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(18)これはあくまで買い出しです
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一稀さんは多分、本当のことは教えてくれない。
だから身分証がないとか住所不定とかも嘘なんだと思う。だけど何か事情があって、そんな風に誤魔化すような嘘をついている気がする。
それを分かってて信じたフリをする私も、随分どうかしてると思う。だけどそうまでしてでも一稀さんと居たいのかも知れない。
その気持ちの正体まではまだ分からないけど。
「じゃあ私名義で買えば良いよ、支払いも経費だから私が払う。連絡手段としてスマホ持っててくれたら、離れてても気分が違うし。それじゃダメかな」
「なーたん」
一稀さんは呟いてその場で足を止め、その手を繋いでいた私も引き留められるように足を止める。
「どうし……」
「ああもう」
振り返ってどうしたのか聞こうとした途端、不意にまた腕の中に閉じ込められてしまい、駅が近くなって人通りも多い中で人の視線に晒されて、これはさっきよりもかなり恥ずかしい。
「ちょ、一稀さん。恥ずかしいって」
「恥ずかしいんだ?可愛い」
「何ワケわかんないこと言ってんの。良いから放して」
「あー、ちゅーしたい」
「禁則事項!」
見上げた一稀さんに顔を顰めて訴えると、揶揄われたのか可笑しそうに笑ってようやく抱き締める腕が離れた。
相変わらず恋人のように指を絡めて手を繋ぎ直すと、一稀さんは楽しそうに、じゃあ今からデートだねと言い始めて騒ぎ出す。
「デートって楽しいよね、なーたんはどんなデートが好きなの」
「いや、こういうのは買い出しって言うんだよ。必要な備品を買うだけだよ。デートはもっとこう……なんかデートっぽいやつのことだよ」
「なーたんて、やっぱ面白いね。なんかデートっぽいやつって何なの」
「それっぽいやつだよ、分かんないけど。でも絶対これは違うって」
なんだか可笑しくなって吹き出すと、一稀さんも楽しそうに笑ってるのが嬉しくなる。
それから電車で移動して、大きな家電量販店に向かうと、私の使ってるキャリアのコーナーで、どのスマホにするか二人でデモ機を手に取って商品を選ぶ。
「電話と最低限のメールが出来たら良いし、キッズスマホでも良いけどね、俺は」
「でも普通のスマホにしといた方が、たぶん後々便利だよ」
そんなたわいない会話をしながら、最新モデルが発売されたばかりで型落ちしたスマホを選ぶと、事前の話通り私名義でその場で契約して購入した。
「はいどうぞ」
「おお、これはガチでヒモっぽいね。スマホ買ってもらっちゃった」
「ちょっと!」
「嘘ウソ。でも本当に良かったのかな」
「今日みたいな無茶はさせられないでしょ。それこそ本当に行き違ったら困るし」
「分かった」
そう言った一稀さんは案の定慣れた手付きでスマホを操作すると、連絡先と、早速アカウント登録したメッセージアプリのデータを飛ばしてくる。
「登録しといてね」
「はいはい。ありがと」
そのままケースや必要な関連アクセサリを購入すると、ついでにちょっと欲しかった家電を見て回って買い物を済ませる。
「ごめん、重たいよね。やっぱり配送してもらおうよ。明日には届くみたいだし」
「大丈夫だよこれくらい。心配して言ってるなら遠慮しなくて良いよ。でも残念ながら手が繋げなくなっちゃった」
「そんなの別にどうでも良いよ」
笑いながらくだらないやり取りをして、店を出て駅を目指して並んで歩くと、やっぱり一稀さんは人目を引くらしくて、通りすがりの女性たちがチラチラとこちらに向ける視線とぶつかる。
(この人、私が飼ってるヒモですよ。ヒモなんですよ)
意地悪くそんなことを考えてしまう。
だって私は契約を持ちかけて、こんなカッコいい人を家に置く(飼ってあげる)代わりに、恋人のフリをしてもらってるだけの関係だから。
そう思うと、道行く女の子たちが羨ましくなった。
あの人も、あの子も、みんなは普通に一稀さんと付き合える可能性があるんだ。
(違う。一稀さんを心の内側に入れないって決めたのは自分でしょ)
一稀さんは優しいから、きっと私が望めば出来ることは全て叶えてくれる気がする。だけどそんなのは虚しいだけだ。だって事実上、一稀さんは私のヒモなんだから。
今朝だって2万入れたポチ袋を、必要経費として渡した。何に使うかは本人の自由だし、多分それで電車だって乗って来れたんだと思う。
「なーたん、改札通る時だけ荷物手伝ってくれない?」
駅の構内に入ったところで急に声を掛けられてハッとする。
「ああ、両手塞がっちゃってるもんね。気付かなくてごめん。もちろん大丈夫だよ、貸して」
荷物を受け取ると、一稀さんは空いた方の手をモッズコートのポケットに手を突っ込み、得意げな顔をする。
「じゃじゃーん」
「なに、そんなの得意げに見せびらかして」
「さっきは何気なく使っちゃったからね」
「ああ、確かに」
「俺なーたんに会いたかったから、すごい悩んだけどお小遣いでICカード買ったのね、しかも往復考えて1,000円もチャージしちゃった。俺生まれて初めてこれ買ったの。初、体、験」
デポジットでお金取られるんだねと、今時子どもでも持ってるだろうICカードを、宝物みたいにキラキラした目で見つめてる一稀さんが可愛くて思わず顔がニヤける。
「初体験おめでとう」
「ふふ、ありがと」
「でも帰り足りるかな。寄り道したから乗り越し精算しないとダメじゃないかな」
「乗り越し精算。なにそれ楽しそう」
「楽しいかどうか知らないけど、また初体験出来るかもね」
二人だから成立するくだらない話。でもそんな些細なことが楽しく仕方なかった。
だから身分証がないとか住所不定とかも嘘なんだと思う。だけど何か事情があって、そんな風に誤魔化すような嘘をついている気がする。
それを分かってて信じたフリをする私も、随分どうかしてると思う。だけどそうまでしてでも一稀さんと居たいのかも知れない。
その気持ちの正体まではまだ分からないけど。
「じゃあ私名義で買えば良いよ、支払いも経費だから私が払う。連絡手段としてスマホ持っててくれたら、離れてても気分が違うし。それじゃダメかな」
「なーたん」
一稀さんは呟いてその場で足を止め、その手を繋いでいた私も引き留められるように足を止める。
「どうし……」
「ああもう」
振り返ってどうしたのか聞こうとした途端、不意にまた腕の中に閉じ込められてしまい、駅が近くなって人通りも多い中で人の視線に晒されて、これはさっきよりもかなり恥ずかしい。
「ちょ、一稀さん。恥ずかしいって」
「恥ずかしいんだ?可愛い」
「何ワケわかんないこと言ってんの。良いから放して」
「あー、ちゅーしたい」
「禁則事項!」
見上げた一稀さんに顔を顰めて訴えると、揶揄われたのか可笑しそうに笑ってようやく抱き締める腕が離れた。
相変わらず恋人のように指を絡めて手を繋ぎ直すと、一稀さんは楽しそうに、じゃあ今からデートだねと言い始めて騒ぎ出す。
「デートって楽しいよね、なーたんはどんなデートが好きなの」
「いや、こういうのは買い出しって言うんだよ。必要な備品を買うだけだよ。デートはもっとこう……なんかデートっぽいやつのことだよ」
「なーたんて、やっぱ面白いね。なんかデートっぽいやつって何なの」
「それっぽいやつだよ、分かんないけど。でも絶対これは違うって」
なんだか可笑しくなって吹き出すと、一稀さんも楽しそうに笑ってるのが嬉しくなる。
それから電車で移動して、大きな家電量販店に向かうと、私の使ってるキャリアのコーナーで、どのスマホにするか二人でデモ機を手に取って商品を選ぶ。
「電話と最低限のメールが出来たら良いし、キッズスマホでも良いけどね、俺は」
「でも普通のスマホにしといた方が、たぶん後々便利だよ」
そんなたわいない会話をしながら、最新モデルが発売されたばかりで型落ちしたスマホを選ぶと、事前の話通り私名義でその場で契約して購入した。
「はいどうぞ」
「おお、これはガチでヒモっぽいね。スマホ買ってもらっちゃった」
「ちょっと!」
「嘘ウソ。でも本当に良かったのかな」
「今日みたいな無茶はさせられないでしょ。それこそ本当に行き違ったら困るし」
「分かった」
そう言った一稀さんは案の定慣れた手付きでスマホを操作すると、連絡先と、早速アカウント登録したメッセージアプリのデータを飛ばしてくる。
「登録しといてね」
「はいはい。ありがと」
そのままケースや必要な関連アクセサリを購入すると、ついでにちょっと欲しかった家電を見て回って買い物を済ませる。
「ごめん、重たいよね。やっぱり配送してもらおうよ。明日には届くみたいだし」
「大丈夫だよこれくらい。心配して言ってるなら遠慮しなくて良いよ。でも残念ながら手が繋げなくなっちゃった」
「そんなの別にどうでも良いよ」
笑いながらくだらないやり取りをして、店を出て駅を目指して並んで歩くと、やっぱり一稀さんは人目を引くらしくて、通りすがりの女性たちがチラチラとこちらに向ける視線とぶつかる。
(この人、私が飼ってるヒモですよ。ヒモなんですよ)
意地悪くそんなことを考えてしまう。
だって私は契約を持ちかけて、こんなカッコいい人を家に置く(飼ってあげる)代わりに、恋人のフリをしてもらってるだけの関係だから。
そう思うと、道行く女の子たちが羨ましくなった。
あの人も、あの子も、みんなは普通に一稀さんと付き合える可能性があるんだ。
(違う。一稀さんを心の内側に入れないって決めたのは自分でしょ)
一稀さんは優しいから、きっと私が望めば出来ることは全て叶えてくれる気がする。だけどそんなのは虚しいだけだ。だって事実上、一稀さんは私のヒモなんだから。
今朝だって2万入れたポチ袋を、必要経費として渡した。何に使うかは本人の自由だし、多分それで電車だって乗って来れたんだと思う。
「なーたん、改札通る時だけ荷物手伝ってくれない?」
駅の構内に入ったところで急に声を掛けられてハッとする。
「ああ、両手塞がっちゃってるもんね。気付かなくてごめん。もちろん大丈夫だよ、貸して」
荷物を受け取ると、一稀さんは空いた方の手をモッズコートのポケットに手を突っ込み、得意げな顔をする。
「じゃじゃーん」
「なに、そんなの得意げに見せびらかして」
「さっきは何気なく使っちゃったからね」
「ああ、確かに」
「俺なーたんに会いたかったから、すごい悩んだけどお小遣いでICカード買ったのね、しかも往復考えて1,000円もチャージしちゃった。俺生まれて初めてこれ買ったの。初、体、験」
デポジットでお金取られるんだねと、今時子どもでも持ってるだろうICカードを、宝物みたいにキラキラした目で見つめてる一稀さんが可愛くて思わず顔がニヤける。
「初体験おめでとう」
「ふふ、ありがと」
「でも帰り足りるかな。寄り道したから乗り越し精算しないとダメじゃないかな」
「乗り越し精算。なにそれ楽しそう」
「楽しいかどうか知らないけど、また初体験出来るかもね」
二人だから成立するくだらない話。でもそんな些細なことが楽しく仕方なかった。
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