王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第6章 土岐家の名君

17.南泉寺【後編】

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『茶飲み話として、私から一つ我が寺がどうして、南泉寺と命名されたかを、その由来をお教え致しましょう』

快川かいせん和尚が、そう語り始めると、頼純が身を乗り出す様に口を開いた。

『ワシは、我が祖父土岐政房まさふさ公が、名付けたとだけ知っております』

『由来とは、祖父がどうしてその名前を付けたのか、是非知りたい、お願い致します』

『頼純様がそう言ってくれると、私も話し甲斐がありまする』と言い、語り始めた。

『南泉とは、昔、今の明国が唐という名であった時代、南泉禅師なんせんぜんしという門弟が数百を超える有名な高僧がおられた』

『この寺の名は、その御方の名からとって、南泉寺なんせんじと名付けたと聞いております』

『南泉禅師のお人柄を知る事のできる逸話がある・・』

『南泉禅師は、南泉山という山に、東西に二つの堂を持つほど大きな寺の住職であった』

『南泉禅師の元には、多くの修行僧が集まり、二つの堂に別れ修業をしていた』

『人間とは、どうしてか、群れを成す本能がある、同じ気持ちで集まった修業僧たちも、何時の日からか東と西に別れ、些細な事で対立する様になってしまった』

『そこに一匹の猫が現れる・・・一匹の可愛い子猫じゃ』

『その猫は、東西の堂関らず、毎日行き来する。いつしか猫は、寺の誰からも可愛がられる、修行僧たちの心を癒す存在になったのじゃ』

『当然、猫にとっては、東の堂も、西の堂も関係なく、猫は気ままに西、東の堂をうろつく』

『ある日、その猫の所有権を巡り、東の堂の修行僧たちと西の堂の修行僧たちの間で言い争いが起こる』

『考えれば、馬鹿馬鹿しいと分かる筈なのだが、その言い争いは、どんどん大きくなり、終には住職である南泉禅師の耳に届き・・・』

『その話を聞いた南泉禅師は側近の僧たちに、言い争いの元になっている子猫を捕らえさせ、言い争いをしていた者達を呼び、その場に呼んだ』

『頼純様、さあ、問題じゃ、南泉禅師はその子猫を何に使ったと思う?』

『??、イエ、検討もつきませぬ』

『・・南泉禅師は、その可愛い子猫に刃をつきつけ、言い争いをしていた者達にこう言ったのじゃ』

『言い争いになった原因の子猫を、ワシは殺そうと思う。もしワシにこの子猫を殺させたくなければ、禅僧としてことわり【理由】を示せ、もしその理が、ワシの納得がいくモノであれば、子猫は殺さぬ、さあ、申せ!』

『東西に別れ、さんざん言い争っていた者達だが、南泉禅師の怒りに触れたと思い恐れたのか、又は南泉禅師を説き伏せる事は出来ないと諦めたのか、禅師に理を伝えようとする者は誰一人出てこなかった』

『そして、南泉禅師を、宣言通り、子猫を・・・殺してしまったのじゃ』

快川かいせん和尚がそう言うと、それを聞いてた帰蝶が憤りの声で叫ぶ。

『何で?、そんなひどいわ、なんて無慈悲な事を、私、そんな事をするお坊さん、大嫌い!!』

『帰蝶様のいう事は、もっともじゃ。修業僧たちは、もちろん自分達のくだらない、言い争いが、子猫の尊い命を奪ったと後悔したのじゃが、南泉禅師のその行いが、あまりに無慈悲で、理解ができなかった』

『南泉禅師は、修行僧たちの前でしたこの非情な処置は、我欲、執着の対象に心が囚われると、物事の大事な部分が見えなくなること、迷った時は、その執着を捨てる事が大事だと、子猫の命を使い、皆に伝えたかったのだと思う』

十兵衛の目の錯覚だろうか、そう話す快川かいせん和尚の表情に苦悶の色が出ており、まるで自分の過去の過ちを話す南泉禅師、その者に見えた。

『・・話には続きがある』

『子猫を殺した後、南泉禅師の一番弟子が寺に戻って来たので、南泉禅師は一番弟子に経緯を説明し、修行僧達にした同じ質問を彼にしたのだが・・』

『一番弟子は暫くその問いについて考えたが、終には南泉禅師の問いには答えず、ワザと自分の履いて来た草履を頭に乗せ、その部屋を去った』

『一番弟子が去った後、南泉禅師は寂しげに独り言を呟き、人知れず涙を流したそうじゃ』

『お主があの時おれば、ワシは子猫を殺さずとも良かっただろうな』

『ワシは思う、南泉禅師の一番弟子は、非情な師の行為を無言で非難したのだと』

『どんな理由があろうとも、可愛い子猫を殺す事は無かった。真理を語る為に、一番大事な真理、命が一番大事という事を忘れている師を、非難したのだと・・』

『当り前よ、命が一番大事に決まっているわ。殺された子猫が可哀そうよ、』

答える帰蝶は、よく見ると泣いていた。

『仏の道を究めようと修業する者達が、子猫の所有権を言い争うのも愚か、その命を奪い、仏の理を悟らせようとした南泉禅師の行いも・・・又愚か。人間として一番大事な、命を尊ぶという考えに、何の理由も必要ない、この中で一番幼い帰蝶様が持った感想が真理なのじゃ、経験を積んだ者の危うさ、本末転倒になる危うさをこの逸話は伝えている様に思うとワシは思う』

『ワシには難しすぎる!!』、そう呟いたのは、長刀を持った六郎であった。

『難しい・・私にも難しい・・快川かいせん和尚様、どうしてその話を私達に??』

そう聞いたのは、頼純である。

『フォッフォフォ。ワシにも分りません。何となく、若い皆様を見ていたら、この話をしたくなったのじゃ・・特に意味はございません』

『・・・・』

十兵衛は、無言である事を考えていた。

十兵衛が自分の考えがまとめる前に、頼純が一歩早くその考えを代弁する様に言った。

快川かいせん和尚様、私にはその逸話の猫が、今までの美濃国の様な気がしてなりません!』

『東西に別れ、言い争いをしているのが、私より1代前の土岐家、父頼武よりたけと叔父頼芸よりのり、子猫を取り上げ、殺すという南泉禅師は我が舅、道三殿。』

『美濃国の権利ばかりを主張し、一番大事な美濃の国、其処に住む民の命を守る事が大事であるという、子供でも分かる真理を忘れている我らを、戒めている話に聞こえてなりません』

『我らの子猫は、そう美濃の国は未だ生きておりまする。ワシは南泉禅師を止める事ができた一番弟子になれるでしょうか?』

気がつけば、頼純の目は真っ赤である。その様子は、自分の存在を、仏に問う修業僧の様であった。

その質問に、快川かいせん和尚は慈悲ある表情で、正に仏が乗り移ったように言葉を送る。

『頼純様、一人で抱えてはいけません、貴方様には帰蝶様、此処にいられる家来の方達の他にも多くの者達が貴方様を支えようとしておられる。皆と協力して、励まれよ、さすれば道は必ず開かれる・・』

『・・・ハイ、本日のお話、某、土岐頼純、生涯忘れは致しません・・』

十兵衛は、その言葉を聞いて、やっと快川かいせん和尚がどうして南泉禅師の逸話を自分達に話をしたのかを理解した、そして自分の目の前にいる土岐頼純が土岐家の名君である事を確信したのであった。

(私は、この御方について行きたい、道三様ではなく、この御方が作る美濃の国を見てみたい)

明智十兵衛は、いや其処に居た総ての者達が、心の底から同じ思いになっていたのである。

しかし、彼らの思いとは別に、残酷な運命は少しづつ、確実に彼らの傍に近づいてきていた。

本堂の外では、怪しい十数名の影が集結し、身を潜めていたのである。
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