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第一章 眠り姫は子作りしたい
10 王都はハイデル
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王都を取り囲む大きな壁にぽっかりあいている壁門。
そこでは王都に入るために人間たちが列を成していて、大抵のものは身分証を提示することで問題なく。時折別室に連れていかれる姿が見られる。
馬車の積み荷もざっとではあるが確認されるため、主に商人たちの出入りが多いために時間がかかっていた。
五人は行列の最後尾に並んだ。
一つ前に並んでいたのは恰幅の良い商人のようで、リュクスとシャルロッテを見て驚きの声を上げる。
「おいおい、にーちゃんもねーちゃんもずぶ濡れじゃねぇか!おい、お前。ちょっと門までひとっ走り行ってこい。にーちゃんたち、【氷刃】だな?ってことは王都がホームか。なら宿は要らねぇな。一人遣いにやったから、ちょっと待ってな。そうだ、確かあれが……。」
リュクスは上半身の衣服と装備を外し、全身濡れていた。
帯剣はしているが脱いだ衣服はコンラッドが抱えている。
シャルロッテは毛布でもこもこにくるまれ、リュクスの腕の中にいた。
毛布から出ている頭はびっちょりと濡れており、髪の毛が吸った水分で巻かれている毛布にも染みが出来ている。
何も巻いていないよりはマシだが、寒季の湖は痺れる程の冷たさで、その表情は暗く青白い。
リュクスも寒いのだが、ローレンが気を効かせて『ファイア』をひたすら手の上で維持しているため、背中側は温かかった。それでも顔色の悪さは否めない。
歩きながら魔法を維持できないため、そのローレンはグラスが腕に座らせ抱えて運んでいる。
「ほれ!これをすりおろしたやつを、湯か茶に入れて飲みな!身体があったまる。それと、何かコップはあるか?」
「親切にありがとうございます。これでいいでしょうか?」
コンラッドは商人に手渡されたショーガを受け取り、一つのコップを出すと透明の液体が注がれる。
少量なのにむせ返るようなアルコールのきつい匂いに、受け取ったコンラッドは思わず顔を顰めてしまった。
「ははっ、そんな顔をするな。それは火酒つって、ドワーフの連中が好む酒なんだ。喉が焼けるほど酒精が強いが、身体も熱くなる。ねーちゃんのにはひとまわし。残りはにーちゃんのに入れてやれ。」
「これはお高いのでは?支払いを——。」
「いいって、いいって。困ったときはお互い様だ。まぁでも、お礼をっていうならバーナード商会をよろしくな!食材系をメインに扱ってるぜ。お、戻ってきたな。」
「ありがとうございます。バーナード商会ですね。」
バーナード商会の使いが走ってくれたお陰で、リュクス達は優先して門を潜らせて貰えた。
形式上、シャルロッテも犯罪歴があるのかを確認したが、専用の球体の魔道具はわざわざ門まで持ってきてくれていた。
何を聞かれても「いいえ。」と答えるように言われ、罪を犯したことがあるか。今彼らと一緒に居るのは騙されたり攫われたのではないか、ということを聞かれた。
ぽわっと青く球体が光ったことで、早く通れと言わんばかりに街の中に追い立てられる。
「ようこそ。人間の治める国ヒューマ王国の王都、ハイデルへ。とにかくホームに急ぎますよ。」
ローレンは火魔法を消したので自分の足で歩いている。
それだけでより一層冷え込んだような錯覚がする寒さに震えながら、大きな街路いっぱいに人がひしめく様子を見て。
シャルロッテは感動した。
それと同時に落胆した。
王都と言えど、もしかしたらもっと人は少ないかもしれないと思っていた。
馬車が三台は通れそうなほど大きな街路には、上手く歩かなければぶつかってしまいそうなほど沢山の人が居る。
ここが王都の出入り口の為か、宿屋や食事処の客引きも立っていて、賑わいはさらに増しているのだろう。
種族も人間だけでなく、ローレンとは違う種類の獣人もいるし、耳の長いエルフもいる。
少しだけ背の低い者はドワーフだろうか。人混みに消えていくので判別が難しい。
古き時代からどれだけの時が流れたのか分からないが、どの種族もこんなに溢れている。
人間の国なので人間が多いが、それでも他国から流れてくるほどいるという事だ。
どの種族もちゃんと生き残れていて、そして数を増やしていたことに感動した。
(マザー、お兄ちゃんたち、お姉ちゃんたち。ヒトは。始まりの人々は、ちゃんと役目を果たしたわ。今度は私……ううん、私達の番ね。)
【氷刃】の四人が『身体強化』まで使って足早に歩いているために、あっという間に流れていく景色を見ながら、シャルロッテは決意を新たにする。
そして歩く人々の髪色を見て、心底落胆した。
多種族はカラフルな髪色の割合が多いが、人々の髪の毛には濃淡はあるものの。どれもが茶髪や灰色の髪の毛なのだ。
それはつまり、髪の毛に色が出る程の魔力を持っていないという事だ。
色無しだから安全な街中から出ないのか。それとも色持ちの数が少ないのか分からない。
王都に入る為の待機列は割とカラフルだったので、ここまで色持ちが少ないとは思ってなかったのだ。
「ここが俺達の家だぜ。暖炉に火ぃいれるから待ってな。」
王都のはずれにある平屋。特に周囲の建物と変わらない、シンプルで綺麗な建物だ。
そこに並ぶ一軒の、一つの扉をローレンが開けた。
「あれ、にーちゃんたちおかえり!って、リュクスと……ねぇちゃん?濡れてんじゃん!帰ってくるって思ってなかったから、暖炉使ってねぇよっ。」
出迎えた成人少し前の男の子は、物音でリュクスたちの帰宅を知り。
そして慌てて暖炉の前に向かう。
「ただいま戻りました。今日はテッサだけですか?それはローレンがやりますから、教会に戻ってくれませんか?神父やシスター……いえ、神官長様に。古き財産が在りました。身支度を終えたら、預けに伺います、と。」
コンラッドの言葉を聞いて、テッサと呼ばれた少年の表情が輝く。
テッサはまだ孤児院で暮らしている。濃紺の髪色に深い青の瞳を持つテッサも、やはり幼い内に孤児院の前に捨てられていた子供だ。
彼もまた、耳にタコができるくらい《世界の中心に古き財産がある》と聞き続けているし、強要されることはないがそれが神官長たちの悲願であることを知っている。
「ほんとか!?皆喜ぶぞっ!俺、伝えてくる!それと、その時にそのねーちゃんも紹介してくれよ!」
いうが早いか、テッサは駆け出していく。
それを見送って玄関扉が閉まったのを確認してから、コンラッドはシャルロッテに魔法の使用をお願いした。
『ドライ』を使ったのでずぶ濡れだった二人は乾き、ついでに暖炉は要らないと告げ『ウォーム』という空間を温める魔法を使う。
「これ、ウォーム。はんったいが、クール。この、へやだけだけど。ずっと、まりょく、つ、つかうの。」
ブルブル震えながらシャルロッテが説明する。
どんな魔法が伝わっていて、伝わっていないのかが分からない。
「教えてくださってありがとうございます。でも説明は、身体が温まってからで。リュクスはシャルさんと一緒にソファにいてください。着替えを持ってきます。装備はいつもの場所で良いですか?」
「あぁ、頼む。」
短くリュクスが告げ、三人はそれぞれの個室へと続く扉を潜った。
玄関を入ってすぐの部屋がリビングで、ソファとローテーブル。ダイニングテーブルとチェア。それから小さなキッチンが付いている。
ダイニングテーブルには椅子が四脚と、壁際に二脚。
テッサのように、留守中の家事をしてくれる子供たちと一緒に食卓を囲むことがあるからだ。お誕生日席用である。
リビングに面した四部屋がそれぞれの個室だ。
当然ながら、まず使う事のないトイレとお湯の準備が大変なお風呂はない。
ソファに腰を下ろしたリュクスは、毛布や髪の毛が濡れたままなのではないかと、シャルロッテに巻かれていた毛布を剥いだ。
思った以上に口がまわっていなかったので、まだ濡れていて寒いのではないかと思ったのだ。
無言で毛布を剥がされているシャルロッテはというと、恥ずかしがるでもなくされるがままである。
演技は終わったからもう要らないものね、と思っていた。
毛布自体は冷気を纏っていて冷たいものの、しっかりと乾燥していることを確認し安堵した。
そのままシャルロッテが目覚めた時のように、素肌を密着させ抱き寄せる。
冷気を纏った毛布を使うより、ウォームの効いた部屋の方が暖かい。
だからなるべく身体が密着するように、今回は横抱きではなく向かい合うようにして膝に座らせ抱き寄せた。部屋よりも密着した部分の体温の方が温かい。
「あったかい……。」
嬉しそうに破顔したシャルロッテだったが、リュクスは失敗したなと思っていた。
きちんと乾いたかどうかの確認は必要だし、この方が一番効率が良いと思うから素肌を合わせた。
だが街に戻ってきたリュクス達には既に反動の影響が出始めている。
これから徐々に強くなるのだが、情欲が強くなっている最中にシャルロッテの肢体は刺激が強すぎた。
シャルロッテが大人しいから余計にである。
トクントクンと伝わってくる自分以外の心臓の音。
肩口にかかる規則的な吐息。
大きく張りがあると思っていた胸は二人の間で形を変え、その柔らかさを伝えてくる。
抱き寄せている腰は細く、そのままソファに押し倒して犯したい衝動に駆られる。
それをなんとか理性で押し留めながら、ローレンたちは早く戻ってこいと考えていた。
気が紛れるモノがないと、このまま反動に囚われてしまいそうだ。
数分で一度コンラッドは戻ってきたのだが、リュクスを確認してローテーブルに着替えを置いた後。直ぐに出てきたグラスに、着古して捨てるような物でも良いのでシャツを一つシャルロッテ用に持ってくるように言った。
そう言われてグラスは自身の部屋に舞い戻っていき、今度はコンラッドが自室へ着替えに行く。
そんなこんなで真っ先に戻ってきた形となったローレンは、しかめっ面のリュクスに気の毒そうな表情を向ける。
これから教会に行かなくてはいけないとはいえ、それが無ければ今すぐにでも花街へと繰り出したい気分なのだ。
「……これ……。」
「着てみて下さい。グラスのシャツが一番大きいですから。下の部分から頭を入れて、被れば良いだけです。」
「ありがとう。」
グラスとコンラッドが戻ってきて、シンプルなシャツを渡された。
シャルロッテの顔には血色が戻っており、着替えの為にシャルロッテが降りた隙にリュクスはいそいそと自身も着替える。
もう素肌を合わせる必要はないだろう。
リュクスも着替えたことで、四人は一般的な平民の装いになった。
リネンとワタ、シープを混合した布で作った長袖のシャツに、魔物の革の間にワタがうっすらと入ったジャケット。ローレンはその中に毛皮のベストも着こんでいる。
ズボンもシャツと同じ生地で暖かく、街中なので装備品は一切身に着けていない。
冬なのでシープの入った生地を使った衣服だが、夏物になるとリネンが主でワタの割合が少ない生地が多い。
貧民になると、夏用だけで年中過ごす。冬になると上着を着るだけという事もある。むしろボロボロの上着があれば良いほうだった。
「これでいいかしら?」
どう?と見せるシャルロッテの髪の毛を、グラスが服の中から引っ張り出してあげる。
本当に頭から被って着ただけだったのだ。
「超絶ミニスカート……花街なら問題ねぇけど。」
「後ろもギリギリ隠れきれてませんけど、大きいので前がかなりヤバいですね。グラス、前に依頼報酬のオマケで貰った柄布がありましたよね?カーテンにするか迷っていたやつです。まだありますか?」
コクッと頷いて、グラスは絞り染めの施された布を持ってきた。
角度によっては丸見えであろう大変けしからんことになっている下半身に、巻きスカートのようにしてその布を巻きつけた。
「とりあえずはこれで外を歩けるでしょう。靴は……一応持ってきましたが、やはりぶかぶかですね。孤児院で何か見繕ってもらいましょう。」
一番足の小さいコンラッドの靴を持ってきたのだが、歩こうとすると脱げてしまう。
仕方なく靴を履かせることは諦めて、グラスの着古した綿入りジャケットを着せた。
グラスは体格が良くて服を探すのが大変なので、捨てるのを悩んで置いていたやつだ。古着屋に持って行くには、ボロボロすぎて引き取ってもらえないのである。
四人は視線でやり取りし、結局リュクスがシャルロッテを抱えて教会に向かうことになった。
必要なこととはいえ、徐々に強くなっている反動のことを思うと、今から教会に行くのは少し憂鬱だった。
そこでは王都に入るために人間たちが列を成していて、大抵のものは身分証を提示することで問題なく。時折別室に連れていかれる姿が見られる。
馬車の積み荷もざっとではあるが確認されるため、主に商人たちの出入りが多いために時間がかかっていた。
五人は行列の最後尾に並んだ。
一つ前に並んでいたのは恰幅の良い商人のようで、リュクスとシャルロッテを見て驚きの声を上げる。
「おいおい、にーちゃんもねーちゃんもずぶ濡れじゃねぇか!おい、お前。ちょっと門までひとっ走り行ってこい。にーちゃんたち、【氷刃】だな?ってことは王都がホームか。なら宿は要らねぇな。一人遣いにやったから、ちょっと待ってな。そうだ、確かあれが……。」
リュクスは上半身の衣服と装備を外し、全身濡れていた。
帯剣はしているが脱いだ衣服はコンラッドが抱えている。
シャルロッテは毛布でもこもこにくるまれ、リュクスの腕の中にいた。
毛布から出ている頭はびっちょりと濡れており、髪の毛が吸った水分で巻かれている毛布にも染みが出来ている。
何も巻いていないよりはマシだが、寒季の湖は痺れる程の冷たさで、その表情は暗く青白い。
リュクスも寒いのだが、ローレンが気を効かせて『ファイア』をひたすら手の上で維持しているため、背中側は温かかった。それでも顔色の悪さは否めない。
歩きながら魔法を維持できないため、そのローレンはグラスが腕に座らせ抱えて運んでいる。
「ほれ!これをすりおろしたやつを、湯か茶に入れて飲みな!身体があったまる。それと、何かコップはあるか?」
「親切にありがとうございます。これでいいでしょうか?」
コンラッドは商人に手渡されたショーガを受け取り、一つのコップを出すと透明の液体が注がれる。
少量なのにむせ返るようなアルコールのきつい匂いに、受け取ったコンラッドは思わず顔を顰めてしまった。
「ははっ、そんな顔をするな。それは火酒つって、ドワーフの連中が好む酒なんだ。喉が焼けるほど酒精が強いが、身体も熱くなる。ねーちゃんのにはひとまわし。残りはにーちゃんのに入れてやれ。」
「これはお高いのでは?支払いを——。」
「いいって、いいって。困ったときはお互い様だ。まぁでも、お礼をっていうならバーナード商会をよろしくな!食材系をメインに扱ってるぜ。お、戻ってきたな。」
「ありがとうございます。バーナード商会ですね。」
バーナード商会の使いが走ってくれたお陰で、リュクス達は優先して門を潜らせて貰えた。
形式上、シャルロッテも犯罪歴があるのかを確認したが、専用の球体の魔道具はわざわざ門まで持ってきてくれていた。
何を聞かれても「いいえ。」と答えるように言われ、罪を犯したことがあるか。今彼らと一緒に居るのは騙されたり攫われたのではないか、ということを聞かれた。
ぽわっと青く球体が光ったことで、早く通れと言わんばかりに街の中に追い立てられる。
「ようこそ。人間の治める国ヒューマ王国の王都、ハイデルへ。とにかくホームに急ぎますよ。」
ローレンは火魔法を消したので自分の足で歩いている。
それだけでより一層冷え込んだような錯覚がする寒さに震えながら、大きな街路いっぱいに人がひしめく様子を見て。
シャルロッテは感動した。
それと同時に落胆した。
王都と言えど、もしかしたらもっと人は少ないかもしれないと思っていた。
馬車が三台は通れそうなほど大きな街路には、上手く歩かなければぶつかってしまいそうなほど沢山の人が居る。
ここが王都の出入り口の為か、宿屋や食事処の客引きも立っていて、賑わいはさらに増しているのだろう。
種族も人間だけでなく、ローレンとは違う種類の獣人もいるし、耳の長いエルフもいる。
少しだけ背の低い者はドワーフだろうか。人混みに消えていくので判別が難しい。
古き時代からどれだけの時が流れたのか分からないが、どの種族もこんなに溢れている。
人間の国なので人間が多いが、それでも他国から流れてくるほどいるという事だ。
どの種族もちゃんと生き残れていて、そして数を増やしていたことに感動した。
(マザー、お兄ちゃんたち、お姉ちゃんたち。ヒトは。始まりの人々は、ちゃんと役目を果たしたわ。今度は私……ううん、私達の番ね。)
【氷刃】の四人が『身体強化』まで使って足早に歩いているために、あっという間に流れていく景色を見ながら、シャルロッテは決意を新たにする。
そして歩く人々の髪色を見て、心底落胆した。
多種族はカラフルな髪色の割合が多いが、人々の髪の毛には濃淡はあるものの。どれもが茶髪や灰色の髪の毛なのだ。
それはつまり、髪の毛に色が出る程の魔力を持っていないという事だ。
色無しだから安全な街中から出ないのか。それとも色持ちの数が少ないのか分からない。
王都に入る為の待機列は割とカラフルだったので、ここまで色持ちが少ないとは思ってなかったのだ。
「ここが俺達の家だぜ。暖炉に火ぃいれるから待ってな。」
王都のはずれにある平屋。特に周囲の建物と変わらない、シンプルで綺麗な建物だ。
そこに並ぶ一軒の、一つの扉をローレンが開けた。
「あれ、にーちゃんたちおかえり!って、リュクスと……ねぇちゃん?濡れてんじゃん!帰ってくるって思ってなかったから、暖炉使ってねぇよっ。」
出迎えた成人少し前の男の子は、物音でリュクスたちの帰宅を知り。
そして慌てて暖炉の前に向かう。
「ただいま戻りました。今日はテッサだけですか?それはローレンがやりますから、教会に戻ってくれませんか?神父やシスター……いえ、神官長様に。古き財産が在りました。身支度を終えたら、預けに伺います、と。」
コンラッドの言葉を聞いて、テッサと呼ばれた少年の表情が輝く。
テッサはまだ孤児院で暮らしている。濃紺の髪色に深い青の瞳を持つテッサも、やはり幼い内に孤児院の前に捨てられていた子供だ。
彼もまた、耳にタコができるくらい《世界の中心に古き財産がある》と聞き続けているし、強要されることはないがそれが神官長たちの悲願であることを知っている。
「ほんとか!?皆喜ぶぞっ!俺、伝えてくる!それと、その時にそのねーちゃんも紹介してくれよ!」
いうが早いか、テッサは駆け出していく。
それを見送って玄関扉が閉まったのを確認してから、コンラッドはシャルロッテに魔法の使用をお願いした。
『ドライ』を使ったのでずぶ濡れだった二人は乾き、ついでに暖炉は要らないと告げ『ウォーム』という空間を温める魔法を使う。
「これ、ウォーム。はんったいが、クール。この、へやだけだけど。ずっと、まりょく、つ、つかうの。」
ブルブル震えながらシャルロッテが説明する。
どんな魔法が伝わっていて、伝わっていないのかが分からない。
「教えてくださってありがとうございます。でも説明は、身体が温まってからで。リュクスはシャルさんと一緒にソファにいてください。着替えを持ってきます。装備はいつもの場所で良いですか?」
「あぁ、頼む。」
短くリュクスが告げ、三人はそれぞれの個室へと続く扉を潜った。
玄関を入ってすぐの部屋がリビングで、ソファとローテーブル。ダイニングテーブルとチェア。それから小さなキッチンが付いている。
ダイニングテーブルには椅子が四脚と、壁際に二脚。
テッサのように、留守中の家事をしてくれる子供たちと一緒に食卓を囲むことがあるからだ。お誕生日席用である。
リビングに面した四部屋がそれぞれの個室だ。
当然ながら、まず使う事のないトイレとお湯の準備が大変なお風呂はない。
ソファに腰を下ろしたリュクスは、毛布や髪の毛が濡れたままなのではないかと、シャルロッテに巻かれていた毛布を剥いだ。
思った以上に口がまわっていなかったので、まだ濡れていて寒いのではないかと思ったのだ。
無言で毛布を剥がされているシャルロッテはというと、恥ずかしがるでもなくされるがままである。
演技は終わったからもう要らないものね、と思っていた。
毛布自体は冷気を纏っていて冷たいものの、しっかりと乾燥していることを確認し安堵した。
そのままシャルロッテが目覚めた時のように、素肌を密着させ抱き寄せる。
冷気を纏った毛布を使うより、ウォームの効いた部屋の方が暖かい。
だからなるべく身体が密着するように、今回は横抱きではなく向かい合うようにして膝に座らせ抱き寄せた。部屋よりも密着した部分の体温の方が温かい。
「あったかい……。」
嬉しそうに破顔したシャルロッテだったが、リュクスは失敗したなと思っていた。
きちんと乾いたかどうかの確認は必要だし、この方が一番効率が良いと思うから素肌を合わせた。
だが街に戻ってきたリュクス達には既に反動の影響が出始めている。
これから徐々に強くなるのだが、情欲が強くなっている最中にシャルロッテの肢体は刺激が強すぎた。
シャルロッテが大人しいから余計にである。
トクントクンと伝わってくる自分以外の心臓の音。
肩口にかかる規則的な吐息。
大きく張りがあると思っていた胸は二人の間で形を変え、その柔らかさを伝えてくる。
抱き寄せている腰は細く、そのままソファに押し倒して犯したい衝動に駆られる。
それをなんとか理性で押し留めながら、ローレンたちは早く戻ってこいと考えていた。
気が紛れるモノがないと、このまま反動に囚われてしまいそうだ。
数分で一度コンラッドは戻ってきたのだが、リュクスを確認してローテーブルに着替えを置いた後。直ぐに出てきたグラスに、着古して捨てるような物でも良いのでシャツを一つシャルロッテ用に持ってくるように言った。
そう言われてグラスは自身の部屋に舞い戻っていき、今度はコンラッドが自室へ着替えに行く。
そんなこんなで真っ先に戻ってきた形となったローレンは、しかめっ面のリュクスに気の毒そうな表情を向ける。
これから教会に行かなくてはいけないとはいえ、それが無ければ今すぐにでも花街へと繰り出したい気分なのだ。
「……これ……。」
「着てみて下さい。グラスのシャツが一番大きいですから。下の部分から頭を入れて、被れば良いだけです。」
「ありがとう。」
グラスとコンラッドが戻ってきて、シンプルなシャツを渡された。
シャルロッテの顔には血色が戻っており、着替えの為にシャルロッテが降りた隙にリュクスはいそいそと自身も着替える。
もう素肌を合わせる必要はないだろう。
リュクスも着替えたことで、四人は一般的な平民の装いになった。
リネンとワタ、シープを混合した布で作った長袖のシャツに、魔物の革の間にワタがうっすらと入ったジャケット。ローレンはその中に毛皮のベストも着こんでいる。
ズボンもシャツと同じ生地で暖かく、街中なので装備品は一切身に着けていない。
冬なのでシープの入った生地を使った衣服だが、夏物になるとリネンが主でワタの割合が少ない生地が多い。
貧民になると、夏用だけで年中過ごす。冬になると上着を着るだけという事もある。むしろボロボロの上着があれば良いほうだった。
「これでいいかしら?」
どう?と見せるシャルロッテの髪の毛を、グラスが服の中から引っ張り出してあげる。
本当に頭から被って着ただけだったのだ。
「超絶ミニスカート……花街なら問題ねぇけど。」
「後ろもギリギリ隠れきれてませんけど、大きいので前がかなりヤバいですね。グラス、前に依頼報酬のオマケで貰った柄布がありましたよね?カーテンにするか迷っていたやつです。まだありますか?」
コクッと頷いて、グラスは絞り染めの施された布を持ってきた。
角度によっては丸見えであろう大変けしからんことになっている下半身に、巻きスカートのようにしてその布を巻きつけた。
「とりあえずはこれで外を歩けるでしょう。靴は……一応持ってきましたが、やはりぶかぶかですね。孤児院で何か見繕ってもらいましょう。」
一番足の小さいコンラッドの靴を持ってきたのだが、歩こうとすると脱げてしまう。
仕方なく靴を履かせることは諦めて、グラスの着古した綿入りジャケットを着せた。
グラスは体格が良くて服を探すのが大変なので、捨てるのを悩んで置いていたやつだ。古着屋に持って行くには、ボロボロすぎて引き取ってもらえないのである。
四人は視線でやり取りし、結局リュクスがシャルロッテを抱えて教会に向かうことになった。
必要なこととはいえ、徐々に強くなっている反動のことを思うと、今から教会に行くのは少し憂鬱だった。
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