見てはいけないものが見えてしまう

原口源太郎

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 貧乏神が家を出ていって一ヶ月ほどが経った日の夜、私は人の気配を感じて目を覚ました。
 押入れのほうを見たが暗い。
「誰?」
 私はベッドに横たわったまま声を出した。
「ほう。やはり我々のことがわかるのだな」
 闇の中で声がした。
 窓のカーテンの隙間から入るわずかな光に、細長い影が浮び上る。
「あなたは?」
 私は身を起こし、少し期待に満ちた思いで尋ねた。貧乏神様は福の神にこの家を紹介してくれると言っていた。
「私は神だ」
「貧乏神様からこの家のことを聞いてきたんですね?」
「そうだ」
「来ていただいてありがとうございます。遠慮なくここにいて下さい」
「まあ、そう長くここにいるつもりはないが。歓迎してくれて嬉しく思うぞ」
「よろしくお願いします」
 そう言って私は黒い影をじっと見つめた。
 少しずつ目が慣れてくる。
 神様は細くて、背が高く、黒いマントのようなもので全身を覆い、頭にもフードのようなものを被っている。手にしている刃物らしいものが鈍く光った。
 私はどきりとした。
「あ、あの、あなた様は何の神様ですか?」
「私は死神だ」
 私の心臓は凍り付き、ついでに鼓動も止まりそうになった。
「おいおい、私は仕事でここに来たのではない。貧乏神があまりにもこの家のことを褒めるものだから、興味本位で来たまでのこと。お前の命をもらうとか、寿命を短くするとか、そのようなことはしないから安心していいぞ」
「は、はい」
 返事をする私の歯が震えてカチカチと鳴った。
「私のことを歓迎してくれてうれしく思うぞ。そんな人間は滅多にいない。まあ、私の存在自体、わかる人間は滅多にいないが」
「いえ、滅相もない」
 福の神様だと思ったから遠慮なくここにいて下さいと言ったまでのことで、死神様だと知っていれば絶対にそんなことは口にしなかっただろう。
「私は感激さえ覚えた。礼と言っては何だが、お前の死亡年月日と死に様を教えてやってもいいぞ」
 死神様の言葉を聞き、私は一瞬考えた。
「滅相もございません。多分そういったことは知らないほうが幸せかと思います」
「そうか」
 死神様はがっかりした口調で言った。
 多分、死神様が人間にしてやれる最大級に良いことといったら、それくらいしかないのだろう。
「ここにいる間はゆっくり羽を伸ばして、くつろいでいって下さい」
 私は何となく死神様が哀れになってそう言った。
「お言葉に甘えさせてもらう。私は他の神たちと違って忙しいから、同じところにいつまでもいられないのだ。短い間だと思うが、よろしく頼む」
「はい」
 私は再びベッドに横になった。

 それから眠れない日々が始まった。
 死神様は部屋を動きまわりはしなかったし、話をすることも、何か物音を発することもなかった。ただ、その場にぼんやりといるだけだ。それでも人並み外れた強い霊感を持つ私は死神様の圧倒的な存在感を存分に感じ取り、疲れた私の意識を眠りに誘うことはできなかった。
 慢性的な睡眠不足に陥った私は仕事中に睡魔に襲われ、何度か些細なミスを犯した。このままではいけないと思った。再び死神様と話をして出ていってもらうか、私が出ていくか、どちらかにしなければならない。
 ある晩、私は思い切って死神様にこの家を出ていってもらえないかと切り出した。
「私もそろそろ御暇しようと思っていたところだ。仕事がだいぶ立て込んできたんでな。何だか迷惑をかけてしまったようで申し訳ない」
「そうですか。助かります」
 私は死神様に同情しながら言った。見た目は不気味で世間一般には嫌われ者の神様だけど、根はいい神様みたいだ。死神様も神様だから根が悪いわけがないと言えばそれまでなんだろうけど。
「世話になった」
 そう言って死神様はしずしずと部屋を出ていった。
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