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69.ユリアーナ殿下とアンナ

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王陛下と謁見した次の日、俺はアンナを連れて、再び王城へ向かった。

兵士に案内されて来賓室で待っていると、ベヒトハイム宰相が姿を現した。

「再び王城に訪れるとは急用か?」

「今日は一人、ユリアーナ姫殿下にご招待したい人物を連れてきました」

俺はアンナに向けて手をかざす。

「この者はアンナといい、私が経営しているこいはる商会で働いている作家です。以前、ユリアーナ姫がお会いしたいと言っておられたので、お連れしました」

「それは大儀である。それでクレア先生はどうした? クレア先生はいないのか?」

ベヒトハイム宰相は焦った表情をして部屋の中を見回す。

クレアのことを宰相に話したことはないのに、なぜ知ってるんだ?

俺は不思議そうな表情をして首を傾げる。

「どうしてクレアのことを?」

「ユリアーナ殿下に勧められてクレア先生の本を読んだのだ。夜のアレなシーンの描写もさることながら、戦場の臨場感といい、クレア先生の本にすっかりハマってしまってな」

「そうなのよ。あの子ったらキャラの動作を表現するのがとても上手いのよ。それを見抜くなんて、さすが宰相閣下よね」

「アンナ先生の本は、私のような初心者には高度すごるのでな」

なぜかベヒトハイム宰相は、アンナと意気投合して本について一緒に語り始めた。

あの堅物のベヒトハイム宰相にこんな一面があったとは知らなかったぞ。

アンナやクレアは宰相閣下とも対等に話せるほどの傑物だったのか。

「王族の住まう階へ庶民を入れるわけにいかん。ユリアーナ殿下を呼んでこよう。待っておれ」

そう言ってベヒトハイム宰相は来賓室を退室していった。

しばらくすると扉を開けてユリアーナ殿下が部屋の中へ飛び込んできた。

そしてソファに座っていたアンナへ抱き着く。

「アンナ先生、お会いしたかったですわ」

「いきなり飛びついてきて、何なのよー」

アンナはユリアーナ殿下を強引に引き剥がそうをするが、離れない。

後から来賓室へ入ってきたベヒトハイム宰相は厳しい表情で咳払いを一つする。

するとユリアーナ殿下は我に返って、アンナから身を離した。

「私ったら、何という無礼を。アンナ先生と会えると思ったら、自身を止めることができませんでしたわ」

「そこは姫なんだから全力で自分を止めなさいよ。私は男同士の物語は書くけど、女同士には興味ないんだから」

アンナはシワになった服を整えながらブツブツと文句をいう。

一般庶民に怒られてる姫殿下って、何だか立場が妙だな。

そんなことを考えていると、ユリアーナ殿下は手にもっていた紙の束をアンナに見せる。

「これ、私が書いた拙い恋愛小説ですが、ぜひアンナ先生に読んでいただきたいと思いまして」

「あなたも書き手を目指してるのね。それなら私の同志だわ。いいわ、読んであげる」

アンナは紙の束を受け取って、ペラペラとめくって内容を読む。

そして読み終わると、大きく頷いてユリアーナ殿下を見た。

「普通の恋愛小説ね。でも、いい感じ書けてるわ。あなたの力量なら、本屋『こもれび』で本を出せるわよ。あなたも本を出さない?」

「ちょっと待て。俺の許可なくユリアーナ殿下を本屋『こもれび』に巻き込むな」

「私も本屋『こもれび』の作家になれるのですか! ぜひ書き手をさせてください。本屋『こもれび』の本棚に自分の本が並ぶのが夢なんです!」

アンナの勧誘を受けて、ユリアーナ殿下は目を潤ませて喜んでいる。

俺の制止など聞いてもいなかったようだ。

女の子がここまで喜んでいるんだから、ダメとは言えないよな。

俺は床に片膝をついて礼をする。

「ユリアーナ殿下、王宮へは定期的に原稿を受け取りに参ります。ぜひ本屋『こもれび』で作家デビューしてください」

「本当ですか。フレンハイム伯爵のご配慮に感謝いたしますわ」

ユリアーナ姫は明るい表情で満面の笑みを浮かべる。

この笑顔には誰も文句は言えないよね。

そんなことを思っていると、いきなり肩に手を置かれた。

振り返るとベヒトハイム宰相が額に青筋を浮かべて立っていた。

「フレンハイム伯爵、ちょっと執務室まで顔を貸してくれないか」

「ベヒトハイム宰相……ここは冷静に話し合いということで」

「黙って一緒に来い」

ベヒトハイム宰相に強引に来賓室を連れ出された俺は、執務室でコッテリと説教を受けることになった。

でも女の子二人が喜んでいるんだから、これでいいよね。

翌日、俺はコハルと二人でベレント商会へ向かった。

店の使用人に声をかけると、執務室まで案内してくれた。

扉をあけると、タイマンは俺の顔を見て笑む。

「ようこそアクス様、南部での戦の噂は私の耳にも入ってきておりますぞ。南部でも三大貴族になられたとか、おめでとうございます」

「そんな噂はいいから。全部、デマだからな」

巷では、今回の戦で勝利した俺、レイモンド、グレアムのことを南部三大貴族と噂しているらしい。

しかし俺の領地は、普通の伯爵家より少し大きいぐらいだ。

世間の噂というのは本当にアテにならないよな。

俺は懐に手を入れ、一冊の本と取り出す。

そして本をチラチラと左右に振った。

「これは何だかわかるかな?」

「本屋『こもれび』に新しく置く本ですか?」

「ちがう! 新しい本屋『こもれび』の経営指南書だ。今回の指南書は料理について特集してある。

俺の領都でヒットした料理を網羅している極秘本だ」

「では内容を拝見させていただきます」

俺の手から本を受け取ったタイマンは読み進めていくうちに、興奮して顔色が赤くなっていく。

「これは新しい創作料理ばかりではないですか。とんかつ、エビフライ、オムライス」

「それでは商談に入るとしようか。この経営指南書、幾らで買い取ってくれるかな?」

俺とタイマンの商談は夕方近くまで続いた。

やっぱり王城で堅苦しい話をしているよりも、商売の話をしているほうが楽しいな。
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