上 下
211 / 220
パリとベトナム。

211話

しおりを挟む
「そしてグラスに練乳を入れ、その上にソーサーとカップを置き、お湯を注いで蓋をする。これであとは待つだけです」

 使った耐熱グラスは透明。ポタポタとコーヒーが少しずつ染みのように垂れていく。穴が小さいため、通常よりも時間がかかるのだが、それもまたベトナムコーヒーのいいところ。抽出には一杯につき六分以上かかることも。

 グラスの高さに目線を持っていき、その様を凝視するアニーは、まるで砂時計のようだと楽しさが生まれてくる。

「ほぇー、なんか不思議っスね。練乳の上にコーヒーが落ちていくっていうのが」

 抽出が終わってから練乳を混ぜる、よりも視覚的に好きだと思う。

 そうこうしているうちに抽出も終盤。下に溜まった練乳。上に積み重なった透明度の高いコーヒーの二層式。液体の比重の違いによりこうなる。

 カップなどを取り外し、ユリアーネはグラスの中をスプーンでかき混ぜる。

「最終的には混ぜるので、後でも先でも問題ないんですけどね。私はプースカフェスタイルのように、層になるのを見るのが好きなんです」

 混ぜないで飲むと、最終的に激甘な練乳のみになるので気をつけたい。

 ちなみにミルクに練乳もしくはガムシロップを混ぜ、そこに冷やしたコーヒーを注いで二層にしたオレグラッセという、二層式カフェオレも存在する。ミルクとコーヒーの順番を逆にすると、その色合いは反転。これは混ぜないで飲むドリンク。

 そしてそこにアニーから素朴な疑問。いつもと違うコーヒーの淹れ方、ということは気になる点が多数。

「でもこれだと、紙のフィルターを使ってないですから、穴の部分から粉が落ちていっちゃうんじゃないっスか?」

 防ぐものがなにもない。グラスの底のほうにザラザラとしたものが残ってしまう。いいのだろうか。

 ユリアーネは、むしろそれこそが最後の隠し味とさえ思っている。

「それもベトナムコーヒーの良さです。他では味わえないですから。全てを前向きに捉える、という意味では最もポジティブなコーヒーと言えるかもしれません」

 気持ちも晴れやかに。それも付随してくるのはとてもいいこと。

 ベトナムコーヒーは、中国語で『滴滴珈琲』と書くほど、抽出に時間のかかる淹れ方。内蓋により圧縮された粉は、極端に密度が高まり、お湯の通る隙間が少ない。それゆえに濃い目のコーヒーが出来上がる。濃くて苦いコーヒーにより、独特の風味を逆に消していく。

 深煎りに焙煎された豆は雑味をなくし、そこに糖度の高い練乳を投入することで甘くする。ちなみにベトナムだと『カフェ・スア』、氷を入れてアイスにすると『カフェ・スア・ダー』となる。ダーとはロックアイスを示す。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:16,139pt お気に入り:2,119

結婚に失敗しました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:463pt お気に入り:233

受胎告知・第二のマリア

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

バッドエンドから逃げられない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:171

秘密の関係

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:488

【完結】EACH-優しさの理由-

SF / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:2

焔躯迷図

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:0

3度目のチャペルにて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,831pt お気に入り:3

処理中です...