拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅

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18.推し作家のピンチ?

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 結論から言えば、第二グループのミッションは無事達成された。

 先方から土壇場で追加された要望も、丹原が共有した過去の事例をもとにパーフェクトに叶えることができ、先方も大満足。あとは週明けの正式運用を待つばかりとのことだ。

 激動を乗り越えた第二のメンバーは、解き放たれたように晴れやかに健闘を讃えあった。

 大方はその足で飲みにいったようだが、何名かはヘロヘロに疲れ果てており、また今度ということで家路についた。庭野もそのひとりだったはずだ。

 そんなわけで、平和な週末が訪れた。

 



 丹原千秋の休日は、規則正しく始まる。

 起床は、普段よりゆっくりな朝8時。インスタントコーヒーとトースト、シリアル入りのヨーグルトとバランスの取れた朝食を済ませた後は、顔を洗ったり着替えたりと軽く身支度をする。

 そこから、さっそく溜まっていた家事もろもろを片付けるのだ。

 天気が良ければ洗濯機を回す。洗濯が終わるまでの間に、掃除機がけやトイレ掃除をテキパキとこなし。ちょうど済んだところで、洗い上がった服たちを一気にベランダに干す。

 手早くルーティンを片付けた後は、軽いストレッチと筋トレを。そのあとは簡単にシャワーを浴びてリフレッシュだ。

 そうして身も心も、ついでに部屋も清めた後は満を持してソファへ。

 ここでようやく、丹原は至福のWEB小説巡りをするのである。

(いざ、尋常に……!)

 期待を込めてブックマークを開く。真っ先に周回するのは毎度お馴染みポニーさんだ。

 修羅場も終わって更新はされただろうか。ツンデレ娘は、無事にヒーローにデレているだろうか。

 1週間のお預けをくらった丹原は、どきどきと胸を高鳴らせ画面を下にスクロールする。

 だが。

「だよな……」

 1週間前から増えていない話数に、丹原はぱたんとソファに横になってしまう。

 ――いや。冷静に考えれば、それはそうだ。

 昨日は早く帰れたといえ、一昨日の時点で庭野はすでに疲労困憊だった。あんなに大きなクマを目の下に作って、普段のキラキラ王子ぶりもなりを顰めていたのだ。

 帰って、休んで、今朝ものんびりして。なんなら、まだ起きられてないかもしれない。

(更新できなかったってことは書き溜めのストックも切れたんだろうし。昨日の今日で続きを強請るのは、さすがに酷だよなあ)

 ため息をついてスマホを下ろす。

 気を取り直して別の作品を覗きに行こうかと思ったところで、ふと丹原は気づいた。

(そうだ、SNSでは何か呟いたかもしれない)

 その可能性に思い当たり、いそいそとSNSを立ち上げる。

 仕事でも周囲との調整が上手いだけあって、庭野はSNSでの報告もマメなのだ。今回のように更新が遅れてしまうときは先に言ってくれるし、再開したときもお知らせしてくれる。

 ほかにも個人情報が割れない範囲で、わりと頻繁に呟く。

 何か呟いていれば、余裕を取り戻せたと言うことだ。ならば安心して、更新を待てるというものである。

 自分のアカウントから庭野のポニーさんとしてのアカウントに飛ぶ。

 見慣れた馬のアイコンが画面に現れたところで、丹原の手は止まった。

「……は?」

 ポニーさんは呟いていた。時刻は昨日の午後七時。ちょうど会社を出て電車に乗った頃合いだろう。

『やっと仕事終わったー! ラストスパート、頑張るぞー!』

 拳マークを添えて、庭野はそう呟いていた。

「ラストスパート? なんの??」

 昨日でめでたく仕事は収まったので、今日明日は庭野も休みのはずだ。そもそも冒頭に「仕事終わった」と叫んでいるのだ。会社関連ではないのだろう。

 といってポニーさん、すまわち小説関連だとして、何がラストにスパートしてるのだろう。現在更新中の作品は山場は迎えているものの、張り巡らされた伏線を思えばまだまだ終わりそうな雰囲気ではない。

 じゃあ何が。そこまで考えた時、丹原は思い出した。

(そういや、あいつ。小説絡みでも立て込んでるって、資料室で言ってたな)

 たしかそのあとで、公には言えないが嬉しいことがあって。そんなことも言っていた。

 なんだ、嬉しいことって。それはそれとして、庭野は大丈夫だろうか。

 ポニーさんのファンとして浮き立つ心地と、会社の先輩として案じる気持ち。ふたつがぶつかり合い、二重の意味でソワソワしてしまう。

 何があったか知らないが、昨日フラフラな状態で帰宅したというのに、さらに庭野は自分を追い込んでいるのだろうか。いくら見るからに健康優良児な体力オバケといえども、さすがにムリが祟るというものだ。

(案の定、七時の呟きを最後にSNSもダンマリだし……。まさかあいつ、ひとりで倒れてるんじゃないだろうな)
 
 一度そう思うと、そうとしか考えられなくなった。

 だが、もし本当だとして、庭野に頼れる宛はあるんだろうか。

 彼女……の話は聞いたことがない。出身はたしか神奈川だったはずだ。別段遠くない、むしろ近いうちに入るが、家族を頼れるかというと微妙な距離だ。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 知らずうちに、部屋の中をぐるぐる歩いてしまう。

(……落ち着け。単に、昨晩遅くまで粘って、今日はまだ起きていないだけかもしれない。朝も夜も弱いとか言ってたしな)

 前髪をくしゃりとやりながら、深呼吸をひとつした。

 だいたい、なぜ自分がこんなにも後輩の体調のことで気を揉まなければならないのか。いくら相手が推し作家さんとはいえ、あくまで表面上は会社の先輩と後輩である。

 家族でもなし。恋人でもなし。なんなら友人ですらないのだから、そういう心配はもっと身近な誰かが――。

 その時、ピロリンとスマホの通知が鳴った。

 表示された名前にギョッとする。

(庭野!? なんでLIMEライムなんか)

 ちなみにその時の記憶がないが、焼肉の帰りに庭野とLIMEの連絡先を交換したらしい。『拓馬』と表記されたメッセージを慌てて開く。

 目に飛び込んできた画面に、思わず丹原は叫んだ。

「おいいいいい!?」

 ――LIMEのトーク画面には、ぱたんきゅーと倒れたウマのスタンプがひとつ、ぽいと放り投げられていた。
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