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『6.星屑スキャンダル』
忍び寄る黒い影
しおりを挟む薄闇の街。
足音だけが響く静寂の中、
肌を刺すような冷気が
背筋を這った。
――誰かが、尾けてきてる。
心臓が暴れ、
無意識に足を速めた。
「……久しぶりだねえ、ルシファー君」
背後から、
縄のように絡みついた声に、
全身の血が凍りつく。
逃げろ、と本能が叫ぶ。
けれど足は動かない。
「……ハン、ター……」
その名を呟くだけで
喉が締め付けられる。
観念して振り返ると、
紫色のスーツを纏った男が
薄闇に浮かび上がっていた。
痛んだロン毛が縁取る笑顔には、
ぞっとするほど
嗜虐的な色が宿っている。
「そんな怖い顔をするなよ……
まるで私が悪者みたいじゃないか」
奴が近づいてくる。
ねっとり甘い囁き声の裏に、
爪牙が見えるようだった。
「けどその反応⋯⋯あれをしっかりと見てくれたようだね。嬉しいよ」
「……何が、目的だ……」
かろうじて声を絞り出す。
「目的? くくっ、そんなの解りきってるだろう。たった一度きりで私から逃げた、流れ星君」
蛇のような目で俺を射抜くと、
奴はスマホを取り出した。
「あれの他にも、コレクションはたくさんあるからねえ⋯⋯これなんか傑作だ」
いやらしく指先で画面を
操作しながら、
ゆっくりと俺の前に突き付けた。
そこに映るのは、
あの日の俺――
全身に食い込む紅い縄、
かかげられた脚、
後ろに咥え込まされた、
いまわしい玩具まではっきりと――
シリウスには、
絶対見られたくない姿の俺が
そこにいた。
「……っ……!」
薬の甘い香り、
肌に食い込む、
硬くて冷たい縄の感触、
体中を支配した無力感と屈辱――
壊れた蛇口のように、
記憶があふれ出る。
「この解放感、忘れられなかったろう? 君のこの姿⋯⋯
ああ、完璧だ……張り詰めた肌の光沢、恐怖と恥辱に濡れた紅い瞳……はあ、芸術だ」
恍惚と指先で
画面を撫でる仕草に寒気がする。
息が詰まり、
喉が絞られるような感覚に襲われる。
「やめろ……! やめてくれ⋯⋯」
ふるえる俺へ、
奴はさらに一歩踏み出す。
間合いが詰まるたび、
体が硬直していく。
「何を照れているんだい? あの日、私へあんなにも心を許してくれたじゃないか。"一番星でいるのがつらい"、とね」
ハンターの声は甘く絡みつく。
それなのに、
否応なく意志をねじ伏せる力が
そこに宿っている。
「そんな君が、まさか一晩だけで逃げちゃうなんてねえ。
素晴らしい作品なのに惜しいことをしたと思ってたら⋯⋯
最近、君とあのシリウス監督の、幸せそうな噂を耳にしたものでね……」
シリウス――
その名を出された瞬間、
心臓が跳ねた。
「幸せそうな君に、私まで嬉しくなったよ⋯⋯ねえ、ルシファー君。また私の作品になりたくはないかい?」
「ふざけないでくれ⋯⋯! 俺はあんな事を許した覚えはない! 薬を盛られるなんても思わなかった⋯⋯!」
反射的に声を張る。
けどハンターはくすりと
嗤うだけだった。
「へえ⋯⋯? その割に、あんなに可愛らしく啼いてくれたじゃないか⋯⋯縄が食い込む度に、それは気持ち良さそうに」
奴はさらに近づき、
俺の耳元で囁いた。
握られたスマホには、
未だあの写真が表示されている。
「ほら、想像してみなよ。この写真を見たら、どんな顔をするかなあ⋯⋯シリウス監督は。
それも、週刊誌の表紙を飾るそれを。ああ哀しいね、有名人にスキャンダルはつきものだ」
刃のような寒気が、
全身を駆け巡る。
「それでも彼は、全力で君を守ろうとするだろうなあ……だがその時、君はどうだ? 君のせいで、彼や劇団の名に傷がつくことに耐えられるかな?」
視界が赤くにじむ。
俺は絞り出すような声で
懇願することしかできなかった。
「……お願いだ、やめてくれ……」
「そうかあ。秘密にしてほしいのかあ。⋯⋯じゃあ、どうすれば良いか、解るね?」
ハンターの目が、
氷のように鋭くなる。
ねっとりさは鳴りを潜め、
凍てつくような声が響いた。
「今夜、俺のスタジオに来い。そうすれば、お前も彼も、何も失わずに済む」
「⋯⋯っ……!」
「心配するなルシファー。真のお前を解放させてやる。俺の作品として」
背中が石壁に
押しつけられたような
圧迫感に襲われる。
何もかもが絡みついてくる。
過去の自分、恐怖、
そしてシリウスへの罪悪感――
「それじゃあ、待っているよ。君が賢い選択をすることを祈っているよ」
また粘りつくような声で囁き、
ハンターは
痛んだロン毛を揺らして
夜闇に溶けていった。
必死に呼吸を整える。
頭に浮かぶ、蒼天を閉じ込めた瞳。
彼だけは、この地獄に
巻き込みたくない。
知られたくない――
俺は……俺は、
どうすればいい――?
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