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第9章

全身タイツの恵子ちゃん

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朝の騒動で気が張って疲れていたのか、恵子はソファでいつの間にか寝落ちしていました。
「う、ふああ、はあ、いつの間にか寝ちゃったわ。うわっ、もうすぐ2時だ、よいしょっと」
ソファから起き上がって、有り合わせで昼食の用意をします。
「頼子さん、絶対大丈夫よね。でも耳の病気とは思わなかったなあ。耳って大事なんだ‥」
食事を摂りながらでも、やはり頼子のことは気になります。
恵子自身、あまり食欲がありません。
「しっかり食べなきゃダメだよね」
一通り食べ終わると、すぐに片付けて2Fへ上がりました。

今日の午後から明日、明後日と特に予定もなく、誰かが尋ねてくる宛もありません。
「学校が始まってから、週末はお泊まり会をやったり、出かけたりしてゆっくり休んだことなかったわ。せっかくの休みだからゆっくりしちゃおうっと」
恵子はさっそく朝まで着用していた全身タイツに履き替えます。
「やっぱり全身タイツはいいわ!タイツを通して見る世界はいつも新鮮ね。本当に新しい自分、新しい世界だわ!」
恵子は鼻歌を歌いながら、1Fへ降りました。

リビングでゆっくり休もうと思いましたが、せっかくいい天気なので靴を履いて、プールサイド側から庭に出てみました。
今日はカラッと晴れていて少し風がそよぎ、暑くもなく寒くもなく、全身タイツで外に出るにはちょうどいい状態です。
全身タイツを汚したくないので、ビニールシートを芝生の上に敷いて、靴を脱いで仰向けに寝転ぶと、ポカポカの暖かい光が全身タイツに降り注ぎます。
「ああ、日差しがすごく気持ちいいわ。う~ん、これだけですごく幸せ!」
小半刻ほど日向ぼっこをした後、起き上がってビニールシートを片付け、少し散策をしようと庭を離れました。

家の脇を通って表の道に出たところで、「キャッ」「うわっ」と立て続けに小さな悲鳴が聞こえました。
(こんな時間に誰がいるの?)
恵子が驚いて声の方を見ると、あのいつもの園児2人組が全身タイツの恵子にびっくりしてお母さんにしがみついています。
お母さん二人も明らかに警戒しています。
「あっ、驚かせてごめんなさい」
「え?なんか聞いたことある声。恵子ちゃん?」
「この声、恵子ちゃんだ」
園児たちは恐る恐るお母さんから離れます。
「うん、そうよ。びっくりさせてごめんね」
恵子は後頭部のファスナーを下げて、二人に顔を見せました。
お母さんたちも、不審者が恵子ということで安堵したようです。
「うわあ、恵子ちゃん、全部タイツになっちゃった!」
「すごい、すごい!みんなタイツだ!」
「このタイツねえ、全身タイツっていうのよ」
「へえ、全身タイツなんだ!」
「ねえ、恵子ちゃん、さっきみたいに顔もタイツにしてよ」
恵子はフードを顔に被せ、後頭部のファスナーを閉めました。
「うわあい、顔もタイツで隠れてる!すごい、すごいよ、恵子ちゃん!」
二人は大はしゃぎでタイツ脚やタイツお尻を触ります。
「ほんとにタイツだ。すごく気持ちいいタイツだ!」
「このタイツ、本当に気持ちいいのよ。それでちょっと散歩してたのよ。驚かしてごめんね」
「ううん、恵子ちゃんなら平気だよ。ねえ、写真撮ろうよ。ママ、全身タイツの恵子ちゃんと写真撮って!」
「え?ちょ、ちょっと待ってよ」
流石に恥ずかしくてたじろぐ恵子ですが、二人はお構いなしです。

お母さんたちも初めて見る全身タイツに興味津々です。
子どもたちと全身タイツの恵子の写真を何枚も撮っています。
「それにしても恵子さんはスタイル抜群よね」
「全身タイツが恵子さんのスタイルを引き立ててるわ」
恵子は嬉しくもあり恥ずかしくもありです。
「ちょっと触ってもいいかしら?」
「あ、はい、いいです」
「うわっ、すごく柔らかくて優しい肌触りで気持ちいいわ」
「顔もタイツで覆われて、中からは外が見えるの?」
「この全身タイツは中からうっすら見えるんです。すべてが白い世界に見えるんですよ。中から見えない全身タイツもあります」
恵子はとても恥ずかしかったのですが、全身タイツの恵子を認めてもらえたのはすごく嬉しく思いました。

「ねえねえ、恵子ちゃん、広場で一緒に遊ぼうよ」
どうやら二人は恵子の家のすぐ側の、幼稚園の広場で遊ぶためにいたようです。
返事をする間もなく恵子は二人に手を引っ張られていきました。
二人は恵子のタイツをいっぱい触り、お尻タッチやおっぱいタッチをして恵子が恥ずかしがるのを喜び、一緒に鬼ごっこをしたり、芝生に寝転んだりして、全身タイツの恵子と楽しいひと時を過ごしました。
恵子も夢中で二人と遊び、すごく充実した時間を過ごすことができました。
その様子をお母さんたちが動画撮影していて、先ほどの写真と一緒にママ友たちにすぐに共有されて、他の園児たちやお母さんたちの間で「全身タイツの恵子ちゃん」が話題沸騰になったことを、恵子はまだ知りません。

「さあ、そろそろ帰るわよ」
小半刻が過ぎて、園児たちが帰る時間になりました。
「恵子さん、遊んでくれてありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです」
恵子がお母さんたちに挨拶するためにファスナーを下げて顔を出そうとしました。
「恵子ちゃん、顔を出したらダメだよ!全身タイツなんだから顔もタイツのままじゃなきゃダメ!」
強い調子で怒られてしまいました。
お母さんたちも思わず大笑いです。
「はい、ごめんなさい」
「ねえ、恵子ちゃん、明日も遊んでね。ねえ、ママ、いいでしょ?」
「そういえば恵子さん、学校は?」
「実は今日から学校閉鎖なんです。だから遊ぶのは本当はあまりよくないんです。先に言わなくて、ごめんなさい」
恵子は頭を下げました。
「え?恵子ちゃんと遊んだらダメなの?」
恵子は二人とも涙を浮かべてる様子が分かりました。
「明後日まではよくないかな。金曜日なら遊べるよ」
「じゃあ、金曜日に遊ぼうよ!ママ、いいでしょう?」
「恵子さんがいいなら、いいわよ」
「私なら大丈夫です」
その瞬間、二人とも大はしゃぎです。
「やった、やった!」
「また恵子ちゃんと遊べる!ちゃんと全身タイツだよ!」
「分かったわ、全身タイツでいるわよ。さあ、二人とも気をつけて帰ってね」
その時、二人は顔を見合わせて少し膨れ気味です。

「あれ、二人ともどうしたの?」
「恵子ちゃん、もう何度も会ってるんだから、そろそろ名前で呼んでほしいな!」
「あ、ごめんなさい。伊織ちゃんに美咲ちゃん、またね」
「恵子ちゃん、また遊ぼうね、バイバイ!」
恵子は四人の姿が見えなくなるまで手を振りました。

恵子をお気に入りの伊織も、真由をお気に入りの美咲も、後にS女子学院の制服を着ることになりますが、まだそれは何年も先のことです。
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