明智君という名の犬と自己中見習い怪盗と初老新米怪盗の私

きよバス

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第12話

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 気づけば、私たちは白シカ組の組長の家の前に勢ぞろいしていた。つい最近このような場面があったようだけど、そんな事はどうでもいい。大事なのは具体的な作戦を立て、それをみんなで共有することだ。そしてリーダーであり今回の標的を決めたこの私が、今回は作戦を立ててやる。
 まずは組長宅の裏の塀から明智君と阿部君を送り込み、それから爆竹で派手にアピールする。警備している白シカ組組員が何事かとそっちに集まってくるので、阿部君と明智君に相手をしてもらおう。私は手薄になった表も門から堂々と入って、ヤマカンで猫のいる所まで行き、猫とついでに金目の物を盗って、襲ってくる組長を返り討ちにしてから、まるで名作映画のように背中で演技しながら立ち去るとするか。
 前回の仕返しとかではないぞ。竹を割ったような性格に憧れている私が、根に持つなんてありえないのだから。
「という作戦で臨むが異論はないな?」
「はい、リーダー!」「ワン!」
 やけに素直でやる気を見せているのが気になる。300万円を二人占めした事への引け目なのか、明智君のキャッシュカードの件を私に忘れて欲しいのだろう。これは無理して明智君のお金を私のものにするよりも、長い目で見るとそっとしておく方が利益があるかもしれないな。
 リーダーの復権だー!
 私が涙を堪えず天に向かって両手を突き上げていると、いつの間にか明智君と阿部君がいない。おいおい、まだ太陽が私たちを見守っているというのに、あの二人はミッションを開始したのか? いくら爆竹で大きい音を出すといっても、行動する時は暗いに越したことはないではないか。でもまあ、あの二人の目立つコスチュームでは同じかもしれないな。いやいや、まだ変装もしてなかったじゃないか。まさかここまでバカだとは思わなかった。それとも私が追い込んでしまったのだろうか。
 明智君のキャッシュカードは忘れてやる。だから落ち着いてよく考えてくれ。
 既に組長宅の裏に回ってしまったと思われる明智君と阿部君に追いつこうと、私は急いだ。まだ間に合うはずだ。すると3歩も行かないうちに、組長宅のインターホンの音が音速で私を追い抜いた。反射的に振り返ると、そこには阿部君と明智君がいたので一安心だ。いやー、良かった良かった。
 なにー! それはそれで意表を突いてはいていいのかもしれないが、私の作戦を聞いていなかったのか? 前回、私に負担をかけすぎたから、私を休ませるためだな。今回は二人だけで危険な作戦を行うつもりなのだろう。そのためには、私をここから遠ざける必要がある。それで私の立てた作戦に素直に返事して、もう裏に回ったと見せかけておき、私が二人を探しに行くタイミングでインターホンを押したのだな。
 なんて殊勝な二人なんだ。しかし、それは思いやりなんかではないぞ。私たちは絆で結ばれた仲間なんだ。いついかなる時も一緒でなければならない。
 私は速攻で踵を返し、明智君と阿部君と共に正面から突撃するミッションに合流した。
「私たちは仲間だ。私だけが危険に背を向けるわけにはいかないよ」
「は、はあ。よく分からないですけど、念の為にリーダーもメガネか何かで変装した方がいいですよ」
 あれ? 何か温度差があるような。それに、阿部君だけでなく明智君までもメガネをかけてるじゃないか。そんなものいつの間に用意したんだ。私の分は? 何か嫌な予感がするぞ。
 偵察のつもりで来たから、あのふざけたお面は持っていないし仮に持っていたとしても、あんな格好して防犯カメラに映ったら、間違いなく変質者扱いされて門なんて開けてくれないじゃないか。
 かと言って素顔を見られたくない。……。……。……。閃いたぞ。
「誰だ?」
 おおー、応答している。今の私の不安は変顔がやり過ぎていないかどうかしかなかった。私たちに正面突破の勝算なんてあるのかまでは気にしていられない。
「私たちは情報誌『わが町』の記者す。はじめまして。それで、今回は猫を特集することになったので、猫を飼っている人にインタビューをさせて頂きたいと思って来たんです」
 なるほど。それで猫を片手に組長が出てきたところを襲って、猫を奪ってさよならだな。それなら阿部君と明智君だけでも、ぎりぎり出来るだろう。まあ阿部君が考えたにしては悪くない作戦だな。今回は、私を休ませてあげたいと思った二人の気持ちに免じて命令違反はなかったことにしてやろうじゃないか。仕返しも忘れよう。いやそもそも仕返しなんてこれっぽっちも考えていないが。
 これで猫も手に入ったようなものだし、今日のうちに保護団体に預けにいって、今日は終わりにしよう。明智君のおごりで何か美味しいものでも食べに行くか。
 だけどせっかくリーダーの威厳を取り戻したのに、明智君の足元を見るなんて小さくないか。次の仕事で大金を手に入れるまで我慢だな。目先のごちそうよりも永遠の尊敬と愛情だ。
「うちに猫などおらん! くだらん事を言ってないで、そのバカ面の犬と頭のおかしい男を連れてさっさと立ち去れ。さもないとハチの巣にしてやるぞ。はい、10秒前、9、8、5、2、ババババーン。ヒャッヒャッヒャッー」
「え? おい、私を置いていくなー」
 明智君が逃げ足が速いのは知っていたが、阿部君も明智君に負けず劣らずだったのは嬉しい誤算だ。もちろん、しっかりネチネチクドクド文句を言うつもりだけど。
 しかし、そんなに逃げなくてもいいだろうと声を大にして言いたくなるほど逃げていた阿部君と明智君に、命からがら追いついた私は考えていたえげつない文句を言うのを断念せざるを得なかった。言い訳をするつもりはない。ただ、平然としている二人に息を切らせチアノーゼになっている顔を見られたくなかっただけだ。
 リーダーたるもの弱みを見せるわけにはいかないらしい。リーダーって一体なんなんだ。本当に何もいいところがないじゃないか。
 そんなリーダー問答をしていると、阿部君が優しく話しかけてきた。明智君も話せるなら阿部君と同じ事をするつもりだったはずだ。
「リーダー、ドンマイ」
 阿部君も明智君も笑いを噛み殺していると感じたのは、私の幼さゆえだろう。ここは素直に受け取るところだ。
「ありがとう。私なら大丈夫だ」
 すっかり息も整えると、私は幻覚を見てしまった。笑うのを噛み殺しているどころか、こんなにも口が開くのかというくらいの大口を開けて二人は笑っているのだ。一体何がおかしいというんだ? いや、おかしくて笑っているのではないはずだ。私の言動がかっこよすぎて、憧れの笑顔を私に向けているのだ。
 リーダー業に自信を失いかけそうになっていた私が、卑屈になり勝手に悪くとっていただけだったようだね。ごめんね、阿部君明智君。
 気を取り直して、白シカ組組長宅で私たちに何が起こったのかを検証するとしようか。
「ところで、あの変顔はどういうつもりだったんですか? ワハハハハハー」
「ワワワワーワーンワーン。ヒヒヒヒヒヒヒーン」
 怒りを通り越して悲しくなるとは、こういう事なのだろう。ただそれも悪い事ではないようで、恐いくらいに冷静になった私は、阿部君と明智君に負けず劣らずで笑ってやった。
「ハハハハッハーハハハハッハッハッハッハッーハーハハッ」
 毒をもって毒を制してやった。ざまあみろ。私を怒らせたらどうなるか思い知ったか。もしかしたら、私の初勝利かもしれないな。
 阿部君と明智君の二人は距離をとりチラチラ私を見ながら内緒話を始めやがった。どうせお互いに責任の擦り付け合いをして、どちらが先に謝りにいくか相談しているのだろう。まあ素直に謝ってきたなら許してあげなくもないぞ。なにせ私は全世代が選ぶ理想のリーダーに立候補しようと画策している逸材なのだから。
 しかしなかなか謝りにこないな。まったくもう、優柔不断なのは怪盗にとってはマイナスだぞ。しょうがないから、私から歩み寄ってやるか。作戦を無視した事や、私を置いて先に逃げた事や、私をバカにして大笑いした事なんて、心の広い私が根に持つわけないだろ。
 しかし、私が一歩近づくと二人は一歩逃げ、私が大股で一歩近づくと二人は短い足を精一杯伸ばして大股で一歩逃げやがった。おいおいおい、私は全く怒ってないんだぞ。貴様たちが私にやった非礼の数々を許してやろうと思っているのに、怒らせるような事をするんじゃない。
 まさかとは思うが、私は仲間外れにあっているのか? それはだめだ。とりあえず謝ろう。リーダーたるもの理不尽でも謝らないといけない時があるのだ。
「おーい、謝るから……」
「え? リーダーは何か悪い事をしたんですか?」
「え? だって私を避けてるじゃないか。チラチラと私を見てコソコソと私の悪口を言ってるし」
「チラチラもコソコソもしてましたけど、悪口は言ってないですよ」
「それじゃ、何を言ってたんだ?」
「それは、ちょっと……」
「やっぱり。私に聞かせられないということは悪口じゃないか」
「ち、違いますよ。じゃあ、落ち着いて聞いてくださいね。リーダーは頭がおかしくなってるじゃないですか。その原因とこれからを明智君と擦り付け合い……じゃなくて、えーっとぉー、何が出来るかを考えてたんですよ」
「頭がおかしくなってない自信はあるが、一応その原因とやらを聞いてやろうじゃないか。正直に話しなさい」
「分かりました。でも一つ約束が。いいですか?」
「ああ。なんだ?」
「絶対に怒らないでくださいね」
「分かった。怒らない。約束する」
「ありがとうございます。うん、何? 明智君も一つ約束してほしい事があるって。いいですか?」
「もちろんだ」
「明智君のお金には絶対に手を付けないで欲しいと」
「うっ。そ、それは。いや大丈夫だ。これからばんばん稼ぐのだから。明智君のお金は明智君のものだ」
「良かったね、明智君。これで、明智君の老後は一人になっても何の不自由もなく自由気ままに送れるね。あ、泣かないで。明智君には私がいるよ」
「なんだ、明智君は老後が心配だったのか」
「そうみたいなんです。リーダーは、あと4,5年で……いえ、なんでもないです。明智君、おいで。よしよし」
「それで? 私が頭がおかしくなったと思った原因を早く教えてくれないか」
「はい。まず私から。今日、リーダーは死んだように眠っているところを、私が起こしてあげましたよね? その起こす時についつい加減を出来なくて、その、あの、まあまあおもいっきりリーダーの頭を、コン?」
「明智君が首を振ってるぞ」
「ゴン?」
「明智君がまだまだって感じだぞ」
「ドカーンと。素敵なリーダーの心の広さに甘えたかもです。ごめんなさい。でも、これが原因じゃないと思うんです。明智君なんて……」
「明智君が白い目で阿部君を見つめてるぞ」
「ひどいよ、明智君。私は起こす時ですけど、その眠る前に何か違和感がなかったですか? 疲れてたとはいえ、眠りに落ちたのが急だったというか、どちらかと言えば意識を失ったと思いませんか?
「もともと睡魔に負けそうだったから断言は出来ないけど、言われてみればそうかもしれないな。阿部君は何か知ってるの?」
「私も断言は出来ないんですけど、夢の中でいろいろ明智君としゃべってると急に目が覚めたような感覚が残ってるんです。それで、その時に見てしまったんですよ。わざとではないと思うけど、明智君の後ろ足がものすごい勢いでリーダーの頭に……。
 突き刺さったかと思って、恐くて声も出せなかったんですよ」
「明智君、なぜ目を逸らす? こっちを見なさい」
 やはり眠る前に私は明智君のアリキックでダウンしたようだ。うん、すっきりした。
「リーダーが頭がおかしくなった原因はやっぱり明智君ですよね?」「ワッワッワッワーン?」
「二人とも聞いてくれ。根本的に間違ってる。私はいたって正常だ。おかしくなったように見えた時もあったかもしれないが、すべて意味があってやったのだ。変顔も、そうだからな」
「本当ですか? よかったー。安心しましたよ。これで、傷害の罪で刑務所に入って毎日毎日穴掘りしなくてすみましたよ。明智君も保健所に監禁されて毎日毎日草むしりをさせられなくてよかったね。それに、あれだけの衝撃を与えてもリーダーの頭は無傷だったと分かったのは……ヒヒヒヒヒ。ね、明智君?」
「ワワーン。ヒヒヒヒヒ」
「これ以上この件について話していると、私は本当に頭がおかしくなってしまう恐れがあるから、二人が私に対して行った仕打ちは忘れてやろう。今回だけだからな。私の頭を二度と触るんじゃないぞ。絶対だからな。……。こら、返事をしろ!」
「……、ほーい」「…………、ヒーン」
 膿を出し切ったここからが、私を筆頭にした歴史に残る世紀の大怪盗団の本当の始まりだと、自分に言い聞かせよう。思い込むのは、案外効果があるのだぞ。

 
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