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第一章
ヴィッターガッハ伯爵家当主(1)
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「ケネス王子さまは非常に真面目なお方よ。今まで一度も女性の噂を聞いたことがないのよ。女性に慣れている感じでもないし、私は第一王子ウィリアムの婚約者だった時からケネス王子には女性の影は感じたこともなかったわ。浮ついたところのない素敵なお方よ」
私はレティシアの耳元でささやいた。誰かに聞かれてはまずい恋の話を二人でしているのだ。
そうだ、私は彼女にはまだその話をしていなかった。私が第一王子ウィリアムの婚約者だったことをラファエルは知っている。これについては、ラファエルはおそらく陛下の裏の目論見も知っているのだろう。ただ、第一王子ウィリアムも第二王子ケネスもこの時の陛下と私の取り決めは知らないはずだ。
「ちょっと待って?あなた、第一王子ウィリアムの婚約者だったの?」
レティシアは美しい瞳をしばたかせて、鋭く小さな声で聞き返してきた。
「まだ説明していなかったわね。そうなの。私は最初は第一王子ウィリアムの婚約者だったのよ。その話には訳があるのよ。陛下から女好きの第一王子ウィリアムの虫除けになってほしいと契約を持ちかけられたのが始まりなのよ。私とウィリアムの間にはもちろん何もないわ。陛下がふさわしい花嫁を選び抜くまでの間の私は虫除けの契約だったの。陛下が花嫁を決めた後は、申し合わせた通りに婚約破棄をしたのよ」
レティシアはこの話が初耳だったこともあり、私の話に眉をひそめている。お金に困ったことのない彼女は、没落令嬢の私が褒賞金のためにこのような契約を受けたというのは信じられない話だろう。
「ラファエルは知っているわ。でも、陛下と私の間に契約が存在していたことは第一王子ウィリアムもケネス王子も知らないことよ。しばらくはあなたも内緒にしておいてね。時期が来たら私から伝えるから」
「わかったわ」
レティシアはひとまず黙っておいてくれるようだ。
「第一王子ウィリアムはそれはそれは女好きの噂が絶えないお方だったけれど、それとは対照的なお方がケネス王子様よ。ウィリアム王子は私の姉のマリアンヌと結婚が決まって、これからは真面目になると思うのだけれど。私はとにかくケネス様なら間違いないと思うわ」
私の言葉に驚いていたレティシアは、最後の言葉に頬を赤く染めて、明らかに喜んだ。
「ドレスより剣が大好きな私でも大丈夫かしら。ケネス様に呆れられないかしら。ほら、お淑やかな女性の方が好まれるでしょう?私なんて、女性として見られないことが多いし……初恋の人にだってほら、あなたもよく知っているように振り向いてもらえたことなんて一度も無かったし……」
レティシアは、私の目をまっすぐに見つめて自信なさげに心のうちを明かしている。
「あなたたちって……もしかして一度も?ラファエルとあなたって……」
私は思わず最初から疑っていたことを口にしてしまった。
「ええ。私とラファエルの間には何もないわ。だいたいラファエルはそんな人じゃないわよ。私が一方的に好きで好きでたまらなかっただけで、彼は私のことを女性として振り向いてくれたことはなかった。彼にとっての私は、幼馴染の女の子のままなのよ」
ここまで話してレティシアはため息をついた。
「あなたはそれを疑っていたの?バカね。ラファエルと私の間には一度だって何かあったことはないのよ」
「そうだったのね。あなたを疑ってごめんなさい」
私は予想と違う話に思わず安堵してしまった。レティシアの手をまだ私は握ったままだ。
「レティシア。ケネス様はあなたの真の姿のままを愛してくれると思うの」
「そうかしら?私、一度も恋が実ったことがないから自信がないの。私に幻滅せずに好きでいてくれ……」
そこに突然、レティシアは後ろから抱きすくめられた。私は彼女の手を驚いて離した。
「なあに?僕の噂話?」
ケネス王子はレティシアを後ろから抱き、自分の胸の中に引き寄せて、彼女の首筋にキスをした。レティシアはいきなり後ろから愛しい人に抱き寄せられて低い声で囁かれ、首筋にキスをされたので、真っ赤になって身悶えしている。
「ケネス、ちょっと……っ」
ケネス王子はどこから私たちの話を聞いていたのだろう。
「君に幻滅するわけないだろう?僕は君に惹かれていて、文字通り君なしでは生きていけそうもないほど君のことで頭がいっぱいなんだ。こんなことは僕にとっては初めてのことなんだ」
「ケネス……」
ケネス王子はレティシアをさらに引き寄せてささやいている。私はこの愛の囁きの現場から遠ざかろうと、二人の邪魔をしないように、そっと後ずさった。
そして、私も背の高くて碧い瞳のラファエルの大きな腕で抱きすくめられた。いつの間にか私の背後に近寄ってきていたらしい。
「あの二人を見ていたら、私たちももっとイチャイチャして良いのではないかと思えてくるよ。命が狙われてそれを乗り越えていく旅になってしまって謝る。ロマンティックなことばかりではないから。ほら、第三の宝石を見つけたよ」
私は振り返ってラファエルの碧い瞳が私を見つめているのを見て、そのまま彼の唇に口付けをした。ラファエルの唇が私の唇まで自然と近寄ってきて重なったのだ。
キスの後、ラファエルの手に布に包まれた宝石を見て私は小さく叫んだ。
「今までの宝石より輝きが一際すごいわ」
「そうだね。とても美しい宝石だ。磨いたらもっと美しく煌めくだろう」
私たちは正面を向かい合ってもう一度抱き合った。
――よかったわ。残り6つの宝石だわ。無事に3つ目も手に入れらられたわ。私は選択を間違えていないようだわ。
「さあさあ、みなさん、遅くなりましたが昼食の準備ができましたよ」
ヴィッターガッハ伯爵家の当主が快活な声で私たちを呼びにきたのはその時だ。そばにジュリアとベアトリスもやってきていて、私にうなずいている。
「おや!見つかったのですね」
「ええ、見つかりました」
ラファエルは当主に宝石をみせた。ヴィッターガッハ伯爵家の当主は一瞬非常に驚いた様子を見せ、狼狽えたようだった。
「これはこれは。こんな輝く石を見たことが無かった……」
「私も初めて見ましたよ」
ラファエルも当主ににこにこしてうなずいている。当主は私の髪の毛をチラッと見た。
――当主は私の髪の色がやたらと気になる様子ね。皇后様と同じストロベリーブロンドの髪のことを良くないと思っているように見えるのは、気のせいかしら?
しかし、当主のその妙な態度は一瞬で消え、純粋に宝石に驚いている無邪気な様子に戻った。
「白葡萄畑の下にこんな地下通路があって、こんな宝石があるとは私も驚きです。先代から私は何も聞いていませんでした」
「中に入られるとわかりますよ。豪華な作りですよ。宮殿のように贅沢な作りです。まさに秘密の迷宮といった様子です。相当お金をかけて作られたようです」
いつの間にかレティシアを抱きしめていたはずのケネス王子が私たちの会話に合流してきた。
一瞬だけ、ラファエルとケネス王子の視線が交錯したのを私は見逃さなかった。レティシアをチラリと見ると、彼女も同じだったらしく、レティシアは微かに私にうなずいて見せた。
当主の反応には、気のせいなのかどこか説明できない違和感を感じるのだ。それが何なのか誰も説明できない。
「さあ、無事に目的を果たしたことですし、我がヴィッターガッハ伯爵家が腕によりをかけて準備をした昼食を食べましょう。とっておきの最高級のワインも振舞いますよ」
「それは楽しみだ!」
「そうですね、あなた」
私たちは快活に笑う当主に率いられて昼食の席に向かった。我が国屈指の名家と誉の高いヴィッターガッハ伯爵家の昼食は非常に贅沢なものだった。
私はレティシアの耳元でささやいた。誰かに聞かれてはまずい恋の話を二人でしているのだ。
そうだ、私は彼女にはまだその話をしていなかった。私が第一王子ウィリアムの婚約者だったことをラファエルは知っている。これについては、ラファエルはおそらく陛下の裏の目論見も知っているのだろう。ただ、第一王子ウィリアムも第二王子ケネスもこの時の陛下と私の取り決めは知らないはずだ。
「ちょっと待って?あなた、第一王子ウィリアムの婚約者だったの?」
レティシアは美しい瞳をしばたかせて、鋭く小さな声で聞き返してきた。
「まだ説明していなかったわね。そうなの。私は最初は第一王子ウィリアムの婚約者だったのよ。その話には訳があるのよ。陛下から女好きの第一王子ウィリアムの虫除けになってほしいと契約を持ちかけられたのが始まりなのよ。私とウィリアムの間にはもちろん何もないわ。陛下がふさわしい花嫁を選び抜くまでの間の私は虫除けの契約だったの。陛下が花嫁を決めた後は、申し合わせた通りに婚約破棄をしたのよ」
レティシアはこの話が初耳だったこともあり、私の話に眉をひそめている。お金に困ったことのない彼女は、没落令嬢の私が褒賞金のためにこのような契約を受けたというのは信じられない話だろう。
「ラファエルは知っているわ。でも、陛下と私の間に契約が存在していたことは第一王子ウィリアムもケネス王子も知らないことよ。しばらくはあなたも内緒にしておいてね。時期が来たら私から伝えるから」
「わかったわ」
レティシアはひとまず黙っておいてくれるようだ。
「第一王子ウィリアムはそれはそれは女好きの噂が絶えないお方だったけれど、それとは対照的なお方がケネス王子様よ。ウィリアム王子は私の姉のマリアンヌと結婚が決まって、これからは真面目になると思うのだけれど。私はとにかくケネス様なら間違いないと思うわ」
私の言葉に驚いていたレティシアは、最後の言葉に頬を赤く染めて、明らかに喜んだ。
「ドレスより剣が大好きな私でも大丈夫かしら。ケネス様に呆れられないかしら。ほら、お淑やかな女性の方が好まれるでしょう?私なんて、女性として見られないことが多いし……初恋の人にだってほら、あなたもよく知っているように振り向いてもらえたことなんて一度も無かったし……」
レティシアは、私の目をまっすぐに見つめて自信なさげに心のうちを明かしている。
「あなたたちって……もしかして一度も?ラファエルとあなたって……」
私は思わず最初から疑っていたことを口にしてしまった。
「ええ。私とラファエルの間には何もないわ。だいたいラファエルはそんな人じゃないわよ。私が一方的に好きで好きでたまらなかっただけで、彼は私のことを女性として振り向いてくれたことはなかった。彼にとっての私は、幼馴染の女の子のままなのよ」
ここまで話してレティシアはため息をついた。
「あなたはそれを疑っていたの?バカね。ラファエルと私の間には一度だって何かあったことはないのよ」
「そうだったのね。あなたを疑ってごめんなさい」
私は予想と違う話に思わず安堵してしまった。レティシアの手をまだ私は握ったままだ。
「レティシア。ケネス様はあなたの真の姿のままを愛してくれると思うの」
「そうかしら?私、一度も恋が実ったことがないから自信がないの。私に幻滅せずに好きでいてくれ……」
そこに突然、レティシアは後ろから抱きすくめられた。私は彼女の手を驚いて離した。
「なあに?僕の噂話?」
ケネス王子はレティシアを後ろから抱き、自分の胸の中に引き寄せて、彼女の首筋にキスをした。レティシアはいきなり後ろから愛しい人に抱き寄せられて低い声で囁かれ、首筋にキスをされたので、真っ赤になって身悶えしている。
「ケネス、ちょっと……っ」
ケネス王子はどこから私たちの話を聞いていたのだろう。
「君に幻滅するわけないだろう?僕は君に惹かれていて、文字通り君なしでは生きていけそうもないほど君のことで頭がいっぱいなんだ。こんなことは僕にとっては初めてのことなんだ」
「ケネス……」
ケネス王子はレティシアをさらに引き寄せてささやいている。私はこの愛の囁きの現場から遠ざかろうと、二人の邪魔をしないように、そっと後ずさった。
そして、私も背の高くて碧い瞳のラファエルの大きな腕で抱きすくめられた。いつの間にか私の背後に近寄ってきていたらしい。
「あの二人を見ていたら、私たちももっとイチャイチャして良いのではないかと思えてくるよ。命が狙われてそれを乗り越えていく旅になってしまって謝る。ロマンティックなことばかりではないから。ほら、第三の宝石を見つけたよ」
私は振り返ってラファエルの碧い瞳が私を見つめているのを見て、そのまま彼の唇に口付けをした。ラファエルの唇が私の唇まで自然と近寄ってきて重なったのだ。
キスの後、ラファエルの手に布に包まれた宝石を見て私は小さく叫んだ。
「今までの宝石より輝きが一際すごいわ」
「そうだね。とても美しい宝石だ。磨いたらもっと美しく煌めくだろう」
私たちは正面を向かい合ってもう一度抱き合った。
――よかったわ。残り6つの宝石だわ。無事に3つ目も手に入れらられたわ。私は選択を間違えていないようだわ。
「さあさあ、みなさん、遅くなりましたが昼食の準備ができましたよ」
ヴィッターガッハ伯爵家の当主が快活な声で私たちを呼びにきたのはその時だ。そばにジュリアとベアトリスもやってきていて、私にうなずいている。
「おや!見つかったのですね」
「ええ、見つかりました」
ラファエルは当主に宝石をみせた。ヴィッターガッハ伯爵家の当主は一瞬非常に驚いた様子を見せ、狼狽えたようだった。
「これはこれは。こんな輝く石を見たことが無かった……」
「私も初めて見ましたよ」
ラファエルも当主ににこにこしてうなずいている。当主は私の髪の毛をチラッと見た。
――当主は私の髪の色がやたらと気になる様子ね。皇后様と同じストロベリーブロンドの髪のことを良くないと思っているように見えるのは、気のせいかしら?
しかし、当主のその妙な態度は一瞬で消え、純粋に宝石に驚いている無邪気な様子に戻った。
「白葡萄畑の下にこんな地下通路があって、こんな宝石があるとは私も驚きです。先代から私は何も聞いていませんでした」
「中に入られるとわかりますよ。豪華な作りですよ。宮殿のように贅沢な作りです。まさに秘密の迷宮といった様子です。相当お金をかけて作られたようです」
いつの間にかレティシアを抱きしめていたはずのケネス王子が私たちの会話に合流してきた。
一瞬だけ、ラファエルとケネス王子の視線が交錯したのを私は見逃さなかった。レティシアをチラリと見ると、彼女も同じだったらしく、レティシアは微かに私にうなずいて見せた。
当主の反応には、気のせいなのかどこか説明できない違和感を感じるのだ。それが何なのか誰も説明できない。
「さあ、無事に目的を果たしたことですし、我がヴィッターガッハ伯爵家が腕によりをかけて準備をした昼食を食べましょう。とっておきの最高級のワインも振舞いますよ」
「それは楽しみだ!」
「そうですね、あなた」
私たちは快活に笑う当主に率いられて昼食の席に向かった。我が国屈指の名家と誉の高いヴィッターガッハ伯爵家の昼食は非常に贅沢なものだった。
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