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第三章『新と結衣』
第二十話「十年の恋」
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それから僕は、人が変わったように勉強した。
父の言葉に歯向かうことなく、敷かれたレールを走ってみせた。
それが一番結衣を幸せにできる方法だと思ったから。
大学を卒業し、父の会社で働く頃には、一人の人間として認められていた。
仕事に追われる日々、たまにある長期休暇で、結衣に会いに行くこともできなくはない。
父にもそれくらい許されるほど、信頼を得ていた。
――でも。はやる気持ちを抑え、僕は我慢した。
ちゃんと迎えに行けるまでは。
胸を張って結衣を抱きしめれるようになるまでは。
そう思いながら、毎日をこなしていた。
二十五歳になった年。
父の経営する会社はいくつもあるが、そのうちの一つを任された。
父の助けもなく、自分一人でやっていくのだ。
文字通り、自立したと言っていいだろう。
長い時間をかけてここまで来た、僕はやっと、結衣に会いに行こうと決意した。
結衣の居場所は市松に調べさせた。
社会に出てから、ずっと僕を支えてくれた彼女だ、細かい事は聞かず、すぐ調べてくれた。
市松が持ってきた情報によると、彼女は高校を卒業してから、上京してきていることがわかった。
まさか、こんなに近くにいたなんて。
手の届く場所にいた彼女に、思わず胸が躍る。
勤務先であるという会社の近くに行くと、結衣はすぐに見つかった。僕が二十五歳だから、彼女は二十歳といった所だろうか。
大人になっても、子供みたいに小さな彼女は、庇護欲を掻き立てられるような可愛さだった。
今すぐにでも声をかけたかったが、それは止めておいた。
結衣にはこのとき、付き合っている男がいたのだ。
――はっきり言って、この展開は予想していた。
結婚の約束をしたとき、彼女は小学生だった。
十年も前の約束なんて、はっきりと覚えている訳もない。僕と違い、彼女にとっては些細な記憶なのだから。
見知らぬ男に向け、笑みを浮かべる彼女を見てそう思った。
「新様。相手の男を始末するなら、ご命令下さい」
市松はなんの躊躇いもなく、そう言った。
僕は笑みを作ってから、首を横に振った。
「いつも言っているけど、そうやってすぐ暴力に訴えるのはやめようね」
彼女はいつも、僕の為ならなんでもすると言ってのける。本当になんでもするので、僕としては結構、いやかなり困っているのだが。
「僕は……結衣が幸せならそれでいいから」
「私がよくないのです。大体、新様の方が、彼女を幸せに出来ると思うのですが」
全く納得のいっていない市松が、帰りの道中ずっと文句を言っていた。
とにかく、こうして僕の十年に及ぶ恋は終わりを迎えたのだ。
――と、思っていたのだが。
三年後。
残暑を迎え、夏が終わろうかという時期だった。
市松と仕事の話をしながら、取引先の会社まで向かっていた。
少し蒸し暑さが残る夜、大きな橋の前を通りかかったとき。
「新様」
珍しく、動揺した市松が声を出した。
彼女が見ていた方に振り向くと、そこには結衣がいた。
なにか思いつめているような。この世の終わりのような。
そんな表情で、橋の上から水面を覗いていた。
と思った瞬間、彼女の姿が消える。
「え?」
もしかして、飛び降りた……?
さっきまで結衣がいた空間を見て、最悪の展開を想像する。
なんだか現実感がなく、一瞬時が止まったような気がした。
我に返り、急いで橋の方へ向かう。
「結衣!」
「新様、私が行きます」
市松はそう言うや否や、欄干を軽々と飛び越え、そのまま川へ飛び降りていった。
父の言葉に歯向かうことなく、敷かれたレールを走ってみせた。
それが一番結衣を幸せにできる方法だと思ったから。
大学を卒業し、父の会社で働く頃には、一人の人間として認められていた。
仕事に追われる日々、たまにある長期休暇で、結衣に会いに行くこともできなくはない。
父にもそれくらい許されるほど、信頼を得ていた。
――でも。はやる気持ちを抑え、僕は我慢した。
ちゃんと迎えに行けるまでは。
胸を張って結衣を抱きしめれるようになるまでは。
そう思いながら、毎日をこなしていた。
二十五歳になった年。
父の経営する会社はいくつもあるが、そのうちの一つを任された。
父の助けもなく、自分一人でやっていくのだ。
文字通り、自立したと言っていいだろう。
長い時間をかけてここまで来た、僕はやっと、結衣に会いに行こうと決意した。
結衣の居場所は市松に調べさせた。
社会に出てから、ずっと僕を支えてくれた彼女だ、細かい事は聞かず、すぐ調べてくれた。
市松が持ってきた情報によると、彼女は高校を卒業してから、上京してきていることがわかった。
まさか、こんなに近くにいたなんて。
手の届く場所にいた彼女に、思わず胸が躍る。
勤務先であるという会社の近くに行くと、結衣はすぐに見つかった。僕が二十五歳だから、彼女は二十歳といった所だろうか。
大人になっても、子供みたいに小さな彼女は、庇護欲を掻き立てられるような可愛さだった。
今すぐにでも声をかけたかったが、それは止めておいた。
結衣にはこのとき、付き合っている男がいたのだ。
――はっきり言って、この展開は予想していた。
結婚の約束をしたとき、彼女は小学生だった。
十年も前の約束なんて、はっきりと覚えている訳もない。僕と違い、彼女にとっては些細な記憶なのだから。
見知らぬ男に向け、笑みを浮かべる彼女を見てそう思った。
「新様。相手の男を始末するなら、ご命令下さい」
市松はなんの躊躇いもなく、そう言った。
僕は笑みを作ってから、首を横に振った。
「いつも言っているけど、そうやってすぐ暴力に訴えるのはやめようね」
彼女はいつも、僕の為ならなんでもすると言ってのける。本当になんでもするので、僕としては結構、いやかなり困っているのだが。
「僕は……結衣が幸せならそれでいいから」
「私がよくないのです。大体、新様の方が、彼女を幸せに出来ると思うのですが」
全く納得のいっていない市松が、帰りの道中ずっと文句を言っていた。
とにかく、こうして僕の十年に及ぶ恋は終わりを迎えたのだ。
――と、思っていたのだが。
三年後。
残暑を迎え、夏が終わろうかという時期だった。
市松と仕事の話をしながら、取引先の会社まで向かっていた。
少し蒸し暑さが残る夜、大きな橋の前を通りかかったとき。
「新様」
珍しく、動揺した市松が声を出した。
彼女が見ていた方に振り向くと、そこには結衣がいた。
なにか思いつめているような。この世の終わりのような。
そんな表情で、橋の上から水面を覗いていた。
と思った瞬間、彼女の姿が消える。
「え?」
もしかして、飛び降りた……?
さっきまで結衣がいた空間を見て、最悪の展開を想像する。
なんだか現実感がなく、一瞬時が止まったような気がした。
我に返り、急いで橋の方へ向かう。
「結衣!」
「新様、私が行きます」
市松はそう言うや否や、欄干を軽々と飛び越え、そのまま川へ飛び降りていった。
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