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(20)自分に嘘は吐けない

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「本当ごめん!」
 帰り支度を急いで済ませると、ビルを飛び出して駅への道を急ぐ。
『いいよ。仕事なんだから、スマホいじる暇ないのは分かるから』
「本当に、本当にごめん」
『なーたんさっきから謝ってばっかだね』
「いやもう本当に申し訳なくて」
『大丈夫。心配はしたけど、事故とかじゃなかったならそれで良いし』
 優しい声音に、電話の向こうで優しく笑う顔が目に浮かぶと、より一層申し訳ない気持ちが膨れ上がって泣きそうになる。
 夕方以降、バタバタして一切スマホを見る暇がなくて、その間に一稀さんがくれたメッセージや着信を確認することが出来なかった。
「心配掛けてごめんね。お詫びに何かお土産買って帰るよ。ほら、あの駅前のルティのプリンとかは?美味しいって気に入ってたよね。間に合うかな」
『えー。お菓子で買収するの』
「だってー。じゃあどうしたら良い?」
 駅前の洋菓子店はもう閉まっているかも知れない。代替え案を考えながら、何か欲しいものはないのか一稀さんに探りを入れる。
 お酒は家に買い置きがあるし、駅ビルの近くチェーン店ならギリギリ間に合うかも知れない。
 なのに結局コンビニのアイスでいいと言われてしまって肩を落とすと、ちょうど食べたかったからと一稀さんが笑う。
『まあ、とりあえずは無事に帰って来てよ。晩ご飯はなーたんが食べたがってたやつ用意してあるから、楽しみにしてて』
 一稀さんは怒った様子もなく、自信作だからと弾んだ声で相手をしてくれる。
 その後も寒いけど大丈夫かだとか、お風呂はすぐ入れるようにしてあるだとか、こんな私のことばかり気に掛けて世話を焼いてくれる。
 それがたとえ私がお願いして、ヒモとしての責任を果たすためにやってることだとしても、私の心臓は嬉しさでギュッと疼く。
 うっかりすると涙がこぼれそうになって、涙腺が緩んで鼻を鳴らすと、電話の向こうから心配するような一稀さんの優しい声が聞こえる。
『え。なーたん、泣いてる?』
「なんで。泣くわけないじゃん。寒くて鼻が止まらなくてさー」
 必死に鼻を啜って笑い飛ばすと、少し上を向いて泣きそうなのをなんとか堪えて駅までの道を歩く。
『……奏多』
「え?」
 咄嗟に言い聞かせるように名前を呼ばれて足が止まる。今まで聞こえてた雑踏の喧騒すら止んだように、電話の向こうの小さな息遣いだけが鼓膜を揺さぶるほど響いてくる。
『俺には嘘吐くなよ』
「一稀さ……」
『俺相手に無理して気を遣うな』
 少し怒ったような普段よりも低くて冷たく感じる声なのに、だからこそ一稀さんが本気で言ってる言葉に聞こえるのは、私の都合のいい思い込みだろうか。
『たとえ金を積まれても、俺は自分がしたくないことをしてやるほどお人好しじゃない。俺がお前にしてやりたいからそうしてる。お前のこと待ってるから、早く帰ってこいよ奏多』
 言葉に詰まった。
 一稀さんが私の名前を呼んでる。いつもみたいに柔らかく包まれるような甘い声じゃないのに、どうしてだか胸が揺さぶられる。
 奏多なんて男みたいな名前、今まで好きになれなかったけど、一稀さんの低くて綺麗な声で呼ばれて、自分の名前が凄く素敵なもののような気がした。
 どんな意図があって発せられた言葉なのか、取り乱した私を、ただ落ち着かせるために吐き出された嘘だとしても、そんなのはどうでもいい。
(ああ。私やっぱり一稀さんのことがどうしようもなく好きなんだ)
 一稀さんに対して一度芽吹いてしまったこの想いは、どんなに枯らそうとしても自分の力ではもうどうにも出来ない。
 ポタっと足元に滴が落ちて、私は咄嗟に手の甲で目元を擦った。
『家帰って来たらさ、いっぱいギュってしてあげる。だから早く帰っておいでよ、なーたん』
「う……ん、うん」
『だから泣かないで、なーたん』
「もう、だから泣いてないってば。心配性だなあ」
 今度は本心から笑ってそう言えた。
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