星に溺れるカーテンコール 〜これは愛か執着か? 今宵もきみに溺れる~

うまうま

文字の大きさ
22 / 79
『6.星屑スキャンダル』

忍び寄る黒い影

しおりを挟む

薄闇の街。
足音だけが響く静寂の中、
肌を刺すような冷気が
背筋せすじを這った。

――誰かが、けてきてる。

心臓が暴れ、
無意識に足を速めた。

「……久しぶりだねえ、ルシファー君」  

背後から、
縄のように絡みついた声に、
全身の血が凍りつく。
逃げろ、と本能が叫ぶ。

けれど足は動かない。

「……ハン、ター……」  

その名を呟くだけで
喉が締め付けられる。
観念して振り返ると、
紫色のスーツをまとった男が
薄闇に浮かび上がっていた。

痛んだロン毛が縁取る笑顔には、
ぞっとするほど
嗜虐的しぎゃくてきな色が宿っている。

「そんな怖い顔をするなよ……
まるで私が悪者みたいじゃないか」

奴が近づいてくる。
ねっとり甘い囁き声の裏に、
爪牙が見えるようだった。  

「けどその反応⋯⋯をしっかりと見てくれたようだね。嬉しいよ」  
「……何が、目的だ……」  

かろうじて声を絞り出す。

「目的? くくっ、そんなの解りきってるだろう。たった一度きりで私から逃げた、流れ星君」  

蛇のような目で俺を射抜くと、
奴はスマホを取り出した。  

の他にも、コレクションはたくさんあるからねえ⋯⋯これなんか傑作だ」  


いやらしく指先で画面を
操作しながら、
ゆっくりと俺の前に突き付けた。

そこに映るのは、
あの日の俺――
全身に食い込む紅い縄、
かかげられた脚、
後ろにくわえ込まされた、
いまわしい玩具まではっきりと――

シリウスには、
絶対見られたくない姿の俺が
そこにいた。  

「……っ……!」  

薬の甘い香り、
肌に食い込む、
硬くて冷たい縄の感触、
体中を支配した無力感と屈辱――
壊れた蛇口のように、
記憶があふれ出る。

「この解放感、忘れられなかったろう? 君のこの姿⋯⋯
ああ、完璧だ……張り詰めた肌の光沢、恐怖と恥辱ちじょくに濡れた紅い瞳……はあ、芸術だ」  

恍惚こうこつと指先で
画面を撫でる仕草に寒気がする。

息が詰まり、
喉がしぼられるような感覚に襲われる。  

「やめろ……! やめてくれ⋯⋯」  

ふるえる俺へ、
奴はさらに一歩踏み出す。
間合いが詰まるたび、
体が硬直していく。  

「何を照れているんだい? あの日、私へあんなにも心を許してくれたじゃないか。"一番星でいるのがつらい"、とね」  


ハンターの声は甘く絡みつく。
それなのに、
否応なく意志をねじ伏せる力が
そこに宿っている。  

「そんな君が、まさか一晩だけで逃げちゃうなんてねえ。
素晴らしいなのに惜しいことをしたと思ってたら⋯⋯
最近、君とあのシリウス監督の、幸せそうな噂を耳にしたものでね……」  

シリウス――
その名を出された瞬間、
心臓が跳ねた。  

「幸せそうな君に、私まで嬉しくなったよ⋯⋯ねえ、ルシファー君。また私の作品アートになりたくはないかい?」  
「ふざけないでくれ⋯⋯! 俺はあんな事を許した覚えはない! 薬を盛られるなんても思わなかった⋯⋯!」  

反射的に声を張る。
けどハンターはくすりと
嗤うだけだった。  

「へえ⋯⋯? その割に、あんなに可愛らしく啼いてくれたじゃないか⋯⋯縄が食い込む度に、それは気持ち良さそうに」  

奴はさらに近づき、
俺の耳元で囁いた。
握られたスマホには、
未だあの写真が表示されている。

「ほら、想像してみなよ。この写真を見たら、どんな顔をするかなあ⋯⋯シリウス監督は。
それも、週刊誌の表紙を飾るそれを。ああ哀しいね、有名人にスキャンダルはつきものだ」  

刃のような寒気が、
全身を駆け巡る。  

「それでも彼は、全力で君を守ろうとするだろうなあ……だがその時、君はどうだ? 君のせいで、彼や劇団の名に傷がつくことに耐えられるかな?」  


視界が赤くにじむ。
俺は絞り出すような声で
懇願することしかできなかった。

「……お願いだ、やめてくれ……」  
「そうかあ。秘密にしてほしいのかあ。⋯⋯じゃあ、どうすれば良いか、解るね?」  

ハンターの目が、
氷のように鋭くなる。

ねっとりさは鳴りを潜め、
凍てつくような声が響いた。

「今夜、俺のスタジオに来い。そうすれば、お前も彼も、何も失わずに済む」  
「⋯⋯っ……!」  
「心配するなルシファー。真のお前を解放させてやる。俺の作品として」  
 
背中が石壁に
押しつけられたような
圧迫感に襲われる。

何もかもが絡みついてくる。
過去の自分、恐怖、
そしてシリウスへの罪悪感――

「それじゃあ、待っているよ。君が賢い選択をすることを祈っているよ」  

また粘りつくような声で囁き、
ハンターは
痛んだロン毛を揺らして
夜闇に溶けていった。  


必死に呼吸を整える。
頭に浮かぶ、蒼天を閉じ込めた瞳。
彼だけは、この地獄に
巻き込みたくない。
知られたくない――
 
俺は……俺は、
どうすればいい――?

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

処理中です...