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(19)芽吹いたなら枯らせばいい

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 私たちのヒモと飼い主の生活は、一稀さんがスマホを持ったことで一気に「恋人」成分が投下されて、毎日ドキドキだったりキュンとさせられるメッセージが届くようになった。
 2週間近く続いてるメッセージに、本音を言えば、私が一稀さんにお願いしたのはあくまでも恋人のフリだから、こんなことまでして欲しくはない。
 なのに次々と届くメッセージに、何が書かれてるのかウキウキしてる自分に気付いて、一稀さんとどんな関係で居たいのか足元が揺らぐ。彼はあくまで契約して恋人のフリをしてるだけ。
 だからすっかり芽吹いて日に日に育ってしまう彼への想いを、私は必死に枯らそうとしてる。それが凄くキツい。
「奏多ぁ、なにスマホ見て溜め息吐いてんの」
「え、いやいや。なんでもないよ」
 休憩室で気分転換にコーヒーを飲んでいるところに、愛花から声を掛けられて誤魔化すようにスマホをポケットにしまう。
「まさか吉澤くん?だったら相手すんのやめなよ」
 元彼の名前が出て、こんな場所でプライベートな話をする愛花にちょっとうんざりする。
「ないない。そんなことする人じゃないよ」
「だったらどうしたの。あ、親御さん?」
 自販機に小銭を入れると、どれにしようかなと指を彷徨わせながらミルクティーのボタンを押して愛花が振り返る。
「まあね。お正月帰るのかどうしようか迷ってて」
 年末年始は毎年実家に帰省しているけど、今年は一稀さんが居るので、実際のところそれについてどうするべきなのか考えあぐねてる。
「そっか。私みたいに結婚諦めてる親と違って奏多のところはね。それに彼氏と別れたってまだ言えてないんだもんね」
「まあ事実なんだけど、休憩室でその話はやめてもらえない?誰に聞かれるか分かんないし」
「あ、ごめん。私のこういうところがね、本当ごめん」
「うん、今度また呑んだ時にね」
 愛花は別に悪い子じゃないけど、時々こういうことを無神経にしてしまうところがあって、私は苦笑いするとこれ以上出てない埃を叩き出されないようにフロアに戻った。
「あ、梅原さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です、何かありましたか」
 同じ企画部の藤巻さんが、フロアに入るなり私の姿を見て片手を上げた。
「イーグランドホテルの改装の件で、先方からメール送付してるのでと、確認依頼のお電話が今さっき」
「ああ、ありがとうございます」
 すぐに着席してパソコンをアンロックすると、新着メールの中から、伝言のあったメールに目を通して仕事を再開する。
 私が今度受け持つクライアントであるイーグランドホテルは、首都圏を中心に展開するレジャーホテルで、近年では女子会プランなどを打ち出して人気を得ている。
 そのイーグランドホテルが新たに人気ソーシャルゲームとコラボすることになり、今回の企画はゲーム会社アイザニュートとの共同プロジェクトになる。
 具体的には、割り振られた客室の壁面にキャラクターのイラストが入り、その世界観とマッチする家具やインテリア、照明などの細部に至るまでをプロデュースすることになっている。
 ちなみに限定デザインが予定されたシーツや枕カバーなどは、期間中ホテルのみで購入出来るグッズ展開をする予定で、アメニティを含めたグッズ作成も絡んだ大型プロジェクトだ。
「おい梅。デュオスタの件、メール見たか」
「はい。今返信の問い合わせ文面作ってます」
 統括の枝野利一さんは、このロケパッケージに在籍するインテリアコーディネーターをまとめる責任者だ。
「だよな。アイザからデザイン画回ってきてないよな、これ」
「はい。うちにはまだ来てないので、恐らくイーグランドさん側にだけに、ラフの段階で打診があったのかと」
「じゃあ、そのままアイザの担当者に確認しといて」
「了解しました」
 ゲーム開発会社アイザニュートが運営する、女性向けソーシャルゲーム〈デュオリンクルスター〉通称デュオスタは、推し活を謳った人気の男性アイドル育成ゲーム。
 主要キャラクターだけでも38人、さらにそのキャラクターたちがそれぞれ所属するユニットが8組、スペシャルユニットを含めば12パターンまでその種類は増える。
 個々のキャラクターだけでなく、ユニットによってイメージカラーやモチーフアイテムが固定化される上に、曲によって衣装も変わるという繊細な設定が肝だ。
 だからこそアイザニュートが出すデザイン画は、それがあくまでラフだとしても、うちとしては目を通す必要がある。
 急いでメールを送信すると、担当者宛てに電話を入れて状況を確認し、早急にラフ段階のデザインパターンを流してもらった。
 そんなこんなでバタバタ過ごすうちに、気が付けばフロアの人影はほとんどなくなって、仕事を終えた頃には22時半を過ぎていた。
 ようやく仕事が終わった安堵感から、喫煙ブースでタバコに火をつけて何気なくスマホを手に取ると、そこには夥しいほどの着信通知が残されていた。
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