眠り姫は子作りしたい

芯夜

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第一章 眠り姫は子作りしたい

11 聖職者の悲願

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教会は【氷刃】のホームから歩いて程なくのところにあった。

大理石の階段を登った先の立派な両開きの扉には装飾が施され、お祈りや懺悔の可能な時間にはその門扉が開かれたままになっている。
真っ白な壁や床に木製のベンチが置かれていて、門扉から真っ直ぐ歩いた先にある祭壇までは赤い絨毯が敷かれていた。
祭壇の奥からはステンドグラス越しのカラフルな光が差し込み、いつも誰かしら祈りを捧げる姿があるのが教会だ。

ところが今日はその門扉は閉じられており、一人の神父が立っているだけだった。
白のローブには金糸がふんだんに使われており、一般市民の目から見ても聖職者の中でもそれなりの立場だという事が分かる。その衣を着た男性聖職者は一番下の神父ではなく、神官と呼ばれている。

「【氷刃】の皆様、無事のお帰りを心よりお喜びいたします。そして彼女が……挨拶は中で。まずは、おみ足に失礼いたしますね。」

白ローブに似つかわしくない肩掛けタイプのマジックバッグから、神官はいくつか靴を取り出してあてがい。悩んだ末に丁度良さそうなサイズの靴をシャルロッテに履かせた。

てっきり古き財産は人だったと説明するところからだったと思っていた四人は、神官が当たり前のようにシャルロッテをそうだと思ったことに面食らう。

「いかがでしょうか?こちらで歩けますか?」

リュクスに降ろしてもらい、数歩歩いて確認したシャルロッテは微笑んだ。
それは今までの言動が嘘かと思うような、見た目年齢相応に見える笑みだった。

「えぇ、問題ないわ。のために寒い中待っていてくれていたのね。感謝するわ。」

「いいえ、これしきのこと。貴女様をお待ちしていた永き時に比べれば、瞬きをするほどの時間でございます。さぁ、どうぞ中へ。皆、貴女様にお会いできることを心待ちにしておりました。」

神官の手で扉が開かれ、リュクス達も入るように促され教会に足を踏み入れた。

神官の対応にもだが、それよりもシャルロッテの豹変ぶりについていけない。

そして目の前で聖職者たちが、一番偉くて老齢の神官長を筆頭に全員が跪いていることにも。

共に入ってきた神官は扉を閉めて、足早にその跪いた一団に加わる。
誰もかれもが神官とシスターの中でも、例の言葉を何度も口にしていた人たちだ。

シンと静まり返り、誰も口を開かない。

一番前に出る形で膝をつく神官長の前までシャルロッテは歩み寄り、立ったままで言った。

「顔を上げて楽にしてちょうだい。わたくしが誰なのか分かったという事は、正しく伝わっているのでしょう?」

静かな問いかけに、顔を上げた神官長は頷いた。
他の者たちも顔を上げたが立ち上がることはなく、中には涙を浮かべてシャルロッテを見る者もいる。

正直、何も知らない人間がこの光景を見たら何事かと思うし、さながらのようなのだ。【氷刃】の四人は、Aランクになった折に必要になるかもしれないからと作法を教えて貰っている。

「永き時を越え、よくぞお目覚めになられました。始まりの民が地上に出てから幾星霜。ヒトがこうして栄えるようになっても、今この時まで我々の悲願は成されませんでした。この身が朽ちる前に様にお会い出来ましたことを、心より神に感謝いたします。」

「永き時を越え、約束を守ってくれてありがとう。こうして出迎えてくれたこと、感謝するわ。残念ながら、約束の地で生き残ったのはわたくしだけよ。訪れし者が去った以上、マザーもいずれ自然に還るわ。」

「それは致し方のないことでございます。それだけ我々が、誰一人約束の地へ辿り着けなかったという事なのですから。」

少しだけ悲しそうに微笑んだ神官長は、続けて言葉を紡ぐ。
その二人のやり取りを【氷刃】の四人はただ呆然と眺めていた。

「永き時の中で伝承が途絶えぬよう、この血に知識を刻み。代々受け継いでまいりました。我々では非力すぎて辿り着けず、子供たちに未来を託してきました。命をかけることを強要は出来ませんので、あくまでも御伽噺としてですが。それをようやく、そこにいる【氷刃】の四人が成し遂げてくれました。リュクス、グラス、ローレン、コンラッド。よく無事に戻ってきました。そして貴方たちにも感謝を。」

「僕達は、御伽噺か真実かを確かめに行っただけです。自分達の為ですので。」

「血の……髪色的に、あなたはミルラムの者かしら?」

シャルロッテの名前はシャルロッテ・オーラム・ラインハルト。
その親族にセイラムとミルラムが居たが、セイラムは黒や青が出やすいはずだ。
対してミルラムは、金や赤の出やすい一族だったはずである。永き時の中で変わっているかもしれないが、そうマザーが言っていた。

「はい。ここに居る者たちは、姓を無くしましたが皆、遠くミルラムの血を引く者たちでございます。そうですね、私のことは神官長と。その役職に就くのは国で一人だけですから。昨夜、我々はラインハルト様のご帰還を知りました。告げられた名前はそれだけ。それはつまり、他の七名のは目覚めることが出来なかったという事でございます。この報せが、約束の地が消えうせたものではなかった。それだけで嬉しいのです。」

「そういうだったのね。でも一つだけ。はただのシャルロッテ・オーラム・ラインハルト。ミルラムの姓が無くなったというのならば、私もただのシャルロッテよ。」

そこまで言ったシャルロッテの声のトーンが変わる。
その喋り方はリュクス達に馴染みのある、どこか子供を思わせる無邪気さを秘めたものだ。

「もう形式的なものは終わりでしょ?だからリュクス達みたいにしてくれないかしら。そんなことよりも、あそこには何故カラフルな光が射しているの?教会は、神に祈りをささげる場所よね。思っていたよりも大きくてびっくりしたわ。私達が祈りを捧げることで、神の怒りは落ち付いたかしら?あ、私もお祈りしなくちゃ!マザーから習ったけれど、もしおかしかったら教えてちょうだいね?」

ようやく聖職者たちは立ち上がり、その脇を通り過ぎたシャルロッテは祭壇の前で手を組み跪く。
そして新しき時代に出てこれたことを。人々が生きていることを感謝し。
亡くなった七人とマザーに、人間の国の王都に辿り着けたことを報告した。

その長いお祈りの中、神官長は【氷刃】に話しかける。

「本当に、貴方たちには感謝してもしきれません。しかし、転移魔法に使う魔力は足りましたか?皆、それほど魔力が減っているようには見えませんが。」

普通の人は他人の魔力を見ることができないが、神官長は時折見えるという。
ご先祖様は、もっとはっきりと、見たい時に見えていたようですよと笑うが。リュクス達からしてみれば見えるだけでも凄いことだ。

「ご存知なのですね……僕達は驚きの連続だったのに。僕達は魔力を使っていません。グレートタイラントベアの血液を使ってましたが……。昨夜、付与魔法を見せて貰った時に散髪で出た髪の毛を使うと言っていました。転移の時にも手にしていたので、恐らくそれを使ったのか、シャルさんの魔力を使ったものかと。こちらも驚きが多いですが、シャルさん自身も色々と気になるようで。火に触ろうとしたりで好奇心旺盛な子供のようでした。」

コンラッドの説明で神官長は分かったらしい。

「そうでしたか。髪の毛は魔力の塊ですから。正しく魔法を使うことができる人間であれば、自身の髪の毛は魔法の媒体にすることができるんですよ。シャルロッテさんが目覚めた時、もっと髪の毛が長かったのではありませんか?約束の地は遠く険しく、未来を託された子供たちは転移魔法を覚えることも、その媒体を維持することも必須だと聞いていました。転移魔法は個人で行うには難しいほど、多量の魔力を消費するものなのです。術者本人だけであればそこまで必要ありませんが、目覚めには他者の立ち合いが要りますから。転移が一人という事はありませんからね。」

「長かったです。その、驚くほど。彼女のストレージに残りは仕舞われているはずです。で、ですね。僕達、そろそろ反動が限界でして。この先のことはまだ決めてませんが、一旦孤児院でシャルさんを預かってもらえないか相談しに来たんです。ついでに、服や肌着も一式買いそろえていただけたら。残りは寄進して下さい。」

そう言って差し出したお金の詰まった革袋を、神官長は受け取らなかった。

「シャルロッテさんの身支度や生活にかかるお金でしたら、心配はいりませんよ。来たるべき日の為に、少しずつ一族が貯めていた貯蓄がありますので。神に誓って、我々の給与から任意で集め続けたお金です。横領はしていませんからね。」

冗談めかして言う神官長に、それでもコンラッドは革袋を押し付けた。
人一人養うのに、それなりにお金がかかることは知っている。

「でしたら、孤児院の運営資金として使ってください。元々それ用に貯めておいたお金ですので。あともう一つ。出来るだけ常識も教えてあげてください。完全無詠唱なんて、明らかに目立ちすぎますので。」

「そうですか……ではありがたく。いつもありがとうございます。」

「神官長!お祈りしてきたわ。それでね、リュクス達は約束の地に来た反動があるから、孤児院と教会にお世話してもらってって言われたの。私はどうしたらいいかしら?」

革袋を受け取った神官長たちの元へ、シャルロッテが戻ってきた。
既に残る聖職者たちは通常業務とシャルロッテを迎え入れる準備の為に動き始めている。

「部屋を用意してありますので、そこのシスターが案内します。それから孤児院内の説明役には、子供たちをつけますね。子供たちは孤児院での生活のことも、街のことも良く知っていますから。今日はゆっくりしてもらって、明日は案内のシスターが買い物に連れて行ってくれるので、子供たちと一緒に買い物をしてきてください。【氷刃】も全員揃ったら、目覚めを祝う宴を開きましょう。もちろん。孤児院の子供たちも一緒にです。」

「【氷刃】ってリュクスたちのことよね?分かったわ。宴はお祝いのお食事会ね。楽しみだわ。」

そんなことも教えていなかったのかと、神官長の目が言っている。

「えぇ、彼ら四人のパーティー名です。簡単に言うと通り名ですね。」

「確かに、四人の名前を呼ぶよりも効率的ね。それより、紙と書くものはあるかしら?神官長はもうお年で、お薬が必要でしょう?飲んだ方が良いと思うわ。」

お見通しですねと笑った神官長は、腰から下げているポーチの中から紙と万年筆を取り出した。

受け取ったシャルロッテは、さらさらと図と文字を書いていく。

「私が知っている文字や名前と、物が同じかどうか分からないから……絵の方に特徴を別で書いてるわ。それから、コレ。入れていても入れてなくても良いけれど、入れた方が長持ちするわ。でも効果が無くなる時はやってくるし、抜いてしまうと効果が切れてしまうから。それは神官長が選んでちょうだい。」

「えぇ、とても分かりやすいですよ。文字も問題ありません。ありがとうございます。それより、【氷刃】の皆さんはそろそろ花街に行ってはどうですか?シャルロッテさんは、南西にある一番日当たりのいい部屋に案内しますから。」

「シャルさん、神官長が許可を出す人間のみの前や場所であれば、完全無詠唱でも問題ありません。神官長は詳しいようですし、しっかりという事を聞いてくださいね。」

「分かったわ。いってらっしゃい。待ってるから、ちゃんとお迎えに来てね?」

「えぇ。良い子にしていて下さいね。」

「……またあとで……。」

「ちゃんと来るから、神官長のいう事聞くんだぞ。」

「行ってくる。」

四人は限界が近かったのか、足早に花街へ向かって歩いて行った。

その姿を見送ったシャルロッテはシスターに案内され間借りする部屋に。

神官長はシャルロッテから貰った紙を抱きしめ、神に祈りを捧げた。
優しき少女のこれから先の未来が、光に溢れたものでありますようにと。

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