女王候補になりまして

くじら

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ゲームスタート

ルーティーンにしよう

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 次の日、朝を迎えると共にレジックからの通達がきた。
  通達された手紙はレジックが昨日言っていたように課題に関する内容だった。
  
 どうやら明後日から課題が行われるらしく、出席するかどうかの連絡が欲しいらしい。

「いかがされますか」

 手紙を読んだレイアは顔を上げ、私に向かって問うてきた。

「欠席すると書いておいて」

「かしこまりました」

 私は彼女の質問に即答し、レイアもまた、特に疑問を持つこと無く了承してくれた。

 正直、レイアの態度はとても助かる。
 追求されても何も言えないし、彼女に嘘をついてしまうことになるだろう。
  
 相手が何も言わなければ、それは嘘にならない。
 私はそう思い、この話は終了した。








 その日はずっと自室に閉じこもっていた。

 ゲームに巻き込まれたくないのと、他のメインキャラクターに会わないようにする為にとった最善の策がこの方法だった。

 皇宮が用意した女王候補の専用部屋はとても広く、閉じこもっていても全く苦にならなかった。

 部屋に置いてあった遊戯でレイアと共に遊ぶ。
 久々にゆっくりとした時間を過ごすことが出来た。
 そして、しばらくの間そんな生活を続けていたある日。

「お嬢様。手紙が届いております」

「またレジックから?課題はこの間行われたばかりなのに?」

 一回目の課題が行われた後、二、三回ほど課題の出席を問われたが、私は全て断った。

 その三回目が確か一昨日だった気がするのだが。
 流石にちょっと早すぎないか?

「いえ、レジック様からの手紙ではございません。第三王子からです」

  「は?」

「内容はご自分でご確認されますか。それとも私が読み上げますか」

「え、ちょ、待ってレイア。第三王子からって言った?」

 私の質問に対し、レイアはこくりと頷く。

 ───終わった。今までレオ殿下以外の攻略対象と会ったことが無いから油断していた。
 もしや、ゲームの強制力でも働いているのか?

 だとしたら相当まずい。今までの努力が水の泡になる他、レイアに迷惑が掛かってしまう。

 私が顔を青ざめていると、レイアは首を傾げつつ、再度私に問うた。

「お嬢様?如何されますか。私が読み上げましょうか」

「あ……うん、読み上げて欲しい、かな」

「かしこまりました」

 自分で文面を見るなんて恐ろし過ぎる。
 まだレイアの綺麗な声から言葉を聞いた方が正気を保てる。

 レイアは息を軽く吸って、読み上げ始めた。

「『エマ・フロンティア嬢。先日の式典以降、お顔を見せられていないので、心配になり手紙を出しました。お節介になってしまうやもしれませんが、近いうちに街へ共に行ってみませんか?良いお返事を待っております。第三王子ルイズ・デ・セインティア』以上です」

「……………」

  私は眉間に皺を寄せたまま、黙っていた。
  これは……あまりよろしくない事態かもしれない。

「一部要約致しましたが……明らかにデートのお誘いでしたね」

「ちょ、レイア。私がわざと言葉に出していなかったことを軽々と……」

「心配しているというアピールはおそらくお誘いの動機のつもりで書いたのでしょうが、どう見ても下心しか感じられません」

 レイアは嫌悪を丸出しにして、吐き捨てるように言う。

「燃やしますか」

「何を言っているのレイア」

 私は慌てて暖炉の薪を運ぼうとするレイアを止めた。
 一応この国の第三王子のお方なのだから、流石に燃やすなんてしたら不敬罪に問われてしまう。
 私はレイアをどうどう窘めつつ、今後の事について考えた。

「うーん、普通に断りの文面を書いた方が一番良いかな」

 この国の王子様方は全員美形だ。なんてたって全員攻略対象なのだから。

 だから、私にとっては全員が地雷変わりないのだ。

 (というか、このルイズ・デ・セインティアは…)

 ルイズ・デ・セインティア。
 輝く長髪の金髪に深い緑色の瞳を持っていて、性格は穏やかで紳士。頭が良く、何ヶ国語も話せる優れもの。
 彼は主に外交を務めているから尚更なのかもしれない。

 ゲームでも彼は人気キャラの一人だった。
 優しくて紳士でお伽噺の王子そのものだと。

 私も彼を一度攻略したことがある。
 彼は最後まで主人公に優しく接しており、時折見せる照れた表情にギャップ萌えしていた記憶がある。

 しかし、ハッピーエンドを迎えたかどうかまでは覚えていなかった。
 ストーリーはぼんやりと覚えているのだが………。

「お嬢様、どのような断りの文面に致しますか」

  レイアの声にハッとして、私は思考を元に戻す。

「えっと……あーそうだね、失礼の無い文章にしようか」

「かしこまりました……お嬢様がお書きになりますか?もしよろしければ、私が書きますが」

「良いの?じゃあお願いしようかな」

  私が許可を出すとレイアは満足気に笑って手紙を書き出した。

  ゲームでもこの様な攻略対象からのお誘いイベントが存在していた。
  誘われる相手はランダムだけれど、誘いに承諾すると選択次第ではかなり好感度が上がるのだ。
 勿論、攻略対象の好感度が高ければ高いほど、デートに誘われる回数も多くなるし、運が良ければスチルだって見られるのだ。

 だから、狙っている攻略対象からのお誘いは必ず受けるようにしていたけれど──。

 (私は主人公では無く、ただの脇役で当て馬。私が攻略対象と親しくなってしまえば、それさえ一巻の終わりだ)

 ノリノリで手紙を書いているレイアを見ながら、これから起こりうる事に対し、私はため息を吐いた。







 数日後、投票を行うとの事で私達女王候補は第一ホールへと集められていた。

 壁に貼られた投票結果の紙を見て、私は安心で胸を撫で下ろしていた。

 結果として一位は主人公のリルで二票、二位はベルジーナ様とエイメン様の一票ずつで、他はゼロだった。
 順位的にはアリス様とフラビル様と同じかもしれないが、私は一度も課題に参加してこなかったため、一番下──つまり最下位の位置に名前が載っていた。

 順調な滑り出しでなによりだ。
 一位なんて最初からとるつもりは無いし、そもそも早く退場することを望んでいるのだ。
 最下位になれば早いうちに舞台を下りられる。

 ゲームでも最下位という位置はバットエンドとして存在していた。

 バットエンド万歳!ウェルカム最下位!

 応援してくれているお父様とお母様に罪悪感を抱かない訳でも無い。
 でも、二人は結果がどうであれ楽しめば良いと言ってくれたのだ。

 ならば、私のやり方で存分に楽しもうではないか。

 嬉しさに舞い踊りそうになっていると、久々に会ったベルジーナ様が隣で話し掛けてきた。

「お久しぶりですエマ様。………順位の方はどうですか?あまり気に病まないと良いのですが……」

 ベルジーナ様は心配そうに尋ねる。私はそれにニコリと笑って答えた。

「こちらこそお久しぶりですベルジーナ様。結果なんて大丈夫ですよ、初回ですし。気にしておりませんから」

「……まぁ。そうなのですね。良かった……ライバルだとしても大切なお友達ですもの。悲しい思いはして欲しく無いですから」

 ベルジーナ様は安心したように笑う。
 本当に優しい人だなあ。こんな引きこもりを心配する上に友達として思ってくれているなんて。

 私は感心しつつ、お礼を述べた。
 和やかな時間が訪れたかと思いきや、次の瞬間それは怒号によってかき消された。

「ちょっと……!何なのこの結果は!!」

 エイメン様が結果の紙を見て、怒りの顔を露わにしていた。
  
「なんで私が二位で私より劣っているあいつが一位なのよ!?判断基準がおかしいのではないの!?」

「え、エイメン様!落ち着いて下さい!」

 怒り狂うかのようなエイメン様に慌てながらそれを落ち着かせる取り巻きのフラビル。

 ゲームのシチュエーションと全く同じだ。
 リルはここにはまだ姿を見せていないが、エイメン様の怒りが落ち着きを取り戻しかけたところにタイミング悪く登場するのだ。

 そして、瞬く間にキャットファイトが生まれ、たまたま通りかかった攻略対象によって主人公が庇われ、エイメン様がそれに対してもまた怒り出すという…………まるで地獄のようなストーリーとなっている。

「エイメン様、大丈夫でしょうか………何も起きなければ良いのですが……」

「……………さぁどうでしょう……?」

 バッチリ起きますよ、とは流石に言えなかった。
 どうやらベルジーナ様の優しさは誰に対しても発揮するようだ。

 私はキャットファイトなんぞに巻き込まれたく無いので、早々に立ち去る事にした。

 ベルジーナ様に別れを告げて、私は帰りの廊下を歩く。
 歩きながら私は先程の結果を振り返っていた。

 (主人公がこんな短期間で一位に君臨するなんて予想外だった……)
  
 ゲームでは最初はあまり良い結果になりにくい仕様になっていた。それなのに、最初から一位なっている主人公に驚いたのだ。

 しかし、ここはゲームでは無く現実。何が起きても不思議では無い。

 それに、攻略対象の誰がリルに投票したのかは情報が伏せられているから、主人公に二票も出した人物の名前が不明だ。

 初回から票を出すくらいだ。それなりに攻略しているという事なのだろうが…………。
 でも、いきなり二人も攻略するとはこの短期間では考えにくい。

 (………となると、残りは──)

「………レオ殿下」

 廊下を歩いていると、正面からレオ殿下と出会ってしまった。
 ゲームの立ち絵と全く一緒なジャケットを着て、今日も今日とて美形オーラを放っていた。

 私は一気に現実に引き戻され、即座に淑女の礼をとった。

「そなたは……エマ嬢か。結果はもう見たのか?」

 レオ殿下が立ち止まり、無表情で尋ねてくる。

「はい、拝見致しました」

「そうか。結果はどうであれ、まだ初回だ。そう焦らなくてもよい。これから先を楽しみにしている。では」

 彼は無表情でそう言って先程私が通ってきた廊下を歩いて行く。
 おそらく、彼の向かう先は第一ホールだろう。
 なるほど、あのキャットファイトを止める役割は彼なのか。

 ゲームではランダムに行われていたが、現実でランダムに行われるとは考えにくい。

「リルに票を入れたのは、彼………?」

 レオ殿下は同数票を防ぐため、票を二票持っている。
  彼が票を全てリルに入れたとしたら、リルが向かっているのはレオ殿下ルートとなる可能性が高いだろう。

  私は一抹の不安を覚えながら、足早に自室に向かった。










  今日も今日とて引きこもりルーティーンを継続していた。

  ただ、そのせいで最近はとても暇になってきている。
  レイアは何故か急に忙しくなってしまったらしく、今は不在。
  
  部屋には私しかいないが、部屋に元から置いてあった本も全て読んでしまった。
  丁度今手元に持っている本もこれで読むのは三回目だ。

「暇だ………」

  私は椅子の背もたれに背をつけ、天井を仰ぎながらため息を吐いた。










 ────深夜。

「ねぇ、知ってる?引きこもり姫の話」

「あぁ、知ってる。女王候補様のことでしょ?」

 皇宮のメイド達が各々の与えられた簡素な部屋で噂話をしていた。

「女王候補に選ばれたっていうのに、課題も何にもしてないで怠けてばかりいるんだって」

「ホント、皇宮は宿屋じゃないっていうのに……無駄に仕事増やさないで欲しいよねー」

 ────引きこもり姫。

 それは最近になって出てきた噂話の一つだった。

「しかも、第三王子のルイズ様のお誘いにも断ったらしいよ。ルイズ様ホント可哀想!」

「ね、ルイズ様は沢山のご令嬢から求婚の申請をされて、そんな中でも選んで貰えたっていうのに………ちょっと傲慢だよね」

 引きこもり姫の噂は悪意と共にひっそりと皇宮を徘徊していた。

 引きこもり姫本人の耳に届くのもそう遅くは無かったのだった。
























  



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