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『6.星屑スキャンダル』
赤い縄
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足は鉛のように重い。
胸の奥で、
血が凍くような痛みが
じわりと広がる。
闇夜に浮かぶ赤いネオン。
湿り気を帯びた光が路地をいやらしく照らしている。
「……シリウス」
その名をつぶやくたび、
喉の奥に熱いものがこみ上げる。
いつだって、
彼は俺をまっすぐに見つめてくれた。
さっきの楽屋でも、
きっと何か気づいたはずだ。
それでも、シリウスにだけは知られたくない――
赤いネオンの扉に触れると、
冷たさが掌に染み渡る。
押し開けた先にある、
薄暗い店内。
ただよう、湿った空気。
絵画のように、
壁に掛けられた無数の縄――
全身から、
冷たい汗が噴き上がった。
店内が目に映った瞬間、
殴られたようにあの夜が鮮明に蘇る。
「やあ、ルシファー君。待っていたよ」
奥から聞こえる声に、
背筋が凍りつく。
ハンターはソファに腰預け、
ワイングラスを揺らしていた。
その姿は、毒蛇が
獲物を狙い定めているみたいだ。
「来てくれると思っていたよ。君はいい子だからね」
甘ったるい声に潜む棘。
拳を震わせても、抵抗の意志は力を持たない。
「……俺をどうするつもりだ」
声がかすれる。
自分でも情けないほど
弱々しい響きだった。
「くっ、ははは⋯⋯! そんな顔をするなよ、ルシファー君」
奴はワイングラスを
テーブルに置き、
ゆっくりと立ち上がる。
その動作ひとつひとつが
不自然なほど優雅で、
なおさら不気味だ。
「君に酷いことなどしない。むしろ、君の望みを叶えてあげたいと思ってね」
じり、と一歩近づいてくるたび、
後ろへ下がる。
壁際に追い詰められる感覚が、
躰を支配する。
「やめろ……っ」
精一杯の抵抗だった。
それでも、奴は笑みを崩さない。
「ルシファー君。あの夜を覚えているかい? あの時君は本当の自分を暴かれることで、救いを得ていたよね」
低く囁く声が耳元をくすぐる。
息がかかるほどの距離に、
反射的に肩を震わせる。
「違う……っ!」
小さな叫びが、
その言葉は虚空に消える。
「強がるなよ、小さな一番星。孤独を隠すために強く見せる姿が、なんともいじらしい」
奴が俺の顎に手を伸ばす。
その冷たい指先が
俺の皮膚をなぞるたび、
あの夜の記憶が色濃く蘇る。
――あの時俺は、どうして……
「あの夜のことも、今夜君が自らここへ来たことも⋯⋯シリウス監督が知ったらどう思うだろうねえ?」
お前がその名を口にするな――
俺は心の中で叫ぶ。
「彼は優しいだろう。君の涙をぬぐい、何も責めないだろう。
……でも、それが逆に辛いんだろう?
同情の目で見られることほど、
君が嫌うものはないから」
「黙れ……!」
その瞬間、
ハンターの表情が一変した。
「奥の部屋へ入れ、ルシファー」
冷徹な声が、
空気を切り裂いて響く。
その目は氷のように冷たく、
心の奥まで突き刺してくる。
「そして服を脱げ。全部だ」
硬直した躰が、
無理やり動かされる。
俺はその命令に
逆らうことができなかった。
ハンターに
引きずられるように、
奥の薄暗い部屋へ入る。
そこには見覚えのある台と、
黒光りする革のベルト、
そして番組を撮るような
大型カメラが俺を待ち構えていた。
「早くしろ」
無慈悲な声に、
鞭で打たれたような衝撃が走る。
震える手で、俺はパーカーの
ファスナーを下ろす。
肌が露わになるほど、
プライドが音を立てて崩れていく――
「ごめん⋯⋯シリウス⋯⋯」
小さく、
奴には聞こえない声で呟く。
その瞬間、
縄が俺の手首に絡む。
皮膚に冷たさが染み渡るたび、
心が深い闇に飲み込まれていく。
「美しいよ、ルシファー。君は縄にすべてを暴かれる度に、本来の姿を取り戻すんだ」
奴の声が鼓膜を舐める。
「この姿、お前の彼氏に見せたらどんな顔するかなあ⋯⋯?
あいつは純粋な男だから、
少し刺激が強すぎるかもなあ⋯⋯」
あっという間に
全身へ真紅の縄が掛けられ、
骨が軋むほど締め上げられた。
「うっ⋯⋯かはっ⋯⋯」
小さく呻きながら、
視界を目隠しで遮られる。
身体が宙に浮き、台へ吊るされたことを察する。
許してくれ、シリウス。
あんなに手を伸ばしてくれたのに、
俺は……俺はまた、
汚れていくばかりだ―――
心の中で、俺は虚しく叫んだ。
足は鉛のように重い。
胸の奥で、
血が凍くような痛みが
じわりと広がる。
闇夜に浮かぶ赤いネオン。
湿り気を帯びた光が路地をいやらしく照らしている。
「……シリウス」
その名をつぶやくたび、
喉の奥に熱いものがこみ上げる。
いつだって、
彼は俺をまっすぐに見つめてくれた。
さっきの楽屋でも、
きっと何か気づいたはずだ。
それでも、シリウスにだけは知られたくない――
赤いネオンの扉に触れると、
冷たさが掌に染み渡る。
押し開けた先にある、
薄暗い店内。
ただよう、湿った空気。
絵画のように、
壁に掛けられた無数の縄――
全身から、
冷たい汗が噴き上がった。
店内が目に映った瞬間、
殴られたようにあの夜が鮮明に蘇る。
「やあ、ルシファー君。待っていたよ」
奥から聞こえる声に、
背筋が凍りつく。
ハンターはソファに腰預け、
ワイングラスを揺らしていた。
その姿は、毒蛇が
獲物を狙い定めているみたいだ。
「来てくれると思っていたよ。君はいい子だからね」
甘ったるい声に潜む棘。
拳を震わせても、抵抗の意志は力を持たない。
「……俺をどうするつもりだ」
声がかすれる。
自分でも情けないほど
弱々しい響きだった。
「くっ、ははは⋯⋯! そんな顔をするなよ、ルシファー君」
奴はワイングラスを
テーブルに置き、
ゆっくりと立ち上がる。
その動作ひとつひとつが
不自然なほど優雅で、
なおさら不気味だ。
「君に酷いことなどしない。むしろ、君の望みを叶えてあげたいと思ってね」
じり、と一歩近づいてくるたび、
後ろへ下がる。
壁際に追い詰められる感覚が、
躰を支配する。
「やめろ……っ」
精一杯の抵抗だった。
それでも、奴は笑みを崩さない。
「ルシファー君。あの夜を覚えているかい? あの時君は本当の自分を暴かれることで、救いを得ていたよね」
低く囁く声が耳元をくすぐる。
息がかかるほどの距離に、
反射的に肩を震わせる。
「違う……っ!」
小さな叫びが、
その言葉は虚空に消える。
「強がるなよ、小さな一番星。孤独を隠すために強く見せる姿が、なんともいじらしい」
奴が俺の顎に手を伸ばす。
その冷たい指先が
俺の皮膚をなぞるたび、
あの夜の記憶が色濃く蘇る。
――あの時俺は、どうして……
「あの夜のことも、今夜君が自らここへ来たことも⋯⋯シリウス監督が知ったらどう思うだろうねえ?」
お前がその名を口にするな――
俺は心の中で叫ぶ。
「彼は優しいだろう。君の涙をぬぐい、何も責めないだろう。
……でも、それが逆に辛いんだろう?
同情の目で見られることほど、
君が嫌うものはないから」
「黙れ……!」
その瞬間、
ハンターの表情が一変した。
「奥の部屋へ入れ、ルシファー」
冷徹な声が、
空気を切り裂いて響く。
その目は氷のように冷たく、
心の奥まで突き刺してくる。
「そして服を脱げ。全部だ」
硬直した躰が、
無理やり動かされる。
俺はその命令に
逆らうことができなかった。
ハンターに
引きずられるように、
奥の薄暗い部屋へ入る。
そこには見覚えのある台と、
黒光りする革のベルト、
そして番組を撮るような
大型カメラが俺を待ち構えていた。
「早くしろ」
無慈悲な声に、
鞭で打たれたような衝撃が走る。
震える手で、俺はパーカーの
ファスナーを下ろす。
肌が露わになるほど、
プライドが音を立てて崩れていく――
「ごめん⋯⋯シリウス⋯⋯」
小さく、
奴には聞こえない声で呟く。
その瞬間、
縄が俺の手首に絡む。
皮膚に冷たさが染み渡るたび、
心が深い闇に飲み込まれていく。
「美しいよ、ルシファー。君は縄にすべてを暴かれる度に、本来の姿を取り戻すんだ」
奴の声が鼓膜を舐める。
「この姿、お前の彼氏に見せたらどんな顔するかなあ⋯⋯?
あいつは純粋な男だから、
少し刺激が強すぎるかもなあ⋯⋯」
あっという間に
全身へ真紅の縄が掛けられ、
骨が軋むほど締め上げられた。
「うっ⋯⋯かはっ⋯⋯」
小さく呻きながら、
視界を目隠しで遮られる。
身体が宙に浮き、台へ吊るされたことを察する。
許してくれ、シリウス。
あんなに手を伸ばしてくれたのに、
俺は……俺はまた、
汚れていくばかりだ―――
心の中で、俺は虚しく叫んだ。
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