眠り姫は子作りしたい

芯夜

文字の大きさ
上 下
9 / 45
第一章 眠り姫は子作りしたい

9 転移魔法

しおりを挟む
四方に魔物避けを焚き、土魔法を使って適当に柔らかく均した地面に木の棒で線を描いていく。

どこか一部でも間違っていれば使うことは出来ないし、いずれまた草が生え自然に還るか、魔物たちが踏み荒らしてくれるだろう。

描いては見直して。また描いては見直し。
部分的にも全体的にもしっかりと確認する。
本来は紙や大理石等に魔力を通したインクや、専用の魔力が通りやすいインクで描く。

だが今回はそんな便利なものはないので代用品を使うため、必要なのは目印となる溝だ。

「……うんうん。できたわ!皆はどうかしら?」

満足そうに顔を上げたシャルロッテが見たのは、四者とも眉間に皺を寄せ、臭いに耐えている姿だった。

「……あー、場所の方は大丈夫だ。王都の近所に湖があって、丁度街の門も見えるけど街道からは外れてるし。魔物もいなくて木は生えてるけど、目ぼしい物は低級薬草しかねぇから、人も寄り付かねぇんだ。夜だと野営地に選ぶやつもいるかもしれねぇけど、昼間なら問題ねぇと思うぜ。……でな……一つ聞きてぇんだけど……。この臭いなんだ?すげーくせーんだけど。」

少しだけ聞くのを躊躇ったローレンは、それでも意を決して聞いた。
魔物が近寄ってこないのも気になるし、実は毒薬なの!なんて言われないのを祈るばかりだ。

「これ?これは魔物避けよ。火を使うんじゃなくて、すっごく冷たい塊が溶ける時に、こうやって沢山モヤモヤが出てくるの。ほら、もう無くなりかけてるでしょ?火を使うバージョンもあるんだけれど、私達移動しちゃうから、火種を残していけないなって思ったのよ。」

四方に置いていた塊は、とある世界のドライアイスのように白いモヤを出しながら小さく形を変えていた。
ひとつ違うのは、そのモヤは地を這うのではなく、空気に薄く溶けだしていくのだ。

三十分余りモヤが出続けたので、周囲は薄らと霧がかかっているような状態である。

「始まりの民達がシェルターから地上に出た時も、これを使ったはずよ。じゃないと魔物が蔓延る地上で、限られた人数では生きていけないもの。臭いが強いらしいとは聞いていたけれど、思ったより強烈なのは認めるわ。効果的には臭いでどうこうではなくて、魔素を散らす方に特化してるはずなのに。相乗効果を狙ってるのかしら?結構便利なのだけれど、冒険者や商人は使ったりしないの?」

「そうですね。まず、魔物避けというものが売られているのをみたことがありません。それにこの臭いです。安全に繋がるとはいえ、防げるのは魔物だけですし。警戒せずに外で過ごせる、ということはまず無いですから。」

「魔物に襲われなければ安全じゃないの?確かに移動中には使えないけれど、しばらく動くつもりがないなら効果的なのに。」

意味が分からず首を傾げたシャルロッテに、コンラッドはどう説明したものかと思う。

人が人を襲う。その相手を討ち取る。
それは生きていく上で起こりうることだ。
積荷だけならず、人の命を奪うことに楽しみを見いだした盗賊もいたりするくらいなのだから。

生きていく上で必要な知識とはいえ、感性の豊かな子だと一時的に人間不信に陥ってしまうこともある。

数秒悩み。
きちんと伝える事にした。
どう見てもシャルロッテは格好の獲物だからだ。

「世界には色んな人がいます。年齢や性別、種族だけ見てもそうですし。生まれ育った環境や境遇も異なります。その中で、一部の人間は悪い道にその身を落とすのです。他人のものを奪い、見目好い人間を犯し、そうでない人間は殺されることになるでしょう。主に盗賊と呼ばれる人達がソレにあたります。それ以外にも、街中には生きるために盗みを働くスリもいます。もしかしたらスリで生計を立てている人かもしれません。街中や外でも人攫いが出る可能性もあります。そうして攫った人間を誰かが高額で買い、酷いことをされるでしょう。悪事に手を染める理由も過程も人それぞれですが、世の中には悪い人もいるのです。そしてそれ以上にいい人達もいます。誰も彼もを疑うのではなく、そういうこともあるので注意は必要。位に思っていただけたら良いかと。」

「そうなのね。私も注意するようにするわ。人として限りある命を、人が奪うなんて滑稽ね。貧富の差はあると思うけれど、最低限生きていけるだけの環境を整えるのは国の役目だわ。もちろん、本人たちはそれ相応の努力が必要だけれど。古き時代ではそれでも本人のやる気が無くてどうしようもない場合は、お金をかけるだけ無駄だからって強制労働施設に入れられてたらしいわ。犯罪者も同じくね。入れば一生出ることの叶わない監獄。生きていくには、対価が必要だもの。この世の終わりのような場所だから、そこに行くことになるくらいならって頑張るみたいよ。」

思ったよりもすんなりと受け止められ、更にさらっと古き時代のことを話される。
コンラッドたちは彼女を見つけた立場なので分かるが、それ以外の人間が聞いたら首を傾げるか、頭のおかしい人間扱いをされるだろう。
ただこういったことを話している時の落ち着いた声のトーンは、見間違いかと思うほど見た目相応に見える。

「それはとてもいい規則ですね。ただ、今から街に戻るにあたって、古き時代のことは口にしないようにしてください。この人になら、という相手はお伝えしますので、出来るだけ口を閉ざしていただければ。シャルさんにとっては当たり前の知識なので、ぽろっと出てしまうこともあると思いますから。」

「分かったわ。早速、転移しましょう。その魔法陣の、中央に繋がる連なっている小さな円形が分かるかしら?それが踏んでも良い場所なの。中央はしっかり大きめに確保したから、余裕があるはずよ。荷物はちゃんと肌身離さず身に着けていてちょうだいね。これは人と、それに付随した者を飛ばす魔法陣だから。」

四人は顔を見合わせ、慎重に魔法陣に踏み込んだ。
そもそも術式なんて見たことのない四人には、本当に踏んで良いのかすら判別がつかない。
言われた通りに行動するだけだ。

グラスだけは目に見えて恐る恐る、ゆっくりと歩を進めた。

それを確認して、スタスタとシャルロッテが中央の円に入ってくる。

「じゃあ、四人で手を繋いで円になって、目を閉じてちょうだい。そして転移先を強く思い浮かべてちょうだい。なるべく鮮明に。私は最後の仕上げをするわ。飛ぶ前にもう一度ちゃんと声をかけるから、必ず目を瞑っていてね?転移酔いしたり、目的地がズレると厄介だもの。」

そう言ってシャルロッテは『ストレージ』から取り出した髪束を切り、大陸の端まで余裕で飛べるほどの長さを用意した。
足りないと困るが、多すぎて余ればまた仕舞えば良いだけだ。

それからベアと呼ばれていた黒い魔物を取り出した。
その巨体は魔法を蔦のように伸ばして逆さに宙づりにする。『バインド』という無属性魔法の応用だ。
まかり間違って目印の溝を消してしまわないように。そしてこれからのために必要な処置なのだ。

素直に目を閉じていた四人は、むせかえるような血の匂いと獣臭でシャルロッテの居た方を見た。

「それ、なにしてんだ?」

そのシャルロッテはというと、血の塊を魔力で操り溝に流していた。
綺麗に納まった血から、地面に吸われる前に凍り付いていく。

「色々魔法を使ってるから気になっちゃうわよね。マナインクが無いでしょう?どうせ魔法陣も使い捨てだし、魔力の媒介に魔物の血が便利なのよ。緊急時のどうしてもって場合は自分の血で賄うこともあるらしいのだけれど、流石にこの規模じゃ現実的では無いもの。あ、ちゃんと環境には配慮してるから大丈夫よ。しばらく魔物がここをうろつくかもしれないけれど、影響はそれだけだわ。」

事前に直前に声を掛けると言ったのは、魔法をいくつも使えば反応されるだろうと思ったからだった。
新しき時代にそれができる人間は、ほんの一握りであることをシャルロッテは知らない。

必要分の血を抜き取ったベアを『ストレージ』に戻し、最後の仕上げを終えてしまう。

「さぁ、そろそろ完成するわ。目を閉じて、風景を思い浮かべてちょうだい。10秒後に飛ぶから、良いって言うまで目を開けちゃダメよ?」

シャルロッテに促されて、四人は慌てて瞳を閉じた。
今の話に突っ込むどころではない。

なるべく鮮明に、木々に囲まれた湖畔を思い浮かべる。
丁度王都と街道が見えるように木々が開けており、そこは冒険者になりたての頃によくお世話になった場所だった。
小さな子供が足を運べる場所など限られているのだ。

地面に足がついている感覚はあるのに、浮遊感に襲われる。
シャルロッテに言われていなければ。そして繋いだそれぞれの手の感覚が無ければ、目を開けて周囲を確認していたかもしれない。

次に匂いが変わった。
自分達についている残り香なのか、未だに魔物除けと血の臭いが鼻に残っているが、それに混じって水の匂いがする。

「もう良いわよ。ちゃんと皆が思い浮かべた場所であっているかしら?」

四人は目を開け、そして驚いた。
本当に思い描いた風景の場所にいたからだ。

転移魔法とは聞いていたが眉唾ものか、よくてどこか適当なところに飛ばされるのではないかと。ほんの少しだけ思っていた。

一番最初に正気を取り戻したのはリュクスだった。

「あぁ、問題ない。少し歩くが、あそこに見えるのが王都だ。だが……この匂いのままでは、止められそうだな。水浴びをしていくか。」

「水浴び!それって、あそこに見える大きな水で身体を洗うのよね?大きな水の中に入ると、冷たいけれどとっても気持ち良いって聞いたわ。でも……早く王都を見たいし、綺麗にしちゃうわね。『クリーン』と『デオドラント』。この二つを使えば……もう大丈夫だと思うのだけれど、どうかしら?」

パァァっと表情を輝かせたシャルロッテに、先程までの理知的な姿はない。
先程の年相応な姿が幻想だったのだと思っていたほうが、精神衛生上良さそうだ。

「ありがとうございます。お陰でスッキリしました。ですがシャルさんの魔法を見ると、街中の人はびっくりしてしまいますので。もし人前で魔法を使う時は、四節詠唱してください。お願いできますか?」

「呪文を唱えたら良いのね?生活魔法もかしら??」

「いえ、さすがにそれは一節だけで十分ですよ。シャルさんは加護持ちですので、生活魔法程度なら一節詠唱でも驚かれませんから。」

「分かったわ。汎用性が無くなるのがちょっと残念だけれど、知らない魔法を使われるのは怖いものね。それに聞いた人が呪文を覚えれば、効率良く知識を伝えられるかもしれないわ。さすがコンラッドね。」

そういう意味で言ったのではないのだが、コンラッドはそういう事にしておいた。
そもそも生活魔法以外を使おうとするのは、冒険者になる加護持ちくらいではないだろうか。

「俺達は良いとしてよ。シャルをそのまま連れてくの、ちょっと厳しくねぇ?なんていうか……。」

「……人攫い、奴隷……。」

「に見えるよなぁ。他所の村の子だっつっても、普通服着てるのに。布ってか毛布巻いてとめてるだけだもんな。」

グラスの補足でローレンは自身が感じたことが間違っていなかったと知る。

仮に歩いて検問のために並んでいたとしても、シャルロッテの容姿を抜きにしても目立つだろう。もちろん悪い意味でだ。

誤解が解けるまで門を通れない程度なら許容範囲だが、衛兵達に引っ立てられかねない。
間違いなくこれから特大の反動が来ることが確定しているのに、それは何としても避けたい事態だ。

黙り込み、それぞれ案を考える。
シャルロッテだけは視界の中であれば自由にしていていいと言われたので、湖の水を触ってみたり。生えている植物を観察し、有用な物であれば『ストレージ』に放り込んでいた。

「シャル、戻ってこい。」

「はぁい。」

四人で相談し結論が出たのでシャルロッテを呼び戻した。

「検問でシャルをロストテクノロジーだと説明しても、確実に嘘だと思われる。身分証のないものは通行料を払えば通れるが、シャルの場合根掘り葉掘り色々と聞かれるだろう。出身の村や家族構成などな。」

身分証が無い時点で犯罪歴がないかの確認は全員に共通なので、その説明はさらっと省かれた。

なんにせよ、シャルロッテに出身の村はない。
あえて言うならば約束の地だし、家族はマザーと七人の兄や姉たちだが、余計に不審がられるだけだろう。

「それは困るわ。私は生まれて一月も経たない内にマザーに預けられたらしいの。マザーは私の国を知っていても、村や町までは知らないわ。王都じゃないかしらとは思うけれど、混乱の時代だもの。古き時代の国は残っていないし、約束の地、といっても伝わらないでしょう?」

「そもそもの話。《世界の中心に古き財産がある》なんて言ってるのは教会の人間位なんですよ。僕達孤児院で育った人間は皆、聖職者たちからそうやって言われて育ちますが、それ以外の口からきいたことがないんです。加えて魔障の大森林は魔物が強く、誰も手を出さずともスタンピードの起こらない不思議な場所。奥に進めば進むほど魔物が強くなり、変異種も多くなるので、訪れるのは腕試しをしたい冒険者くらいだったのではないかと。」

「俺達はAランクになったし、ずーっと教会の奴らが言うからさ。腕試しついでに確認してくるかって思ったわけ。それが昔話なのか、御伽噺なのか気になったってのもあるかもな。」

「シャルのことを周囲にどう紹介するかは、教会の人間と話し合ってから決めたい。そこで門を通るために一芝居うってもらいたい。出来そうか?」

「そうだったのね。皆が来てくれて良かったわ。えぇ、それが必要なのでしょう?教会にどのような伝承が伝わっているのかは分からないけれど、本人たちから話を聞きたいくらいよ。どうしたらいいの?」

協力の了承を取り付けた四人は、シャルロッテに説明をして準備を行い。
即座に壁門へと向かったのだった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:193

ソナタを奏でるには、

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

憧れの先輩の結婚式からお持ち帰りされました

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:192

妹に全てを奪われた私、実は周りから溺愛されていました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:1,611

清色恋慕 〜溺れた先は異世界でした〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:114

【完結】シンデレラの姉は眠れる森の騎士と偽装結婚する

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:375

転生した魔術師令嬢、第二王子の婚約者になる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:546pt お気に入り:2,268

虹の欠片【声劇台本】【二人用】

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...