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聖騎士の息子 第十話

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 家の近くを探し回ってもコウコの姿は見つかることは無く、少しずつ捜索範囲を広げていったのだが、一時間くらい歩き回っても見つからなかった。最悪の事態も想定していたけれど、もちろんそんな事になるはずもなく、たまたま通りかかった近所の人が一人で歩いているコウコの姿を目撃していたので、その目撃証言のあった方へと歩いていくことにした。
 向かっている先には小さな泉があるだけで他には何もない場所だと記憶していたのだけれど、そこがコウコにとって思い出深い場所なのかと考えながら歩いていると、意外と時間もかからずに目的地にたどり着いた。目的地と言ってみたものの、コウコがいなければ別の場所を探すことになってしまうので、どうかここにいますようにという願いも込めていたような気がする。
 泉のほとりに見慣れた人影がいたのだけれど、それは間違いなくコウコその人であった。目撃してくれた近所の人の証言を信用してよかったなと思った。だが、コウコは僕の存在に気付いていないようで、見たことはあるけど名前も知らないような人と熱い議論を交わしていた。

「君は自分のわがままで団長を困らせているという自覚は無いのか?」
「僕が父さんを困らせることなんて一度だってしたことが無いよ。それに、君は自分の事しか考えていない問題児だって父さんが言ってたけど」
「僕が問題児なわけないだろ。僕みたいな優秀な団員は他の国を見たって早々見つかるもんじゃいないんだよ。君は僕たちがちゃんと戦っているところを見たことが無いからそんな風に思っているのかもしれないけど、僕たちはちゃんと準備して戦いを挑めば魔導士にだって負けないんだからね」
「それってさ、今の状態でふいに戦いが始まったら勝てないって言ってるってことだよね?」
「そんなわけないだろ。君は何か勘違いしているが、僕たち聖騎士は神の加護を受けているのだよ。つまり、同じ神の加護を受けている魔導士は僕たちを攻撃することは出来ないんだ。神の世界では同門対決はご法度だからね」
「じゃあ、神の力を使わない魔導士だったらどうするんだよ?」
「昼間の彼の話かな。彼の魔法は厄介そうだけど、君のお母さんたちと同じような戦い方を聖騎士団でやれば簡単に勝てると思うんだ。でもね、聖騎士団は魔導士たちと違って無防備な相手に対して何かを仕掛けるといったことはしないのだよ。でもね、彼はどういうわけなのか神とは違った魔法を使っているのではないかと思うのだよ。その理由は彼がこの街にやってきた日にさかのぼるんだが、聞いてもらってもいいかな?」
「どうせ答えなくても勝手に話し始めるんだろ?」
「ご名答」

 盗み聞きをしているわけではないのだが、彼らの声が大きいので泉の対岸にいても二人の声が聞こえてきたのだ。
 なんでも、僕がこの街に来るまでの彼は非常にモテていたそうなのだが、僕がこの街に来たとたん、老いも若きも女性は全て僕に惚れてしまったという。これは僕に押し付けられた能力なのだから仕方ないとしても、それで逆恨みしてくる神経がわからなかった。
 そもそも、あの騎士は本当にモテていたのかも信じがたいのだが。

「そんなわけで、僕のもとを去った女性たちはみんな彼にご執心だったようだね。でも、そんなのってあり得ないんだよ。おかしいんだよ」
「何がおかしいって言うんですか?」
「僕みたいに顔がよくて聖騎士で魔獣退治でも活躍していて女心もわかっていて、その上実家は由緒正しい伯爵家ときている。そんな完ぺきな男がぽっと出の男に負けるはずが無いんだよ。僕は聖騎士として参加した作戦も全て勝ってきているしね。それにだ、彼はどうやら人には言えない秘密があるらしいよ」
「人に言えない秘密なんて誰にでもあるでしょ」
「そうなのか、そう言うもんなのか?」
「逆に、あなたは誰にも言えない秘密って無いんですか?」
「僕には人に隠さないといけないような秘密は無いな。そもそも、僕が何かを隠すことなんてしないと思うけどな」
「あなたはそんな人なのかもしれませんが、ほとんどの人は大なり小なりいくつかの秘密を持っているもんですよ」
「それは良い事を聞いた。覚えておくことにしよう。それはそうと、君には兄弟がいるよな?」
「いますけど、それがどうかしたんですか?」
「一つ尋ねるが、君は兄なのか弟なのかどっちなんだね?」
「最近は気にしてなかったけど、正確に言うなら弟ですね」
「そうか、シギ殿はお姉さんだったのか。それであの落ち着きようだったのだな。そうだ、今から君は僕の事をお兄さんと呼んでもいいのだよ」
「何でですか。絶対に呼びませんよ。それに、シギも正樹の事が好きみたいですよ。正樹の姿を見た女性は種族に関わらず惚れてしまうみたいです」
「そんな羨ましいことがあるわけないだろ。それにだ、そんなものでモテたって嬉しくもなんともないではないか。そんな事で喜んでいるなんて、彼も小さい男だったんだな」
「いや、正樹にはちゃんと恋人がいるみたいですよ。今は離れ離れになっているみたいですけど、二人が再び出会うその時まで僕たちの家で過ごしてくれるみたいです」
「何なんだ、なんなんだ。彼はいったい何なんだ。一体何のためにそんなけしからん特性を手に入れてしまったんだ。彼を殺してしまえばその特性を手に入れることが出来るのではないだろうか。そうに違いない」
「そんなわけないでしょ。例え正樹を殺したとしてもあなたがモテるわけじゃないと思いますよ。大体、本当にあなたってモテてたんですか?」
「もちろんだとも。僕に言い寄ってくる女性は無数にいたからね。もしかして、彼はそんな特性を持っているのではなく、強力な魔力を使って女性だけを洗脳しているのではないだろうか?」
「そんな面倒なことしないと思いますけど。大体、それが本当だとして、正樹に何の得があるんですか?」
「そんなものはアレだろ。モテてるってことはそれだけでいい思いもしている事だろうし、何より、この国の女性を自分の自由に出来るってことなんだぞ」
「でも、母さんもシギも分別は一応ついていたみたいですよ。ずっと一緒にいたシギも人前では自制してましたからね」
「待ちたまえ。今、人前では自制しているって言ったのかな?」
「そうですけど、それがどうかしたんですか?」
「どうしたもこうしたも無いのだよ。シギ殿が家の中ではあの男に色目を使っていたとでもいうのかね」
「色目を使っていたというか、シギって反抗期だったんですけど、正樹がきてからそれがぱったりとやんで、家族で過ごす時間が増えましたね。母さんはいなかったけど、僕も父さんもシギが一緒にご飯を食べてくれるだけでも嬉しかったですよ」
「ちょっと待ちたまえ。シギ殿に反抗期があったという事は、君たちはとんでもない目に遭ったりしていたのかな?」
「そんなことは無いですけど、シギはいつも部屋にこもって何かしてたみたいですよ。僕もよく知らないけど、母さんの話では部屋にこもって何か魔法の研究をしていたみたいですね。でも、正樹がきてからは寝るとき以外は部屋にいることが無くなりましたね。それに、いつも隣にいるから父さんも安心しているみたいですよ」
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