眠り姫は子作りしたい

芯夜

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第一章 眠り姫は子作りしたい

8 歩く爆弾

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「切りが良いところで、飯が出来たぞー。」

ローレンからの呼び声がかかり、それぞれ瓦礫を拝借して椅子代わりにした。

そして何故か当たり前のようにシャルロッテはリュクスの膝に乗りに行った。

ダメだと言う暇もなく膝の上に乗せていたパン籠を取られ、代わりにシャルロッテが納まったのだ。
取られたパン籠はシャルロッテが抱えている。

強制的にシャルロッテを退けようにも、リュクスの手は大きなお椀とスプーンを持っている。
片手では難しいだろうし、かと言って近くにお椀を置けるようなテーブルも丁度いい高さの物もない。

普通であればなんとか怒りを抑えている人間に。それも怒られている本人がわざわざ近付いたりしない。
残念ながらシャルロッテは普通では無かった。

「邪魔だ。」

「昨日と同じよ?」

「食べにくい。一人で座って食べろ。」

「んー……嫌よ。リュクスのそばに居たいわ。」

「何故俺に拘る?」

他にも居るだろ、そっちに行けと暗に言っているのだがシャルロッテには全く通じない。
シャルロッテはそのままの言葉の意味で受け取った。

「ここが……温かいし、魔力が心地いいわ。それに子作りをするには、普段から出来るだけ傍に居た方が良いってマザーが言ってたわ。その方が、子供を授かりやすくなるらしいの。」

朝っぱらから耳にするはずのないとんでもない爆弾発言に、四人の思考はフリーズする。
何故子作りという単語が出てきたのかすら見当がつかない。

「あの……シャルさん?シャルさんは、リュクスの事が好きなのですか?夫婦の契りを交わし、添い遂げたいと思っているのか、ということです。」

好きと聞くだけでは、友情の好きが返ってくる可能性があると思ったコンラッドは。
しっかりとその先のビジョンまで口にした。
こうまで言えば勘違いはしないだろう。

本来美女が子作りしたいと言ってくれれば。
まぁ子供出来るかは別として、つまりはヤりたいをオブラートに包んでくれたのかなと喜ぶのだが。言われた当の本人は、眉間の皺がデフォルトになりそうなほど迷惑そうな顔をしている。
そしてシャルロッテの子供のような言動から、言葉のままの意味だろうと考えられる。

「夫婦として?いいえ。旦那様が欲しいんじゃなくて、子種が欲しいの。強き者の子供が欲しくて、約束の地を訪れることの出来たリュクス達なら強き者でしょう。リュクス達と私の子供なら、きっと永く色持ちが続くわ。」

子供が子供を作るなんて、と思ってしまったローレンは悪くないだろう。

いくら古代の知識を持っていても、今のシャルロッテは【氷刃】から見たら身体が大きいだけの小さな子供だった。

身体だけはとても魅力的なのに、ローレンには実際にことに至ったビジョンは浮かばない。
なんというか……ムードをぶち壊されて萎える想像しか出来なかった。

「それは、強い相手なら誰でも良くて、加護持ちの子供を増やしたいだけか?」

リュクスの問いに、シャルロッテはこくりと頷いた。

そもそも古き時代は、大陸中に人が溢れていたにも関わらず。
そのほとんどが魔物たちに蹂躙されているのだ。
抵抗できたのは当時の強き者たちだけ。その数も長引く戦いでどんどん数を減らしたという。

残った者でシャルロッテたちを約束の地へ連れてきて、その知識と未来をマザーに託した。
残った者たちはシャルロッテたちのように選ばれた者だけが始まりの民としてシェルターで生き永らえ、力を蓄え。騒乱の落ち着いた地上に出て、魔物と戦い。人という種族が存続できるようにしたはずだ。

そして人が大陸に増えたであろう今、リュクスたちのような強き者が、こうして約束の地へ訪れることが出来たのだ。

「加護持ちって、色持ちの事よね?子供にも強くなって欲しいもの。相手が色無しの魔力じゃ、いくら私の魔力量が多くても子供にどれくらい伝わるか分からないわ。だから強き者以外の子種は要らないわ。私は色んなことをマザーから習ったけれど、新しき時代にもたらしてもいい物を見極めて、なるべく残して行きたいの。人間の寿命はあっという間だと聞いているわ。エルフなら寿命が長いから、生きているうちに教えてもいいと思うの。その代わりエルフは子供が出来にくいし、一人出来ればいい方だって聞いてるけど……。私は人間だから、頑張れば子孫を沢山作れるかもしれないわ。」

頑張るぞと意気込むシャルロッテと対照的に、四人の表情は暗い。

今でこそAランク冒険者となり何も言われなくなったが、加護持ちへの周囲の当たりは強いのだ。
特に幼ければ幼いほど、周りの人は近づきたがらない。

そういった大人の反応を子供たちはよく見ているもので、孤児でなくても色持ちであるだけで倦厭されるのだ。
孤児院で育ったリュクスたちは皆同じ場所で育ち、平等に扱ってくれる神父やシスターがいたから爪弾きにされなかっただけだ。

加護持ちの人間は、大半がそうやって隅に追いやられ、それでもどうにか冒険者になることで人並みに生きている人間が多いのでは無いだろうか。
加護持ちならば戦闘力があり、死んでも底辺の危険な人間が居なくなるだけだ。

冒険者は人々の安全を守ることも多いのに、世間的にはあまり印象のよくない職業だった。

「……僕達は。所帯を持つつもりも、子供を作る気も無いんです。申し訳ありませんが、子作りの相手は街で探してみてください。」

コンラッドが丁寧に断りをいれ、シャルロッテはしょんぼりと肩を落とした。

子孫が続くことを強く願われたシャルロッテにとって、子孫を残すのは当たり前のこと。
まさか言葉通り子孫が欲しいと思っていないとは思わず、その断りの言葉はシャルロッテに子供を作る魅力が無いと言われたと思ったのだ。
相応しくない相手と子作りする気はないと。

自分は新しき時代でやっていけないかもしれない。

「やっぱり……私の身体。魅力的じゃないの??」

「えぇと……どうしてそういう話に?」

コンラッドはきっぱりと、シャルロッテにも分かりやすく断ったはずだった。
そこにシャルロッテを抱きたいかどうかという情欲は関係のない話だ。

「私達の身体は、古き時代の人間が好ましく思った姿に成長するように調整されてたの。誰もが子作りをしたくなる姿だって、マザーは言ってたわ。新しき時代の人の好みに合わない可能性も、考えてはいたけど……。なんでかしら。思ってたよりもショックだわ。」

実際のところ、どこまでその効果があるのかは分からなかったが、マザーはそうだと信じていた。
だから子供たちもそう思っている。

確かにマッサージや引っ張ったりなどの物理的なアプローチはなされていた。
その所業は、生きた人間に行えば拷問に近いのではと思われる内容も入っていた。

しかしここまで立派に育ったのは両親の影響が強いことを、マザーもシャルロッテも知らない。
きちんとコールドスリープに入れられた子供たちは厳選されていたのだ。

「こほん。シャルさんの身体付きですが、確かに多くの男性を惹き付けるでしょう。でもその身体を魅力的に思うのと、子作りをするのは少し違うんですよ。……そもそも、どうやって子供を作ると習いましたか?」

まさかとは思うが、一緒に過ごしているとコウノトリという神の使いが運んできてくれるなどという、極々一部の聖職者向けのお話をされたのでは?と思ったのだ。

「子作りは男の人の股間にある棒が硬くなったら、女の人の股に入れて動けば良いんでしょう?出し入れしてたら子種が出てくるって聞いたわ。子種を入れてもらったら横になって、一晩過ごすと良いらしいの。すぐに出しちゃうより、そうやってた方が子供を宿しやすいんですって。でも入れっぱなしは子種が劣化するから、翌日には空っぽにしなくてはいけないと聞いたわ。あとは……そうそう。すぐには分からないから、出来ればお腹が大きくなるまでは子種を注ぎ続けた方がいいって言ってたわ。お腹が大きくなるのが子供が宿った証拠らしいの!」

ちゃんと覚えてるよ、とキラキラした笑顔が眩しい。
確かにまぁ。子供に分かりやすく説明するとそうなるんだろうなという内容であった。

それは子作りという点のみが解説され、男女の情欲というものを丸っと取り除いたものだ。

ちなみにこの世界の人間の排泄器は、体内から排除しようとした毒物が出てくる程度。
トイレという概念は無くはないが、それは食あたりを起こしたら使うくらいの意味合いのものだった。
体内で消化された食事は魔力として吸収されるのだ。

「きちんと学んでいるようで安心しました。さすがマザーですね。」

にこりとコンラッドがマザーを褒めたことで、シャルロッテはさらに笑顔になる。
それはやはり無邪気な子供そのもので。ようやく違和感は少なくなったものの、手を出そうとしたら戸惑ってしまうこと間違いなしだ。

なんというか。
未成年に手を出す犯罪臭がする。

「えぇ!マザーは物知りなのよ。狩りから戻ると反動が出ることも聞いてるわ。本当はその時が一番子作りしやすいらしいのだけれど、皆は馴染みの方がいるのよね?子種が無駄打ちされるのは、とっても勿体ないわ。……外出しする子種を集めて貰ったりはダメかしら……?あぁ、でも空気に触れると劣化するって聞いたわ。確率が低くなるって……ダメね。」

ローレンは何がツボに入ったのか。
無駄打ち、と小さく呟いて肩を震わせている。

シャルロッテは反動中に避妊をするには外出しするのだと聞いたが、この世界には避妊魔法が存在する。
それは古き時代にもあったのだが、出生率が低下していたために使われることが無かった。
そして子孫を残すように教育していたマザーにも教えられていないことだった。

そのためコンラッドたちは、わざわざ外出しさせてまで子種が欲しいのかと思ったのだ。
子作りに対する執着が凄いなと。

「どちらにしても、集めて渡したりしませんからね?僕達との子作りは諦めてください。強い人であれば冒険者か、貴族のどちらかに居るでしょう。一先ず街に戻らなければいけませんが、反動中は教会と、併設の孤児院に面倒を見てもらいます。反動が終わってからシャルさんをどうするか決めましょう。……一応聞いておきますが、新しき時代で何かやりたいことはありますか?子作り以外に。」

シャルロッテは人間なので自由にする権利があるのだが、一応ロストテクノロジーだ。
何か教えてもらうか、彼女を見つけた報酬をいただいて譲るかしなければ、【氷刃】は命をかけた意味が無くなるだろう。

「失われしものを伝えるのもだけれど。自由にできる時間があるのなら、そうね。色んなところに行ったり、やってみたりしたいわ。出来れば、約束の地を訪れてくれたコンラッド達と。ずっと待ってたの。マザーと八人で、ずっと。どんな人が来るのかな。約束の地へこれるのだから強き者だけど、良い人たちだったら良いなって。私達にとって目覚めさせてくれた強き者は特別だから、嫌われないと良いなって。ずっと待っていた間、新しき時代ではどれくらいの時間が経ってたのか分からないのだけれどね。」

それにシャルロッテは一人残り、死の恐怖に怯え。
目覚める直前まで眠りについていた。
眠りについてからすぐだったのか、それともかなりの時間が経っていたのかすら分からない。

「私、これでも戦力になれるわ。魔法が得意だけれど、剣も斧も槍も弓も……色んな武器を扱う練習をしたの。冒険者になる時に、入るパーティーの弱いところを補えるようにって色々と習っているの。難しいのは器具が必要で無理だけれど。道中素材を確保出来れば、最低限必要なポーションも自作できるわ。ちゃんと役に立てると思うの。」

ここぞとばかりに自分を売り込んでくるシャルロッテに、どうやって戦闘訓練をしていたのだろうかと思いながら、返事を先延ばしにする。

「シャルさんの希望は分かりました。街に戻ったあと、様子を見てこの先のことを決めましょうね。帰るだけですが、一ヶ月以上はかかりますから。」

「それは大丈夫よ。私は見たことがないから、コンラッド達が正確に同じ場所を思い浮かべなくてはいけないけれど……転移魔法で街の近くまで送れるわ。約束の地から人の住む場所が遠い可能性が高いから、皆、転移魔法はきっちり覚えたわ。これが、私達から最初に提供できる知識よ。思ってたよりも髪の毛があったから、全部で五人だとしても。例え大陸の端だったとしても問題なく飛べるわ。」

「……そうですか。転移魔法を見たことがないので、空想上の魔法かと思ってました。」

シャルロッテの口からまたもや爆弾が転がり出てきた。

どうすれば今の人には刺激の強すぎる単語を言わずに馴染めるかと考えるが、すぐに帰れるなら神父とシスターに丸投げしよう。そうしよう。
きっとコンラッド達より扱い方を心得ているはずだと、コンラッドは一人結論づけた。

「これは古き時代でも使える人が限られていた魔法なの。特に遠距離だったり、人数が多いと難しいし、魔力が沢山必要になるのよ。でも詠唱じゃなくて魔法陣を描いて、切った髪の毛も使えばどちらの問題もクリア出来るわ。街中やセーフティーエリアには飛べないから、それだけが不便ね。でも古き時代の主要な町には、専用の転移ポータルがあったらしいわ。今からだと……皆が良ければ、お昼くらいには飛べるように準備するわ。あとは四人で、街の外で、あまり人がこないけど、何か目印がある場所をひとつ決めて、思い浮かべて欲しいの。同じ場所を、四人で思い浮かべるのよ。可能なら、街の外壁や門が見える場所がベストだわ。街の名前を思い浮かべることもね。そうすれば該当するポイントが絞れるから。考えておいてね。」

ちまちまと飲んでいたスープが空になり、シャルロッテは名残惜しく思いながらも立ち上がった。

「ローレン、今日のスープも美味しかったわ。パンは大きくて半分しか食べられなかったから、次のご飯の時に食べるわね。」

「えらく少食だな?」

「皆がよく食べるだけよ。それから、すぐそこで魔法陣を描いてくるわ。30分もかからないと思うから、場所の方をよろしくね。」

迷惑をかけないようにちゃんと宣言したのに、一人で外に出てはいけないと言われてしまった。

結局魔法陣が書き上がるまで【氷刃】は謎の臭い煙が立ちこめる中で、周囲を警戒しながら課題を話し合ったのだった。

その臭いは朝一人で活動した時に集めた材料で作った魔物除けなのだが、余りに臭かったため時代の流れで失伝してしまったことを誰も知らない。


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