英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル

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第二章

104話 赴湯蹈火

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「──はァ…はァ……。……どれぐらい時間が経った?」

 至る所から敵の奇襲を受け、後方から指示を出す私の喉も深刻なダメージが……。

 それに死者数も馬鹿にならない。味方の前線部隊は既に半数が死傷し、徐々に後方から来る装備の整った部隊と交代を繰り返している。
 しかし、総数は確実にすり減っており、父が居た場所はもはや最前線に、私たちがいる所ももはや前線と言える程、敵とまみえる距離であった。

「に、二時間ぐらいでしょうか……」

「……そ、それでどれだけ進めたんだ?」

「多めに見積もって一里かそこらだと思うぜ」

「ここから妖狐族の里までは……?」

「馬を全速力で走らせたとしても丸一日は掛かりますね……」

「クソッ!」

 初めうちこそ押していたが、度重なる敵の反撃をくらい、戦線は完全に膠着してしまっていた。

 そして厄介なのが竜人族による偵察だ。上空から我々の陣容を把握され、それがエルフに伝わり指揮官クラスが次々と狙撃される事態に陥っている。

「──レオ!少しいいですか!?」

「ど、どうした孔明、こんな前線まで!」

「まずは謝罪を……。初めての敵とはいえこれ程までに苦戦するとは予想の範囲外でした……」

「いえ、孔明殿は良くやっていますよ……。獣人相手に森の中、五分五分の状況を維持できているだけで勲章ものだ……」

 団長は苦しそうな顔でそう言う。

「……そこでレオに相談が」

「な、なんだ?」

「火計を使わせてください」

「…………。それは、もう、それしか手がないということか?」

「……このままでは、勝っても負けても間違いなく元の国家規模を維持することは難しくなります。帝国も、亜人・獣人の国に住まう人々も……」

 人がいなければ戦争なんてものは意味がない。どれだけ広い土地を持っていても、住む人間がいなければ無用の長物だ。

「しかし……」

 かといって住む土地だけを奪ってしまっても、結局人は死ぬ。
 どちらが先かと、問題をずらしているだけだ。

「できるだけ被害を少なくするように努力します。──一時の混乱さえ埋めれば良いのです!火の手が広がる前に消し止めます!」

「……そんなことができるのか?……いや、お前ならできるんだろうな」

「必ずや!──ですのでその許可だけ頂きたく!責任は全て私が背負います!」

 これ程までに必死な孔明は初めて見た。恐らく、目的を達成するには今しかないのであろう。
 好機を逃すぐらいなら、ここで一気に形勢を決める一手の決断が必要だ。

「……やれるだけやってみてくれ。責任は私が負うのが筋だ。どちらかしか救えないのであれば、帝国民を救うように行動すべきなのが帝国貴族としての矜恃だからな」

「分かりました。ではレオ、最後の確認を……」

「ああ。これが”最期“にならなければ良いがな……」




 ここから先は孔明と私たちは離れ離れになる。手短に、しかし何度も重要事項の確認を行った。

「もう大丈夫だ。孔明!武運を祈る!」

 私の言葉に、孔明はただ頷いた。
 そして前方の全軍に向かって叫ぶ。

「──すぐに火矢の準備を!炎系魔法を使える魔導師も一斉攻撃開始!前線の部隊は一時後退するように伝令を送ってください!」

「父上にも私たちと合流するように伝えてくれ」

「り、了解しました!」

 命令さえ下せばどこまでも忠実に任務をこなすのが帝国兵だ。
 準備の要らない魔導師は大小様々な火球や炎の渦を放ち、木々に火をつけた。
 程なくして、仕組み上火矢の撃てない弩や連弩を除き全ての弓兵が次々と火矢を放ち始める。

「随分準備がいいな」

「孔明はああ言ってたが、実際はここまで考えていたと思うぜ?真正面からの戦いが上手くいかないなんて良くあることだ。孔明だってそれぐらい経験したことあるだろ」

 確かに孔明は街亭の戦いのような負け戦も数多く経験している。そして赤壁の戦いによって周瑜のイメージが強い火計も幾度も使用している。
 どんな場面でも、どんな手段を用いてでも厳しい戦いを戦い抜いてきたからこそ英雄なのだ。

 情に流されやすい私の性格を理解した上であのような口上を……。まさに出師の表だ。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「レオ!無事だったか!?」

「私は大丈夫です!父上こそお怪我は?」

「問題ない!いつでも突撃できるぞ!」

 流石は父だ。最前線で獣人相手に戦っていたというのに、鎧にこそ傷は見られたものの、血を一滴も流していない。
 父の鎧を朱に染めたのは全て敵の返り血だ。

「団長!準備は良いな?」

「ああ土方殿!全ての力をこの一瞬のために温存してきたのだから!近衛騎士団一同、敵の布陣を切り裂きレオ殿を送り届ける剣と盾になろう!」

 火矢は戦場を一瞬で地獄に変えた。

 燃え盛る炎が映す木々の影が不気味だった。さっきまでは鬱蒼とした森の中、木漏れ日を頼りに戦っていたが、今は全てが真っ赤に照らされる。
 それなのに黒い煙は空を覆って、辺りは前よりも暗かった。

「ああ、そうだタリオ。アルガーはこの突撃隊の中でも先頭を切って露払いの役になってるぜ。こう言っちゃなんだが……、一番死ぬ確率は高い。話したいことがあれば今のうちだぞ」

 歳三は冷酷な事実を突きつける。しかしそれは同時に現状で考えうる最大限の優しさでもあった。

「大丈夫です。父が死ぬような時は、きっと私なんかもっと早く死ぬでしょう。だとしても、レオ様だけは絶対に守り抜いてみせます」

「……心強いな」

 タリオは取り繕った笑顔をみせた。

「──さて、そろそろだな」

 こうして話している間にも火は至る所へ延焼していた。

「孔明の合図ですぐに駆け抜ける。なるべく燃えていない安全なルートを探しておくん──」

「今です!突撃!!!」

 父が言い切る前に、孔明の号令がかかった。

「ハァッ!!!」

 私たちは一斉に馬の手網を叩きつけた。
 馬鎧でその振動は伝わっていないだろうが、よく訓練された軍馬は音だけで理解し駆け出す。

「──はっ!右上の木にまだエルフの射手が!」

 騎士の一人が叫ぶ。

「タリオ!撃て!」

「はい!」

 タリオの持つ特注の強力な弩から放たれた矢は、弦を引き絞り狙いを定めていたエルフの胸を射抜いた。

「右側はまだ敵がいる!左に迂回して行きます!」

 先導するアルガーが進路を決める。

 しかし、このままいくら迂回しようと匂いで我々の場所はいずれバレてしまう。
 それに火は想像よりも森の奥へ既に広がっている。

「頼むぞ孔明……!」

 獣人の鼻を誤魔化し我々の急襲、中央突破を成功させる。そしてこの火計を終わらせる。
 このふたつは孔明の秘策とやらに託すしかない。

 私にできるのは、ただ前だけ見て馬を走らせることだけだった。
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