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第三章『新と結衣』
第二十一話「大切な人のために」
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――あのあと。
市松のおかげで結衣は助けられ、そのまま病院に入院させた。
結衣はすぐには目を覚まさなかった。
どうやら、大量の睡眠薬を飲んでいたらしい。
どうしてこんなことになったのか。
何も指示せずとも僕の気持ちを汲んだ市松が、結衣の過去を調べ上げてくれた。たった数時間で。
市松が調べた話によると、こうだ。
結衣は中学のときに両親が離婚していた。彼女の親権をもった母はすぐに別の男と結婚し、子供を作った。結衣は邪魔者扱いされ、家庭環境は最悪だったようで。
その後実家を離れ東京に来た。しかし人付き合いがうまくいかず、落ち込む毎日だったようだ。
僕の知っている結衣は、あんなに明るい女の子だったのに。家庭のせいで人との距離が分からなくなってしまったのだろう。
そこで唯一味方だった彼氏も、時が経ち人が変わってしまった。悪い方に。
そして、今に至る、というわけだ。
「結衣……」
彼女の寝顔をずっと見つめながら考えていた。
僕は、間違っていたのだろうか。
三年前。結衣に会いに行ったあのとき。市松が言う通りに、無理矢理にでも連れていけばよかったのだろうか。
「新様。寝取りましょう」
僕が真剣に悩んでいる後ろで、市松がきっぱりと言う。
「……言葉が悪いよ、言葉がね。取られていたのは、僕の方だから」
言いながら、まあそうするしかないかとも思っていた。
結衣には、もう後がない。
彼氏と別れたくても、会社を辞めたくても、お金がないのだ。
引っ越す家が、転職先がないのだ。
もちろん実家に帰るだなんて、選択肢にすら入っていないだろう。
しかし寝取るといっても、僕が――結衣の記憶にない男がいきなり「婚約者だ」と言って、納得するだろうか。
知らない男の家に連れてこられて、安心して眠れるだろうか。
「ああ、そうか」
引っ越す家と、転職先があれば。
「市松。会社を作ろう」
突然の提案に、市松は少し驚いていた。
しかしすぐに察したのか、何も言わず頷く。
「とんでもなく暇な会社にしよう。そうだね、ネットショップとかなら、直接他人と関わることもないし――」
次々とアイデアが浮かぶ。
結衣のためなら、大切の人のためなら、なんでも思いつく気がした。
「僕が店長で、社員は市松と結衣と、あと『隣の田中さん』的なおばちゃんを雇おう。この人には仕事をサボりまくってもらって、結衣を和ませてあげよう」
「私も社員なのですか。ですが」
「大丈夫。まったく現れない謎の社員とかいたら、それも和むでしょ。とにかく今は結衣を休ませてあげないと」
結衣のために小さな会社の一つや二つ作ることくらい、なんてことはない。
「あとは家か。まずは自殺未遂した結衣を助けた、親切な人を用意してくれる?」
「はい、すぐに」
「その人は可愛そうな結衣に親身になって、引越し先と、転職先を紹介するってことで。物件探しておいて。その親切な人が後ろ盾して、引越し費用はできるだけかからないようにして」
「完全犯罪ですね」
「……だから、言葉ね、言葉に気をつけて」
――こうして、結衣は無事引っ越すことができて。
とんでもなく暇な僕の店で、働くこととなったのだった。
市松のおかげで結衣は助けられ、そのまま病院に入院させた。
結衣はすぐには目を覚まさなかった。
どうやら、大量の睡眠薬を飲んでいたらしい。
どうしてこんなことになったのか。
何も指示せずとも僕の気持ちを汲んだ市松が、結衣の過去を調べ上げてくれた。たった数時間で。
市松が調べた話によると、こうだ。
結衣は中学のときに両親が離婚していた。彼女の親権をもった母はすぐに別の男と結婚し、子供を作った。結衣は邪魔者扱いされ、家庭環境は最悪だったようで。
その後実家を離れ東京に来た。しかし人付き合いがうまくいかず、落ち込む毎日だったようだ。
僕の知っている結衣は、あんなに明るい女の子だったのに。家庭のせいで人との距離が分からなくなってしまったのだろう。
そこで唯一味方だった彼氏も、時が経ち人が変わってしまった。悪い方に。
そして、今に至る、というわけだ。
「結衣……」
彼女の寝顔をずっと見つめながら考えていた。
僕は、間違っていたのだろうか。
三年前。結衣に会いに行ったあのとき。市松が言う通りに、無理矢理にでも連れていけばよかったのだろうか。
「新様。寝取りましょう」
僕が真剣に悩んでいる後ろで、市松がきっぱりと言う。
「……言葉が悪いよ、言葉がね。取られていたのは、僕の方だから」
言いながら、まあそうするしかないかとも思っていた。
結衣には、もう後がない。
彼氏と別れたくても、会社を辞めたくても、お金がないのだ。
引っ越す家が、転職先がないのだ。
もちろん実家に帰るだなんて、選択肢にすら入っていないだろう。
しかし寝取るといっても、僕が――結衣の記憶にない男がいきなり「婚約者だ」と言って、納得するだろうか。
知らない男の家に連れてこられて、安心して眠れるだろうか。
「ああ、そうか」
引っ越す家と、転職先があれば。
「市松。会社を作ろう」
突然の提案に、市松は少し驚いていた。
しかしすぐに察したのか、何も言わず頷く。
「とんでもなく暇な会社にしよう。そうだね、ネットショップとかなら、直接他人と関わることもないし――」
次々とアイデアが浮かぶ。
結衣のためなら、大切の人のためなら、なんでも思いつく気がした。
「僕が店長で、社員は市松と結衣と、あと『隣の田中さん』的なおばちゃんを雇おう。この人には仕事をサボりまくってもらって、結衣を和ませてあげよう」
「私も社員なのですか。ですが」
「大丈夫。まったく現れない謎の社員とかいたら、それも和むでしょ。とにかく今は結衣を休ませてあげないと」
結衣のために小さな会社の一つや二つ作ることくらい、なんてことはない。
「あとは家か。まずは自殺未遂した結衣を助けた、親切な人を用意してくれる?」
「はい、すぐに」
「その人は可愛そうな結衣に親身になって、引越し先と、転職先を紹介するってことで。物件探しておいて。その親切な人が後ろ盾して、引越し費用はできるだけかからないようにして」
「完全犯罪ですね」
「……だから、言葉ね、言葉に気をつけて」
――こうして、結衣は無事引っ越すことができて。
とんでもなく暇な僕の店で、働くこととなったのだった。
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