【完結】貧乏伯爵令嬢は男性恐怖症。このままでは完全に行き遅れ。どうする

buchi

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第6話 仮面舞踏会

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「なるほど。いい男と言うのはなかなかいないものなのね……」

アレクサンドラは、ため息をついた。

とっとと結婚してもらおうと息巻いたが、あてずっぽで声をかけてもらう方式はハードモードすぎる。彼女自身だって、先代伯爵が整えた結婚だった。

唯一、踊ったエドワードだったが、言動を聞くとあまり好ましいとは思えなかった。別に取り立てて器量が悪いとか身分が劣るとか、そんなわけではないのだが。モンゴメリ卿は論外だった。社交界のドンだ。結婚する気があるなら、とうの昔にしているはずだ。

「次は仮面舞踏会よ」

「だんだん難易度がアップしているような気がしますが、大丈夫でしょうか?」

フィオナが不安そうに言い出した。難易度と言うか、危険度である。

「まあ、舞踏会も3回目だから、手順そのものは飲み込めたでしょうし」

「踊ったことは2回しかありませんし、どうやったら男が釣れるのか、いまだにさっぱりわかりません」

そんなもの、わかっていれば、苦労しないわとアレクサンドラだって言いたかった。

しかし、マルゴットはまるで意に介していなかった。

「お若いですから、声はかかってくると思います」

それだけしか売りはないのか。フィオナがため息をついた時、女中がやって来た。

「エドワード様からお花が届いております」

カードが添えられていて、何か書いてあったが、フィオナは読む気がしなかった。

「ダメじゃないの」

アレクサンドラに叱られて、フィオナは教えられた通り書いた。

『初めてあなたと踊れて夢のような一夜でした』

エドワードと言う男は、悪くはないが、魅力的とはいかない。ただ、小柄な方なので、フィオナが内心恐れる威圧感はなかった。



仮面舞踏会は、とある慈善団体の主催だった。ただ、その慈善団体そのものが、貴族の社交クラブのようなもので、王太子を名義上会長にした団体だったから、裕福なだけの平民は出入りしにくい仕様だった。

「団体の主催だから、たくさんの人が来ます」

「そうよ、フィオナ。顔がわからないから、あなた向きかも知れないわ」

どういう意味だ。アレクサンドラは素でこういうことを平気で言う。


そんなこんなで、ドキドキしながら、フィオナは夜の市庁舎へ向かった。

今日はマルゴットの付き添いはない。

目の部分は隠れても、すっきりとした腕や細い腰は彼女がまだとても若いことを示している。

また、きゃしゃで美しい体つきだということもすぐわかる。

本人は全く認識していなくても、飢えた野獣の中に大人になったばかりのキョトキョトしている女鹿を放つようなものだ。

あっという間に喰われてしまうかも知れない。

マルゴットは腕を組んだ。

そこは大丈夫。

うちの令嬢は、思ったよりずぶとくて冷静だった。それに、浮かれるたちではない。
エドワードがせっせと花を送ってよこしたが、反応しなかった。

浮かれないと言うことは、しかし、恋愛感性が鈍いのである。
惚れっぽい女は、割と簡単に男を拾ってくるが、冷静な女はそうはいかない。
それに大体、自分の自己評価が低い女は、男の誘いに乗らない。自分に自信がないので、疑うのだ。なかなか心を許さない傾向がある。

どう見ても、惚れっぽくはないフィオナを見て、マルゴットは考え込んだ。

「ブスの世話で大変ね。あの娘は愛想もないしね」

肩をすくめてアレクサンドラは、マルゴットを慰めた。
マルゴットは、内心、お前のせいじゃないのかと毒づいたが、黙っておいた。生来、口数は少ない方なのである。



仮面舞踏会の会場に入って一心不乱に壁を探していたフィオナだったが、意外なことにすぐに見知らぬ青年からダンスを申し込まれ、細い手を取られて踊りに行くことになった。

そのあとも人気で、次から次へと相手は変わって踊り続けた。

『もしや、顔が見えないせい?』



「一曲お願いできませんか?」

にこやかに、あるいはしかつめらしく、男たちがやってくる。大成功かも知れない。でも、きっと顔がわからないせいだろうなとフィオナは考えた。風船がしぼむように気分がしょぼんで行く。

それに、誰が誰だかわからないのでは、婚活としてはいかがなものかと。

誰かと踊っていいムードになったところで、住所氏名年齢がわからなかったら、次に続かないではないか。彼女の使命は結婚相手をつかまえることである。ダンスしたくて来ているわけではない。


「一曲お願いできませんか」

その声は低くて深い声で、フィオナはちょっと驚いた。

大柄で男らしい男性だった。こういう男性は、とても怖くて嫌いだったが、その声に惹きつけられた。

仮面で顔は見えない。

だが、少しぎごちない様子は、彼があまり女性慣れしていないことをうかがわせ、それがフィオナを安心させた。

彼女はその人と一緒にフロアに出た。

女性慣れしていなさそうと思ったのは間違いだったかもしれない。年齢はフィオナよりだいぶ上かも知れない。成熟した男性の声だったからだ。

それに、こんなダンスパーティには、慣れ切っている様子だった。

ダンスが終わっても、その大柄な男性は彼女を離さなかった。

これまでは、一人が終わると次がなんとなくやって来て、パートナーは気持ちよく次の相手に彼女を譲り渡すのが礼儀だったので、ダンスのあと話をすることもなく別れていた。

フィオナの方は、一曲終わった後は、是非とも壁の花に戻りたかったのだ。

ダンスの後も一緒に居たそうなパートナーもいたが、フィオナは軽く会釈して一目散に壁を目指した。

だって、話題がないではないか。

ダンス中はしゃべり続けなければいけないわけではない。適当な相槌で間が持つが、ダンス後は、何を話せばいいのかさっぱりわからなかった。どうやって興味を持ってもらったらいいか全然わからないし、そもそも怖い。

だが、この男性の場合は、ダンスのあと次の希望者は誰も近づいて来なかった。それにフィオナは、この男性にはなんとなく好意を持った。

「ちょっと、飲み物でもとりましょう。何がいいですか? 冷たい、お酒でない飲み物を頼みましょうか?」

顔のわからない仮面舞踏会だが、誰が誰だか、全く見当がつかないのは、彼女だけなのかも知れない。

それと言うのも、彼がちょっと合図すると、飲み物を運ぶ担当の召使たちは大急ぎで参上して注文のものを持ってきた。どうも誰なのかわかって、命令を聞いている風だった。

「あのう、もしかして、仮面をつけていても、誰だかわかっているのでしょうか?」

「そうですね。多分、知っているんだと思います」

彼が苦笑しているのがわかった。

「でも、どうしてあなたなら、あんなに大急ぎで持ってくるのかしら」

また、その男は笑い、どうしてでしょうねと言った。

「ダンスの参加者は、実は、皆さん、誰が誰だかわかっているのかしら?」

「全員ではないと思いますよ。滅多に参加しない人が来ているかも知れませんし、地方から来た人もいますしね」

では、あなたは、私が誰だか知っているの?

男は背をかがめて、フィオナの方を見ている。
顔は仮面に隠されてよく分からないが、口元など全体的に冷たい感じを受けるのに、笑うと、とても魅力的だった。
フィオナはこの男性にとても惹きつけられたので、聞いてみたかった。
この人に、もう会えないかもしれない。誰だかわからないので、連絡の取りようがないのだ。これっきり会えないかもしれない。

「今日、私と踊った方たちは、私が誰だか知っているのかしら?」

「多分」

フィオナは真っ赤になった。

「私の方は全然わからないわ。どうしましょう」

彼はほほ笑んで、わからなくてもいいと思うと言い出した。

「知っている人は聞かないし、わからなかった人はあなたの名前を聞こうとするでしょう」

確かに彼女は、何人かから名前を聞かれた。

「答えたのですか?」

フィオナは困った。

「知らない方に、聞かれたからって名前を教えるのは、はしたないのかも知れませんわ。でも、実は、私、結婚しろと、家族から責められているのです。ですから、どんどん名乗らないといけないのです」

男は意外そうだった。

「あなたは、結婚したくないのですか?」

「わたくしは修道院で十分なのです。でも、こういった会に出来るだけたくさん出るように言われていて」

「どうして、修道院で十分なのですか?」

「だって、めんどくさいんですもの」

しまった。つるっと本音を言ってしまった。

「おや」

男は言った。彼はとてもおかしそうだった。

「それはまた、どうして?」

フィオナは渋い顔をした。

「私には結婚相手を探すなんて、無理ですわ。器量が悪いんですもの。せっかく声をかけてくださった方に、こんなことを申し上げては大変失礼で、きっと家族に叱られます」

「それで、今日聞かれた人たちには、名前を教えたのですか?」

「ええと……」

実は、教えた男と教えなかった男がいた。

「ファーストネームだけ」

「ヒントなのですね?」

本当に面白そうに彼は笑った。

「案外すごいですね。あなたは!」

彼は愉快そうだった。

「自分を探したいなら、名前だけで探しなさいと。見つけられない人は、手に入れらない!」

そんなつもりでは……と言いかけてフィオナは真っ赤になった。そうかもしれない。

「では、私には教えてくれますか?」

「え……?」

フィオナは突然赤くなった。名前を知りたい。その言葉が甘美に響いたからだ。だが、彼女は自分でも思いがけないことを言った。

「聞く必要はありますか?」

男は黙って居た。
しばらく黙った後、彼は言った。

「ないですね……」

フィオナは、彼の顔を眺めた。知っているのだ。嬉しかった。

「でも、教えてください、あなたの名前を」

彼は低い声で聞いた。

「……フィオナ」

仮面をつけていてよかった。きっと真っ赤になってるに違いない。
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