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19.俺はお母さんじゃない
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連絡をもらった約一時間後。
LIMEを通じて送られてきた位置情報をもとに、丹原はとあるアパートの前にいた。
へにょんと倒れてしまっている哀愁漂うウマのスタンプが送られてきた直後。丹原はすぐに庭野に電話をした。そして、簡単に状況を聞きだしたうえで家の位置情報を送らせ、ただちに救援に向かったのである。
以前丹原に聞いた通り、丹原のマンションと庭野のアパートは歩いて20分ほどの距離だった。途中コンビニに寄るため自転車できたので、実際にはもっと近く感じた。
「2階の右端……ここか?」
表札を確認すると、確かに庭野の文字。救援物資の入ったビニール袋を片手にチャイムを押せば、中から足音がしてすぐに扉が開いた。
「た、丹原せんぱい~!」
顔を見せて開口一番、庭野はくしゃりと顔を歪ませる。
会社で見るよりもふらふらな姿に、丹原は思わず目を吊り上げた。
「おま、何でそんなになるまで無茶してるんだよ!」
「だって、どうしても余裕なくて……」
とにかく上がってくれと。庭野に招き入れられ、丹原は遠慮なく室内に入る。そして、突き当りの部屋のローテーブルの上に、ノートパソコンが開かれているのに目を留めた。
画面には、細かい文字でびっしり並ぶ「何か」がばっちり表示されている。
「にーわーの?」
俺が行くまで休んどけ。そう言ったはずなのに、せっせと何かをしていたようだ。
怒りの形相を浮かべた丹原の様子を敏感に察してか、庭野はぱっと手を合わせた。
「ごめん、先輩! 今日が締め切り、今日で最後だから!」
「別に謝られる覚えはないけど……。んで。なんなんだよ、締め切りって」
呆れて腰に手をやりながら、後輩を見やる。すると庭野はちょっぴり目を泳がせた。
「……ここだけの話ですよ? 実は俺、出版社から『てんこい』の2巻出さないかって誘われていて」
「はあ!?」
思わぬ報せに、てんこい及びポニーさんのファンな心が騒いでしまい、大きな声が出てしまう。
当然、普通は外に漏らせない話なのだろう。外に聞こえるはずもないというのに、庭野は慌てたように「しっ!」と人差し指を唇に当てた。
「絶対に誰にも言っちゃいけない話なんですから! ……それで、そのプロット提出の締め切りが今日なんです。本当は昨日までに出さなきゃいけなかったんですけど、担当さんが。月曜日が本当のリミットだから土曜まで伸ばしてもいいって言ってくれて」
「そんな凄い話になっていたのか!?」
まさか会社がてんてこまいになっている裏で、ポニーさんはポニーさんでそんなミッションを抱えていたとは。庭野がここ数日、見てるこっちが心配になるほどに疲労困憊していたのもうなずける。
目を丸くする丹原に、庭野は疲れたように首を振った。
「ちょっと気負いすぎたのかな。提出するのはプロットだから分量は多くないんですけど、色々考えていたら夜もあんま眠れないし、何か食べる気にもなれなくて……。それで昨晩からずっと粘ってたんですけど、さすがに疲れちゃったんです」
それで、うっかり先輩にLIMEを。申し訳なさそうに庭野は縮こまった。
叱られた大型犬のようにしゅんとする庭野に、丹原は肩を落とす。
普通、それで会社の先輩を呼びつけるか? 一瞬そんなことを思ったが、すぐに首を振った。
勝手に押し掛けたのは丹原だ。何気ないSOSを放っておけず、無理やりこんなところまで乗り込んできただけで。
ガシガシと頭を掻いて、丹原は溜息を吐いた。
「……わかったよ、好きにしろ。そのかわり台所借りるぞ」
「え? 台所?」
「こっちも勝手にやらせてもらうからな。お前はプロットでも何でも練ってろ」
宣言するや否や、丹原はさっさと台所に立つ。途中、ゴミ箱にゼリー飲料の容器が捨ててあるのが目に入った。
(まともに腹が空かないのは本当みたいだな)
おそらく胃も弱っているはずだ。なら消化に優しいものがいい。どうせそんなところだろうとヤマを張って、買い物をしてきてよかった。
コンビニの袋から取り出したのは梅のおにぎりだ。ビニールを剥いてご飯と水を片手鍋に投じ、梅を崩しながらぐつぐつと煮込む。
ある程度したところで念のため買ってきた顆粒だしで味を整え、すかさず溶いた卵を流しいれる。火を止めてふんわりとかき混ぜたら、即席たまご粥の完成だ。
器によそって、仕上げにおにぎりについていた海苔を適当にちぎって乗せる。
手の込んだものは用意してやれないが、何もないよりはマシだろう。そう笑みを浮かべてから、さっそくたまご粥を庭野のもとに運んだ。
「出来たぞ。これでも食って、栄養つけろ」
「うぇ!? もう出来たんですか!?」
「簡単だからな。そんな驚くほどのものじゃないぞ」
きらきらと目を輝かせる庭野に、ちょっぴり居心地の悪さを感じてそう付け加える。なにせ中身はコンビニのおにぎりだし、やったことと言えば煮込んで軽く味をつけただけだ。
けれども庭野は、感激したように器に手を伸ばした。
「そんなことないですよ! うわー、すっごい美味しそう!」
ノートパソコンを一旦端に追いやって、庭野は「いただきます」と手を合わせた。
そっとたまご粥を救い上げると、レンゲの上からも湯気が立ち上る。ふうふうと何度か息をかけて冷ましてから、庭野ははふはふとたまご粥を頬張った。
途端、ぱああと顔を輝かせた。
「美味しい……! ふわふわで、あったかくて、優しくて。こんなの、まるで……」
そこで、庭野はうるうると瞳を潤ませて丹原を見た。
「お母さん……!」
「誰がお母さんだ」
突っ込みつつ、喜んでいる姿を見るのは悪い気はしない。
それに、こんな簡単なことで、ポニーさんの創作の後押しができるなら。
「これで、あと少し頑張れそうか?」
頬杖をついて、思わず庭野に問い掛けてしまう。庭野は一瞬キョトンとしたものの、すぐに満面の笑みで答えた。
「はい! 先輩のおかげで、百人力です!」
「なんだそりゃ」
はふはふと。食欲がなかったのが嘘のように、庭野は夢中になってたまご粥を頬張っている。気持ちのいい食べっぷりに、丹原の顔にも自然と笑顔が浮かんでいたのであった。
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