6 / 8
6
しおりを挟む
また平和な夜が戻った。
と、思ったのも束の間だった。
死神様が去った数日後、眠りから覚めた時に、背筋にぞわぞわっとした悪寒が走った。
真っ暗な部屋の中に誰かいる。
私はベッドに横たわったまま、ゆっくりと首を左右に動かして暗い部屋の中を見まわした。
薄ぼんやりと光る人の姿があった。
「随分と捜しました」
影のような姿が言った。
聞いたことのある声のようだった。
頭の半分潰れた血だらけの姿を見て思い出した。
「あなたは」
「美咲です」
「成仏したんじゃなかったのですか?」
「はい。あの時、ふわふわした感じで気持ちよくなって、すーっと意識が揺らいでいって・・・・。でもその時、私、考えてしまったのです。あんなに優しい、虫も殺せないようなあの人が私にこんなひどいことをするはずがないって」
「でも、実際は彼がやったんでしょ?」
「はい。それは彼の意思じゃなかったと思うのです。きっと裏であの女が指図していたのです」
「それでその女に憑りついて、呪い殺してやりたくて、またこの世に戻ってきたわけ?」
「そんな、憑りついて呪い殺すなんて、そんな恐ろしいことはできません」
「じゃ、どうするの?」
「ここにいて、女を呪ってやります」
「それは困る。アパートに帰ってくれ」
「一人じゃ心細くて。お願いですからここにおいてください」
「駄目だ」
「お願いします」
そう言って女は、血だらけの手で血だらけの顔を覆ってしくしくと泣き出した。
「おいおい、泣かないで」
「こうなったらあなたを呪ってやります」
「馬鹿なことを言うな。わかった。ここにいていいから静かにしていてくれ」
そう言ってから、私は考えた。こうなったら何が何でもこの女を成仏させなければならない。しかしどうすればいいのだろう。
「取りあえず彼を奪ったという女を捜してみる。見つかったらすぐに女のところに行って呪い殺してくれ。ここで呪っていたって女に伝わるかわからない」
「でも」
「嫌なら私は一切協力しない」
「じゃ、あなたを呪います」
「おい、止してくれ」
「ごめんなさい。わかりました。おっしゃる通りにいたします」
女の幽霊はしおらしく言った。
それから私は事件について知っているかぎりのことを女から聞いた。
次に男や女の名前で検索をして事件のことを調べた。
するとすぐにおかしなことに気が付いた。
さらに詳しく調べ、遂に相手の女の居場所を突き止めた。
「女を見つけた。明日様子を見に行ってくる。一緒に行く?」
私は幽霊に尋ねた。
「いえ、私は夜にしか動けません」
「じゃ、帰ってきてから女の居場所を教えるから」
「はい。ありがとうございます」
頭の潰れた女は深く頭を下げた。
幽霊の彼を奪ったという女は、事件のあった時に住んでいたマンションにまだいた。私は丸一日かけて女を知っている人を捜し、様子を聞いた。
想像した通りだった。それはネットで調べて感じていた結果を裏付けるものだった。
「色々とわかったよ」
その日の夜、私は枕元に立つ女に言った。
「そうですか。ありがとうございます」
「彼の新しい恋人は事件があってから、毎日のように泣いていたそうだよ。そして今でも時々彼に会いに行っている。彼女は彼が出所するまで待つつもりらしい」
「まあ。でも、あの人は一生刑務所から出られないのではないのですか?」
「いや。調べてみてすぐにわかったんだけど、先に手を出したのはあなたのほうだよね?」
「え? ええ。ついカッとなってしまって」
「ついカッとなって何をしたの?」
「その、台所に行って包丁を持ってきて・・・・」
「包丁で彼を刺し殺そうとした」
「いえ、そんな、殺そうなんて。ちょっと脅かして彼の心を変えようと」
「とにかく素手の彼を相手に、包丁を振り回した。当時の事件のニュースを見ると出てる。彼は沢山の小さな切り傷を負っていたと。あなたは相当激しく包丁を振り回したのでしょうね」
女はまた感情的になって両手で顔を覆い、泣き出した。いくら泣いても殺された時のビジュアルはそのままだ。
「殺人を犯したという罪は変わらないが、彼はかなり情状酌量されて、それほど長い間、刑務所にいなくて済みそうだ。だから恋人も待ってる。これはどう見ても悪いのはあなただと思うが」
私は半分顔の潰れた女にきっぱりと言ってやった。もう、女が成仏しようがしまいが関係ない。そうしたほうが女はここから出ていってくれるだろうと考えたからだ。
「ああ。私が悪かった。私が悪かった。私が・・・・」
呻くような女の声は、その血だらけの姿と共に徐々に薄れていき、やがて跡形もなく消えた。
私はしばらくの間、その何もない黒い空間を見つめた。そして再び女が姿を現さないのを確認してから布団に潜り込んだ。
と、思ったのも束の間だった。
死神様が去った数日後、眠りから覚めた時に、背筋にぞわぞわっとした悪寒が走った。
真っ暗な部屋の中に誰かいる。
私はベッドに横たわったまま、ゆっくりと首を左右に動かして暗い部屋の中を見まわした。
薄ぼんやりと光る人の姿があった。
「随分と捜しました」
影のような姿が言った。
聞いたことのある声のようだった。
頭の半分潰れた血だらけの姿を見て思い出した。
「あなたは」
「美咲です」
「成仏したんじゃなかったのですか?」
「はい。あの時、ふわふわした感じで気持ちよくなって、すーっと意識が揺らいでいって・・・・。でもその時、私、考えてしまったのです。あんなに優しい、虫も殺せないようなあの人が私にこんなひどいことをするはずがないって」
「でも、実際は彼がやったんでしょ?」
「はい。それは彼の意思じゃなかったと思うのです。きっと裏であの女が指図していたのです」
「それでその女に憑りついて、呪い殺してやりたくて、またこの世に戻ってきたわけ?」
「そんな、憑りついて呪い殺すなんて、そんな恐ろしいことはできません」
「じゃ、どうするの?」
「ここにいて、女を呪ってやります」
「それは困る。アパートに帰ってくれ」
「一人じゃ心細くて。お願いですからここにおいてください」
「駄目だ」
「お願いします」
そう言って女は、血だらけの手で血だらけの顔を覆ってしくしくと泣き出した。
「おいおい、泣かないで」
「こうなったらあなたを呪ってやります」
「馬鹿なことを言うな。わかった。ここにいていいから静かにしていてくれ」
そう言ってから、私は考えた。こうなったら何が何でもこの女を成仏させなければならない。しかしどうすればいいのだろう。
「取りあえず彼を奪ったという女を捜してみる。見つかったらすぐに女のところに行って呪い殺してくれ。ここで呪っていたって女に伝わるかわからない」
「でも」
「嫌なら私は一切協力しない」
「じゃ、あなたを呪います」
「おい、止してくれ」
「ごめんなさい。わかりました。おっしゃる通りにいたします」
女の幽霊はしおらしく言った。
それから私は事件について知っているかぎりのことを女から聞いた。
次に男や女の名前で検索をして事件のことを調べた。
するとすぐにおかしなことに気が付いた。
さらに詳しく調べ、遂に相手の女の居場所を突き止めた。
「女を見つけた。明日様子を見に行ってくる。一緒に行く?」
私は幽霊に尋ねた。
「いえ、私は夜にしか動けません」
「じゃ、帰ってきてから女の居場所を教えるから」
「はい。ありがとうございます」
頭の潰れた女は深く頭を下げた。
幽霊の彼を奪ったという女は、事件のあった時に住んでいたマンションにまだいた。私は丸一日かけて女を知っている人を捜し、様子を聞いた。
想像した通りだった。それはネットで調べて感じていた結果を裏付けるものだった。
「色々とわかったよ」
その日の夜、私は枕元に立つ女に言った。
「そうですか。ありがとうございます」
「彼の新しい恋人は事件があってから、毎日のように泣いていたそうだよ。そして今でも時々彼に会いに行っている。彼女は彼が出所するまで待つつもりらしい」
「まあ。でも、あの人は一生刑務所から出られないのではないのですか?」
「いや。調べてみてすぐにわかったんだけど、先に手を出したのはあなたのほうだよね?」
「え? ええ。ついカッとなってしまって」
「ついカッとなって何をしたの?」
「その、台所に行って包丁を持ってきて・・・・」
「包丁で彼を刺し殺そうとした」
「いえ、そんな、殺そうなんて。ちょっと脅かして彼の心を変えようと」
「とにかく素手の彼を相手に、包丁を振り回した。当時の事件のニュースを見ると出てる。彼は沢山の小さな切り傷を負っていたと。あなたは相当激しく包丁を振り回したのでしょうね」
女はまた感情的になって両手で顔を覆い、泣き出した。いくら泣いても殺された時のビジュアルはそのままだ。
「殺人を犯したという罪は変わらないが、彼はかなり情状酌量されて、それほど長い間、刑務所にいなくて済みそうだ。だから恋人も待ってる。これはどう見ても悪いのはあなただと思うが」
私は半分顔の潰れた女にきっぱりと言ってやった。もう、女が成仏しようがしまいが関係ない。そうしたほうが女はここから出ていってくれるだろうと考えたからだ。
「ああ。私が悪かった。私が悪かった。私が・・・・」
呻くような女の声は、その血だらけの姿と共に徐々に薄れていき、やがて跡形もなく消えた。
私はしばらくの間、その何もない黒い空間を見つめた。そして再び女が姿を現さないのを確認してから布団に潜り込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる