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アフェッツオーソ
75話
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それを温かい目で見守っていたシャルルが事態の締めくくりを察すると、傍らでその姉はセシルのように無言で待ち構えていた。
その様子を一瞥し、なんなんだか、とシャルルは頭を抱える。
「そうか? まあ期待もしていなかったがな」
しかしその悠然とした口ぶりとは裏腹に、舌打ちの音が小さく存在する。こういったときにも羽目を外さないシャルルの落ち着きぶりを評価するとともに、ベアトリスは少し苛立ちを覚えているのもまた事実。そこから生じたスタッカート。
「期待されても困るけどね。姉さんに優しくされると、なんか調子狂いそうだし」
常に偉そう、それがシャルルの姉に対する見解である。優しさの形もねじれたものが大半であったゆえ、普通の優しさは少々手に余るものを感じる。なにか裏がある、そう考えるのが悲しき反射となっていた。
「狂われてもこっちも困る。今晩や明日の食事やら掃除やらと」
「やっぱ楽してるだけだと思う……」
「聞こえんな」
まだ泣き止む気配のないベルをあやしたまま、視線だけをセシルは二人に転ずる。
「ところでベアトリスさん。私にも敬語じゃない喋り方をしてもらってもいいかしら。自分が話すならともかく、どうも敬語で話されるっていうのが苦手で。できればシャルル君にもそうしてもらいたいのだけれど……」
「申し訳ありません、お客様に対してはこの口調を貫いていますので。弟は口癖みたいになっていますが」
その提案は受け入れられない、と、ベアトリスはやんわりと断りを入れる。彼女は家族や友人、店の従業員といった、ある種の親しさを持ち合わせた場合のみ、謙遜とは遥かかけ離れた態度を示すのだが、お客様に対してそのようなことはできない。それが彼女の流儀であり、サービス業としては当然である。それゆえ、セシルはお客様というカテゴリにある以上、それを飲むことは出来ないのである。
「じゃあ私を『生徒の母』と思ってくれればいいわ。友達感覚。それならなんとかならない?」
しかし食い下がり、引く気配を見せないそのセシルの姿勢に、『お客様第一』という理念の下、ベアトリスはその要求の受け入れを承諾した。なにより、やはりどちらかというと無理をして語を整えているため、多少のむず痒さを覚えていたのである。
「そうか、実は私も敬語は好かんでな。こっちの喋り方のがいい。娘さんも最初から特にお客様としては扱わなかったしな」
「切り替え早っ。あの、僕は……」
その姉とは似通っているが、姉以外にはすべて敬語で話すことが癖になっているシャルルは、どうしても気後れしてしまい、語尾を細くしてしまう。慇懃な態度の最後には「申し訳ありません」という謝罪の声が隠れていた。それを脳内で補い、セシルは慌てて言い繕う。
「いいのよ、私のわがままなんだから。じゃあ、普段どおりに喋ってくれるかしら」
「はい、わかりました。普段どおり、というかさっきまでと変わりませんけど」
お許しが出てシャルルはぱっと声を弾ませた。もし彼に尻尾というものがあれば、緩やかに振っていただろう、というほどの明瞭さがそこからにじみ出ていた。
その様子を一瞥し、なんなんだか、とシャルルは頭を抱える。
「そうか? まあ期待もしていなかったがな」
しかしその悠然とした口ぶりとは裏腹に、舌打ちの音が小さく存在する。こういったときにも羽目を外さないシャルルの落ち着きぶりを評価するとともに、ベアトリスは少し苛立ちを覚えているのもまた事実。そこから生じたスタッカート。
「期待されても困るけどね。姉さんに優しくされると、なんか調子狂いそうだし」
常に偉そう、それがシャルルの姉に対する見解である。優しさの形もねじれたものが大半であったゆえ、普通の優しさは少々手に余るものを感じる。なにか裏がある、そう考えるのが悲しき反射となっていた。
「狂われてもこっちも困る。今晩や明日の食事やら掃除やらと」
「やっぱ楽してるだけだと思う……」
「聞こえんな」
まだ泣き止む気配のないベルをあやしたまま、視線だけをセシルは二人に転ずる。
「ところでベアトリスさん。私にも敬語じゃない喋り方をしてもらってもいいかしら。自分が話すならともかく、どうも敬語で話されるっていうのが苦手で。できればシャルル君にもそうしてもらいたいのだけれど……」
「申し訳ありません、お客様に対してはこの口調を貫いていますので。弟は口癖みたいになっていますが」
その提案は受け入れられない、と、ベアトリスはやんわりと断りを入れる。彼女は家族や友人、店の従業員といった、ある種の親しさを持ち合わせた場合のみ、謙遜とは遥かかけ離れた態度を示すのだが、お客様に対してそのようなことはできない。それが彼女の流儀であり、サービス業としては当然である。それゆえ、セシルはお客様というカテゴリにある以上、それを飲むことは出来ないのである。
「じゃあ私を『生徒の母』と思ってくれればいいわ。友達感覚。それならなんとかならない?」
しかし食い下がり、引く気配を見せないそのセシルの姿勢に、『お客様第一』という理念の下、ベアトリスはその要求の受け入れを承諾した。なにより、やはりどちらかというと無理をして語を整えているため、多少のむず痒さを覚えていたのである。
「そうか、実は私も敬語は好かんでな。こっちの喋り方のがいい。娘さんも最初から特にお客様としては扱わなかったしな」
「切り替え早っ。あの、僕は……」
その姉とは似通っているが、姉以外にはすべて敬語で話すことが癖になっているシャルルは、どうしても気後れしてしまい、語尾を細くしてしまう。慇懃な態度の最後には「申し訳ありません」という謝罪の声が隠れていた。それを脳内で補い、セシルは慌てて言い繕う。
「いいのよ、私のわがままなんだから。じゃあ、普段どおりに喋ってくれるかしら」
「はい、わかりました。普段どおり、というかさっきまでと変わりませんけど」
お許しが出てシャルルはぱっと声を弾ませた。もし彼に尻尾というものがあれば、緩やかに振っていただろう、というほどの明瞭さがそこからにじみ出ていた。
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