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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第七十八話 夜逃げから始まるダンジョン攻略! ⑨

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「奴らが使う魔法や武器は分かるか?」
「魔法弓を使ってるエルフは風と水を使っていたのは見たので最低でも二属性持ちダブルなのは間違いない。フードの奴が攻撃している姿は見てないので武器は分からないけど、仲間に治癒魔法を使っていたから光属性を持っているのは間違いないと思う。タンク兼リーダーは土魔法。さっき大きな壁を複数同時に出していたから相当の魔力を持っていると思う」
「確かにあの男から一番魔力を感じますね」
 クレイヴの話に割って入るように捕捉する。
 フリーダムメンバーにおいて一番の魔力感知と魔力操作を持つアインが言うのなら間違いないだろう。
 クレイヴは早く戻りたいのに話の腰を折るなって顔をするがアインの眼力に何も言う事が出来ず説明を再開した。もう少し頑張れよ。

猫獣人キャットビーストの女と狼獣人ウルフビーストの2人が魔法を放ったところは見ていない。まだ使っていないのかそれとも無属性しか持っていないのかのどっちかだと思う」
 見たところチームワークも悪くないし、連携も取れてるな。それにタンク役の男と後ろから援護射撃している弓使いの女の動きが他の奴らに比べて格段に良いし、戦い慣れた動きだ。
 クレイヴから連絡を貰ってから今の間までに5分は経過しているが、未だに戦えているのはあの2人の活躍が大きいのは目に見えて明らかだ。
 だが砂漠棘蟲ミッドバルワームの数が多すぎる。あの2人のうち1人でも動けなくなれば間違いなくあのパーティーは一気に瓦解して全滅するだろう。

「分かった。クレイヴは戻って良いぞ」
「はぁ、ようやく休める」
 俺からの許可が出たクレイヴは安堵した声音を漏らしながらゆっくりとグリードたちの方へと歩いて行った。まったくどこまでやる気がないんだアイツは。

「それでどうするつもりだ?」
 クレイヴから戦闘中の冒険者パーティーに視線を戻した俺に影光が問いかけて来た。

「どうと言われてもな。アイツらが真面な冒険者かどうかにもよる」
 戦闘能力の実力では俺は影光やクレイヴよりも上だが冒険者としての経験値では足元にも及ばない。それでもそれなりに情報や噂は耳にするし、暇な時には調べたりもする。
 他の冒険者パーティーを囮にして逃げたり、周囲に別の冒険者が居る事を確認してから敢えて危機的状況に陥り助けて貰い、油断したところで冒険者を殺す下種共もいたりする。
 もしかしたらあのパーティーが下種共の可能性だって否定できないわけだからな。
 気配感知で相手が悪意を持っている事は何となく分かるが、流石に戦闘中に感じるわけもないしな。さて、どうするか、まだ戦えそうな雰囲気ではあるし様子見でも構わないんだが――

「ん、アイツらは?」
 1人で考え込んでいると隣で単眼鏡越し戦闘を観戦していた影光が含みのある感じで呟いた。
 小さな呟きだったが俺とアインが聞き逃す筈もなく、影光に視線を向けた。
 両側から俺たちの視線が向けられていると感じ取ったのか影光は簡単に口を開いた。

「先頭で戦っている盾を持った男と弓使いのエルフ。あれは拙者の兄弟弟子たちだ」
「それは本当か?」
 予想外の言葉に俺は思わず単眼鏡から目を外して影光に視線を向けた。

「ああ、間違いない」
 が、影光は簡単な言葉で肯定するため、俺は再び単眼鏡で兄弟弟子と言う2人を観察する。
 あの分厚く大きな盾を自由自在に操る男と弓とは思えない連射速度と正確な精密射撃をするエルフが影光の兄弟弟子ね……。
 つまりはあの2人も神道零限流しんどうれいげんりゅうで武術を身につけたって事だよな。そう考えるとあの中でもずば抜けた戦闘技術にも納得だ。
 だが、どれだけ戦闘能力が高かろうとその人物の人格までもが素晴らしいとは限らない。それが身内の知り合いでもだ。
 今からする質問で影光が機嫌を損ねるかもしれないが、俺にとって大事なのは目の前で戦っている冒険者パーティー赤の他人ではなくギルドメンバー身内だ。そこははっきりしている。

「影光、お前が知る2人はどんな奴だった?」
「………」
 真剣な質問で俺が何を考えているのか察した影光は感情を押し殺して黙り込んでいた。きっと頭の中で整理しているところなんだろう。
 そんな俺と影光のやり取りを傍から聞いているアインは興味を示す素振りすら見せる事無く、黙々と自分の役目を果たすかのようにL96A1似のスナイパースコープ越しに戦闘の様子を窺っていた。
 数秒の間、遠くから聞こえる戦闘音を遮るかのように影光が言葉を発した。

「拙者が知っているのは道場を出るまでの事だぞ」
「ああ、それで構わない」
 影光がそう前置きするが別に構わない。判断材料の1つとして組み込むだけだからな。
 何もないよりマシと俺が思っている事に影光も気づいているだろう。
 それでも話さないよりマシだと思って影光は話始める。

「先頭で砂漠棘蟲ミッドバルワームの進行を食い止めている大盾使いは猪俣萩之介いのまたはぎのすけ猪俣いのまた家はヤマト皇国が誕生した当初からみかどにお仕えしておる家系で、萩之介はそこの次期当主だ」
 なるほどね。ってそんな凄い家系の人物だったの!?
 どうみても影光よりも年上としか思えないどこにでも居るむさ苦しいオッサンにしか見えないんだが……。

「由緒正しい家系と言う事もあってか礼儀作法もしっかりしているし、道場に居た頃は拙者以上に弟弟子たちから慕われておった」
 あの見た目で慕われていたねぇ……駄目だ、まったく想像できん。
 だけど慕われていたって事はそれだけ人望があるって事か。なら人となり的にはなんの問題もないか。

「で、後ろから正確無比の戦後射撃をしている弓使いは牡丹蝶麗ぼたんあげは。見た目はエルフだが、彼女の先祖が代々結婚相手にエルフ、ハーフエルフを選んでいるためエルフの血を濃く受け継いでいるだけに過ぎない」
 日本人のような名前に対して見た目がエルフなのはそういう事か。正直違和感しかないが、それは心の中で留めて置くとしよう。

「彼女は萩之介のようなヤマト皇国当初から帝に仕えている家系ではないが、彼女の祖先には月華将げっかしょうとなった者も居るほど弓に長けた一族だ」
 確かに彼女の弓使いとしての腕は凄いのは見て分かる。今も魔法が付与された1本の矢だけで3体の砂漠棘蟲ミッドバルワームを射抜いたところだからな。だけどその月華将?って何?
 影光に教えて貰いたいが聞けば俺がヤマト皇国に詳しくない事がバレるからな後で自分で調べるかこっそりアインにでも訊いておこう。ま、アインが素直に教えてくれるか問題だけど。

「道場に居た頃は萩之介と対照的に弟弟子や妹弟子たちと楽しそうに話していたところは見ておらん。ただ黙々と鍛錬に励んでいた記憶しかない。ただ向上心が強く萩之介や拙者には鍛錬がらみの事でよく質問しておった事だけはよく覚えておる」
 なるほど、静かに仕事を熟すクールな狙撃手って事ね。話したことがないから分からないがどことなくアインと似ているかもしれないな。

「そして2人とも悪さをするような連中ではない」
 やはり俺が思っていた事に気づいていたみたいで、念を押す形で付け加えて来た。
 ま、こうして影光の説明が終わる間も仲間を見捨てて逃げるような素振りは一切なかったし、悪い連中では無いようだが、他の連中が悪い奴とは限らないしな。
 しかしここで見捨てたら影光に何を言われるか分からないし目覚めも悪いからな仕方がないか。
 嘆息交じりに覚悟を決めた俺はアインと影光に指示を出した。

「アインはここから援護射撃。俺と影光で砂漠棘蟲ミッドバルワームの群れの側面に奇襲を掛け殲滅する!」
「「了解!」」
 砂丘を滑り降りた俺と影光は砂漠棘蟲ミッドバルワームの群れ側面に向かって走り出す。
 距離にして残り600メートルと言ったところだろう。
 足元は砂で走り難く帝都に比べて思い通りに地面に力が伝わらないが、あの島にも砂漠地帯は存在したからなんの問題もない。
 ほんの僅かスピードダウンする程度で0.5%の力を開放した俺と影光は砂塵を巻き上げながら奇襲を掛けた。
 砂漠棘蟲ミッドバルワームは普段砂の中で暮らしているため視覚は殆ど発達していない。その代わりに嗅覚と聴覚が発達している。
 特に聴覚は感覚器官の中でずば抜けて発達しており1キロ先の足音すら感知する事が出来るほどだ。そんな相手に足場の悪い砂場を疾走すれば直ぐに気付かれるのも当たり前で俺たちの方へと後続が向かって来る。
 ま、予想通りだけど。
 左隣を走る影光に「こちらに向かって来る後続は俺が殲滅するから、お前はそのまま突っ込め」とハンドサインで伝える。別に喋るのが面倒だったわけじゃない。
 砂塵を舞い上がるほどのスピードで走る俺たちが通常の声量で会話しても伝わりづらい。だからと言って大声で喋れば今以上に砂漠棘蟲ミッドバルワームが来る可能性がある。
 ま、それでも構わないが、それだと救援が遅れる可能性があるからな。
 影光と別れた俺は砂塵を巻き上げながらこちらに迫って来る砂漠棘蟲ミッドバルワームを視界内に捉えると同時に力の一部を開放する。
 ――0.5%解放。
 1%の力を開放した俺は更にスピードを上げて迫り来る砂漠棘蟲ミッドバルワームの群れの先頭目掛けて地面を蹴る。本当なら楽しく戦いたいところだが、生憎と遊んでいる姿を影光とアインにでも見られれば面倒な事になりかねないので今回は我慢して狩人として行動する。
 今にも先頭と接触する距離になり、俺は左拳を強く握りしめる。
 砂漠棘蟲ミッドバルワームの歯は鋭利な鋸状の形をしており、その硬さは鋼以上の強度を持つとされ、噛みつかれれば肉どころか骨まで砕かれるだろう。
 だから?
 そんなの知った事じゃねぇな。油断するつもりはねぇがあの島に居た化物連中に比べれば可愛いものだ。

「オラッ!」
 俺は先頭の砂漠棘蟲ミッドバルワームの顔面目掛けて拳を叩き込んだ。
 俺と砂漠棘蟲ミッドバルワーム自身の移動速度による衝撃も加わり砂漠棘蟲ミッドバルワーム顔に拳が減り込むと同時にバキッと頭蓋が割れた感触が一瞬拳に伝わって来る。
 これまでの戦闘で何度も経験した感触に不愉快に感じる事はなく、頭蓋が割れた砂漠棘蟲ミッドバルワームを殴り飛ばした。
 砂漠棘蟲ミッドバルワームは後ろに続いていた後続数体に激突しながら数十メートル後方でようやく止まるが、再び起き上がる事はなく命の気配が砂風に乗って消え去るのを感じ取った。
 まずは1体。
 ガッツポーズを取るほど嬉しさを感じる事も無く俺は次の標的に目を向ける。
 先頭の砂漠棘蟲ミッドバルワームが死んだ事で先ほどまでの勢いが無くなった事が砂漠棘蟲ミッドバルワームたちから伝わって来る。
 どうやら俺が殴り飛ばした砂漠棘蟲ミッドバルワームは後続部隊を率いる隊長的存在だったみたいだな。確かに思い返してみれば殴り飛ばした砂漠棘蟲ミッドバルワームは他に比べて一回りほど大きかった気がする。
 俺としては嬉しい誤算なわけで。
 それなら立ち直る前に全員討伐するのみだ。
 そこからはもう戦闘と言うより作業に近い。
 先ほどまでの怒涛の勢いは無く弱腰の砂漠棘蟲ミッドバルワームたち。
 多分、体長格の砂漠棘蟲ミッドバルワームが一撃で殺られた事で俺との実力差が鮮明になった事で勝てないと本能で直感したんだろう。
 ましてや本来砂漠棘蟲ミッドバルワームと言う魔物は移動しながら敵を襲うのが一般的な戦闘スタイルだ。
 その場に立ち止まり弱腰となった砂漠棘蟲ミッドバルワームはただ大きめのバランスボールと同じ。
 俺はそんなバランスボールを殴り蹴るを繰り返し後続の砂漠棘蟲ミッドバルワームを殲滅した。
 まったく拍子抜けも良いところだな。
 そう思いながら俺はアイテムボックスから取り出したペットボトルで水分補給を行う。
 さて、影光はどんな状況かな。アインからの援護射撃がなかったから多分影光の方を手伝っているんだろうけど。
 ペットボトルを傾け水分補給をしながら砂塵が舞い上がり未だに戦闘が繰り広げられている方へと視線を向けた。
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