえり頂こうか」

「……」

 目的を果たすためには、単身で敵の本拠地に乗り込まないといけない。だが当然そこに命の保証はない。

「──おいちょっと待ってくれ」

「誰だ貴様!」

 向けられる槍に怖気付く素振りもなく、歳三が真っ直ぐと近づいて来た。

「俺はこいつの護衛だ。武器も預けるからその場に同席させてはくれねェか?」

 歳三は鼻先に槍を突きつける妖狐族の男に刀を差し出した。

「……まぁいいだろう」

 妖狐族の男は歳三の刀を受け取りまじまじと眺める。
 日本人である歳三や、日本の象徴的な存在である刀は、日本的な空間である妖狐族の里によく馴染んでいた。妖狐族の男が歳三を受け入れたのも、どこか親近感を抱いたのかもしれない。

「いいのか歳三?」

「あァ。なんてことはねェさ」

 歳三は私の強ばった肩をそっと叩き、歯を見せて笑った。

「さあお喋りはその辺にして貰おうか。行くぞ、ついてこい。……他の人間はここから里に一歩でも近づいてみろ。こいつらの命はないものと思え」

「と、言うことだ。……私を信じて待っていてくれ」

「どうかご武運を……」

 タリオは泣きそうな目で私を見つめた。
 父は私の言葉に黙って頷くだけだった。

「……レオ様、何かあれば直ぐに大声をあげてください」

 すれ違いざまにアルガーが小声で耳打ちする。
 私はそれに目線で応じ、歳三と二人、里の中へと足を踏み入れた。
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