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第5話 モンゴメリ家の野外パーティ
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今日のモンゴメリ家のパーティのメリットとデメリットは、夕方から夜間に開催され、庭のあちこちには頃合いの暗闇があることだ。
気温の高い夏ならではのお楽しみだ。酒が回ったころには、一時的なカップルが出来たりする。
危険なパーティである。
マルゴットは黒いっぽい服を着用した。
「これで、暗闇に紛れます」
え?
「そして、お嬢様に、失礼なことを仕出かす輩を脅かします」
思わず、フィオナの口元にほほえみが浮かんだ。
「そんな心配は、いらないわ!」
フィオナなんかを誘う男がいるわけがない。
マルゴットは目をむいた。暗闇になれば、若い女なら誰でもいいと言う男が、世の中、いくらでもいるのです!と説教しようとしたら、フィオナが言った。
「それは、もっと物慣れた既婚夫人の話でしょう。こうるさい乙女なんか、後が面倒で誰も連れ出さないと思うわ」
なるほど。確かに正論だ。まあ、酒が入っていなくて、男がまだ正気ならの話だが。
フィオナ様は、一般社会常識は有るらしい。ちょっと偏っている気はするが。
それと、彼女の自己評価は相当おかしい気がする。
多分、これに関してはアレクサンドラが悪いのだ。顔のタイプが違うからか、本気でフィオナをみっともないと思っているらしい。化粧にも口出しして、濃い化粧を勧めてくる。アレクサンドラには、似合うかも知れないが、フィオナには似合わない。本気で醜くなるだけだ。
そして、ジョゼフィン奥様の可愛いお嬢様を、口を極めてののしる。やれ、陰気だ、器量が悪い、地味過ぎると。そして家族もアレクサンドラの剣幕を恐れて誰もフォローしない。
「そんなことはございません。愛らしくて目鼻の整った美しいご容貌でございます」
マルゴットは何回もほめてみたが、前にも言った通り、フィオナは弱々しく微笑むだけだった。使用人からの誉め言葉は愛想だと思っているらしい。
「使用人に褒められて有頂天になるだなんて、そこがあんたの厚かましいところよ、フィオナ。鏡を見ればわかりそうなもんだけどね。使用人なんて、ほめないといけないから、無理してほめるだけなのよ。うぬぼればっかり強い子だわ」
フィオナがしゅんとなるとアレクサンドラは言葉をやわらげる。
「親切で言っているだけなのよ。まずい顔をいいつもりで社交界なんか出て行ってごらんなさい。表向きはとにかく陰でせせら笑われるだけだからね。みんな、口だけは褒めてくれるものなのよ。その目鼻立ちでは、ほんとに気の毒だと思うけど、美人だとは言えないからねえ。両親からさえほめられないでしょ?」
そのくせ、別にどこが優れているでもないような彼女の息子や娘のことは、家じゅうが褒め称えていた。子どもをほめられるとアレクサンドラは口元をムズムズさせている。嬉しいらしい。
女主人に悪く思われたくないので、家中の者は、みなフィオナを腐し、幼い三人の子どもたちを、チヤホヤしていた。
ダーリントン夫妻も変わっているとマルゴットは思った。フィオナをかわいくないはずがないのに、アレクサンドラの言葉を聞いても黙っている。伯爵夫人は社交界が怖いので、アレクサンドラの話を本当だと信じている節があった。
もう少しなんとか自分に自信を持ってほしいものだと、マルゴットは思った。
いつもうつむいてばかりでは、顔を見てもらうことすら叶わない。よほどまずいご器量ではないかと誤解を誘っているようなものだ。
過激な?野外パーティに出したのは、室内パーティだと壁の花の手口をすっかりフィオナが覚えてしまったからだ。
話しかけられたくないので、それとなく目線を逸らし顔が見えないようにうつむくのである。これでは、十回どころではない、百回出ても成果は上がらないだろう。
「さあ、まいりましたよ。モンゴメリ卿の邸宅でございます」
モンゴメリ家のご当主のことを一言でいうなら、それは遊び人である。
しかし、立派な遊び人になろうと思ったら、資質がそろっていなくてはならない。
まず、金。
彼はかなりの遺産を相続していて、その金を自由に使えた。
そして、頭だって要るのだ。
彼は社交界のドンだった。彼自身も三十代の頃は立派な婿候補だったが、四十代に入るとだんだん怪しくなってきた。劇場の女優だとか、よく身元の分からない女と出歩いていた情報などが耳に入るようになってくると、だんだん声がかからなくなってきた。
それでも、そんな風評とは別に、そつのない人当たり、誰よりも最新の噂話をなぜか知っている不思議な人脈や、人柄を見抜く炯眼などが、彼を誰もが一目置く存在にしていた。
フィオナが挨拶すると、彼はにっこり笑った。
デビューしたての右も左もわからない娘には寛大な気分になるのだろう。
それに、この娘は立て続けに婚約者に死なれたり、婚約破棄されたりしている、かわいそうな娘なのだ。
フィオナが顔をあげたのを見て、モンゴメリの当主はちょっとびっくりした。
きれいな娘ではないかと彼は思った。婚約破棄されるくらいだから、きっと相当なブスだろうと思っていたのだ。
栗色のつやのある髪と深い青い目、白い肌は大理石のようで、場慣れしていないせいでおどおどしているようだが、理知的な目をしている。彼は思わず声をかけた。
「後で、一曲お願いしてよろしいでしょうか」
フィオナは、おずおずとマルゴットの顔を盗み見た。OKらしい。
「お願いいたします」
彼女はしとやかに挨拶すると、次の客に場所を譲った。
モンゴメリ卿は約束をたがえず、壁の花名人のフィオナのところへやってきて、ダンスの相手をしてくれた。
「初めてダンスをしました」
「え? それはどういうこと?」
「お誘いがないから」
フィオナは笑った。
「え?」
モンゴメリ卿は、事の異様さに驚いた。ダンスをしたことがない?
それは、本人の責任ではないだろう。大人しそうな娘をモンゴメリ卿は眺めた。
一回目の舞踏会はどうしたのだろう?
普通は、家族がエスコート役を必ず用意しておくものだ。でなければ、どんな男が声をかけてくるかわからない。そして、それなりの地位や身分のある男からのダンスの申し込みなら、エスコートしてきた側は大歓迎である。まともな申し込みが多ければ大成功というわけだ。
もちろん、愛想で申し込むだけの男だって多いわけで、ここらへんは親の仕込みとか勢力がモノを言う部分である。しかし、この娘には、なんの力添えもなかったらしい。
本人はどうも自分が魅力的でないからだと思っているらしかったが、そう言う問題ではない。どんなに魅力的でも、申し込みようがないではないか。
これは家族が悪い。こんな投げやりなデビューをさせるなんて、ひどすぎる。誰が親だっけと頭をひねって、ようやく彼はダーリントン伯爵夫人を思い出した。
そうか。
あの人の娘か。
かわいそうとしか思えなかった。本人はあどけない様子で、モンゴメリ卿を見つめ、舞踏会なんかそんなものなのだろうと思っているらしかった。
なんとも答えようがなかったが、彼は言った。
「記念すべきファーストダンスの栄を担うとは光栄だな。そのうち、きっと、相手を断るのに、苦労するようになるよ」
「ありがとうございます。ご親切にそう言ってくださって」
フィオナはおかしそうに笑った。本気でありえないと思っているのだろう。
余計に不憫を誘った。
こんなにかわいらしいのに。
マルゴットは、モンゴメリ卿を知っていた。ジョゼフィン・ハドウェイ様と彼は懇意であった。縁結びが好きな卿である。気に入られれば期待が持てるかもしれなかった。
見たところ、話は弾んでいるようだった。
フィオナよりもモンゴメリ卿の表情に注目した。悪い印象ではないようだ。マルゴットはほっとした。
戻って来たフィオナは気楽そうだった。
「だって、モンゴメリ卿と結婚するわけないですもん」
マルゴットは答えなかった。世の中、何がどう転ぶかわからない。
そこへ、例の問題のエドワード・オーウェンがやって来た。
「ダーリントン嬢」
ちょっとしかめつらに見えた。なにか怒っているのだろうか。フィオナはたちまち緊張した。
「先日は、お花をありがとうございました」
「一曲、お相手をお願いできませんか?」
「喜んで」
なんで怒ってるんだろう。
理由はすぐにわかった。モンゴメリ卿と踊ったのが気に入らなかったらしい。
どんな男でも、気に入らないのか、モンゴメリ卿だけが気に入らないのか。
フィオナは探りを入れてみるしかなかった。
「それに野外パーティだなんて」
エドワードはなじるように言った。
「野外パーティのどこがそんなにいけませんの?」
フィオナがあどけなく聞くと、さすがにエドワードは頬を緩めた。まったく、何もわかっちゃいない。
「ダメですよ。危険でしょう。風紀が乱れる」
「そんなものなのですか?」
「そうですよ。ちゃんとした会を選ばないといけません」
「私には、どうもあまり……」
「そうでしょうね。デビューしてから間がないですから。アンドルーに注意してやらんといかんな。こんな会など早めに引き上げることです」
なんだか上から目線の男である。ただ、早く帰れと言われれば、それは願ってもない。では、もう帰りますとフィオナが言うと、エドワードはそれはそれで、名残惜しそうだった。
彼は馬車まで送って行こうと言ったが、酔ったエドワードの友達が何人かやって来た。
「おー、また、デビューしたての娘に花束を贈ってるのかー」
「お前はしつこいから、嫌われるんだよー。さあ、来いよ」
そのまま、彼は巻き込まれて行ってしまった。
その様子を見送ってからマルゴットがポツリと言った。
「お嬢様、帰りましょう」
今晩もはかばかしい成果はなかった。
モンゴメリ卿はフィオナの相手には年齢や経験の面からふさわしくなかったし、向こうだってこんな小娘は面白くもなんともないのでお断りだろう。そもそも貧乏過ぎる。
エドワードの言動には首をひねらないではいられなかった。彼の言うことを聞いていると、どこの舞踏会にも出席できなくなる。
馬車まで戻ろうとすると、庭から建物の中へ一度入らないとといけない。客間でフィオナは背の高い大柄な男とすれ違った。
「あ!」
と、その男はフィオナの顔を見て、声をあげた。連れの男が、ん?と言ったような顔をした。
「知り合いかい?」
男は何も答えず、フィオナの顔を眺め続けた。だが、そのまま行ってしまった。
フィオナは、その男の顔に見覚えがあるような気がしたが、誰だかわからなかった。
「グレンフェル侯爵ですよ。メレル家の舞踏会にも来ていました」
マルゴットがあきらめたように言った。
「ああ」
セシルの弟なのか。だとしたらフィオナの顔に見覚えがあったのだろう。
婚約したころ、祖父の関係でグレンフェル侯爵家へはよく遊びに行った。向こうの方がだいぶ格上なので、勢力家だった祖父が亡くなってしまってからは付き合いなどない。
彼はいかにも忙し気で、あわただしくパーティに向かって行った。
「あれはダメでございます。婚約者がもういると聞きました」
ああいう違う世界に住むような男は獲物ではない。政府の要職狙いの野心的な男にとって、結婚は手段だ。特にグレンフェル侯爵は社交に興味がないと言われていた。よほど重要か用事がない限りパーティーなどには来ない。
「あの方に近づくと、婚約破棄の話を皆さんが思い出されますからね。向こうだってそうです。それにそれなりのメリットがなければ、結婚される方ではないでしょう」
二人は、燈火のもと、自分たちの馬車に戻った。
気温の高い夏ならではのお楽しみだ。酒が回ったころには、一時的なカップルが出来たりする。
危険なパーティである。
マルゴットは黒いっぽい服を着用した。
「これで、暗闇に紛れます」
え?
「そして、お嬢様に、失礼なことを仕出かす輩を脅かします」
思わず、フィオナの口元にほほえみが浮かんだ。
「そんな心配は、いらないわ!」
フィオナなんかを誘う男がいるわけがない。
マルゴットは目をむいた。暗闇になれば、若い女なら誰でもいいと言う男が、世の中、いくらでもいるのです!と説教しようとしたら、フィオナが言った。
「それは、もっと物慣れた既婚夫人の話でしょう。こうるさい乙女なんか、後が面倒で誰も連れ出さないと思うわ」
なるほど。確かに正論だ。まあ、酒が入っていなくて、男がまだ正気ならの話だが。
フィオナ様は、一般社会常識は有るらしい。ちょっと偏っている気はするが。
それと、彼女の自己評価は相当おかしい気がする。
多分、これに関してはアレクサンドラが悪いのだ。顔のタイプが違うからか、本気でフィオナをみっともないと思っているらしい。化粧にも口出しして、濃い化粧を勧めてくる。アレクサンドラには、似合うかも知れないが、フィオナには似合わない。本気で醜くなるだけだ。
そして、ジョゼフィン奥様の可愛いお嬢様を、口を極めてののしる。やれ、陰気だ、器量が悪い、地味過ぎると。そして家族もアレクサンドラの剣幕を恐れて誰もフォローしない。
「そんなことはございません。愛らしくて目鼻の整った美しいご容貌でございます」
マルゴットは何回もほめてみたが、前にも言った通り、フィオナは弱々しく微笑むだけだった。使用人からの誉め言葉は愛想だと思っているらしい。
「使用人に褒められて有頂天になるだなんて、そこがあんたの厚かましいところよ、フィオナ。鏡を見ればわかりそうなもんだけどね。使用人なんて、ほめないといけないから、無理してほめるだけなのよ。うぬぼればっかり強い子だわ」
フィオナがしゅんとなるとアレクサンドラは言葉をやわらげる。
「親切で言っているだけなのよ。まずい顔をいいつもりで社交界なんか出て行ってごらんなさい。表向きはとにかく陰でせせら笑われるだけだからね。みんな、口だけは褒めてくれるものなのよ。その目鼻立ちでは、ほんとに気の毒だと思うけど、美人だとは言えないからねえ。両親からさえほめられないでしょ?」
そのくせ、別にどこが優れているでもないような彼女の息子や娘のことは、家じゅうが褒め称えていた。子どもをほめられるとアレクサンドラは口元をムズムズさせている。嬉しいらしい。
女主人に悪く思われたくないので、家中の者は、みなフィオナを腐し、幼い三人の子どもたちを、チヤホヤしていた。
ダーリントン夫妻も変わっているとマルゴットは思った。フィオナをかわいくないはずがないのに、アレクサンドラの言葉を聞いても黙っている。伯爵夫人は社交界が怖いので、アレクサンドラの話を本当だと信じている節があった。
もう少しなんとか自分に自信を持ってほしいものだと、マルゴットは思った。
いつもうつむいてばかりでは、顔を見てもらうことすら叶わない。よほどまずいご器量ではないかと誤解を誘っているようなものだ。
過激な?野外パーティに出したのは、室内パーティだと壁の花の手口をすっかりフィオナが覚えてしまったからだ。
話しかけられたくないので、それとなく目線を逸らし顔が見えないようにうつむくのである。これでは、十回どころではない、百回出ても成果は上がらないだろう。
「さあ、まいりましたよ。モンゴメリ卿の邸宅でございます」
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しかし、立派な遊び人になろうと思ったら、資質がそろっていなくてはならない。
まず、金。
彼はかなりの遺産を相続していて、その金を自由に使えた。
そして、頭だって要るのだ。
彼は社交界のドンだった。彼自身も三十代の頃は立派な婿候補だったが、四十代に入るとだんだん怪しくなってきた。劇場の女優だとか、よく身元の分からない女と出歩いていた情報などが耳に入るようになってくると、だんだん声がかからなくなってきた。
それでも、そんな風評とは別に、そつのない人当たり、誰よりも最新の噂話をなぜか知っている不思議な人脈や、人柄を見抜く炯眼などが、彼を誰もが一目置く存在にしていた。
フィオナが挨拶すると、彼はにっこり笑った。
デビューしたての右も左もわからない娘には寛大な気分になるのだろう。
それに、この娘は立て続けに婚約者に死なれたり、婚約破棄されたりしている、かわいそうな娘なのだ。
フィオナが顔をあげたのを見て、モンゴメリの当主はちょっとびっくりした。
きれいな娘ではないかと彼は思った。婚約破棄されるくらいだから、きっと相当なブスだろうと思っていたのだ。
栗色のつやのある髪と深い青い目、白い肌は大理石のようで、場慣れしていないせいでおどおどしているようだが、理知的な目をしている。彼は思わず声をかけた。
「後で、一曲お願いしてよろしいでしょうか」
フィオナは、おずおずとマルゴットの顔を盗み見た。OKらしい。
「お願いいたします」
彼女はしとやかに挨拶すると、次の客に場所を譲った。
モンゴメリ卿は約束をたがえず、壁の花名人のフィオナのところへやってきて、ダンスの相手をしてくれた。
「初めてダンスをしました」
「え? それはどういうこと?」
「お誘いがないから」
フィオナは笑った。
「え?」
モンゴメリ卿は、事の異様さに驚いた。ダンスをしたことがない?
それは、本人の責任ではないだろう。大人しそうな娘をモンゴメリ卿は眺めた。
一回目の舞踏会はどうしたのだろう?
普通は、家族がエスコート役を必ず用意しておくものだ。でなければ、どんな男が声をかけてくるかわからない。そして、それなりの地位や身分のある男からのダンスの申し込みなら、エスコートしてきた側は大歓迎である。まともな申し込みが多ければ大成功というわけだ。
もちろん、愛想で申し込むだけの男だって多いわけで、ここらへんは親の仕込みとか勢力がモノを言う部分である。しかし、この娘には、なんの力添えもなかったらしい。
本人はどうも自分が魅力的でないからだと思っているらしかったが、そう言う問題ではない。どんなに魅力的でも、申し込みようがないではないか。
これは家族が悪い。こんな投げやりなデビューをさせるなんて、ひどすぎる。誰が親だっけと頭をひねって、ようやく彼はダーリントン伯爵夫人を思い出した。
そうか。
あの人の娘か。
かわいそうとしか思えなかった。本人はあどけない様子で、モンゴメリ卿を見つめ、舞踏会なんかそんなものなのだろうと思っているらしかった。
なんとも答えようがなかったが、彼は言った。
「記念すべきファーストダンスの栄を担うとは光栄だな。そのうち、きっと、相手を断るのに、苦労するようになるよ」
「ありがとうございます。ご親切にそう言ってくださって」
フィオナはおかしそうに笑った。本気でありえないと思っているのだろう。
余計に不憫を誘った。
こんなにかわいらしいのに。
マルゴットは、モンゴメリ卿を知っていた。ジョゼフィン・ハドウェイ様と彼は懇意であった。縁結びが好きな卿である。気に入られれば期待が持てるかもしれなかった。
見たところ、話は弾んでいるようだった。
フィオナよりもモンゴメリ卿の表情に注目した。悪い印象ではないようだ。マルゴットはほっとした。
戻って来たフィオナは気楽そうだった。
「だって、モンゴメリ卿と結婚するわけないですもん」
マルゴットは答えなかった。世の中、何がどう転ぶかわからない。
そこへ、例の問題のエドワード・オーウェンがやって来た。
「ダーリントン嬢」
ちょっとしかめつらに見えた。なにか怒っているのだろうか。フィオナはたちまち緊張した。
「先日は、お花をありがとうございました」
「一曲、お相手をお願いできませんか?」
「喜んで」
なんで怒ってるんだろう。
理由はすぐにわかった。モンゴメリ卿と踊ったのが気に入らなかったらしい。
どんな男でも、気に入らないのか、モンゴメリ卿だけが気に入らないのか。
フィオナは探りを入れてみるしかなかった。
「それに野外パーティだなんて」
エドワードはなじるように言った。
「野外パーティのどこがそんなにいけませんの?」
フィオナがあどけなく聞くと、さすがにエドワードは頬を緩めた。まったく、何もわかっちゃいない。
「ダメですよ。危険でしょう。風紀が乱れる」
「そんなものなのですか?」
「そうですよ。ちゃんとした会を選ばないといけません」
「私には、どうもあまり……」
「そうでしょうね。デビューしてから間がないですから。アンドルーに注意してやらんといかんな。こんな会など早めに引き上げることです」
なんだか上から目線の男である。ただ、早く帰れと言われれば、それは願ってもない。では、もう帰りますとフィオナが言うと、エドワードはそれはそれで、名残惜しそうだった。
彼は馬車まで送って行こうと言ったが、酔ったエドワードの友達が何人かやって来た。
「おー、また、デビューしたての娘に花束を贈ってるのかー」
「お前はしつこいから、嫌われるんだよー。さあ、来いよ」
そのまま、彼は巻き込まれて行ってしまった。
その様子を見送ってからマルゴットがポツリと言った。
「お嬢様、帰りましょう」
今晩もはかばかしい成果はなかった。
モンゴメリ卿はフィオナの相手には年齢や経験の面からふさわしくなかったし、向こうだってこんな小娘は面白くもなんともないのでお断りだろう。そもそも貧乏過ぎる。
エドワードの言動には首をひねらないではいられなかった。彼の言うことを聞いていると、どこの舞踏会にも出席できなくなる。
馬車まで戻ろうとすると、庭から建物の中へ一度入らないとといけない。客間でフィオナは背の高い大柄な男とすれ違った。
「あ!」
と、その男はフィオナの顔を見て、声をあげた。連れの男が、ん?と言ったような顔をした。
「知り合いかい?」
男は何も答えず、フィオナの顔を眺め続けた。だが、そのまま行ってしまった。
フィオナは、その男の顔に見覚えがあるような気がしたが、誰だかわからなかった。
「グレンフェル侯爵ですよ。メレル家の舞踏会にも来ていました」
マルゴットがあきらめたように言った。
「ああ」
セシルの弟なのか。だとしたらフィオナの顔に見覚えがあったのだろう。
婚約したころ、祖父の関係でグレンフェル侯爵家へはよく遊びに行った。向こうの方がだいぶ格上なので、勢力家だった祖父が亡くなってしまってからは付き合いなどない。
彼はいかにも忙し気で、あわただしくパーティに向かって行った。
「あれはダメでございます。婚約者がもういると聞きました」
ああいう違う世界に住むような男は獲物ではない。政府の要職狙いの野心的な男にとって、結婚は手段だ。特にグレンフェル侯爵は社交に興味がないと言われていた。よほど重要か用事がない限りパーティーなどには来ない。
「あの方に近づくと、婚約破棄の話を皆さんが思い出されますからね。向こうだってそうです。それにそれなりのメリットがなければ、結婚される方ではないでしょう」
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