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僕ならいつでも結婚OKですよ?

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「瑠衣さん、どうでした?」

周平と別れた途端に、物陰から、背の高い男がぬっと寄って来た。

「た、高瀬君?」

声ですぐわかったので、怖くはなかったけど、私はびっくり仰天した。

「あの、ずっと外にいたの?」

だって、店にいた時間は約二時間半。ずっと店の前にいたのだろうか?


彼は真面目くさってうなずいた。

「僕、聞きました。藤堂さんは結婚しないつもりらしいって」

藤堂と言うのは周平の苗字だ。だけど、私が高瀬君に教えたわけじゃない。伝手をたどって彼は聞いてきたらしい。伝手の正体には見当がつくけど。

多分、ライブのチケットをくれた人だ。



高瀬君は大学の後輩。大学時代は、二人とも、遊びのテニスクラブに所属していて、なんとなく仲が良かった。

でもそれだけ。

「それだけじゃなかったんですけどね?」

彼は不満そうだ。

そして、高校時代の五人衆の一人の麻衣の彼氏と同じところに就職した。つまり公務員。


「藤堂さん、結婚したくないそうですね?」

麻衣、どうしてペラペラしゃべる?

「いつかはするかもって……」

私は口ごもった。そして、後じさった。

周平と一緒にビールを飲んできたのだ。
酒臭い女って嫌じゃない?

だけど、高瀬くんはその分、間を詰めてきた。

「僕はすぐしたいです」

「え? あの……」

「何回も言ったでしょう?」



ライブチケットはワナだった。当然麻衣が来るんだと思っていたら、代わりに、さわやかに現れたのは高瀬君だった。

「麻衣さん、忙しいらしくって」

私は下から高瀬くんを見上げた。彼の方がずっと背が高かったからだ。

久しぶりの彼はちっとも変わっていなかった。

茶色っぽい髪がちょっぴりウェーブしている。
同じ微笑み。同じ柔らかな感じ。なにより包み込むような優しさ。相変わらずだ。


麻衣のやつが忙しいことはわかり切ってる。なんで、ライブに行こうだなんて言い出したのか、変だなとは思ってた。

「さあ、さあ、さあ! 早く行きましょう!」

極めてナチュラルに、高瀬くんは私の手を握って会場に踊り込んだ。

おいっ

いや、これは何?

ライブ会場は人だらけで熱気に包まれている。知った人が誰もいない、人の海の中で、私たちはしっかり手を握って移動した。

「迷子になったら会えなくなっちゃう」

高瀬くんは熱い目をして言った。


そう。

出会いは一期一会なのかもしれない。

そのチャンスを逃すと、赤い糸は切れてしまうのかも知れない……


……って、歌詞もあった。どうも、間が悪く、心に沁みるわ。

高瀬くんは、目で語る。

嬉しそう。そして、ライブステージより、私を見てる。

見ている……


ライブの後は疲れ果てて、そのまま家に帰ったけど、翌朝、高瀬くんはお昼を一緒にしようと誘いにきた。強引すぎる。

「藤堂さん、結婚、しないって言ったんですよね?」

「や、そこまでは言ってないよ? いつかするって……」

「それ、意味なくないですか?」

…………。

確かに。今、結婚しなかったら、いつ結婚するんだろう?

「やんわり断ってますよね」

う……。それはそうかも。

「僕は、公務員だから、お金はありません」

高瀬くんは言い出した。

「大手の民間企業で働いてる藤堂さんとは比べ物にならない」

周平は確かにリッチだ。

「だけど、転勤もほぼないし、残業も激務ってほどじゃない。子育て休暇もあります」

グイッと高瀬くんは乗り出した。

「僕、瑠衣さんと一緒だと落ち着くんです」

「え?」

確かに、高瀬くんと一緒だと、私も落ち着く。好き放題してても、高瀬くんなら大丈夫な気がする。

少々のワガママも許される気がする。


彼はまるでネコのようだ。

一緒にいても気に障らないし、機嫌の良し悪しがビンビン伝わってこない。

むううっとむくれてるのは、わかるけど、ヨシヨシすれば、しゅうううってなる。

私と高瀬くんは、一緒なのか。

「落ち着くんです。誰のものでもない。手の内にいると安心できる」

一緒じゃないわっ

それ、なんか違うわっ

一瞬、怖いもんが見えた気がする。

「結婚してください。今すぐ」

「す、すぐ?」

「藤堂さんが留守の今がチャンスです。婚姻届は24時間受け付けてくれます」

嘘つけ。そんな器用なお役所仕事があるものか。

「本当ですよ」

私は、引っ張られて日曜だと言うのに区役所の警備室に連れ込まれた。

「ちょっと止めてー! 高瀬くん!」

びっくりしたよ、本気で区役所まで行くんだもん。

「あー、婚姻届ね。ちょっと待ってねー」

かなりの年のおじいさん?がヨッコラショっと立ち上がった。

そして焦る私を見てニコッと笑った。

「いいんだよ。婚姻届はいつでもOK。受け取れるよ?」

「ね? 言った通りでしょう?」

高瀬くんが柔らかく口を挟む。

いや、本当にわかったから。今、婚姻届、出すわけじゃないから、おじいさんをわずらわせるのは止めてあげて!

高瀬くん、どうしちゃったの? こんな人だったっけ?


「え? まだ出さないの?」

老眼鏡をかけ直し、応対用の小窓から顔を覗かせたおじいさんが聞いた。

「すみません!すみません!まだ、話がそこまでいってなくて!」

平謝りに謝る私。

「彼女が、婚姻届なら24時間受付出来るっていうのを疑うから」

そんなもの、ネットで調べりゃすぐわかる話でしょうが!
なんでわざわざ区役所まで行かなきゃなんないのよ!

「一緒に行きたかったんですよ、婚姻届出しに」

高瀬くんの頬が緩む。

だけど、目が真剣だった。

なんか企んでる。

「話がまとまってから来てね」

おじいさんは、フフンと言った様子だった。それから対応用のガラスの小窓をピシャンと閉めた。

そりゃそうだ。



日曜の区役所に人気ひとけはない。

高瀬くんは、「人権を大切に!」とか「人・都市・夢の融合〇〇区」とか「SDGs」とかいっぱいビラが貼ってある看板の後ろに回った。

「誰にも見えない」

そんなこた、ありません。丸見えですって。区役所の敷地内は、人いないけど、道路から丸見えだって! 高校生カップルじゃないんだから! ちょっと!

彼は思い切り抱きしめた。そして、耳元で囁いた。

「結婚して。僕のものになって。お願い」





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