眠り姫は子作りしたい

芯夜

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第一章 眠り姫は子作りしたい

7 子守

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今までの疲れから泥のように眠り。

浮上しはじめた意識の中でリュクスは首を傾げた。
やたらもこもことかけられた毛布と、足りない温もり。

さーっと血の気が引くのを感じながら飛び起きた。

周囲を見渡しても、無機質な魔道具と残る三人が眠るだけ。

「シャル!どこにいる!?」

リュクスが跳ね起きた気配で身動ぎした三人は、リュクスの珍しく慌てた声を聞いて飛び起きた。

「いなくね?ってことは……。」

「セーフティーエリア内にいることを祈りましょう。」

「……時間は……?」

「まだ少し暖かい。そこまで時間は経ってないはずだ。」

「いくら安全とはいえ、全然気付かなかったぜ。嬢ちゃんが凄腕なのか、俺達が鈍ってんのか。」

「無駄口叩いてないで、行きますよ。」

四人は慣れた仕草で手早く荷物をまとめ、もう一度室内とカプセルの中身を確認してから小屋を出た。
途端にガラガラと小屋が崩れ去る。

少しだけ他の遺跡とは違って残ってくれないかと思ったが、どうやらこの小屋も他と変わりないようだ。

遺跡が崩れ落ちる音に反応して出てきてくれればと思ったが、全くそんな気配は無い。

「こりゃぁ、出てるなぁ。」

溜息と共にローレンが呟き、コンラッドは下草を見る。
僅かに草が倒れた足跡を見て、シャルロッテの行き先を辿る。

「どうやら、真っ直ぐ歩いてセーフティーエリアの外に出たようですね。」

「そもそもシャルってセーフティーエリアのこと知ってんのかな?」

「どちらにせよ、早めに見つけないといけません。」

「いくぞ。」

もしかしたらすでにこと切れているかもしれない。
そんな可能性も胸に抱いたまま足を踏み出した先には。

笑顔でこちらに歩いてくるシャルロッテの姿があった。

昨日巻いてやったはずの毛布はなく、全裸に血染めの衣装を着ている状態だ。
その左腕に、三本の斜めに走る創傷も見て取れる。

「何をしていた。」

自分の声が怯えさせてしまうような怒りを含んでいると知っているが、リュクスはそう口にした。
もしかしたら泣かれてしまって会話にならないかもしれないが、戦闘をしていたのは明らかだ。

そうでなくても、集団行動で身勝手な行動は迷惑だ。
他のパーティーメンバー全員に迷惑をかけることとなる。

「ご飯を採っていたの!皆疲れているでしょう?解体まで私がするから安心してね。あ、セーフティーエリアに戻った方が良いわ。魔物が近づいて来てるから。」

あっけからんと。
シャルロッテは笑顔で言った。

その全く怒られていることの分かっていない様子に、リュクスは更に怒りが蓄積するのを感じるが、シャルロッテのいう事ももっともだった。

リュクスが視線で促し、ご機嫌なシャルロッテと共に【氷刃】の四人はセーフティーエリアへと戻る。

「あ……そっか。訪れし者が去ったからね。マザー。お兄ちゃんたち、お姉ちゃんたち。皆の分まで頑張るわね。」

シャルロッテは瓦礫の山になったマザーたちを見て、手を組み瞳を閉じた。
神にお祈りする時の作法だが、死を悼む場合にも同じようにすると聞いている。

朝陽で黒髪は艶やかに光り、その姿は血塗れでなければきっと神々しかったのだろうと思わせる。
全裸で血を浴びてしまっているので、何か怪しい儀式のように見えてしまっているが。

「よしっ。じゃあ魔物の解体するわね。えぇと……どれが食べれるんだろう?」

マザーから食肉としてメジャーなものはオーク、バッファロー、コカトリス、ラビット、あとは空を飛ぶ鳥系は割と何でも美味しいらしいと聞いている。
それ以外でも魔物肉は浄化すれば食用になるものが多いと聞いていた。

名前は知っているが、実物を見たことが無いために。
今『ストレージ』の中に入っている魔物の名前すら分からない。

少なくとも空を飛んでいた魔物が入ってないことだけは確かだ。

解体の手順は教えてもらったが、そう言えば教材になった魔物の名前を聞いていなかったなとも思うのだ。

のんきにストレージを漁っているシャルロッテに、リュクスは我慢の限界を迎えた。

「流れる水よ。清く煌めくものよ。溢れる泉となれ『ウォーター』。」

「ひゃぁ!?」

生活魔法のはずなのにたっぷりと魔力が込められたウォーターは、まるで滝に打たれたかのようにシャルロッテをずぶ濡れにした。

残る三人はリュクスが怒っている理由が理由なためフォローすることも出来ず、グラスだけが引っぱり出した毛布を抱えておろおろしている。

「少しは頭が冷えたか?」

「……すごい!冷たいわっ。これが濡れるっていう感覚なのね!水浴びをする時は、もっと大きな水で身体を洗うのよね?楽しみだわ。あ、でも生活魔法に詠唱も、この魔力も勿体ないわ。……私が汚れてたせいね。ありがとう。でも、『クリーン』。こっちの方が、付着した汚れは綺麗になるわ。でも濡れてるのは乾かないから『ドライ』を使うと……ほら。これなら風邪を引かないわよね?身体が濡れたままだと、風邪を引いてしまうってマザーが言ってたわ。」

「全く意図が伝わってないことが分かった。」

「まーまー。シャルも善意で食材を採りに行ってくれたんだよな?でも朝飯の食材はあるから、気にしなくていいぜ。ただ……何を狩ったのかだけ、見せてくんない?」

「出来れば一番大きなものと一番小さなものを、丸々一つ出してください。」

はぁと大きなため息を吐いたリュクスに代わり、ローレンとコンラッドが話しかける。
子守の苦手なリュクスでは、シャルロッテの相手は荷が重そうだ。

「……その前に……。」

グラスは手にしていた毛布をシャルロッテに巻いてあげる。
毛布の端を結び、ついでに上端と腰部分に紐を巻いてはだけにくくしてあげた。

「おっきなこと、ちっさなこね?んん……組み合わせが分かんないけど……この身体と、頭のやつ。これが一番小さな子よ。群れの中でも一番小さな個体だったと思うわ。」

はいっと『ストレージ』から出されたのは首無しのキラーウルフだ。後から頭も出てくる。
その身体の大きさ的にラージサイズ。基準は平野のウルフがスモールとなり、こういった魔素の濃い場所では体格が大きく、強い個体が多くなる。

「群れのリーダーは、その子の赤いバージョンだったわ。それは食べられるの?」

ローレンが小さく「ブラッド……。」と呟く。
変異種のブラッドウルフ——魔障の森ではキラーブラッドウルフは、単体でAランクの魔物だ。

命からがら逃げてきた人間から伝え聞き、辛うじて存在を知られている魔物である。

一匹上位種が交じるだけで群れ全体の統率力と戦闘力が上がるので、【氷刃】でも出来れば他パーティーと共同討伐にしたいくらいの相手だ。

「その赤い子は逃げちゃいましたか?残念ながらウルフはどれも美味しくないんです。有用なのは毛皮と牙、そして魔石ですね。これだけ綺麗な状態であれば、ギルドが高く買い取ってくれると思いますよ。」

「本当?食べられないのは残念だけど、お金になりそうで良かったわ。赤いのも仕留めたわよ!これはウルフっていうのね。ウルフは食べられないっと。大きなお肉なのに残念だわ。一番大きい子はこれなの。」

キラーウルフが『ストレージ』に仕舞われ。よいしょっと代わりに真っ黒な巨体が出てきた。

それはグレートタイラントベアの変異種。
闇魔法を操る死神として知られている。

Aランクパーティーが複数で対応することが推奨されており、この魔障の大森林以外で出現すれば天災級に該当する魔物だ。

「……これはベアの一種ですね。外傷が無いようですが、どうやってトドメをさしたんですか?」

コンラッドはなるべく冷静にシャルロッテに問いかける。

こちらが慌ててしまうと子供に電波してしまう。
こんな魔窟の最深部でパニックになった子供の相手はしたくない。

腕の傷は血は止まっているものの、未だに赤い肉が見えている爪痕はどう見てもグレートタイラントベアのものではない。
どちらかというとキラーウルフに貰った傷だろう。

「これがベアね。その子、おっきくて首が見えないでしょ?だから足止めした後に、頭を水で覆って窒息させたの。生き物は呼吸が出来ないと死んでしまうから。ベアは食べられるかしら?」

窒息させたという言葉を確認するため、コンラッドはブラックグレートタイラントベアの頭に近づいて観察する。
だがこれはただの水で濡れているというより、ローションのようなものがかかっているように見える。

「食べられますが、癖があるので好みによりますね。ベアは全身価値がありますので、この見た目でしたら高値がつくと思いますよ。粘度があるようですが?」

「ごっくんしにくいように、ねばねばのお水で頭を覆ったの。その方が確実だってマザーが。」

「そうですか……マザーは沢山のことを教えてくれたのですね。」

「えぇ!マザーはね、すっごく物知りなのよ。」

「見せてくれてありがとうございました。これでしたら、シャルさんを連れて街に帰れそうです。」

「もしかして、戦えないって思われてたのかしら?色持ちだし、戦闘訓練だってしてるから大丈夫よ。迷惑をかけないように、さっき実戦で威力も確認してきたもの。」

「大丈夫……?傷を負って、手当てする素振りさえ見せない。ソレのどこが大丈夫なんだ?」

空気が氷点下まで下がったような錯覚に、ローレンはいそいそと朝食の支度を始める。
意味はないと分っていても、少し暖を取りたい気分になってしまった。

「これ?ちょっと、魔法のコントロールをミスっちゃって、一発貰ったのだけれど……。傷って本当に痛いしズキンズキンって波がある?感じなのが不思議だなぁって。動くのに支障はないし、こんな風に痛いのが初めてで、ちょっと嬉しくて残してたの。でも確かに。ほったらかしだと傷が治りにくくなっちゃうわね。傷を癒し在るべき姿へ『創傷治癒ヒール』。」

手をかざし、呪文を唱えるとほわっと温かさを感じ、赤かった創傷は綺麗さっぱり消えていた。

そういうものだとは知っていても、実際に目にすると感動する。
痛みも消えたので余計にだ。

「すごい、本当に痛みが消えたわ!ちゃんと見た目も元に戻るのね。触っても問題なさそうだわ。冷たいと、美味しいと、痛いは分かったから……熱い?」

だったら火に触れてみればいいと動き出したシャルロッテの身体を、グラスがひょいっと抱え上げる。

「……ダメだ……。」

「熱いは駄目なの?」

「……火は、危険……。」

「そっかぁ。熱いって温かいのが強い感じじゃないの?」

「……。」

好奇心旺盛な子供の質問に、グラスはなんと答えて良いのか分からず口を閉ざす。

その隙にコンラッドは「見た目は大きいですが、中身は子供です。子供を相手にしていると思った方が、心が落ち着きますよ。」とリュクスを慰めた。

「熱いは確かに温かいがもっと強くなった感じですが、火のように温度が高すぎると、熱いは痛いに変わってしまいます。痛いくらい熱いときは火傷を負ってしまうので危ないんですよ。そうやって、危険なものだからすぐに離れなさいと身体が教えてくれるんです。特に火は正しく扱わなければ、燃やしてはいけないものまで燃えてしまいます。あっという間に広がりますしね。便利な物ではありますが、興味本位で扱っては駄目ですよ。」

確かにマザーも、火はすぐに大きくなって広がっていくと言っていた。
だから燃えるものが沢山ある森では、火魔法と雷魔法を使ってはいけないそうだ。

何故ダメなのか。
それを理解したシャルロッテは頷いた。

「分かったわ。コンラッドは物知りだわ。マザーみたいね。」

「そうですか。ありがとうございます。せっかくなのでもう一つ注意事項を。僕達はパーティーで、シャルさんも街に戻るまではパーティーの一員として動いてもらわなくてはいけません。一人が勝手に動くと他の人が探さないといけなかったり、フォローに余計な人手が必要になります。ですので、一人で行動してはいけませんよ。もしどこかに行きたい時や、何かしたいなと思った時は、僕やローレンに聞いてください。分からないことも聞いてもらえれば大丈夫ですよ。」

「……戻るまで……。分かったわ。その……もしかして、朝ご飯を採りに行ったの、ダメだったかしら?ごめんなさい。」

「分かっていただけたのであれば大丈夫です。次からは気を付けてくださいね。」

「はい、気を付けます。」

理解する頭があるだけ、本当に小さな子供よりはマシかとコンラッドは思う。
これなら街に着くまでの道中もなんとかなりそうだ。好奇心に釣られてあっちへフラフラ、こっちへフラフラされなければ、だが。

帰りは行き以上に神経を使う旅になりそうだ。



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