702 / 731
- 25章 -
- 不香の花 -
しおりを挟むもう良いから引っ込めっ!!と弟が姉の背を押しリビングへと押しやっていく。本人達からしたらそうでもないと思うかもしれないが、なんだか似た者同士の仲良し兄妹だ。
『なんか、こう、自由奔放というか、有無を言わせない言動というか、そんな感じのとこ…』
「安積っ!」
「なにっ!」
リビングから聞こえるようにと大きく叫ばれ、同じように叫んで返すと今度は市ノ瀬がリビングから顔を出し奥を指差した。
「あっち風呂場。着替え持ってくから、取りあえず濡れたの脱いで足湯でもして暖まっとけ」
「…分かった、ありがとう」
誰にも聞こえてないだろうがお邪魔しますと声に出し言われた通りに風呂場へと向かう。許可されたとはいえ家人の目のない所で上がるのはなんだかいけない事のような気がして自然と抜き足差し足になってしまう。
別にいけない事をしているわけではないのだけど…
お言葉に甘えて桶に溜めたお湯で暖まっていると脱衣所へと入ってくる音が聞こえ、続いて風呂場のドアがノックされた。
「安積ー、入って良いか?」
「あっ、うんっ!全然大丈夫っ!」
「着替え置いといたから。黒のスエットな。後これ」
「おに、ぎり? 睦月が?」
「軽くしか食ってねぇなら腹減ってるだろ」
ラップ越しに握られたであろうお握りはとても歪な形をしているけれど、そんな事はどうでも良い。自分の為にと言う気持ちが、落ち込んでいた気持ちをどんどんと溶かしていく。
「なんか、お前にはいつもしてもらってばっかりだな…ありがとう、睦月」
「…別になんもしてねぇよ。じゃぁ、俺は部屋に戻ってるから、お前はゆっくりしてからー」
「止めてっ!1人にしないでお願いっ!!」
『勝手に家入って勝手に足湯して、勝手にあがって、勝手に部屋に来いとか、レベル高すぎるっ!!』
「もう十分暖まったから、ありがとう!もう上がるからちょっと待っててっ!」
「…分かった」
桶を洗い流し風呂場を出ると急いで足を拭き躊躇なく着替え始めた安積を背にした市ノ瀬は、何食わぬ顔をして脱衣所を出ると扉を閉めた。
別に今更見たところで…なんだけれど、繊細な心情の変化が気まずさを作り上げている。意識して欲しいと思う反面、自分のこんな気持ちは気がつかないで欲しいと思ってしまうのだからどうも複雑な所だ。
暫くしておにぎりと着ていた服を握りしめた安積が顔を出し、濡れた服を受け取り洗濯乾燥にかけると共に自室へと向かった。
「うま…」
「そりゃ良かった」
お握りを美味しそうに頬張る安積の顔には、雪の中にいた時のような危うさは消えているように見える。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる