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第9章

新しいアイデンティティ

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恵子が目を覚ましたのは、まもなく夜明けを迎えるときでした。
目を開けると、昨夜と同じく目の前に白いタイツです。
「私、全身タイツのまま寝たぞー!朝起きても全身タイツ!本当に最高!って昨日から何回言ってるかな?」
恵子はベッドから起き上がると急いで1Fに降りました。
この後、朝食を作って食べ、身支度することを考えると、あまり時間に余裕はありません。
さらに、一晩中全身タイツで顔を覆っていたので、髪の毛がすごいことになっていそうで、シャワーを浴びる時間も必要です。
本当はゆっくりと草原や林の中を白い全身タイツ姿で散策したいのですが、それは次の休みの日のお楽しみになりそうです。
ただ、少しの時間でも外に出てみたかったので、靴を履かずにそのまま玄関から外に出て、草原へ向かいました。

玄関を出ると、そこが昨夜に貴浩とセックスをした場所です。
「昨夜ここで貴浩くんとセックスしたのよね。その後、貴浩くんは姉の頼子さんとセックスした‥」
今はそのことを考えたくない、全身タイツに集中しようと、恵子は足早にそこを立ち去りました。

普段、見慣れた草原もタイツ越しに見ると、完全に別世界です。
白い膜がかかったような幻想的な眺めに恵子は興奮しています。
「新しい私の世界だわ。日の出の太陽の光もすごく気持ちいいわ。風も優しく包んでくれて最高よ!」
やや風が冷たいですが、全身タイツで肌の露出がまったくないのでへっちゃらです。
タイツ越しに見る日の出の太陽がすごく美しく、全身タイツで陽の光を浴びる幸せを満喫しています。
全身タイツだけで歩きたかったので靴を履かずに出てきましたが、草や地面の感触が心地よくタイツ脚の裏から伝わり、全身タイツだけで歩いている幸せに浸っていました。
「今、私、脚先から頭の上まで白い全身タイツよ。顔もタイツで覆われた白い全身タイツの恵子よ。新しい恵子のアイデンティティよ」
恵子は大声で叫びたい気持ちをグッと抑えて、草原を歩き回ります。

ふと背後から足音が聞こえたので慌てて振り返ると、
びっくりしたような表情の貴浩が走ってきました。
長距離走選手である貴浩の毎朝のルーティンのトレーニングです。
「ああ、貴浩くん」
恵子は全身タイツ姿を見られるのは構わないのですが、昨夜の貴浩と頼子のセックスを見ているので、貴浩とあまり話したくない気分でした。
「やっぱり恵子ちゃんかい?」
貴浩が恵子のタイツ顔を覗き込むように見ますが、貴浩からはタイツの下の恵子の顔はほとんど見えません。
恵子は黙って頷きました。
「いや、まさか恵子ちゃんが全身タイツでいるとは思わなかったから驚いたよ」
「私が全身タイツでいたらダメなの?それにタイツ越しでも顔をじろじろ見るのは失礼よ」
「え?あ、ごめん。タイツで全然顔が見えないから、つい‥」
「私からはちゃんと見えるので不愉快だわ」
「恵子ちゃん‥」
予想外の恵子の冷たい反応に、貴浩はかなり戸惑っています。
「それじゃあ、私、急いでるから」
家に向かって走り去る恵子を、貴浩は呆然と見送ります。
「待って、恵子ちゃん」
貴浩が急いで追いかけます。
貴浩が追いついても、恵子はを止まりません。
「恵子ちゃん、どうしたの?何か俺に怒ってるの?」
「私にも許せることと許せないことがあるの」
「え?」
貴浩には何のことかまったく分かりません。
ただ呆然と立ち尽くして、全身タイツの恵子が家に入るのを見ているだけでした。

貴浩は重い足取りで帰宅しました。
リビングのソファに座り込むと、頼子が白いボディタイツ姿でコンドームを持ってリビングに入ってきます。
いつもなら、この後はモーニングセックスですが、頼子は貴浩の様子がおかしいことに気づきました。
「貴浩、どうしたの?顔色が悪いけど」
「頼子、ごめん。今はセックスしたい気分じゃないんだ」
「何があったのよ?」
頼子は貴浩の隣に、白いボディタイツ姿のまま腰を下ろします。

「今朝も恵子ちゃんと会ったんだ。今日は一人で白い全身タイツ姿だったんだ」
「え?全身タイツ姿で外にいたの?」
「ああ、脚先から手の指先や頭のてっぺんまでタイツで、顔もタイツで覆われていたから、最初は誰か分からなかったんだ。靴も履いてなくて、本当に全身タイツだけで歩いていたんだ」
「顔が分からないって、顔もタイツで覆われたままで外をタイツ脚で歩いていたってこと?恵子ちゃん、大胆というか何というか、普通じゃないわね。確かに普段からタイツだけで散策してるみたいだけど、全身タイツ散策なんてすごいことをするのね。それで貴浩はショック受けたってことか」
「違うよ、そうじゃないよ。俺、白い全身タイツに大興奮して、恵子ちゃんに話しかけたんだよ。そうしたら、塩対応というか、めちゃくちゃ冷たい反応だったんだ。俺、訳わかんなくて聞いたら、「私にも許せることと許せないことがある」って言われたんだ」
貴浩は頭を抱え込んでソファにもたれ掛かりました。

いくら考えても貴浩にはまったく心当たりがありません。
「その言い方だと、明らかに貴浩が恵子ちゃんに何かしでかしてるわよ」
「でもまったく心当たりがないんだよ。確かに恵子ちゃんにコンドームなしでタイツを脱いでセックスして欲しいって言って、それで恵子ちゃんが激怒したけど、それは済んだ話だし、その後で喜んでセックスしてるから、関係ないと思うんだ」
「タイツ脱いでは怒るわよ。白いタイツこそ恵子ちゃんそのものなんだから。貴浩もそこはもうちょっと考えて話さないと」
「それは言われたよ。白いハイウエストタイツこそアイデンティティだって言われたよ。でもそれが原因だとは思えないよ。その後のイラマチオもセックスも嬉しそうだったし、射精した精液も美味しそうに飲んでくれたから」
貴浩は考えれば考えるほど、訳が分からなくなっています。

「まあ、ともかく、朝ごはん食べないと学校へ遅れるわよ」
頼子に促されてダイニングテーブルに着きます。
「昨日のセックスまでは喜んでいたんでしょう。今朝、怒ってたってことは、セックスで何かあったんじゃないの?」
トーストをかじりながら、頼子が尋ねます。
「うっかり中出ししちゃったとか。それはマジでヤバいけど」
「そんなことしてないよ。ちゃんとコンドームつけたし、射精した後で恵子ちゃんがコンドームの精液を飲み込んだから、それはないよ」
貴浩もトーストをかじりながら答えますが、とんと思い当たらず、途方に暮れた顔です。

「全身タイツ姿を見られたのが許せないんじゃない?」
「だったら、外に出るなよって言いたいけど、「私が全身タイツでいたらダメなの?」って言ってたから、見られるのは平気だと思うよ」
「じゃあ、昨日のセックスの後から、今朝、全身タイツ姿を見られるまでの間に貴浩が恵子ちゃんに何かやらかしたってことね」
「それが分かんないから‥あっ、もしかして‥あのセックスの後に‥」
「え?あっ、それよ‥それはマズいわ‥」
頼子も貴浩もようやく思い出しました。
「きっと頼子とのセックスを見たんだ‥それで合点がいく‥」
「どうしよう‥正直に話せば誤解は解けるだろうけど、まだ正直に話すわけにはいかないし‥」
二人とも途方に暮れながら、顔色を失ってしまいました。
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