陰陽師と伝統衛士

花咲マイコ

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夢違え夢現と祈り姫

願いと妄想の夢違え☆祈り姫からのまとめ

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1☆あやかしの夢誘い
 日和国には男子皇族は多くいらっしゃるが、女性皇族は法子内親王ただおひとり。
 まだ、未成年皇族だ。
 十年後には素晴らしい美姫になられるだろうが、いまは巫女修行中で十一歳の子供。

 そのような日和国を舞台にしたファンタジーギャルゲーで
【皇女♡ハーレム】
 などというゲームが流行っていた。
 アニメ絵も美しく魅力的で和風の美姫たちが一人の男性(プレイヤー)に恋をする。
 全ての姫君はプレイヤーに惚れていくゲーム。
 もちろんライバルや、皇族入りする事を阻止する者達との戦いがあってストーリー性もある。
 恋愛にならなくても、皇室をお守りする臣民エンディングや世間体に負けてしまう惨めな敗北バージョンまで多岐にわたる。
 そして最高エンディングは皇となられた皇女の伴侶の地位を得て子供を次の皇にすることが目的だ。
「あーあー世界が逆転してたらなぁ。」
 と、わざと男はボヤく。
 そんなことはありえないゲームは盛り上がる。
 心から、現実にしようとは思わないが……
「もし、そんな世界があったら夢のようだな……」と思う。
「その夢を叶えてあげましょうか?」
 響くような艶っぽい女性の声がヘッドホンに、響いた。
 その声はゲームの声優にはいない、独特な色っぽさと人を楽しませるような声音が特徴的だった。
 突然のことに、頭が真っ白になる。
 そして、モニターに狐耳でまつ毛が長くて黒髪の人を誘うような艶のある瞳と真っ赤な唇に、谷間の美しい豊満な胸をした美女がこちらを見ていた。
 黒のバニーガールならぬ、黒のフォックスガールの格好をした女が画面の中から男を見ていた。
 男は恐怖より唖然としてコントローラを落としてしまう。

(こんな美しい女性を見たことがない……!いや、現実にしたら、うさかぐやちゃん(ゲーム上の色っぽいお姫様)……かな……いやいや、こんな肌をあらわにするキャラじゃないし…こんなに美しい生身の女じゃないし……
…………はぁ……なんて素敵な女性なんだ……)
 ゲームのキャラクターしか興味のなかった男を一瞬でこのフォックスガールの為なら命をかけられるほど惚れてしまった。
 いや、催眠術にかけられていた……そのことに全く気づかない…

「あなたのような人を待っていたの……探していたの……」
 いつの間にか柔らかな肌を背中から抱きつかれ、密着する。
 耳に艶っぽい生の声が息が掛かるほど近くで響く。
「これは……夢……?」
 現実にありえない事だと、理性もまだ働く……この不思議現象に戸惑いと不安を生じている男は何とか、絞り出すように出した言葉に、フォックスガールはつやっぽく微笑み軽く男の唇にキスをする。
夢現ゆめうつつの異界へ、ようこそ、招待するわ……ふふ」
「夢現……?」
「夢の中で目的を達成すれば現実になるゲーム……あなた、ゲームだい好き、でしょ?」
 上目遣いで懇願されるような仕草、胸の谷間に視線を釘付けにされる。

「探していたの……現実世界で妄想と夢の中で生きていこうと強い願いを持つものを……」

 強い願い思い、妄想が充満して、望みを叶えてくれる人間を……


 日和国の【親王】達がもし、【内親王】だったら?
 そして、あなたが【帝】になれる【地位】になれるとしたら?
そしたら、
「この国は……俺のモノ……」

 妄想に力を与える。

 男になった法子さえ、居なければ……

 妄想は願い、そして祈りになり、望みが集まればいずれ現実になる……

 祈り姫の夢を繋げて、その祈り、願い、妄想を具現化させてあげる……

 それほどの力を私は持て余している……
 そしてこの男は妄想の依代だ。
 もうまともな人に戻ることはないだろう……身も魂もいずれ私の糧になる……

「祈り姫の『夢』を使って……今まで集めてきた妄想との願いを力に変えて……夢現の異界をつくる!」
 出てきたモニターにどす黒いオーラを放つと、神々しい西洋的な宮殿が現れる。
 本来の伝統を知らぬ国民が多すぎるための妄想の世界は、皇帝が住まうような世界のようだ。

 それはまるでヨーロッパのある国が民衆に滅ぼされた城のよう……

 それは、主か望む世界の始まりのように感じる…

この世に、変化を、災を、変革を、革命を……!

 現実にならない、強い力と思いを持つ、私の新たな主のお力になれるなら……
 あらゆる禍を起こして、この神代の時代から続く万一系の皇の統べる国を滅ぼしてしまえば、全てが解放される。
 神代の概念が全て崩れて無くなる……そうしたら混沌の世界が生まれるわ……
 いずれは、主が望まれた混沌とした世界が広がるのよ……
 着実に……うふふ……

 夜子は元は縁結びの狐。
 闇に染まりし願いに、悪魔と化したあやかしであり神。

 魔を指すように、快楽のように、人を狂わすことが得意だ。
 
 これから起こる楽しい夢現の異界を作る媒体を見つけたフォックスガール……妖狐の夜子の瞳は男の死角で、顔を埋めて、口を大きく耳まで裂けて瞳を爛々と金に輝かせて不気味に笑った。

2☆夢捕らえ
 夢はいろんな思念の世界を作る。

 夢は人が見るもの、眠った魂がさまよう場所……

 眠った意識……魂は体を離れて不思議な世界をさまよう。

 過去の夢、未来の夢、見たこともない世界の夢、閉じ込められる夢……

 生きているからこそ、夢を見る。
 その夢は現実ではない、まぼろしだ。


夢でも正夢になる夢もある。
それは、未来に影響する夢。
人々の祈りや願望……

 祈りを導く祈り姫巫女である法子は無意識に夢を渡ることがあった。

 神と無意識で繋がる場所。
 サンタクロースとも夢の中であった。
 李流と薫の舞楽の舞も現実で病のせいで見れなかったが、神が夢の中で見せてくれた。
 神は優しくもあり、荒々しいものだということも知っている。
神のお告げがたまに来るときや、李流に、家族に会いたくなったときに、夢がつながる。

 夢は無限の世界に繋がるという、希望ある言の葉は嘘ではない。

 夢はあやふやであるからこそ、現実にしようとする。


 日和国には様々な性質をもつ神がいることも、善悪も裏表、
両方兼ね備える。
 天にいる神だけが、神ではなく、人でも獣でも神になれる。
ただ、人や獣はあやかしに転じ安い……
 神とあやかしの違いは、天にすまい人々を見守るか、地に住まい人々を惑わすか……

 今宵、夢を見せている神はどちらの神か……
 法子は今宵は地の神のイタズラにあうだろうと直感する。
 禍々しい気配が法子を捉えたからだ……

 そんな時は悪夢を見る……

 祈り姫の夢は現し世に影響する。

 その理を知るあやかしに囚われるとは……

「祈り姫の『願望』とリンクするなんて、まだまだ修行の足りない皇女様ね……」

 ふふっと笑う。
 女の笑い声が聞こえた気がする。

 それは悪意がある…と法子は感じる。

 現し世に影響を与えようとする禍神……と判じて、はっと微睡みのなかから目が覚める。
 いや、目が覚めるというより意識が目覚める。
 夢の世界で目覚めることは多々あった。


 現実ではないが、現実を飛び抜けたことが起こるのが夢の世界。

 そのことは理解していたが、意識は夢にどうしても囚われてしまうもの……感情を剥き出しにして、理性を保つのは難しい事で、常識の外のことが起こるのが夢の世界だ。

 夢の世界の法子の身にもありえないことが起こった。

 時代の伝統彩残るも建築の衣瀬の神殿ではなく宮殿の一室にいると理解する。
 いつもの巫女装束ではなく、白いシャツに半ズボン姿の自分を部屋の鏡で確認する。
 背を隠す髪も、首筋当たりまで短い。
 法子は皇子になっていた。

3☆二つの意識と異世界
「ここは……日和宮殿、自分の部屋……か?」

 宮殿の一室を陛下から与えられていたが、少し雰囲気が違う。
 法子の部屋はピンクを基調にした可愛らしい部屋だったが、この部屋は淡いブルーを基調とした男の子らしい部屋と作りになっていた。

 体が男子になっていること自体衝撃的驚くことだったが、これがいつもの自分だと納得してしまう……

(これが、私……僕だ……)

「陛下のおわす宮殿までズケズケと入ってくるとは…………」
 と、つい憎々しげに、ため息を吐くように呟いてしまう。

 そうすると、今までの本来の法子の記憶にない記憶が蘇るようだ。
「僕はやつに命を狙われている……将来、皇になる僕が邪魔だから……」
 命を狙われていると、自覚してきた……それは空恐ろしい記憶だと、俯瞰している感覚の法子は思う。

 夢なので夢の中のストーリーは記憶になくても植え付けられるような感覚だ。
 やはり、普通の夢ではないと感じる……
 夢だと自覚しているのに、目覚められない……
 これはとても不安なこととも思う。
 神の世界ならば、夢の中でも己を保てるのに、己を保ちながらも違う記憶や感情に支配されて自我をギリギリ保っている危うい状態だ。
 禍々しいものがつくりだした世界に魂を夢の中に閉じこめられたからか……?

 法子の直感は当たる。
 自我よりも、夢の中の皇子の法子の焦りに感情が優先されている。

 たしか、皇太子殿下の皇女殿下が一目惚れした男を皇族として初めて皇室に迎えることになってしまった……

 長女である皇太子殿下の皇女が次なる皇になる訳では無いが、男子皇族は法子一人。
 それを憂いた時の売国政府が、女性宮家なるものを作った上に、皇位継承順まで皇族減少の危機として男女区別なく継承を議論中だ。

 もし、皇太子殿下の皇女が一般人の男との子を産んだら今まで続いた、男子万世一系が途絶えて、皇族と縁もない男の血筋が日和国の皇になることになる。
 今までの日和国の滅亡も同然だということを、恋に狂った皇女殿下は気づかぬ振りをしているようだ……

 日和国の皇の役目たる国民のために祈る儀式も伝統の尊さも解さぬ無知で怪しい男……
 それに皇女も無知だった……
 それ故に皇女に手を出した……

 いずれは自分が皇になれると信じて……

 国民はみんな不安に思っていた。

 周囲からの強烈な反対の中、無理やりでも結婚をしてこうして宮殿に住まっている。

 という、記憶が夢の中の設定にあった。

 そして、今後、唯一の後継者であろう私の……僕の命を狙っている……帝の地位を狙っている……

 現実の記憶を法子は俯瞰して記憶を手繰り寄せる。
 それが現実の自分だと言う自覚に通じると思うからだ。

 現実は男子皇族が沢山いらっしゃって、式部宮の双子の皇子は前年、成人皇族になられたばかりだ。
 皇太子殿下の一人息子の光継も五歳だ。
 皇統順位は確定されて安定している。
 ただ女性皇族が法子一人という祈り姫の継承が法子が成人して何年も現れなければ結婚することが出来ないのは法子が困る。
(降嫁して李流と結婚できなくなってしまうのはいやだな……)
 と不安に思って、母の春子に宿られた皇女でありますように!と祈っている毎日だ。
 一般人の李流との結婚を夢見ていたし、今もそれを希望している……

 …………そこに付け込まれたのかもしれない…………

 と確信すれば、祈り姫巫女として不貞な考えで今は誰にもこの本心を知られたくなかった。
(この世界の皇女と同じ……いや!違うぞ!)
 この世界の皇女と同じ無知なものとは違うと思う。
 自分には李流に叩き込まれた皇族たる所以の知識がある!
(自分の役目をおろそかにはせぬ!)
 と、己を鼓舞するようにエイエイオー!のポーズをして、
(私の望みは、降嫁して李流と幸せになるのが人生の夢なのじゃ!
 後継者がいないなら、祈り姫として一生務める覚悟はあるのじゃ!……いや、皇女が産まれたら、いずれ速攻バトンタッチ予定じゃ!)
 法子自身そのように前祈り姫から受け継いだようなものだった。

……だが、この夢の世界は、自分以外みな女性皇族しか生まれなくて、仕方なく女性宮家まで設立された。

 その婿を法子は色々な嫌悪感を抱いていて、相手にも伝わっている。
 それほど険悪の設定だ。

 自分はその男に嫌悪を抱いていた。
 殺意を抱かれるほどに……
 夢の中なので感情が剥き出しなので法子は恐怖をいつも以上に感じて影響されるのだった。

4☆シラスの国ウシハクの国のアリスの世界
「夢の中の私の知っている人達はどうなっているのかの……?」

 あの男とは出会いたくない気持ちもあるが、この、夢の中の宮殿宮中に夢の中とはいえ懐かしい顔があるかもしれないという好奇心が湧いた。
 両陛下、父様、母様もそうだが、父の中務の宮の宮殿の隣に存在する、奥なる組織、陰陽寮の者達……
 陰陽寮長の晴房に瑠香に習い修行をしているという李流に、李流に会ってみたい!
 という感情が先立って部屋から飛び出した。


 だが、夢の世界……現実の宮中とは違っていた……


 日和国の宮殿というよりかイメージが西洋風なのは、夢であり皇族のイメージが西洋かぶれのせいなのか……と法子は思う。
 芽維治につくられた西洋の宮殿を模した豪華な作りな宮殿になっていた……
 法子はさらに不服だ。
 皇族は日和の歴史の文化を尊重しているのに、教えられていないからこんなにも豪華で不遜な夢の世界を想像するのだと……

 日和国の祝皇は国民の幸せを祈るため、伝統衣装に身を包み潔斎をして国民のために祈られる。

 国民の前に出る時は西洋風の服装をなさるが、祭祀の時は古来の衣装をおめしになる。
 そして宮殿宮中の奥で働く者達は古来日和国の服装に現代風に動きやすい服をアレンジして制服として支給している。
 特に、陰陽寮、伝統衛士、巫女寮、雅楽寮と、古来からある奥に務める者達は伝統を維持し続けるのが勤めである。

 本格的な行事祭祀のときは、本物の正装をする。

 常に陛下のお傍に侍り務め、国民のために祈る祝皇陛下のサポートを欠かさぬ努力をするスペシャリスト達だ。

 陛下は常に国と国民の安寧を祈り神に祈られておられる。
 そして、国民も陛下をしたい皇室の反映と幸せを祈る。
 それは、日和国建国以来から変わらぬ皇と国民の素晴らしい関係だ。
 皇が民を思い、民が皇を思い信頼で成り立つ国を【シラス】の国と昔は言った。
 力の支配者の権力の下に成り立つ国は、皇帝に国民は生殺与奪を握られている。
 それを、古代では【ウシハク】と呼ばれている。

 と、李流に教わったことを思い出す。

 この夢の世界はウシハク世界をイメージされている西洋風の夢の世界だと納得いく。
 それが常識だからこそ、権力を乱用する反日勢力に支配され政治体制で女性宮家、女系祝皇なるものを作りシラスの国を破壊されそうな危険な世界だと……
 理解したとともに本当に現実になったら恐怖だと思う。

 この世界が夢で良かったと思うほどに……

 だが安心もしていられない……

 祈り姫の夢に入り込んで正夢にしょうとしていること自体、とても由々しきことだ。

《祈り姫の夢を正夢にしようと目論むからこのような夢を見せているのだ……》

 巫女として神の依代の法子にそう囁く声がする。

 《この不遜なあやかしの夢から無事に逃れるのだ……》

 神であり御先祖様の助言だと法子直感する。

(今はその声にしたがって逃げるしかない!これも天の助けだ!)

 助言を聞いて油断した。
 後ろから何者かに羽交い締めされた。
 それは殺気を含んでいた……
 顔を見なくても分かる……あの男に違いないと、法子は恐怖するのだった……


 法子は習ったばかりの護身術で男を投げ飛ばして、とりあえず逃げる。
 宮殿は色んな扉があって逃げるには事欠かないと思った。
 だけど、限界がある!
 現実の自分が目を覚ましたらこれはいつか現実になってしまうかもしれない……

《無事にこの夢を幸せに終わらせて逃げ仰せねばならぬと神が伝える……》

 神、自ら救い出さない事は神も法子の夢の中の行く末を見守り試されている。
 ハルの神やルカの神のように依り代に宿られ、皇室を守る神ではないと、直接手を下さないようだ。
 
 「誰か!李流!たすけて!」

 この夢に来て助けてくれる神はハルとルカの神と分かっているが、愛しの李流の助けを強く願うのだった。


5☆白昼夢の悪夢
「李流!助けて!」

(法子様の助けを求める声がする……)

 李流は現実と夢の間に漂って目を閉じているイメージが存在としてあった。
 だからこそ、法子の声が自分の耳に届く。
 声だけじゃなく、感情までダイレクトに伝わる。


「このままでは、世界の祝福を願う祝皇陛下の御代に影響を及ぼしてしまう!」

 法子の必死に助けを乞う緊急事件だ!と感じて李流は眉間にシワを寄せる。
 李流は体を動かしたくても体自体無い空間に存在している感覚になって、もうすぐ現し世の体に戻る白昼夢だ。


 祝皇陛下の願い祈りは、神々に国民からの祝福祈りを願いを神に祈り願い平和を祈願するお役目がある。
 祈り姫は祈り願いを世界に導き具現化されるように神に祈る……
 善意ある祈りも悪意ある祈りも、祈り姫の心で左右される事もあると聞かされたことがある。
 女は、一点集中よりも、多岐にわたって仕事をこなすことが出来るは女いろんな情報雑念に流されやすい。
 そして、男は一点集中、意志強く人々を定めた道に導くことに向く。
 それも、立派に国を造り治めた神の血を代々受け継ぎし子孫の末裔の国の元首たる皇となられることを宿命づけられた男性皇族が担うことによって正しい国を国民を導くことが出来るのだ。
 それが、祝皇家に生まれたものの努めであり宿命だ。

 だがもし、宿命づけられてもいない、意識もない不届き者が皇になったなら……

《築き上げてきた皇と関係ない血筋のものがこの祝皇の国の皇になろうものならば……》

 神々の怒りと悲しみに満ちた感情と声音が李流の体に重くのしかかる感覚がし、

《……国は亡びる……》

 と不吉な囁きが法子の頭に響いた……

 その伝言は李流にも同じに響いた。

「そんなことはダメ!」
「そんなことはダメだ!」

 法子と李流は同時に叫ぶ。

《ならば、夢を違えをせよ……》

 その声には二人にゆだねた感覚だった。
 それは重大な任務に感じた。

 李流は目覚める間際に法子の現状が見えた。
 男の子に見える法子が、恐怖におびえていた。
 ついに見つかってしまった。
 男は影のように暗く姿かたちすらわからなかった。
 だからこそ恐怖がます。
「ここにいたのか……」
 悪夢の夢の張本人が法子の腕を掴んだのを李流は見た。
 夢なので、映像をみている感覚だが、法子の恐怖の感情が李流にリンクして胸がバクバクと再び恐怖に襲われる。

 なのに、李流は何もできない。夢に関与できない焦りと、恐怖が、胸に迫る。

「李流!助けて!とにかく私を目覚めさせるのじゃ!この悪夢をいずれ具現化させないために!」

 法子はハッキリと李流と瞳を合わせながらそう叫んだのだった。

「法子さま!まっていてください!」
 夢から醒めた李流は左手で恐怖で、高鳴る胸元に、ある布団を掴み、右手を天に伸ばしていた。
 ガバリと嫌な汗をかきながら、李流はおきる。

 ハッキリと法子の助けと必死さがリンクして現実の記憶に刻まれて目が覚めてもドキドキと体が震えるほどの恐怖を身にしみた。


6☆夢見の吉凶
「どうしたのだ?李流?」
 几帳を挟んだ向かい側に陰陽寮長の晴房は李流のうなされ具合が気になって声をかけ、李流の近くによって様子を見る。
 晴房は陰陽寮の仕事が忙しく桜庭の家に帰らず宮中で過ごしている。
 李流も家に帰らず学校が終われば陰陽寮に泊り込みだった。
 神事と暦制作が重なる秋の季節の忙しい時期だった。
 年末、新年の行事にも備えねばならない。
 なるべく余裕を持って準備を整えて余った時間があれば妻と産まれたばかりの子供と李流と義祖父季節で家族団欒を晴房は楽しみに仕事をがんばっている。
 うなされるほどの仕事量を押し付けたかな?と晴房は内心申し訳なく思った。

「ハル様……」
 李流はまだ、胸がドキドキと、恐怖の鼓動が収まらず胸元を掴む手が震えている。
 明かりを付ければ李流の顔は真っ青になっていた。

「法子さまが……法子さまが助けを求める夢を見たのです……」
 怖い夢は直ぐに忘れてしまいたいものだが、今見た夢の記憶を忘れないように李流は反芻する。

「法子さまの夢がオレとリンクした感じで……法子さまになった夢を見た……のです。」
 夢というものは直ぐに記憶から霧散してしまうものなので晴房に記憶を覚えていて欲しくて言霊に出す。
 晴房は、黙って真剣に李流の瞳を見つめて耳を傾けていてくれる事に感謝をする。
 普段のほほんとしていても陰陽寮長、しっかりしていると尊敬の念がわく。

「現実と違うのは夢の世界のせいで……法子さまは皇子になっていらっしゃって、ただおひとりの皇子の法子さまを亡きものにしようと企んでいるものに命を狙われて、ご皇室の祖霊の神様にこの夢を実現させれば日和は亡びると言われました……そして、法子さまは捕まって怖くて目を覚めてしまったのです!」
 李流は、ハッとしてさらに青ざめて、晴房の狩衣をガシリと掴み、
「ハル様!今すぐ、オレを夢の中に法子さまの夢の中に送れませんか!?法子様が!法子さまの危機なんです!」
 そう必死に叫ぶように言って、神の化身でもある晴房の体を必死に激しくゆさぶった。

「ええぃ!落ち着けぇい!」
 晴房はいつも手に持っている檜扇を李流の脳天にバシン!と思いっきり落とした。
「ぐはっ!」
 一瞬気を失うほどの衝撃で、痛さを自覚するとハッキリと目が覚めてしまった。
 檜扇に微かに煙が見えているのは幻だろうか?

「落ち着け、夢は時をも支配する空間だ。多少の事なら平気だ……たぶん……」
 晴房も確信があまり持てないようだが、李流は冷静さを取り戻す。
 所詮は夢……現実ではない……と思ってしまうことだが、それは危険な事に感じて、やはり、胸のあたりを焦がすむず痒い感覚におそわれる。
 恐怖以外覚えてない……こんな怖い思いをする夢をもし法子さまが見ていらっしゃるなら助けたい……
 と、とても新底思う。
「法子殿下が男宮になって何者かに襲われる夢……しかも神がそう仰ったというのだな?」
「はい……」
 それだけでも不吉の予兆だと晴房は思う。
 ましてはここは、宮中を守護する二柱の化身が住まう陰陽寮の場所での悪夢だ。
 万が一陛下の魂が穢れに触れらたらと思うと一大事だ。
 李流が夢見るのみでよしと思う。
(李流の夢見の力を強化し引き出しておいて正解だな)
 晴房は李流の夢見の力を引き出しているために陛下に降りかかる悪夢も李流が観ることもある。
 今回は遠くに修行なさっていらっしゃる法子殿下に直接降りかかり李流が夢見の力で危機を察ししたなとひとり納得する。
「うむ、いつも、幸せそうな夢しか見てないお前が悪夢を見るか……
それは心配だな……」
 と心配そうに慰めるように今しがたぶっ叩いた頭を撫でて、夢のふと気配を感じた。
 晴房は神の化身そのものであるため現世にありながら異次元の世界を辿ることも出来た。
「しかも、一方的な神との誓約のようだな。」
 晴房はさらに気配を追ったが、正体をつかみづらいのか眉間に皺を寄せ、
「まだ、一方的ならいいのだが……」
 と晴房はポツリと呟いた。
 こういうことは、ルカの神の方が得意だ。
 ハルの神は現世に起こる最悪から守り容赦なく何事も消し去る物理的な力の方が得意だった。


7☆心踊る中務の宮
「少し待っていろ、瑠香を起こして直ぐに夢に送ってやる」
「いや、もう来たぞ。」
 瑠香は、二人の局に遠慮なく入ってきた。
 そして後ろにもう一人。
「大丈夫かい?すごい、うなされ方だったね。瑠香の局まで届いたよ」
「な、中務の宮殿下!」
 李流は慌てて床におでこを付けるくらい平伏した。
 中務の宮は陛下に神事、吉凶を報告するお役目をなさり、奥では陰陽寮を直接管理、陛下皇室の祭祀を滞りなく取り仕切ることをお役目になさっておられてご多忙で忙しく在られ、更には法子内親王殿下の父君であらされられる。

「な、中務の宮に置かれましてはぁぁゴゴキゲンウルワシュッ……!」
 あまりの緊張で口が回らなくなって顔を真っ赤にして恥じる。
 嬉しさと恥ずかしさの涙をぐっと我慢する。
 数回お声をかけてもらって個人的な会話を為さられたことはあるがいつも李流は緊張してしまう。
 式部の宮雅殿下に久々におあいした時も同じように平伏して薫に「親しき仲にも礼儀ありって言うけど、土下座ありみたいだぞ……」
 と言われてドン引きされた。 
 だが本来そのくらいする事が重要だと李流は思う。
 実際そうさせるオーラを持っている方々なのだから……
 その様子に中務の宮は苦笑して、
「そーんなに、平伏しないでおくれ、今、僕はoffモードなんだよ。
 気軽に接してくれるとうれしいなぁ」
 中務の宮はしゃがんで李流の肩をポンポンと親しげに叩き、優しく微笑まられた。
「は、はい……」
 我慢してた涙がポロポロと落ちてしまった。
 それは敬愛する皇族殿下のおそばにおられることの感無量なことと慈悲のオーラに圧倒されてのことだった。
「李流くんは可愛いね。瑠香がお気に入りの気持ちが分かるよ。」
「これは、私の息子だ!誰にも渡さぬ!」
 晴房は李流を肩から抱きしめて何故か中務の宮に警戒する。
「不敬だぞ、ハル。」
 瑠香は晴房を軽く叱って、ふーっとため息を吐き、
「李流君の見た夢を話しておくれ」
 瑠香は話がはぐれて飛ばないように促した。
 李流は今度は落ち着いて夢の出来事を整理して話した。
 神二柱は深刻そうに唸るが、中務の宮は玩具を見つけた子供みたいに満面の笑みで、
「何か、面白そうな事が起こっているみたいだね!」
 声を弾ませて本心をそう仰った。
 自分の娘の危機も重大だが、この世のものとはかけ離れた不思議な事件が起こっている事に久々に胸を踊らせている。
「久々に悪い癖が出てますよ……」
 瑠香は窘めるが、中務の宮の若かりし時のご性格は健在で懐かしさに苦笑した。

8☆陰陽寮職員集合
「その話、ゲームソフトの『王女ハーレム』に似てまつね?」

 李流の夢の話を中務の宮に話していたのを、そっと阿倍野野薔薇あべののばらは聞いていて、そう言った。
 野薔薇は女陰陽師で、局を一室頂き、常に宿直をして陰陽寮で、仕事をしていた。
 天然パーマで眼鏡をかけた幼い雰囲気のある彼女は、宮中に務める女性職員に陰陽寮が発行する吉凶予定表を配る役目を一人で担い、吉凶方位、風水を得意とする。
 野薔薇の局の両隣は瑠香と晴房と李流の局だった。男性職員が多い職場のために親戚である寮長、副長が野薔薇を万が一に備えて守っているが、今月まで陰陽寮を辞して滝口臣たきぐちおみと結婚生活に入る予定である。

 その事を快く思っている中務の宮は満面に微笑んで野薔薇の手を優しく握り、
「臣と仲直り出来て良かったね。結婚式には是非行くからね。予定はちゃんと知らせるんだよ?」
「そんな、来て下さるなんて!恐れ多いでつよぉ!もうっ!」
 そういって、嬉しさのあまり恐れ多くも宮の肩をばしばし叩く。
「野薔薇さん!ダメですよ!不敬です!」
 李流は卒倒しそうに青ざめて諌める。
「ご、ごめんなさいでつ!つい嬉しくて……」
 野薔薇はしょぼんとする。
「いいんだよ。若くてかわいい女の子に触れてもらえるなんて嬉しいからね」
 中務の宮はニコニコして仰る。
(ちょっとでれでれしてる……)
 と李流は思う。
(ハル様が中務の宮は女の子が好き、と言ったことは本当なんだな……)
 と李流は察して黙ることにした。

「で、『その王女ハーレム』っとはなんなのだ?」
 晴房は顎に檜扇を当てて訝しむ。
 名前だけ聞けば、いかがわしさ100%だ。
 晴房はそういうカルチャーに疎い。
 さらに触れたことも無いのでつかみづらい。
「ポータブルゲームで流行っているギャルゲーでつ。逆の乙女ゲーも時代背景が異なっておもしろいでつけどね!資料があるのでちょっと待っていてください!」

 野薔薇は、ゲーム雑誌を急いで部屋から持ってきてそのゲームのタイトルページを三人に見せる。
 何人もの美しい女の子の絵が構成よく描かれて、アラブ風と和風の掛け合わされた斬新のデザインで描かれたものだった。
 しかも最新作が春頃に出るようだ。
 
「『祝』を『祈』に変えたファンタジーゲームで、ゲームの内容は祈皇室に婿入りして将来帝を目指すゲームで色々なマルチでエンディングがあるんでつ!」
 と興奮気味に野薔薇は説明する。
 かなりのファンがいて新作を心待ちにしているという。
 臣とのデートでこのゲームの新作発表を期待していたけれど、あの時はそれどころじゃない事件が発生してチェックできなかった。
「そんな名作普及しているゲームの影響が妄想の夢が我が娘の『祈り姫』に届くものだろうか?」
 と中務の宮のはうーんと唸る。
 オタクカルチャーに興味を示していた事は知っているがゲームはやらせた事はまだなかった。
 漫画本も基本、我が国をテーマにしたオカルトものを与えて少しずつ知識を付けさせたことはあった。
 代表的なものは野薔薇の父の作品の『狐巫女と陰陽師』は不朽の名作で法子はワクワクしながら読んでいたのを知っている。
「神が関与するくらいなのだから力ある何かが悪意を導いているんだろうな……」
 晴房は真剣に考えをめぐらせている。
「その何者かを少しでも掴めればいいのだが……」
 瑠香も真剣だ。
 異界に繋げるにはきっかけの縁が必要のことだからだ。
 李流の夢に繋がる確かなイメージがあった方が安定的に繋げやすいと瑠香は思う。
 晴房は瑠香の言の葉に閃いて、「じゃ、弓削隼斗ゆげいはやとに透視してもらおう!誰か、隼人を起こしてこい!」
「いや、もう、起きてますんで……」
 長身でひょろっとした細身の男性が自ら覗いていた。
 表情が乏しいが美形の類だった。だが、仕事疲れで目の下に隈が出来ていた。
 ちょうど宿直当番の弓削隼斗もただならぬ陰陽寮職員の会話を覗いていた。
「自分だけグースカ寝てる訳にもいかないかなと……」
 あくび混じりでそうボソリという。
 弓削家は代々続く陰陽師の一族の末裔だ。
 寡黙で、仕事を淡々とこなす優秀な若者だ。
 とくに透視が得意で的確に犯人の顔や物を捉える事にが得意だ。
「法子殿下と李流の夢に関与する奴を透視出来るか?」
「やれるだけのことは……やってみます」
 陰陽寮は超能力者が集まるスペシャリスト機関につくりかえた中務の宮と晴房の陛下おわす皇居宮中をお守りする機関。
 弓削は李流の瞳をただじっと見つめる。
 じっと見つめられて、全てを見透かされている感覚は落ち着かないものもある。
 さらに
(早く法子様助けに行きたいのに!)と落ち着かない。
 目を逸らしたくなるのは本能か、それとも……
 無理やり弓削隼人は李流の顎を抑えて逃げないように押さえ込みさらなる瞳の奥を除くように、見つめてくる。
 まるでキスされそうな勢いだ。
「いいネタおもいついちゃいまつ!」
 野薔薇はあまりの光景に顔を赤らめて興奮して叫んだ。
「掴んだ!紙をください!」
 鉛筆を手に素早く紙に掴んだ姿を書き込む。

 透視占いは瞳に映った物を見つけて捉える特殊な能力。
 普通なら見過ごしてしまう能力を中務の宮は見抜いて晴房に力をさらに引き出させて人外の物を見つけることにも成功させることが出来た。
 今回が初めての試みだが成功して満足気に髪をみんなに見せる。
 弓削は絵が超絶上手く、素早く描くことができた。
 きつね耳の美女の絵を描いた。
 全体的に黒っぽいイメージだが艶がある。

「これって、葛葉子が犯人……?」
 中務の宮はうーんと渋い顔してそういうと、
「私の妻はそんなことしません。」
「冗談だよ。ふふ。」
 中務の宮は懐かしい雰囲気に微笑まられた。
「それ、夜子……じゃないでしょうか?」
 野薔薇は青ざめてそう言った。
 弓削の描いた絵に狐耳の他に豊満の胸が黒いレオタードで支えられている上半身の絵だ。
 それだけでも思い出すのは葛葉子おばさんよりも、夜子の方だ。
 ゲームイベントで大変な目に合わされたけど、臣さんと結ばれた思い出深い事件だ。
 忘れられるわけない。
「あら、どおりで神が夢を陰陽寮に繋ぐと思ったわ…私と縁があったのね…ふふ」
 絵が喋り出す。
 絵に相応しい声は艶っぽくて男を魅了する声だった。
 陰陽寮の者達は気を張り緊張する。
 陰陽師と言えど、オカルト的な不思議な出来事に遭遇することは稀だ。
 ハルとルカは神の化身とはいえ、気配が違うと素人の李流も感じる。
 光と闇の違いだ。
 さらにこの雰囲気は李流も既に知っていた。ゲームショウで夢に誘われた当事者でもあるのだから……
「私の『縁姿えにしすがた』を書くほどの能力者が陰陽寮にはいるのねぇ。さすがねふふったのしくなりそうねぇ」
 と楽しげに笑い狐の姿を描いた紙は宙に浮く。

9☆妖と神の宣言と誓約
 狐の妖怪の夜子は絵を媒体として喋り出す。
「おおっ!凄い!君をぜひ僕のコレクションにしたいよね!」
 中務の宮は瞳をダイヤモンドの光のように輝かせ、喋る絵の状態の夜子に心が踊る。
「喜んでいる場合ではないぞ!中務の宮!」
 畏れ多くも晴房は手に持つ檜扇で、中務の宮の後頭部をぶっ叩きそうな勢いなのを瑠香は静かに止めた。
「呼ばれたついでに、この夢の最大のルールを教えてあげる。これは『宣言』よ……」
 瞳を赤く煌めき夜子は言う。
 その瞳は禍々しい感覚をその場のものに伝えるほど強い。
 それほどの力のあるあやかしだということに、皆は息を呑む。
『夜明けの目覚めまでに、皇女殿下が悪夢から目覚めたら夢は実現するわ……』
 声が二重になって響く。それは強い呪詛だった。
『これはゲームだけど、現実になるわ』
『ならば、李流を遣わし、よき夢に目覚めたならば、皇の世は久遠に存在するであろう!
 これは、誓約だ!』
 晴房はすぐさま言霊を打ち消すように、そう言い放つ。
 ハルの神の声が晴房に重なり、牽制と威圧をその場に与えて邪気を祓う。
『私が誓約と宣言を見届けてやろう……』
 瑠香はルカ神を降ろして審神者の青い瞳で夜子を睨む。
 本来だったらすぐさまに消滅させてやるのが一番の方法だが、法子の魂を人質にされているのだから『宣言』と『誓約』に則って李流を勝たせれば最大限の善き言霊になる。

「いいだろう。私が見込んだ李流が全てを収めてくれるのは間違いないからな」
 ふんっ!と晴房は偉そうに鼻息荒い。

「私は縁結びの神でもあるの。
 だから誰にとっても、最高のエンディングになることを私は望むわ……ふふ。
 ねぇ、坊や全てはあなたにかかってるのよ。せいぜい楽しませてね♡」

 李流を見つめて不気味に微笑んだ。

「さぁ、楽しいゲームの始まりね……ふ、ふ、ふ、ァハアハアハアハア!」
 夜子はあまりの高揚に口を耳まで避けて大いに笑う絵姿は思いっきり化け物じみていて人を食い殺しそうな牙を覗かせていた。
 それを見た李流はゾクッと背筋を凍らせた。
 本来、こういう霊的な出来事は大っ嫌いだ。
 これこそ夢ではないのだろうか?ここは現実か?と疑問に思っている所、晴房に檜扇で頭をバン!と叩かれて、

「現実だ、バカもの!しっかりせい!」
「は、はい!頑張ります」
 晴房の檜扇は邪気や弱きを跳ね飛ばす力があるらしく改めてシャキッとした。



「李流君!夢の中の男の恋愛エンディングだけは回避するでつよ!現実の世界にとって全く良くないエンディングでつ!」

 野薔薇はゲームの趣旨を理解して李流にすぐさまアドバイスする。
「皇族以外の男子が皇女と結婚して子供を作ってそれが皇になっちゃうゲームでは最高でつけど、現実では皇室の血が途絶えてしまうんでつから!」
 野薔薇も必死だ。
 宮中に使えるものは基本
【皇室第一!皇室命!】
 の考えであるからだ。
 その事は夢でも神に告げられたことを改めて思い返してゾクッとする。
「とにかく、李流くんは従者エンディングを目指すでつ!」
 野薔薇は真剣にそう叫ぶ。
「むしろ、身重じゃなかったら私が無事にそのエンディングに導くことできたのにぃぃっ!」
 と、興奮気味だった。
 そんな野薔薇を中務の宮は、
「まぁまぁ、お腹の子に悪い影響になるから落ち着いて」
 と宥める。

 野薔薇が目指すエンディング通りに進まねば、目が覚めて、陛下以外の皇族殿下がたの性別が変わっていたなんて、悪夢どころじゃない。
「むしろ、徐々にそういう呪いが掛かるのが現実的だな……」
 瑠香は顎に手を当ててそう想像する。
 中務の宮も考える仕草をして、
「我が娘、法子の未熟の祈り姫の力を媒介にしているということは、あやかしは法子の李流君の想いを使って夢誓いをしているわけだね。法子の望み通りもダメってことだね?」
 悪夢の反映を打ち壊すことが出来なかったら、日和国に女性宮家が出来て、新たな王朝が始まってしまう現実になってしまう。

「だけど、夢の中の法子殿下は男の子だから恋愛にならないのでは?男の子の法子殿下を目覚めるまで守ることが先決になるのかな……」
 弓削隼人も真剣に案を出す。
 ベースは恋愛ゲームだとしても、あの縁結びの神のあやかしの異界なのだ。
 ルールを変えてくることもあるだろう。
 
「だが幸いにも夢の中の法子は男の子なのだろう?恋愛には絶対ならないから安心だね?」
 中務の宮は何故か満面の微笑みで言った。
「それって現実でも叶わないってことにならないでつか?」
 それは李流君が可愛そうでつ……と思ったら、

「それはそれで仕方ありません。国のため、皇室のために出来ることならばオレはやり遂げます。」
 そう中務の宮に真っ直ぐな瞳でハッキリ言い切った。
 李流の強烈な忠義に嘘はなかった。
(まだ子供の二人には将来をかけるほどの恋愛の実感がないのも幸いしたな……)
 と中務の宮は密かに苦笑した。
 ちょっと将来の花婿に意地悪したのに李流は意に介さない。

「ふふ、頼もしいね。さすが陛下とハルの神に認められただけあるね……私も認めなきゃかな?」
「お、恐れ多いです……」
 李流は中務の宮のお言葉に顔を真っ赤にしてかしこまった。
「殿下、私の真似していじわるはダメですよ。」
「本気で可愛い子にはいじわるしたくなっちゃうね。昔の瑠香みたいにね」
「おわかり頂いて光栄です」
「李流をいじめるものは中務の宮とはいえ許さぬぞ!」
 むっとして、ぎゅっとまた李流を抱きしめ守る晴房だった。

「長く現世に居すぎても支障がある。さっさと李流を夢に送ってくれ。瑠香頼むぞ」
「ああ」

 瑠香から煙が漂うと、李流はそのまま、現の記憶と意識を保ったまま夢の中に入った。



 李流は曖昧な魂ではなく、己自身使命をもって、意識知識を保ちつつ皇室を守るため、法子を命をかけて守るため西洋風の宮殿を法子を探して駆け出した。

(法子様を亡きものにしようとする男を誅殺して、皇女と結婚を阻止できるなら、手を汚すことだって構わない……たとへ夢ではなく、現実でも……)
 と李流は本気で思っている。
 夢の中の李流は伝統衛士の装束で刀は飾りではなく本物の刀で重みをしっかり感じる。
 それば自分の覚悟と同じ重さに感じる。
 いや、もっとこれ以上に李流の覚悟は思い。
 国を皇室を尊ぶ心は誰にも負けないと自負し、これから自分が行うことを全うしようと、脇に下がる刀の鞘をしっかりと握った。

10☆再開
 法子は首を絞められて意識を失う一瞬、突然李流が男に落ちてきて助かった。
 その李流は直ぐにパッと消えてしまったけれど、その隙を塗って廊下をかけて、倉庫のような所にとりあえず逃げ込んだ。

 逃げ切れれば、最悪な事態は避けられると、法子は思う。
 現世の自分が目が覚めるまでの間何とかこの宮殿の中を隠れて逃げようと思う。
 そして、その間に……

「大丈夫!きっと李流が助けてくれる!」
 法子はすくっと立ち上がって、そっと倉庫の扉を開けて廊下の左右を確認すると誰もいない。
 とりあえず、直感で陰陽寮を探す、それがいいと、囁かれている気がする。
 そこには、李流がいると思うから、
「きっと!きっと!絶対じゃ!」
 廊下を一歩出た瞬間、奴に気づかれ憎悪が法子の背中をさす。
 怖くて後ろを振り向けない。
 振り向きたくない。
 夢の中の宮殿の長い長い廊下が続いてまっすぐだ。
 逃げ道は進むかまた部屋に逃げるかしかない。
 法子を捕まえようとしている男は一人ではない、影のように蠢く人影が法子を捕まえようと捉えて亡きものにしようとしている。
 この恐怖で目が覚める前に死んでしまうのではないか?という想像してしまう。
 それもとてつもなく強く。
 むき出しの魂の夢だからこそ強く感じる。
 ぎゅっと怖さに瞼を瞑る。
 何も見たくないし、今後怒ることが怖い……
 長い廊下はくらい洞窟のように不気味で闇は後ろから迫ってくる。
 夢で目を瞑るのは変な感覚だ。
 変なのは、この夢自体……
 夢……夢って……
「……夢は不安の言霊ではない、夢は希望じゃ……」
 法子は無意識にそう呟きひらめく。
「だから、私の希望は目の前に現れる!現れるに決まっているのじゃ!」
 閉じていた瞳を開けて目の前を向くと、


「法子さま!」
「李流っ!」

李流は優しい光のように輝いて見える。
 優しい温かさ。
 魂から結ばれた、私の伴侶……
 法子は李流に手を伸ばす。
 李流は法子の背を抱き小さな体を包み込んでくれた。
 何者からをも護るように……
 
 そうすると、後ろに蠢いた闇の触手は手は消え散った……

「本物の李流なのか?」
 法子は涙をボロボロと零しながら顔を上げる。
「はい。お待たせして申し訳ありません。法子様」
 そう言い、片膝を折り拳を作って地に置いて礼をする。
 李流の姿は伝統衛士……武士のような武装した格好でカッコよすぎる。
 西洋の王子様のナイトであり、キリリとした誠実な武士だ。
「わーーん!やっぱり李流は素敵すぎるぞよ!」
 法子は李流に惚れ直してしまう。
 感情がぐしゃぐしゃになって、とりあえず李流に抱きついて抱擁することに徹する。
 李流は法子が落ち着くのを優しく抱きしめて待ってくれた。



「その偽宮の夫を探して、説得するか脅して離婚させるか、従者エンディングにしてしまえばいい……という、簡単なことなのだな!」
 と、法子は納得した。
「だけど、既に結婚しているのなら、従者エンディングは無理なことですよね……やはり……」
 李流は腰に差した刀に手を掛ける。
 罪に問われようとも夢の中なのだから、現実では罪に問われないと思うが、これは予知夢に近い夢。
 将来自分は誰かを手にかける可能性があることなのか……と少し不安があるが、己がしっかりしていれば大丈夫だ……と心に留める。

「そこのもの!何者だ!皇女殿下のお通りだぞ!」
 と怒鳴るように声をかけられた。

「あいつだ!皇女と結婚して我が物にしようとしている男は!」
 法子は怒り叫びながら言う。
 夢の中の記憶が優先して確信する。
 李流は現実の方の記憶しかないために、訝しむ。

 男の格好が滑稽だった。
 ド派手なマントに金の王冠。
 細かなレースが立った東洋の合わせ襟のような服装に派手な羽織を着て、下は派手さを引き立てるように漆黒の袴に僅かに金の刺繍をされている、統一性のない服装が滑稽に見える男だった。
 夢の中だから魂の浅はかさが現れて見えるのだ。
 だが、男の格好はこの城に似合う。
 もう一人の夢の主だからだろうなと李流はひとり納得し、隣に微笑むのは夜子に似ている。
 皇女の夜子は不気味に微笑む口元を扇で隠してゲームを楽しんでいるようだった。

11☆熱い気持ち、真の言の葉
 居丈高な男に李流は、ムッと睨み頭をたれない。
 李流が尊敬する皇族ではないからだ。
 それに一般国民の男子が皇族と並ぶ地位にいること自体許せない。
 曲がりなりにも皇族になられたならそれなりの品があっていいものだが品性も欠片もない輩が間違って現実の世界でも婿入りなんかあってたまるか!
 李流は仮にも国民の代表として頭を下げるべきではないと頑なに思う。

「この無礼者が!何故私に頭を下げぬ、一国民が皇族に頭を下げるのは当然だろ!」
 李流の冷たい視線と態度に男は怒り怒鳴る。

「当然?オレは下賎な人間は日和国民とも認めないし、皇族としてぜったいに認めない……」
 淡々と冷たい言葉に怒りの熱が灯る李流の軽蔑を含む言の葉は皇族になった男の自尊心を傷つけた。
 夜子の皇女はただ微笑んで二人の様子を黙って見ているだけだ。
 それは夜子が望む皇族の姿で夢が現実になれば婿入りした男が我が物顔で宮殿を荒らすことを良しとしているから口を出さないのか……と察すると怒りがさらにわく。
「……皇女ともあろうお方が、こんな男の言いなりのように、一歩後ろに下がるあなたにも絶望だ……」
 一応、本来の皇女ではないと分かっていても小言は止められない。
 それが冷静を保ちつつ真をついた言葉を発する李流の怒り方だった。

 本来ならば皇族に態度悪い事を言ってしまったなら、己を反省するほど真摯な言霊だが、相手は所詮偽物なので人形のように微笑んでいるだけだった。
 それでも言いたい。
「こんな男に蔑ろにされて、皇室に残っておられその態度が正しいとお思いか?」
「これ以上、我妻の悪口は許さぬ!不敬罪に処すぞ!」
「不敬罪……いい響ですね。それは是非とも現世でも復活させてあなたを刑務所にぶち込みたいですね……ふん!」
 それは、李流の本心で口が多少悪くなった。
 本来なら皇女ハーレムなる不敬なゲームど、発禁にして欲しいくらいだ。
 表現の自由の範囲で楽しめる作品でファンタジーということで許されるけれど、隣国のように祝皇陛下の御真影を焼き払うような事を日和国でするようなものは不敬罪にして欲しいと常々思う李流だった。

「わ、わが妻には既に子供がおるのだ!次の帝になるものの父に恨みを買われてタダで済むと思うなよ!」
 小物っぷりのセリフに尚更怒りが溜まる。
「それで、将来尚更国民の象徴を意のままに操れるとでも思ってるのですか?」

 千年前の平安時代だったら外祖父が、地位を得て政治権力を握ることは当然だっただろう。

 だが、自らが帝になろうとは考えず政権を握るだけだ。
 血筋を変えてはいない。
 変えようとはしていない……
 娘を嫁がせるのと、婿入りするのとは分けが違う。
 婿入りは万世一系の男子の血筋を絶やすことになる。

 それは国自体が滅びることになるのだ……

「皇族は横暴に権力や権威を振るうものじゃないんだよ!
 国民を思い思われ祈り祈られる関係を崩すような、皇族でもない男が皇族を語るなんて言語道断だ!」
 李流の怒りが爆発した迫力ある心からの叫びと訴えに、夢の世界は震え男は固まっている。
 夢の中。
 魂からの語りかけは一番心に響く。
 さらに、男の胸ぐらを掴み引き寄せ瞳を合わせる。
 男は殺気ではなく、怒りの炎を強く感じる。
「それは日和国民のお前ならわかるだろ!」

「だったら、今の祝皇はどうなんだ!」
 男は辛うじて負けずに声を震わせながら言葉を放つ。
「……は?」
 李流は訝しむ。
「皇后と共に慕われているじゃないか!俺も男だけど皇后みたいに支える存在になれるはずだ!」
 支離滅裂なことを言うと李流はおもう。
 この男は人を支えることも、支えられたことも無いのかもしれない……
 だから皇室に憧れている。

 穿った歴史観と思い込みで……と想像するが、
「慕われるのと、支えることは違うことだろ!」

「国民ならば陛下を慕う、日和国の皇の久遠の栄光を支えることが国民としての志だ!」

 李流の神をも惚れさせる強い意志の言霊を発する。

「皇后陛下はご夫婦であり、お近いからこそ近くでお見守りし常に寄り添う事は出来ても祝皇のお役目は陛下にしか出来ないんだ!陛下はただこの世でおひとりしかおられない……お前は陛下のなさっておられることの一つでも知っているのか?」
 戸惑う男の瞳を離さず李流は問いかける。
 
「例えば……正月の深夜寒い中一晩中お祈りになられ、国民の幸せのことを思わない日はない、近くお傍のご家族以前に大切なのは国民でいらっしゃる陛下の邪魔をするような、代々続く祈り届けるお方の血筋を、たかが遊びの恋愛如きで途絶えさせるお前なんか俺は絶対に認めないし、現実なんかにさせて溜まるか!」

 李流の瞳は本気だった。
 言霊も強いが瞳に宿る真摯さをも男を貫く。
 腰に履く刀よりも強く鋭く熱い心からの言葉は全て魂に響くほどで、男自身、刀ではなく言葉のみで打ちひしがれる。

 李流はふと悲しみ哀れみの表情になり、
「日和国民は、祝皇を戴く国民は常に祝皇をお慕いし、祝皇は国民に支えられているんだよ……
 その均衡を壊すことをオレは許せない……」
 男はただただ目を見開いて李流の想いを直に理解し心に染みる。
 何も言えなくなった……
 いままで、真剣に考えたこともなかった事を考え始める。
 突然足元が揺らぎ夢が歪む感覚がした。
(本気でこの夢を実現したかったのか?たんなる遊びだった軽い気持ちで夢でも現実でも変えていいものなのか……)
 男は深く思い考え始める。


 すると突然宮殿の世界が闇に飲まれた。
 男も消えて李流一人になった。
 その闇の世界から、フフっと笑う夜子の声が響く。

「そこまで言うあなたは法子内親王を諦めることが出来るのかしら?」

12☆闇堕ち
「はっ!法子様!?」
 夜子もいない。
 男はいま闇に溶けるようにいなくなった。
 闇に包まれ突然取り残された。
 不覚だった……
 男との対決に《夢中》になりすぎて法子様、夜子の存在が頭の中から抜けていた。
 ただ、自分の想いをぶつけることに集中してしまっていた。
 いや、陛下、皇族の事になると熱くなってしまう悪い癖……それよりも理性が効かなくなることがもうひとつある、自分の血筋のことを思う時だ……
(自分の弱点は分かってる……克服したいとは思うけど、なかなか上手くいかない……)
 原因は父であり、我が国に侮辱を働く国の血が少しでも入っているのは嫌だという、どうしようもない己の潔癖さ……
 冷静でいようと穏やかでいようと努めるが中々上手くいかないともどかしい気持ちになる。
 暗闇の世界はわざと心の闇にヒシヒシと染み込むように心を解放しようとする。
 普段ならば考えないように閉まっておく蓋が空いてしまう感覚だ。
 慰めの言の葉が異様に欲しくなるのは感情で男を負かせた後遺症かもしれない。
 闇は現実の世界で心を休ませるならば癒しになるが、ここは夢の中だ……しかもあやかしが作り出した異界の夢……
(これ以上は危険だ!)
 と心を引き締めようとした時、
「李流!私も李流の強い想いを感じたぞ!だから、その思いを貫いて……」
 法子は暗闇に光を放つが如くの言葉を届ける。
 そして、その光は大きな白く輝く扉となって李流の前に現れた。

「今度はあなたに運命を委ねることにしたわ……夢は所詮夢……だけど、現実と繋がる誓約をしたなら、あなた達の方が適任よ……なにせ、ハルの神との契約の駒なのだから……」
 ふふっと夜子は笑う。
「さぁ、祈り姫を救いたければこの扉を開けなさい……そして真の誓約の賭事が始まるわ……ふふ」

 法子様が夜子に囚われていると思うと迷いなく、罠でもある重い扉を開けると、前にいるのは大人になった法子内親王が玉座に座っていた。

 その玉座の手置きには手錠がかけられて逃げられないようになっていた。
 そしてフォックスガールの夜子は玉座の肘掛に寄りかかり李流を楽しげに見つめる。
「法子殿下を救うには、法子と結婚し次なる新たな御子を孕ませる事が条件よ♡」
「はぁ!?そんな恐れ多いこと出来るわけないだろ!」
 あまりの卑猥な言霊に李流は顔を赤くして怒鳴る。
 同い年になられた法子はとても美しかったとしてもお体を穢すような事など考えになかった。
 神誓をして、結婚する約束はしたけれど現実的なものではなくてまさに夢のようにふわふわしたものだ。
「は、は、孕ませるなんて、そんな言葉はダメでスっ!汚らわしい!」
 李流はつい無意識に妄想してしまい声まで裏返って混乱する。

「まぁ、可愛いわぁ……純粋で潔癖……珍しいわね……真っ白な穢れをも跳ね返す魂……」
 夜子はあやかしであり神でもあるので魂の色形を見定めることが出来る。
 夜子でさえ魅了されてしまう輝きだ……自らの手で染め上げてしまいたいほどの……
 怪しく光る瞳を一度閉じて、艶っぽい唇をひと舐めし、
「その純白さに免じて、祈り姫に私の前で誓のキスをしたら彼女を
解放してあげるわ……」
「えっ……そ、それは……嬉しいかも……はっ!」
 法子はつい本心を言霊に出して顔を真っ赤にして口を噤む。
 この、恋心を付け込まれたのだ。
 恋心が媒体になってあらぬ男の妄想と繋がって、今や李流を巻き込んで誓約中だ。
 己の望みを叶えては行けないのだ……何がなんでも……
 法子は悲しい気持ちにならずには居られないけれど、李流が守りたいものの皆の大切なものを守るために我慢することを決めた。
「もう余計な言霊は出さないっ!」
 法子はそう宣言して口をへの字に結んで噤む。
 妙齢の女性になっても子供には変わりなかった。
「最初の設定の男子皇族さえいなければ、皇位を継ぐものは女子しかいなくなる……と言うエンディングよりもとてもドラマチック、法子様の望みも叶うとても素敵な夢妄想だと思わない?」
 いつの間にか夜子は李流の傍に寄り添い胸元をあやしく触る。
 さらに耳元に唇を寄せて
「夢の原因は、法子様が李流君とと結婚する夢でもOKよ……李流君にとってはいい事でしょ?」
 夜子の言葉は甘い、誘うように心にさざめくように言う。
 そして、さらに甘く、艶っぽく男を魅了させる声で畳み掛ける。
「あなたが祝皇陛下になればいい……私は神でもあるのよ……あなたの血筋の事を知っているわ……
 桜庭家は元は、祝宮家の家系なのだから……不釣り合いでもないでしょう?」
「それは…………オレが……女性なら有り得るでしょうが……オレは……オレの血には……ううっ!」

がはっと、真っ赤な血を吐いた。
 夢なので己の心の吐き出したいものを吐き出す事を具現化させた。
「まあ!吐血する程あなたは己を呪っているのね!いいわぁ!楽しい!きゃはは!」
 真っ白な魂に小さな黒いつぼみのような闇を咲くのを夜子は見る。
 誰にでもある心の弱いところ…己自身の背負う黒歴史……
 
「私は日和国ので生まれた神だから他国の因縁が分からないのぉ……だから詳しく教えて……」
 夜子は瞳を爛々と輝かせて李流の魂を見つめる。
 その瞳は獲物を定めて楽しむ獣そのもの。
「……それだけは絶対嫌だ……っ!」
 太陽のように熱かった思いが地の底に落ちるような李流を見るのを夜子は楽しんでいる。
 白い魂の中に黒い花が咲く様を見るのが楽しいためになお煽り、妖力をも使うため、李流の魂に手を当てて容赦なくマイナス思考になる力を注ぐ。
「やめろ!李流を傷つけることは許さないぞっ!」
 法子は本気で怒り怒鳴る言葉は強く夜子を制しようとするが、
「あら?もう宣言を破ってるわよ。ふふっ」
 とあしらわれた。
「オレの血筋が入ったら日和国は滅びます……」
 李流の瞳に先程の熱の欠片も無くなっていた李流は闇に魂が捕われた……

 一番憧れから、遠く呪う己自身の闇……

「国が…皇室が……滅びるくらいなら……」
 李流は腰に差した刀を抜く。

「この世界が現実のものになるならオレは迷いなく、この世から消え去ります……」

 これは神誓いされた世界、中途半端では守れない……

 夜子は勝利を確信し笑い出したいのを堪える。

 誓約の駒の人間が闇堕ちすればこちらのものだ。
 皇室命の李流は己が滅びのきっかけになるなら迷いはない。
 それはもう一人のこの夢の媒体の男に思いをぶつけた通りにだ。
「李流!それはダメじゃ!嫌じゃ!私との神誓いを忘れるな!」
 法子の言の葉は今は逆効果だった。
「……オレは皇室が滅びることが一番辛いのです……」
 伝統衛士の刀を己の喉元に迷いなく突き刺そうとした手を男の手止めた。

13☆正しきエンディング
「これは夢だ!現実ではない!俺は目が覚めたのに、おまえが目覚めなくなってどうする!」

 男は真剣に怒鳴って、李流を叱る。

「はっ!そうだった!」
 李流は我に返って目をぱちくりする。
 それに、不敬な夢を見ていた男に止められるとは思ってもみなかった。
 男はホッとして清々しい笑みをして、
「オレの負けだ!」
 夜子に向かって言い放つ。
「はっ!?な、何、勝手に宣言しているの!?」
 夜子は戸惑う。
 目が覚めたとしても、廃人として現し世をさまようだけのはずの人間が立派な輝きを放っている。
 そして、男の宣言に世界は闇から真っ白の輝く世界になる。
 男の顔は穏やかに李流に微笑んでいた。
 意外と意志の強そうなしっかりとした男になっていた。
 さっきの品のない男と別人格になっている。
 それは国を守る仕事をしている叔父のような雰囲気だった。
 そして、彼は雰囲気とともに年齢が上になっている気がする。

「あなたの出る幕はもうないのよ!何を今更邪魔しに出てくるのよ!」
 夜子は癇癪で指をさして怒鳴る。
「俺もこの夢の駒なんだろ……夢に口出す権利はあるはずだ。
 それに、このガキにずっと負けっぱなしなのも気に食わなかったしな」
 李流の自害を止めたことで一勝したそれだけで満足だ。
「ふん……まぁね……」
 夜子は腕を組んで気に食わないけれどそっぽを向いて肯定した。
「李流っ!」
 法子は元の幼い姿に戻って駆け寄り李流に抱きつく。
 李流も法子を優しく抱きしめた。
 この二人はほんとに恋愛していて絆も強いな……と男は苦笑した。
 この二人がもし最高エンディングを迎えたならば、現実では李流の望まないことが起きていただろう……
「参ったよ……君の皇室への忠誠心……夢の中とはいえ、皇女の旦那になることを諦めるよ。
 もう、俺にとっては昔の夢だけどね……」
 どうやら、男は少し未来の夢から来たようだった。
「ずっと心に残っていて、気になっていた……」
 夢の事でも現実で覚えていて時を超えてこの夢に戻ってきた様だと李流は察した。
 正気に戻ると素晴らしい理性的な性格なのかと思うと、夢とは本来の自分とはかけ離れた存在にもなり得る恐ろしく曖昧なものだな…と李流は改めて思う。
(まぁ、夢だから、深くは考えてはいけないという事なんだな……)
 現実的なものが好きな李流は夢の世界の曖昧さを受け入れた。
「現実に及ぼすのならば、俺も国民のひとりとして国のためにこの神がかった夢を終わりにする……君に感化されてこうなった。」
 男の着ているものは軍服だった。
 皇室はもとより国そのものを守る存在としての仕事を将来見つけた、ゲームにない【エンディング】を彼は迎えた。
 李流と法子の【エンディング】はゲームが終わったためにまだ未定だ……それは未来ある二人には正しいエンディングだ。

 
《我の勝ちだな……女狐》

 ハルの神の声が白い夢の世界に優しく響き、光り輝く大きなハルの神が満足げに小さくとも煌めく魂をもつ人間達を見つめていた。

14☆遊びの終わり、筋書きの始まり
「あーあーつまんない!もういいわ!」
 夜子は怒りを込めてあきらめの言霊を吐いた。
 これで夜子のしかけたゲームは終わりを迎えた。
「せっかく李流君を闇堕ちさせて、私の駒として私が望む誓約成立できそうだったのに……」
 夜子は熟れた唇に指を当てて、李流をツヤっぽく見る。
 夜子はまだ本当は諦めていない。
 次は本格的に李流を狙おうと考えている。
「そんなこと、我が許さぬぞっ!」
 法子は察して李流の前に立ち夜子を睨む。
 その行為に李流は恐れ多いが、とても嬉しく思う。
《私のお気に入りを勝手に駒として使われるのは、気分が良くないな……》
 ハルの神は不敵に笑う。
 そんなハルの神に夜子は瞳を釣り上げて、
「それを、あなたがいうなんてね……あなたは私を駒として使うつもりのくせに……」
 悔しそうに夜子は言う。
 全てはハルの神の掌の上という神のみぞ知る駒にされている事をあやかしであり神でもある夜子は知っている。
 だが、ハルの神の筋書き通りに全ては行かない事は分かる。
 神の掌からこぼれ落ちた存在が夜子の主であるからだ。
 それは、ハルの神の掌を消滅させようとする稀なる御方なのだ。
 ゲームは始まったばかりだと思うと夜子は満足げに艶っぽく口もとが綻ぶ。
「次は負けないわ……ふふ……次も楽しませてあげる……」

《我の駒としてよき働きをする事を楽しみにしておる。》

 ハルの神は腕を組み、夜子を見下し余裕だ。
 瑠香がいたなら、
(またハルの神がなにかを企んでいる……)
 と不審な目を向けていたことだろう……
 瑠香の親神のルカの神は承認しているが、神の化身たちは所詮は人間、現世に体を持っているのでこのことは伏せている。
 上手く筋書き通りに動いてくれると予測して……この夜子のように……
 夜子は思いついたようにニヤッと口をわざと裂けて微笑み。
「だけど、この中途半端なエンディングじゃ、現実の法子様との縁は恋愛はダメになるわね……ご愁傷さま。」
 それは法子と李流の恋愛は破綻すると言うことだと思うと法子はゾッとする。

「こ、降嫁すれば、この夢エンディングには影響ないのじゃ!残念だったな!悪魔狐!」
 と負けず嫌いに言霊に出してあっかんべーをしてやった。
 まだまだ子供の法子だ。
 もう少し祈り姫が、李流も含めて大人だったらエンディングは変わったかもしれない。
 その時にまた仕掛けることが出来たならば……と想像すると楽しくてたまらない。
「あは、ふふっ!またお会いしましょ……私の主が勝てるまで……アハ、アハアハアハア……!」
 と下卑た狐の化け物の顔になり、不吉な言葉と不気味な笑い声を残して夜子は消えた。

15☆改めて誓い
 夜子の耳に不快で脳裏に残る不気味な笑い声を消し去るように、ハルの神はパン!と掌を叩き邪を祓い、親指と四指を対象にくっつけて円をつくると法子と李流と隊服の男はキラキラとした黄色い雲の世界に移動していた。

 夜子の作り出した異界から抜け出したようだ。
 ここは神の聖域、大きな鳥居と神だなのような門がそびえたち雲海たちこみ優しく黄色に輝く神々しい世界。
 普段ならばこの領域には来れないがハルの神が招待すれば特別に踏み入れられる。
 ただし心は筒抜け、偽りの通じぬ世界だ。
 夢はどのような世界にも繋げてくれる便利な世界だ。
 神の世界であろうと地獄であろうと、過去未来が交差する。
 それが現実にそのまま反映されるかは、目覚めれば大抵の事は忘れてしまう。
 だが夢を覚えていた隊服の男は日和国を危機にさらしながらも救った。
 そのことに、ハルの神は満足だった。
「先程のあやかしとの誓約を良くぞ打ち破った。そなたに危機に陥ったときは奇跡を起こしてやろう……」
 そう言い、指差しで現し世に導いた。
「そして、法子内親王と李流にも労わねばな。ここは我が用意してやったエンディングの世界じゃお互いの思いの丈を伝えろ。それでお前たちの未来は定まるであろう」
 そう言ってハルの神の李流と法子だけにしてくれた。
 いや消えただけで、にやにやと初々しい二人の恋を見守っている。本来縁結びの神ではないが純粋な子供が好きなのは神ゆへだ。


「あの、李流、私が務めを終えるまで、待っていてくれるか?」
 おずおずと李流を上目遣いで恥ずかしそうに見つめて言う。
「私は祈り姫として世界の安定を陛下とともに祈り守りとたい……そのお役目がいつ終わるか分からぬ……降嫁するその時までに……李流の思う立派な皇族であろうとおもう。」
 それは当然のことだが李流の皇族、祝皇陛下を慕う気持ちに応えたいと改めて思った。
 李流の皇室を想う力はさっきの男に未来ですら変えてしまうほどなのだ。
 当の本人である祈り姫である私が頑張らなければならないと覚悟する。
 「まだ、自分は覚悟が足りなかったのだ…」
 法子は大きな瞳から涙を一滴落とした。
「私は李流と結婚出来ないんじゃないだろうかと不安だった……その事を夜子につけいれられた……とても反省している。」
 李流は涙に気づくとすかさず、法子の顔を覗き込み心配顔で涙をぬぐってくれる。
 拭われるほど涙が止まらない。
 しゃくりも出てくる。でも、今伝えなくてはいけない。
「次なる祈り姫が私くらいの歳になるまでお勤めを辞めぬ……
 また、皇女がこの先、生まれるかわからない……」
 未来はわからないからこそ不安なのだ。
 まだ幼い法子は未来など未知すぎてわからない。
 ただ、強く望み未来は李流と一緒にいたい。結婚したい。
 それだけだった……
 その気持ちが李流にも伝わってとてもうれしくて切ない。
 李流も同じ気持ちだからだ。
「すっごく歳をとっておばあさんになっても結婚してくれるか?」
 法子は瞳を涙に濡らしながら首をかしげて李流に聞く。
 李流は真剣な瞳を法子に合わせ、
「はい!この身がおじいさんになろうと、法子様をお慕い申し上げることは変わりません」
 真摯な気持ちが伝わると法子は安心したように微笑んだ。李流も同様に微笑み笑いあう。
「改めて約束じゃ。」
 小指を絡めて指切りをする。
「これは私と李流の誓約じゃぞ。私は祈り姫を立派に勤め上げて降嫁して李流に嫁ぐぞよ!」
「はい。私は法子さまとの幸せな未来を約束いたします!」
 勝敗の決まらない誓約はきっと幸せな未来につながっていると二人確信する。
「この夢から本当に覚めるには、やはりその……」
 李流は顔を真っ赤にして戸惑いながら、声を絞り出す。
「……口付けしか、ならぬの…」
 法子もやはり照れてしまうし、李流は畏れ多く感じる。

 李流は覚悟を決めて片膝をおり、幼い法子のおでこを最初にキスをして、おでこではやはり目が覚めないと確信してから、
ドキドキしながら柔らかいキスをした。

16☆未来のための誓約
「法子の唇は柔らかかったかい?」
はっ……!と目を覚ますと、目の前に中務の宮がニコニコ笑顔でそうおっしゃった。
 しかも、ものすごく顔が近い、
「私とどっちが柔らかかったかな?」
「は、グッ!?」
 李流は寝ぼけたばかりの頭をはたらかせて、
(もしかして、もしかして!?中務の宮と現実で!?)
 と思うと目を白黒させる。
 李流は瑠香のお香の力で眠り夢の世界に入ったが、現実の自分は何故だが中務の宮に抱きついてキスをしていたようだと思うと思考停止した。
 口を拭うのも失礼な気がするし、キスをしてないかもしれないのに失礼な態度はしたくない。
「東殿下……李流君をいじめてはダメですよ……ぶっ!」
 李流の隣に瑠香は今起きたように正座の姿勢を取って後ろを向いて笑いをこらえていたのを吹き出した。
 晴房は不服な顔をして檜扇をパシパシと手のひらで叩き、
「李流をいじめるのは許さぬと言っただろ!中務の宮は夢の中を見学なさりたいと我儘をおっしゃられて仕方なく見せてやったのだ。」
 晴房の言葉で李流は、ほっとするが、
「まさか寝ぼけてキスをするとは思わなかったが……」
 と暴露した。
「ほ、ほ、本当のことだったのですかァァァァ……っ!」

 夜明けを告げる鶏のごとく陰陽寮に李流の叫び声が響いた。

 李流の忘れられない夢と目覚めになった。



「さすが李流くんでつ!見事に皇室をお守りしましたね!」
 野薔薇は落ち込む李流を明るく励ますようにそういった。
「半妖でもない李流は頑張ったとおもうぞ!夜子相手に!」
 薫も事情をきいて励ました。
「うん、まぁ、そうなんだけどさ……夢から醒めての衝撃でいろいろ忘れられなくなったよ……」
「ならば、重畳だよ、李流くん。誓を忘れる方が罪作りだ」
 中務の宮はニコニコ笑顔でそうおっしゃった。
「そ、そうですよね!ありがとうございます!」
 李流は半分本心、半分やけくそでいい返事をした。
「私も君のことを認めなきゃいけないな……と素直に思ったしね。お義父さまと呼んでもいいのだよ?」
 と言って中務の宮は楽しそうだった。
 李流は恐れ多い事だ認めてもらった事はとても嬉しく光栄に思った。
「それにしても、夜子は誰の式神なのかな?とても……とても面白そうなことが怒るよ感がして、公務に専念できるかな……ふふふっ」
「今日の宮様は機嫌がいいな……」
 と、薫は素直な感想を呟いた。
「そうだな。殿下が楽しみなことが起きないことが宮中の平和なんだがな、ハル?」
 晴房自身は親神から聞かされていないのは分かっているがわざと聞いた。
「だな。だが、来るべき危機のために我ら陰陽寮が、密かに存在するのだ。
 陰陽寮の最高指揮官は中務の宮にあるからの。その時はお頼み申す」
 晴房は適当に中務の宮に話を振る。
「うん。その時はみんなで力を合わせて頑張ろう!」
 瞳をキラッキラにしておっしゃられて、自我暴走気味の中務の宮はこの場に集まる職員たちとエイエイオー!と声をかけられ更なるスキンシップをなされたのだった。



 と、言うことかあったのです。
 もう十年も経つ今や懐かしい出来事。
李流は懐かしげに顔を綻ばせてあの時のことを、語った。
 ここは祈り姫の私室。

 衣瀬の宮殿が新たに経つまで宮中にて、祈り姫のお役目を果たしている。
 二年後には衣瀬に戻る予定だ。
「陰陽寮も、いろいろあるのね。
 今、宮廷警察に所属の宮中警護の職になってよかったの?」
 李流は色々陰陽寮で活躍していたらしかった。
「いまも、時たま呼び出されます……」
 李流は大きくため息をした。
「それにしても、夢の中の不敬な男の状態になってるのは皮肉ね。ふふ。」
 李流は公認された恋人として特別に祈り姫の私室の出入りを許されている。
「そ、そうですね……まさか、正夢に近くなるなんて……」
 皇室を乗っ取ろうという気もさらさらないしキス以上の事は降嫁なさるまで絶対に手を出さないと決めているし、むしろ未だに恐れ多くて気絶をしてしまうことの方が多い。
「李流を信用してるもの。気にすることなんでないわ。お父様ともキスした相手ですもの……ぷぷっ!」
 法子は笑いをこらえられず
吹き出した。
「……法子さま」
 李流はわざとムスッとする。
「ごめんなさい……これで許して……」
 そう言って李流の唇にキスをした。
 やはり柔らかい。何度も味わいたい感触……
 心がふわふわして幸せな気持ちになる。
 だが、李流は瞬時に理性を最大限めぐらせて自分を縛めるためか恐れ多さが感極まって、
「き、恐悦至極…」
 と言って李流は気絶した。
「まーったく、相変わらずなんだから……」
 法子はフーっとため息をして、気絶して眠る李流の頬にキスをした。
「もう少し未来の誓約のため、降嫁まで待っていてね……」
 そう言って、すこし大人になった甘い恋愛気分を二人はささやかで慎ましやかに過ごすのだった。
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