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第9章

貴浩の戸惑い

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貴浩が頼子の状況を知ったのは放課後でした。
T中学校は教室でのスマホ厳禁で、貴浩はそれをしっかり守っていて、授業を終えて部室へ行く途中でスマホを見て知ったのです。
「頼子が救急車で運ばれたって、マジかよ。死んじゃうなんてことないよな」
貴浩は陸上部の顧問の先生に事情を話して部活を休み、すぐに市立S病院へ自転車を飛ばしました。

頼子の病室は一般病棟の5Fの6人部屋でした。
ただ、6人部屋といってもベッドはすべて窓に面していて、頼子のベッドは右奥の眺めのいい区画にありました。
貴浩は受付で病室を教えてもらい、すぐに見つけることができましたが、担当医が耳鼻咽喉科医師になっているのが不思議に思いました。
「なんで耳鼻咽喉科?」
カーテンを開けてベッドを覗くと、頼子は点滴を受けながら眠っていましたが、貴浩が入るとすぐに目を覚ましました。
「頼子、大丈夫か?」
「あ、貴浩、まだ大丈夫じゃないわ」
頼子は薄目を開けましたが、貴浩を確認するとすぐに目を閉じました。
「目を開けるとものすごい速さで目が回るのよ。だから目を開けられないの」
「え?それ、ちゃんと治るんだよね?」
「どうやら耳の三半規管の異常らしいわ。点滴と投薬で治療するって。症状が改善するのに2,3日はかかるみたい。10日間ほど入院することになりそうだわ」
「それ、耳なんだ。目とか脳じゃなくて耳ってなんか意外というか不思議な気がするけどね」
頼子の状況が少し分かって、貴浩は安堵しました。

市立S病院はS市中心から少し離れた場所にあり、窓からはS市郊外ののどかな風景が広がっています。
ただ、頼子はまだその眺めを見ることはできません。
貴浩はパイプイスに腰掛けました。
「そういえば、LINEのメッセージが恵子ちゃんの名前で発信されてたけど、恵子ちゃんがいたの?」
「うん、そうよ。私、気分が良くなってきたから大学へ行こうと思って家を出たのよ。でも玄関を出たところで激しく目が回り始めて、立っていられなくなったのよ。気分が悪くなって嘔吐もしたわ。ちょうどそこに恵子ちゃんが通りがかったみたいで、助けてくれたのよ。着替えを手伝ってくれたり、持っていくものを用意してくれたり、何から何まで助けてもらったわ。救急車も恵子ちゃんが呼んでくれたのよ。本当に心から感謝だわ」
貴浩には意外でもあり、嬉しくもありました。
「そうだったんだ。今日、恵子ちゃんにお礼を言いにいくよ。嫌われててもお礼は言わないとね」
「貴浩、悪いけどお願いね。私もスマホを見れるようになったら、メッセージを送るわ」
「でも何で恵子ちゃんが通りがかったんだろ?学校行ってる時間だよな?」
「学級閉鎖か何かじゃないかな。それで買い物にでも行こうとしたんじゃないかしら?」
「そういうことか。どちらにしろ、まずはしっかり治さないとな。いい機会だからゆっくり休めよ。頼子、いろいろ頑張ってるからな」
「生意気言っちゃって‥」
頼子は貴浩の心遣いが嬉しくて、涙が溢れそうです。
「家や俺のことは心配いらないからな。なんとかするから大丈夫だよ」
「貴浩、お父さんやお母さんにとりあえず連絡してくれる?心配かけたくないけど、伝えないわけにはいかないし。私、まだスマホ触れないからお願いね」
「分かったよ。連絡しておくよ」
「ふう、貴浩、ごめん。少し休むわ」
「ああ、長居してごめん。また来るよ」
頼子から持ってきてほしいものを聞くと、貴浩は頼子の唇に軽く唇を重ねて、病院を後にしました。
「貴浩、ありがとう‥」
頼子の目から涙が流れ落ちます。
話をして疲れたせいか、頼子はそのまま眠りに落ちました。

恵子は園児たちを見送り、全身タイツのままでしばらく草原を散策していると、日暮れどきになりました。
「うわあ、夕焼けがすごくきれい!白いタイツ越しに見る夕日が素敵!」
顔のタイツの内側がオレンジ色になる夕焼けの景色をタイツ越しに眺めて堪能した後、家に戻りました。

リビングのソファで少しくつろいだ後、昨日のシーフードカレーを温め直して夕食にしようと思って立ち上がったとき、インターホンが鳴りました。
「え?こんな時間に誰?」
モニターを見ると貴浩が映っています。
恵子は全身タイツのまま、玄関のドアを開けます。
「貴浩くん、いらっしゃい。さあ、入って」
貴浩は恵子が全身タイツのままでてきたことに少し驚いたうえに、門前払いされるかもしれないと思っていたところ、中へ通されたことにかなり戸惑いました。
「貴浩くん、どうしたの?さあ、入って」
「ああ、お邪魔します」
貴浩が恵子の家に入るのは2日前の日曜日以来です。
あの時は貴浩が恵子の体を激しく求め、何度もイカせて、最後はイラマチオから喉奥射精でしたが、それがもう遠い過去の出来事のように思えていました。
この2日間の間にいろいろ状況が変わり、貴浩にとって恵子の家の玄関はとても敷居が高いものに変わっていました。
それだけにあっさり通されたことに、かなり戸惑っていたのでした。

リビングのソファに座ってもなかなか気持ちが落ち着きません。
「貴浩くん、リンゴジュースでいい?」
恵子が全身タイツのまま聞いてきます。
「ああ、大丈夫」
貴浩は恵子に嫌われているという警戒心と全身タイツへの興奮で恵子と会話が上手く噛み合いません。
「貴浩くん、なんか変よ。心ここに在らずって感じよ」
笑いながら話す恵子に、貴浩は益々混乱します。
(え?なんでそんな態度なんだ?軽蔑してるんじゃないのか?)
鼻歌を歌いながらリンゴジュースを持ってくる全身タイツの恵子に、現実世界ではないような錯覚を感じています。
(一体何がどうなってるんだ?)
貴浩は肝心の話を切り出すのをすっかり忘れて、白い全身タイツの恵子を見つめていました。
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