上 下
10 / 16

第5話『本当の自分』後編

しおりを挟む
「まずは昨日のこと、悪かった」
「…………」
 茅野くんは立ち上がり、頭を下げた。

「大場を苦しめる気はなかったんだ。でも俺、大場が苦しんでることに気付かずに追い詰めてた。本当にごめん」

「ただ、仲良くなりたかっただけだった。……その、入学したときからずっと、大場と話してみたいって思ってたから」

 茅野くんの告白に、私はきょとんとなる。
 
「仲良く……?」
「うん。友だちになりたかったんだ」
 私は目を瞠る。
「うそ……」
 吐息を零すように否定すると、茅野くんは優しく微笑んだ。
「うそじゃないよ」

 うそだ。だって、あの王子様が? 私と? でも、なんで?

 私はわけが分からず、困惑気味に茅野くんを見上げる。

「俺も同じなんだよ、大場と」
「同じ?」
 茅野くんは頷き、真剣な表情で私に言った。
「俺……キャンディっていうアカでRe:STARTに登録してるんだけど、分かるかな……?」

 昨日もDMしたんだけど、と、茅野くんは恥ずかしそうに頬を染めてもじもじとしている。

 突然茅野くんの口から飛び出したRe:STARTというワードに、私の頭の中ははてなマークでいっぱいになる。
 沈黙して考え込む。

 ――キャンディ。

 ……キャンディ?

 キャンディって、もしかして……AMのフォロワーで、唯一の友だちの、あのキャンディ? でも、キャンディさんは、私の……。

 え、え、どういうこと?

 キャンディさんは、いつも優しい言葉で包み込むように私に元気をくれたひと。私の精神安定剤だった、たったひとりのひと……。

 包みの端と端がキュッと結ばれた、可愛らしい飴玉のアイコンがパッと頭に浮かぶ。

「えぇっ!? うそ、茅野くんがキャンディさんなの!?」

 待って待って。ということはつまり、私は今までずっと、茅野くんのことを好きだったってこと……?

 心臓が激しく脈を打ち出し、全身が熱くなる。私は頬を両手で隠したまま、おずおずと茅野くんを見た。

「ほ、本当に茅野くんが、キャンディさんなの……?」

 茅野くんは顔だけでなく、耳まで真っ赤にして俯いた。

「俺、実は中三の頃からずっとAMのファンだったんだ。でも、そのことはずっと隠して生きてきた。俺のキャラじゃないし……だから、俺がアニメとかコスプレイヤー好きっていうのは、クラスのみんなは知らないんだよね」
「…………」

 驚きで次の言葉が出てこない。沈黙していると、茅野くんは私が引いていると思ったのか、自嘲気味に笑った。

「……あー……ハハ。キモいよな。学校では王子様とか言われて必死でキャラ作ってるくせに、裏ではアニメとか漫画大好きで、隠れて裏アカでオタ活してるんだから」

 その顔は今にも泣きそうで頼りなくて、儚い。

 胸がチクリとした。

 周りに勝手に決め付けられたイメージで、自分が自分から切り離されていく恐怖。それは、私もよく知っている。

「引いたよな……」

 茅野くんの沈んだ声に、胸が苦しくなる。
 このひとも、同じだったんだ。私と同じように、苦しんでた。
 瞼が熱くなって、喉が絞られるように苦しくなった。まっすぐに茅野くんを見つめ返し、首を横に振る。

「……引かないよ。好きなものを好きって正直人言うのは、勇気がいることだと思う。隠そうとするのは普通だし、その気持ち、私にはよく分かる」

 そう返すと、茅野くんは一度驚いた顔をしたあと、嬉しそうに目を細めた。

「……ありがとう。大場なら、絶対そう言ってくれると思ってた」

 茅野くんの陽だまりのように柔らかい声と、キャンディさんが私に送り続けてくれた優しい言葉たちがぴったりと重なる。

『僕がいるよ』
『僕は味方だよ』
『大好きだよ』

 私はいつも、キャンディさんに救われるばかりで、ちゃんと彼に返していただろうか。彼を救えていただろうか――?

「私……」

 声が震える。

 キャンディさんも、私と同じだったんだ。だからこそ、私をあんなに励ましてくれてた……。

「俺さ」と、茅野くんが喋り出す。

「高校で初めて大場を見たときから、AMに似てるなぁって、ずっと気になってたんだ。だからいつも話しかけようと思ってたんだけど、全然隙がなくて……気付いたらもう半年経ってたんだよな」
「じゃあ茅野くん、入学したときから私のこと……?」

 茅野くんはしおしおと頷いた。

「入学式のときに大場を見て……その、一目惚れってやつ?」

 学校で私を意識するその間も、茅野くんはキャンディとしてAMと接していた。ネットで仲良くなっていくにつれて、もしかしてと思っていたことがさらに真実味を帯びてきたのだという。

「そうなったらもう、我慢できなくなって突っ走ってた」

 本当に、ごめん、と茅野くん――キャンディさんは少しだけ早口で言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この声を君に、この心をあなたに。

朱宮あめ
青春
これは、母親を失い、声を失くした少女と、 心の声を聞くことができる孤独な少年が、 なにかを失い、なにかを取り戻すお話。

深海の星空

柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」  ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。  少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。 やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。 世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

ペア

koikoiSS
青春
 中学生の桜庭瞬(さくらばしゅん)は所属する強豪サッカー部でエースとして活躍していた。  しかし中学最後の大会で「負けたら終わり」というプレッシャーに圧し潰され、チャンスをことごとく外してしまいチームも敗北。チームメイトからは「お前のせいで負けた」と言われ、その試合がトラウマとなり高校でサッカーを続けることを断念した。  高校入学式の日の朝、瞬は目覚まし時計の電池切れという災難で寝坊してしまい学校まで全力疾走することになる。すると同じく遅刻をしかけて走ってきた瀬尾春人(せおはると)(ハル)と遭遇し、学校まで競争する羽目に。その出来事がきっかけでハルとはすぐに仲よくなり、ハルの誘いもあって瞬はテニス部へ入部することになる。そんなハルは練習初日に、「なにがなんでも全国大会へ行きます」と監督の前で豪語する。というのもハルにはある〝約束〟があった。  友との絆、好きなことへ注ぐ情熱、甘酸っぱい恋。青春の全てが詰まった高校3年間が、今、始まる。 ※他サイトでも掲載しております。

居候高校生、主夫になる。〜娘3人は最強番長でした〜

蓮田ユーマ
青春
父親が起こした会社での致命的なミスにより、責任と借金を負い、もう育てていくことが出来ないと告白された。 宮下楓太は父親の友人の八月朔日真奈美の家に居候することに。 八月朔日家には地元でも有名らしい3人の美人姉妹がいた……だが、有名な理由は想像とはまったく違うものだった。 愛花、アキラ、叶。 3人は、それぞれが通う学校で番長として君臨している、ヤンキー娘たちだった。 ※小説家になろうに投稿していて、アルファポリス様でも投稿することにしました。 小説家になろうにてジャンル別日間6位、週間9位を頂きました。

高校生の僕ですが、家族が出来ました。

Lia
青春
樹の下で休む主人公。 そこに現れる正体不明の少女。 この少女との出会いが運命を大きく変える。 少女の存在とは。そして主人公との関係とは。 全ての謎が解き明かされた時、可憐な桜が散り乱れる。

足枷《あしかせ》無しでも、Stay with me

ゆりえる
青春
 あの時、寝坊しなければ、急いで、通学路ではなく近道の野原を通らなければ、今まで通りの学生生活が続いていたはずだった......  と後悔せずにいられない牧田 詩奈。  思いがけずに見舞われた大きな怪我によって、見せかけだけの友情やイジメなどの困難の時期を経て、真の友情や失いたくないものや将来の夢などに気付き、それらを通して強く成長し、大切だから、失いたくないからこそ、辛くても正しい選択をしなくてはならなかった。

ギャルゲーをしていたら、本物のギャルに絡まれた話

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
赤木斗真は、どこにでもいる平凡な男子高校生。クラスに馴染めず、授業をサボっては図書室でひっそりとギャルゲーを楽しむ日々を送っていた。そんな彼の前に現れたのは、金髪ギャルの星野紗奈。同じく授業をサボって図書室にやってきた彼女は、斗真がギャルゲーをしている現場を目撃し、それをネタに執拗に絡んでくる。 「なにそれウケる! 赤木くんって、女の子攻略とかしてるんだ~?」 彼女の挑発に翻弄されながらも、胸を押し当ててきたり、手を握ってきたり、妙に距離が近い彼女に斗真はドギマギが止まらない。一方で、最初はただ面白がっていた紗奈も、斗真の純粋な性格や優しさに触れ、少しずつ自分の中に芽生える感情に戸惑い始める。 果たして、図書室での奇妙なサボり仲間関係は、どんな結末を迎えるのか?お互いの「素顔」を知った先に待っているのは、恋の始まり——それとも、ただのいたずら? 青春と笑いが交錯する、不器用で純粋な二人。

処理中です...