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第一章

葡萄畑の下の秘密の迷宮

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私はレティシアの恋が実る可能性を強く確信できた。そのことは、ラファエルのお母様が命を落として沈んだ気持ちの私の状態に、少なからず温かな光をもたらした。

 天使のような美貌を持ちながら、抜群の剣使いのプラチナブロンドの彼女。私にとっては、強烈な恋のライバルとして君臨し続けるレティシアより、お堅い第二王子と幸せになるレティシアの方が数倍良い。そんなことより何より、私にとってレティシアの幸せは純粋に嬉しかった。

 ――本当に嬉しいわ。よかった。レティシア自身が夢中になれる人物が、同時に彼女に恋に落ちるなんて本当に嬉しくてたまらない。レティシアの恋を私は応援するわ……


 ラファエルと騎士団は先程の怪しい人物の追跡を大聖堂の外でしていた。私は急ぎそちらに向かった。けれども、既に犯人の姿は見えなくなっており、荒い息を吐きながら足元の石を蹴飛ばしそうな勢いで悔しがっているラファエルの元に私は駆け寄った。

「逃げられたよ」

 ラファエルは悔しそうに唇を噛み締めていた。

「今までの敵とは違って、集団で攻撃を仕掛けて来なかったわ」
「そうだな。目的がなんだったのかさっぱりわからない」

 私とラファエルは互いに目を見合わせた。

「あのね、次の宝石は大聖堂にはないと思うのよ。ヴァイマルで一番目立つのは白葡萄を生産している、我が国屈指の名家であるヴィッターガッハ家よ。彼らが所有している白葡萄畑はヴァイマル一の有名な場所だわ。今までの街の特徴を考えてみると、共通点があるのよ。その街一番の名所である城で宝石は見つかっているわ」

 ラファエルもうなずいて続けた。


「今回の座標はヴァイマルの中心地を指していたよね。中心地には広大な葡萄畑の丘しかない。まさか葡萄畑だとは思わないから、うっかり大聖堂の方だと全員が思ってしまった。けれども、今までのパターンから考えると、ヴィッターガッハ伯爵家が所有の白葡萄畑が最も宝石のありかに相応しいということになるか……」

「そうなると思うのよ」
「そうだな。きっとそうだ」

 私とラファエルは、大聖堂の場所とヴィッターガッハ家の領地を地図上で確認した。馬で1時間もしないぐらい着くだろう。日が暮れる前に行かないと葡萄畑で探すのは大変だ。急いで移動しよう」

 私とラファエルは大聖堂の中に残っているケネス王子とレティシアを探しに行った。私たちが二人を見つけたとき、二人は祭壇の前で手を取り合って瞳を輝かせてお互いの顔を見つめ合っていた。

「レティシア?」

 私が声をかけると、彼女はパッと私とラファエルの方を見て「宝石はなさそうよ」と私たちに告げた。

「でね、私たち、恋人になったのよ」

 レティシアがそう告げると、ケネス王子は照れた表情を浮かべてレティシアを抱き寄せた。

「おぉっそうかっ!おめでとう!」

「おめでとう」

 私とラファエルは驚いたけれども、二人を祝福した。

「早く彼と一緒になりたいのよ。それには結婚するしかないわ」

 レティシアは輝くような笑顔を浮かべて私に告げた。私は恋のライバルである彼女がとっくに好きになっていた。彼女は一途に人を思い続けることができる人だ。今度こそは報われてほしい。

 私はヴィッターガッハ家所有の広大な白葡萄畑に宝石があるのではないかという推測をケネス王子とレティシアに話した。ケネス王子は顎の下に手を当てて考え込む様子だったけれども、地図上でもう一度座標の場所を確認して納得したようにうなずいた。

「そうですね。王冠が示した座標に素直に従いましょう」

 レティシアも賛成し、その日のお昼近くになって、我が国屈指の名家と呼ばれるヴィッターガッハ家所有の白葡萄畑に向かった。ヴィッターガッハ家は広大な領地と莫大な富を誇る伯爵家で、ワイン醸造でも有名だった。

 やがて見えてきた葡萄畑の入り口で、ラファエルはリシャール伯の紋章を門番に見せた。門番は慌てたように中に引っ込むと、執事がすぐに馬に乗ってやってきた。私たちは馬に乗った状態で、葡萄畑のある敷地に招き入れられた。馬で移動して、ヴィッターガッハ家の立派な屋敷に向かうのだという。

 なだらかな丘一面に葡萄畑では、たくさんの農夫たちが葉の落ちた葡萄の枝の剪定に明け暮れていた。主な枝一本か二本残して他は全て切り落としていき、切り落とした枝を集めて砕いている。肥料にするのだ。

 驚くほど大勢の人々が作業をしていた。暖かい日差しがなだらかな丘全体に差し込み、私たちはその穏やかな光景を見つめながら、馬でゆっくりと屋敷まで移動したのだ。
 ヴィッターガッハ伯爵家は、まるで要塞のように高い壁で囲まれていた。

「これはこれはリシェール伯!」

 ヴィッターガッハ伯爵家当主は転がるように屋敷から出てきて、ラファエルに挨拶をした。ラファエルも私たちも馬から降りて、挨拶をした。ヴィッターガッハ伯爵家当主は私たちの中にケネス王子の姿を認めて二度見すると、いきなり叫んだ。

「なんと!第二王子のケネス様ではございませんかっ!?」

 ケネス王子は礼儀正しく馬から降りて当主に挨拶をした。

「ヴィッターガッハ伯爵家当主よ、急に訪ねてきて本当にすまない」
「訪ねてきてくださって本当にありがたく、お会いできて嬉しく思います。昼食はまだでしたよね。さあさあこちらへ!何かすぐにご用意いたします」

 ヴィッターガッハ伯爵家当主はアッシュブロンドの髪に白髪が混ざってはいたが、まだまだ若々しく、精力的な印象を与える男性だった。私たちは礼を述べて、やってきた伯爵家の馬番に馬の世話を頼むと、伯爵に案内されて屋敷の中に足を踏み入れた。

「奥様の髪の色は皇后様の髪の色に非常に似ていますね。珍しい色合いですよね」

 伯爵家当主は私の姿をじっくりと見ると、そっとささやいてきた。まるでストロベリーブロンドの髪の毛が悪いことのよように声を顰めている。

「ありがとうございます。母も姉もそうなので、自分では珍しいというのはわかりませんけれども。当主は皇后様にお会いしたことがあるのですね?」
「ええ、一度だけお会いしました」

 私たちはヴィッターガッハ伯爵家当主が大国ジークベインリードハルトの皇后に会ったことがあると知って、互いに顔を見合わせた。

「その、一度お会いしたとお聞きしましたが、私の祖母は何かあなたに預けなかったでしょうか」

 ラファエルは静かに当主に聞いた。当主はその言葉を聞いて、勢い良くうなずいた。

「ええ、私にあるものを預けていかれました。孫のラファエル様が訪ねてくるようなことがあれば、こちらを渡して欲しいとのことでした」

 当主はあらかじめ準備をしていたらしく、すぐに封をされた手紙をラファエルに渡した。

 ラファエルの手に渡された手紙を、私たちは穴が開くほど見つめた。興奮した様子で、ケネス王子は早く封筒を開けてみてくれとラファエルをせかした。

「やはり、ここが次の宝石のありかだわ」
「ラファエル、早く広げて見せてくれ」

 封筒に入っていたのは、古びた地図1枚だけだった。

「火だ」

 ケネス王子は素早く告げた。

「最初は宝石を手渡した。そのあとは水に濡れると浮かび上がる白紙の紙、そのあとは火を使って炙るということだわ!」
 
 レティシアは廊下のキャンドルホルダーから蝋燭を1本取ってきた。そして、ラファエルが手に持っている古びた地図の真下に炎を近づけた。燃えない程度に計算して近づいている。

「みてっ!」
「本当だっ!」
「今度は火だわっ!」

 ラファエルが古びた地図に浮かび上がるものに困惑した様子で眺めていた。

 それは、ヴィッターガッハ伯爵家の葡萄畑の中心にあるのだが、丘の下から何やら模様が浮かび上がったのだ。

 私たちは何を意味するのかよく見ようとして、体を乗り出した。

「オリオン座よ!」
「そうだな、ここでもオリオン座の形だ」

 私たちが興奮して口々に言葉をかわすのをみて、当主も身を乗り出して根掘り葉掘りきこうとした。『大陸を治める力を与える石』は、冬の南の夜空に燦然と輝くオリオン座と絡んでいるようだ。

「この地図に浮かび上がった道のようなものはなんなんでしょう?」

 それは、なだらかな葡萄畑の下に地下通路が存在することを意味していた。オリオン座の形の地下通路だ。

「こちらはヴィッターガッハ伯爵家の葡萄畑の下に地下通路があるということを意味しておりますわ。おそらく宝石はまもなく見つかるでしょう。地下通路を行かないと、皇后様がこの土地に託した宝石が見つからないです」

 私は淡々と伯爵家当主に伝えた。

「宝石?」
「ええ、宝石ですわ。地図に浮かび上がった場所ですが、わかりますでしょうか。領地の葡萄畑のここの位置はどこなのか分かる方はいないでしょうか」

 結局、誰もわからず、私たちは葡萄畑が連なる丘の麓の位置に来ていた。

「あ!数字の3だわっ!古代文字よ」

 レティシアが丘の麓で奇妙な「3」の数字が彫られた石を見つけたのだ。ケネス王子がすぐに駆け寄り、二人はとても喜んだ。そして恥ずかしそうに抱き合っている。

 私は駆け寄ってその3の数字が彫られている石の全体を確認しなおした。隣の大国ジークベインリードハルトの皇帝の孫は、こういう謎解きをせねば生き延びられないのだろうか。そんなことを思いながら、私は3の数字の周りにある9つの穴を見つけた。何気なく思いついて、そこに王冠の先をぐいっと押し付けると、丘の麓に入り口が現れた。

「ここだわ。オリオン座の迷宮の始まりは3の数字だったのね」

 現れた迷宮のような迷路にラファエルとケネスは、松明を持って飛び込んでいった。

 レティシアと私は2人だけで残された。ベアトリスとジュリアと騎士団は今回は食事の準備の手伝いに行っており、私たち4人だけで宝石を探していたのだ。

「ねえ、結婚するまでは別々に夜は過ごすべきなのかしら?彼の評判はどうなのかしら?私はずっとジークベインリードハルトにいたから、ケネス王子のことはよく知らないのよ。」

 突然、レティシアが私の耳元でささやいてきた。私はレティシアの両手を持って、彼女の耳元でささやき返した。




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