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(17)所詮口約束の契約
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定時で上がれるはずが、直前にクライアントから連絡が入って仕事を切り上げるのが1時間以上遅くなってしまった。
さすがに一稀さんが心配するかと思って、さっきから家に電話を掛けてるけど一向に出る気配がない。
(まさか、本当に出て行っちゃったのかな)
朝の何気ないやり取りを思い出して、心臓をギュッと握り潰されたように情けないほど息が苦しくなる。
でもそれも仕方のないことかも知れない。いくらゴミ捨て場から拾われたからって、一稀さんが私に義理立てする必要はどこにもないんだから。
喫煙室でスマホを見つめながらタバコの火を消すと、自販機で買ったコーヒーを飲み干した。
「……帰ろ」
フロアに戻って帰り支度を整えると、残ってる社員に挨拶をしてエレベーターを待つ間、またスマホを見つめて溜め息を溢してしまう。
家の電話にも履歴は残るし、リダイアルの機能だってある。だけど家の電話なんて使い慣れてなければ使い方も分からないかも知れない。
もしかして掛け直して来るんじゃないだろうとか淡い期待を持ってから、誰に何を期待してるんだろうと、自分でも情けなくて鼻で笑うような溜め息が出た。
「月曜だし飲みに行くのもなぁ」
誰も居ないエレベーターの中でボソリと呟くと、そう言えば昨日ネットスーパーで色々買い溜めしたのを思い出して、大人しく家に帰って晩酌でもしようと首を振る。
今日も11月らしい冬の気候でかなり冷え込んでいる。
今朝家を出る時に、夜は冷えるらしいからと一稀さんが巻いてくれた厚手のストールをギュッと握って、虚しさを振り払うようにビルを出て駅に向かって歩き出す。
「ねえお姉さん、良かったら俺と遊ばない?」
ガードレールに座ってた人影が立ち上がったかと思うと、後をつけられて声を掛けられる。
「間に合ってます」
「ああね、お姉さんにはヒモが居るもんね」
ギョッとして振り返ると、そこに居るはずがない姿に、私の心臓は驚きと喜びで跳ねた。
「一稀さん!?なんでこんなところに居るんですか。どうかしたんですか」
「なーたん敬語使った。ペナルティだね」
言うが早いか頬っぺたに添えられた指先は冷たくて、無遠慮に繰り返し額に押し当てられる唇は、乾燥してカサカサしてる。
「え、ちょ……待っ、やめてって。ここ外だし禁則事項だから!て言うか一稀さんいつからここに居たの」
「今が何時か分かんないけど、夕方くらいから?」
「何してんの、風邪ひいちゃうよ!」
「じゃあ、なーたんがあっためて」
ギュッと抱き締められて、一稀さんのコートの中に閉じ込められる。
ちょうど首筋に顔を埋めるようになって、この二日ちょっとで覚えた一稀さんの匂いが鼻先を掠める。
その匂いを嗅いだだけでまたしても心臓がうるさいくらい跳ねて、この腕の中に収まると安心してしまうチョロい自分が嫌になる。
(そっか。出て行ったんじゃ、なかったんだ)
電話に出なかった理由が分かって、現金なくらいホッとしてる自分が恥ずかしくなる。
「あの、そろそろ放して欲しいんだけど。さっきも言ったけど、ここ外だし会社の前だし」
「仕方ないなあ」
ようやく解放されると、しれっと手を繋がれて冷え切った指先が絡む。
「仕方ないとかじゃないから、反省しなよね。そんなことより急に来て、もしすれ違ったらどうするつもりだったの」
ゆっくりと駅に向かって歩き始めながら、すぐ隣に居る一稀さんの顔を見上げる。
「だから夕方に間に合うように家出たよ」
「そういうことじゃないんだけどな」
「会えたんだし良いじゃない」
嬉しそうに笑って、ちゃっかり握った手の甲にキスをする一稀さんに、やっぱり私は絆されて苦笑してしまう。
「それなら一稀さん、一つ良いですか」
「また敬語」
ペナルティと言いながら頬っぺにキスされる。
「禁則事項だってば」
言葉とは裏腹に笑いながら一稀さんを見ると、まるで本物の恋人みたいに甘い笑顔を浮かべているので、恥ずかしくなって一気に顔が真っ赤になった。
「一つって何。なんかお願いごと?」
「ああ。えっとね、こんなすれ違いを生まないために、一稀さんのスマホ見に行こ」
「え、俺の?」
「そう。なくても大丈夫かも知れないけど、あった方が便利だと思うんだよね。一稀さんも、家にこもりっきりとか息苦しいだろうし」
「……はぁあ」
予想に反して一稀さんから溜め息が漏れて、余計なことを言ってしまったのかと、彼との距離感の詰め方に戸惑う。
「要らないか、そっか、やっぱりそうだよね。ごめん、気にしないで」
「いや、違うよなーたん」
「良いの良いの。よく考えたらなんか管理されるみたいでヤダよね。ごめんね、気にしないで」
「なーたん、違うってば。気持ちは嬉しいんだけど俺身分証ないって言わなかったっけ」
少し困った顔をしてそう言うと、家に居るのは退屈じゃないよと優しい笑顔を浮かべた。
さすがに一稀さんが心配するかと思って、さっきから家に電話を掛けてるけど一向に出る気配がない。
(まさか、本当に出て行っちゃったのかな)
朝の何気ないやり取りを思い出して、心臓をギュッと握り潰されたように情けないほど息が苦しくなる。
でもそれも仕方のないことかも知れない。いくらゴミ捨て場から拾われたからって、一稀さんが私に義理立てする必要はどこにもないんだから。
喫煙室でスマホを見つめながらタバコの火を消すと、自販機で買ったコーヒーを飲み干した。
「……帰ろ」
フロアに戻って帰り支度を整えると、残ってる社員に挨拶をしてエレベーターを待つ間、またスマホを見つめて溜め息を溢してしまう。
家の電話にも履歴は残るし、リダイアルの機能だってある。だけど家の電話なんて使い慣れてなければ使い方も分からないかも知れない。
もしかして掛け直して来るんじゃないだろうとか淡い期待を持ってから、誰に何を期待してるんだろうと、自分でも情けなくて鼻で笑うような溜め息が出た。
「月曜だし飲みに行くのもなぁ」
誰も居ないエレベーターの中でボソリと呟くと、そう言えば昨日ネットスーパーで色々買い溜めしたのを思い出して、大人しく家に帰って晩酌でもしようと首を振る。
今日も11月らしい冬の気候でかなり冷え込んでいる。
今朝家を出る時に、夜は冷えるらしいからと一稀さんが巻いてくれた厚手のストールをギュッと握って、虚しさを振り払うようにビルを出て駅に向かって歩き出す。
「ねえお姉さん、良かったら俺と遊ばない?」
ガードレールに座ってた人影が立ち上がったかと思うと、後をつけられて声を掛けられる。
「間に合ってます」
「ああね、お姉さんにはヒモが居るもんね」
ギョッとして振り返ると、そこに居るはずがない姿に、私の心臓は驚きと喜びで跳ねた。
「一稀さん!?なんでこんなところに居るんですか。どうかしたんですか」
「なーたん敬語使った。ペナルティだね」
言うが早いか頬っぺたに添えられた指先は冷たくて、無遠慮に繰り返し額に押し当てられる唇は、乾燥してカサカサしてる。
「え、ちょ……待っ、やめてって。ここ外だし禁則事項だから!て言うか一稀さんいつからここに居たの」
「今が何時か分かんないけど、夕方くらいから?」
「何してんの、風邪ひいちゃうよ!」
「じゃあ、なーたんがあっためて」
ギュッと抱き締められて、一稀さんのコートの中に閉じ込められる。
ちょうど首筋に顔を埋めるようになって、この二日ちょっとで覚えた一稀さんの匂いが鼻先を掠める。
その匂いを嗅いだだけでまたしても心臓がうるさいくらい跳ねて、この腕の中に収まると安心してしまうチョロい自分が嫌になる。
(そっか。出て行ったんじゃ、なかったんだ)
電話に出なかった理由が分かって、現金なくらいホッとしてる自分が恥ずかしくなる。
「あの、そろそろ放して欲しいんだけど。さっきも言ったけど、ここ外だし会社の前だし」
「仕方ないなあ」
ようやく解放されると、しれっと手を繋がれて冷え切った指先が絡む。
「仕方ないとかじゃないから、反省しなよね。そんなことより急に来て、もしすれ違ったらどうするつもりだったの」
ゆっくりと駅に向かって歩き始めながら、すぐ隣に居る一稀さんの顔を見上げる。
「だから夕方に間に合うように家出たよ」
「そういうことじゃないんだけどな」
「会えたんだし良いじゃない」
嬉しそうに笑って、ちゃっかり握った手の甲にキスをする一稀さんに、やっぱり私は絆されて苦笑してしまう。
「それなら一稀さん、一つ良いですか」
「また敬語」
ペナルティと言いながら頬っぺにキスされる。
「禁則事項だってば」
言葉とは裏腹に笑いながら一稀さんを見ると、まるで本物の恋人みたいに甘い笑顔を浮かべているので、恥ずかしくなって一気に顔が真っ赤になった。
「一つって何。なんかお願いごと?」
「ああ。えっとね、こんなすれ違いを生まないために、一稀さんのスマホ見に行こ」
「え、俺の?」
「そう。なくても大丈夫かも知れないけど、あった方が便利だと思うんだよね。一稀さんも、家にこもりっきりとか息苦しいだろうし」
「……はぁあ」
予想に反して一稀さんから溜め息が漏れて、余計なことを言ってしまったのかと、彼との距離感の詰め方に戸惑う。
「要らないか、そっか、やっぱりそうだよね。ごめん、気にしないで」
「いや、違うよなーたん」
「良いの良いの。よく考えたらなんか管理されるみたいでヤダよね。ごめんね、気にしないで」
「なーたん、違うってば。気持ちは嬉しいんだけど俺身分証ないって言わなかったっけ」
少し困った顔をしてそう言うと、家に居るのは退屈じゃないよと優しい笑顔を浮かべた。
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