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第11話

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 この際、眠れたきっかけは置いといて、今の私は地震が起きようが雷が落ちようがゴンベエが噛みつこうが起きない、というか起きる気はゼロだった。それくらいの強い意志で、私は眠っている。
 なのに、極悪の人でなしアンド犬でなしの二人組が、そんな私を起こしたのだ。なぜ、さらにどうやって起こしたのかは考えたくない。それどころではないくらい不機嫌になっていたのだから。
 まともに相手してやるかと心に誓い、明智君と阿部君が何と言っても生返事で返してやると、ささやかで地味で相手はさほど堪えないが私だけが大いに満足できる仕返しを、私は思いついた。寝起きでこんなに脳が働くなんて、やっぱり私は世界一の天才だ。
「ナマヘンジモードカイシ」と心の中で機械のように呟く余裕まであるんだぞ。さあ、かかってこい。
「リーダー、組長宅から華麗に奪った現金300万円をみんなで均等に分けますよー」
「ああー、うん……」
「まずは、起きてください」
「ああー、うん……」
「起きてくれないなら、リーダーに分けてあげないですよー」
「ああー、うん……」
「え! いいんですか? あっ、なるほど。自分は全く活躍しなかったから、私と明智君だけで分けろということですね」
「ああー、うん……」
「さっすが、リーダー。謙虚ですね。次は堂々と分け前を受け取れるように頑張ってくださいね。じゃあ、明智君、リーダーもこう言ってることだし、お言葉に甘えようね」
「ワーン!」
「それじゃ私はいったん帰って銀行にお金を預けてから、また来ますね」
「ああー、うん……」
「あっ、忘れてた。明智君はお金どうする? ここに置いておいたら、そのベッドにいる泥棒が持っていくかもしれないよ」
「ワッ! ワンワンワワーン。ワンワン」
「今すぐ銀行口座を作りに行こう。私と同じ銀行でいいよね?」
「ワン!」
「しゅっぱーつ」「ワッワーン」
 おお! 急に静かになったぞ。よし、今日は休みにして一日中眠ってやる。おやすみ……。
 私の言っていた『不幸』というものを分かってもらえただろう。同情はいらないぞ。私は、憧れの対象なのだから。前に進むのみだ。

「リーダー、まだ寝てたんですか? 自分だけが活躍できなくて何の役にも立てなかったからって、いつまでもふて寝してたらだめですよ。前を向いてください。大サービスで次の標的をリーダーに決めさせてあげますよ」
 ああー、よく寝たなー。阿部君がなんか言ってたけど、はっきり聞こえたのは後半だけだな。今日はもう休みにしたかったのに、阿部君が帰る前に言えなかったから仕方ないか。生返事モードは失敗だったかな。まあ、寝て体力も回復したし次の標的は私がとか言ってたし、そこまでの失敗ではないな。
「おはよう。実は、次の標的は自動で決まっているんだよ」
「自動? 自動で決まるって、そんな事あるわけないじゃないですか。ねえ、明智君。まだ夢の中にいるんですかー?」
「痛い痛い。頭を叩くなー! 私はリーダーだぞ」
「ごめんなさい。起こしてあげたくて。でもちょっと頭を冷やす……じゃなくて、さっぱりしてきた方がいいですよ。髪の毛もなんかベトベトして気持ち悪いし」
 しまった。いろいろあってお風呂に入るのをすっかり忘れてたぞ。あんな何時間もベッドでじっとしている暇があったなら、せめてシャワーだけでも浴びればよかったな。阿部君は私を生ゴミか何かを見るような目をしているし、鼻が利く明智君に限っては今にもひきつけを起こしそうだ。
 今からでも遅くはない、いや遅かろうがやらないと。本当は最高級入浴剤を入れた湯舟にのんびりゆっくり浸かりたいけど、明智君と阿部君が私の陰口を言ってバカにする気満々なのでシャワーだけで我慢しておこう。

「いやー、さっぱりしたー。待たせたね。じゃあ、特別怪盗会議を始めようか。議題は次の標的だったね?」
「はい。本当は反省会もしないといけないんですけど、どうしますか?」
「は、は、反省会は……」
 明智君が阿部君の後ろで気づかれないように首を振りまくっている。当然だ。アルコールさえ飲ませなければ問題ないと思うが、今は明智君の意見を尊重してやろう。
「反省会は私の話を聞いてからの方がいいよ。昨日の仕事はまだ終わってないからね」
「え? どういう事ですか? さっきも何かそれに近いような事を言ってましたけど、まさかまだ寝ぼけてるのか、それともとうとうボケてきたんですか?」
 我慢我慢。阿部君の後ろで誰にはばかられることなく大笑いしている明智君を視界から外そう。阿部君にアルコールを飲ますぞ、コノヤロー。
「冗談はひとまず止めようか。次の標的の前に確認したいことがあって、組長がへそくりの300万円を持っていかれたと憤慨してたけど、本当に300万円も盗ったの?」
「はい。さっき、リーダーに教えてあげたでしょ。こんなにすぐに忘れるなんて、やっぱり……。いえ、なんでもないです。それが何か関係があるんですか?」
「まあね。それで……。あれ? 私の分け前は?」
「え! 大丈夫ですか? リーダーは、いらないって。全然全くちっともこれっぽっちも活躍しなかったからって遠慮することないのに。でも、リーダーの気持ちは尊重しますよ」
「え? いらないなんて……」
 これ以上のバカ者扱いはゴメンだ。反論する前に記憶を辿ってみよう。
 うーん、えーと、ううー、……。「いらない」なんて言った記憶は見つからないぞ。ただ、あらゆる干渉を生返事で返すという新人警察官の頃からの私の特技をほんの何時間か前に使った記憶が出てきたぞ。「いらない」とは言ってなくても、それに近い事は言ったのかもしれないな。
 でも証拠は? 証拠がないだろ。録音でもしてたというのか? しかし数少ない私の味方に対して理詰めで問い詰めると、凡才の阿部君は逆ギレして嫌がる明智君を無理やり引きずって仲間にしてクーデターを起こすに決まっている。
 仕方ない。諦めるか。私には分け前がないにしても、明智君が150万円受け取っているのだから。明智君のものは私のものだ。へへっ。
 考えようで、私が100万円と明智君が100万円の合わせて200万円だった私の取り分が、50万円減ったとはいえ150万円もあれば十分じゃないか。それに最初から300万円も手に入るのだから、あっという間に取り返せるはず。よし、今回は妥協してやろうじゃないか。
「まあ今回は私からのお祝いだと思ってくれ。一応確認しておくけど、私たちの大事な仲間である明智君も均等に分け前を受け取ったんだよね?」
「当たり前じゃないですか。怒りますよ」
「あっごめんごめん。『大事な仲間』を言いたかっただけなんだ。そんな分かりきった事を言わなくてもと思うだろうけど、言葉にするって必要だからね」
「そうですか。リーダーが言うと言葉に重みを感じられないけど、まあ一理ありますね」
「照れ隠しの憎まれ口は必要ないけど、分かってくれて嬉しいよ。話を戻すと、私の大事な仲間の明智君が大金を持ってぶらぶらしてると悪い奴に襲われるかもしれないから、私が預かっておいてあげるよ」
「大丈夫です。世界一安全な銀行に預けてきました」
「え! 何を言ってるんだ。犬が銀行口座なんて作れるわけがないだろ。くだらない冗談を言ってないで、私によこしなさい」
「冗談じゃないですよ。キャッシュカードも作れたし」
「な、なにー!」
 本当に冗談ではなさそうだぞ。大丈夫なのか、日本の銀行? 
 作ったものは仕方がない。だけどキャッシュカードまで作ったのは失敗だったな、明智君。現金が電子マネーになったにすぎない。暗証番号を考えたのは凡人の割にずる賢い阿部君だろうか? もしそうなら、ちょっとやそっとでは解読できないぞ。だけど明智君が考えたなら、いくら数を数えられるからってある程度察しがつく。
「犬にも口座を作ってくれるなんて、なかなか攻めた良い銀行じゃないか。暗証番号は明智君が考えたの?」
「はい。肉球をハンコにして、日本語で埋めないといけない所は私が書いてあげて、暗証番号は明智君が指で……」
「明智君は指で数を表せられるもんね」
 すました顔で相槌を打ったが、興奮してきたぞ。やはりそういう方法だったか。よしよし。明智君の思い浮かぶ数字なんて限られている。
「そうですけど、明智君が指で表した数字を私が書いてあげようとしたら、明智君が嫌がるんですよ」
「そうなんだ。どうしてかな?」
 そんなの分かりきっている。明智君が心から信用しているのは私だけだからな。それなら普通に暗証番号を教えてくれるじゃないかと、誰にも突っ込ませないからな。
「どうしてでしょうね? でも暗証番号は必要だから明智君に説明しようとしたら、そんな事くらい知ってる皆まで言うなって感じで、指を1本立てて自分の顔の前で『チッチッチッ』って。それでどうするのかと見てたら、用紙を銀行員のお姉さんに渡して自分の口で言ったのを書いてもらったんです」
 よほど銀行員のお姉さんが可愛かったのだな。明智君、そのカッコつけたのが命取りだぞ。私が教えてやった明智君の誕生日、ペットショップで閉店セールが始まった日に私と始めて会った記念日、ペットショップの閉店セール最終日に底値まで下がった明智君を私が家族に迎えてあげた記念日、初めての散歩記念日などのすべての候補が自然となくなったじゃないか。
 よし、ずばり言い当てて度肝を抜いてやる。
「暗証番号は1111だ」
 阿部君だってバカではないので察しがついていたようだ。変に否定するよりはダンマリを決め込んでいる。
 明智君にいたっては体中震えているのに汗だくで、目は泳ぎ、口はパクパクして何か言おうとしているのに声にならない。
 本当に大事なのはここからだ。肝心のキャッシュカードはどこに隠したのだろうか。あれ? よく見ると、明智君は首に限りなく明智君の毛皮の色に近い黄色のバンダナをスカーフのようにした首飾りを付けているじゃないか。いよいよオシャレに目覚めたか。いや、待てよ。チャックらしきものがあるぞ。
 なるほど。明智君、チャックは見えないように自分側に向くようにバンダナを巻くべきだったな。何でもかんでも利便性を重視したらいけないぞ。付けてくれたのは阿部君……いや、もしかして銀行員の可愛いお姉さんか? 一応かまをかけてみるか。
「あれ? 明智君、なんかオシャレな首飾りだね」
「ワッ……ワ・ワ・ン」
 毛皮越しでも顔面蒼白なのが丸わかりだぞ。まだまだだな。いついかなる時も、怪盗は冷静でないといけないのだ。私なんて白イノシシ会の組長に殺されそうな時でさえ顔色一つ変わらなかったんだぞ。真実を誰にも知られていないなら、平気で嘘をつく精神も必要なのだ。
 私の言い訳はさておき、これ以上明智君を攻めるとキャッシュカードの隠し場所を変えられる危険があるな。この話はここで終わりにするとするか。
「そうだ。今日はこんな話をしている場合ではないぞ。次の標的の話をしようじゃないか」
「そそそそうですよ」「ワワワ、ワワーン」
「さっきも言ったけど、標的は決まっていて、白イノシシ会に敵対している白シカ組の組長が最近飼い始めた猫だ」
「ね・こ?」「ワ・ン?」
「まあ猫なんてと思うのが普通だ。私もはっきり言って気が進まない。だけど理由を聞けば、私以上に明智君と阿部君は前のめりになるんだよ。明智君と阿部君でも理解できるほど簡単に説明すると、その猫の誘拐に成功すれば、白イノシシ会の組長は300万円の事は忘れてくれるそうだ。万が一、私たちの正体が知られたとしても、白イノシシ会は仕返しどころか何も言ってこないということだ」
「白シカ組組長の飼い猫誘拐作戦、かいしー!」「ワワーン!」
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