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Just the beginning ㉕

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 ショックで言葉が出ない章良に気づきもせず、有栖は話を続ける。

『ありえるんだって。もう、ほんとに大変だったし、ガッちゃんの恋煩い。アキちゃん、アキちゃんって、研究にも最近身が入らなくなって。最初は影から見てるだけだったんだけど、どれだけ熱い視線送ってもアッキー気づかないし、じゃあ、会って気持ち伝えたほうがいいんじゃないの? ってなって』
『…………』

 誰か。これは夢だと言ってくれ。

 一縷いちるの望みを持って心の中で呟くが、一向に目が覚める気配はない。

『ガッちゃん、あんなんだけど、本当は優しくて、強いし、頭も良くて、男前のいい男だよ』

 いやいや。我儘で、横暴で、変態なストーカー男の間違いだろ? と言いたくなる気持ちを抑えて、章良は努めて冷静に口を開いた。

『そこはとりあえず置いといてもらって。俺、興味ないし』
『え?? アッキーって、ゲイだよね??』
『……ゲイだけど。黒崎には興味ない』
『ええっ!! なんで??』
『いや、別に。ただ、興味ないから』
『そんな、最初から拒否せずに、ちょっとでも考えてみてくれない? それじゃあ、あまりにもガッちゃんが可哀想だし』
『そんなこと言うけど、だったら逆で考えてみてくれるか? もし、見ず知らずの誰かが急に現われて、好き勝手連れ回された挙げ句、襲われたら誰だって拒否反応起こすよな?』
『えっ!! ガッちゃん、襲ったの?? アッキーを??』

 かなり驚いた、という顔をして有栖が大声で言った。

『いや、だって、さっき失神してただろ。あれ、最終的に俺が殴ったからだし』
『寝てると思ってた……』
『…………』

 さっきのカマかけはなんだったのか。冷静だったわけではなくて、失神していたことに気づかなかっただけだのか。黒埼が章良の部屋にいること自体に疑問1つ持たなかったようだし。この有栖もかなりの天然か、変わり者に違いない。

『で、この依頼、降りたいんだけど』
『なんで??』
『なんでって、わかるよな? 色んな意味で俺の身が危険だし』
『だけど、ガッちゃん、凄くがっかりするだろうし……』
『それは俺の知ったことじゃねぇし、そもそも、黒崎の言動が行き過ぎてるわけだし。俺にはこの依頼を拒否するだけの権利はあると思うけど』
『そんな……やっと、ガッちゃん、アッキーに会えたのに……』

 残念そうに俯く有栖を見て、ふと疑問が浮かんだ。随分前から晃良を追い回していたみたいだが、そもそも晃良に目を付けたのはいつで、どこだったんだろうか。

『なあ……黒崎って最初、俺をどこで見たんだ?』
『それは……ごめんだけど、俺からは言えない』
『なんで?』
『あの……えっと……それは、ガッちゃんとアッキーのことだから。ガッちゃんに直接聞いて』
『…………』

 先ほどまであっけらかんと章良の質問に答えていた有栖が、急に歯切れが悪くなった。やはり。今回、黒崎が章良に会いに来た理由には、何かもっと別の事情があるのではないか。少しだけ引っかかりはするが。でも。こんなわけのわからないことに付き合ってやる義理はない。

『まあ……どっちにしろ、降ろさせてもらうわ』

 章良は、有無を言わさない態度で、有栖に言い放った。

 どさっ、とベッドの上に仰向けになった。しょんぼりとしながら部屋へと戻っていった有栖を思い出す。有栖に罪はないので、少し申し訳なくも思ったが。そもそも警護の必要もないし、ここで許してまた黒崎のあの我儘に付き合わされるのもうんざりだし、身を危険にさらすのもごめんだった。

 疲労はもうとっくに限界を超えていた。シャワーを浴びる気力もない。章良はそっと目を閉じると、そのまま襲ってきた眠気に身を委ねた。
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