【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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189. ロンド~踊る命~ -6- 逆恨み

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みふゆが目覚めたのは午前六時。側にいたのは京司朗だった。
「良かった、無事だったんですね・・」
みふゆは京司朗に笑顔をみせた。
「ああ。俺はなんともない」
京司朗が答えると、後ろに立っている貴之が、
「こいつは俺より頑丈だからな。ちょっとやそっとじゃビクともしねえ。だから安心しろ」
と、京司朗の頭を二度三度、ゲンコツで叩いた。本来なら優しくポンポンと愛情表現で軽く叩く行為のはずだ。
ゲンコツを落とされて、渋い顔の京司朗と、腕を組んで京司朗に笑顔で睨みをきかせている貴之の二人がおかしくて、みふゆは「ふふ」と笑った。病室内の緊張した空気が緩んで柔らかに変わった。

胡蝶が「熱を測りましょう」と医療カートをもってきた。京司朗が立ち上がり椅子をどかして場所をあけた。貴之がかかってきた電話の着信音にぶつくさと文句を言いながら電話に出た。

みふゆの瞳に幸せが映った。

誰かがいてくれる、何気ない幸せの風景だ。

いま、目の前で展開されている世界のすべて。

瞳に映る世界の全てはあまりにも自然で、何気なく幸せで、みふゆは感動した。

子供の頃に朝起きると在った、家族がいた時間の風景だ。

━━━━この人達と生きていきたい。これからもずっと

みふゆは感じている幸せに、泣き出しそうな気持ちをこらえた。


「熱もないし血圧もいいわね。一人で起きられる?」
「はい。大丈夫です」
みふゆは洗面のためにベッドから起きあがり足を降ろした。貴之と京司朗が見守っている。
「足の感覚はどう?」
胡蝶が訊いた。
「えーと、あまり変わらないです。でもこれから良くなっていくと思います」
みふゆが足首をくるくると回した。
昨日までは足首を回せていなかったのに、今朝は器用に回している。良くなっているのだ。
「ええ、そうね。きっと良くなるわ」
美しい胡蝶が美しい笑みをこぼした。

みふゆが朝の洗面と着替えをしている間に、ベッドが超低床ベッドと交換された。想定していなかった落下という事態が起こったための配慮だった。






バスローブをはおり、堀内健治は洗面台の鏡の前で無精髭ぶしょうひげに軽くシェーバーをあてた。
残したひげを触るとザラザラとした感触が手に伝わった。
店の従業員の山形と糸川には評判が悪いが、みふゆには意外とウケが良かったのだ。それからはわざと残している。

タオルで髪を拭きながらバスルームを出たが、すぐに戻ってタオルを洗濯機に放りこんだ。バスルーム内の小型冷蔵庫からノンアルコールビールを手にして一気に飲み干した。リビングのソファに向かいドッカリと座ると、テーブルの上のライターに手を伸ばし、カチッと鳴らしタバコに火をつけた。

堀内の今日の予定は、店の開店時間に合わせてマンションを出るはずだったが、デリヘル嬢のアユミの体に夢中になってしまい時間を忘れてしまった。既に午前十時をまわっている。まだ男なれしていないアユミの体を、自分好みに調教していくのが堀内は快感だった。

店は自分がいなくても、山形友江と糸川梨理佳がいればじゅうぶんまわる。堀内が作らなければならないアレンジメントも花束も今日はない。


キッチンから鼻歌が聞こえてきた。

堀内の専属となったアユミはいまや堀内のマンションに住んでいると言っていい。
カレーのにおいが漂うのは、アユミがカレーが食べたいと言ったので作らせているからだ。

「アユミ、お前大学はどうしてるんだ?」
堀内はタバコの煙を一気に吐き、アユミのいるキッチンを向いた。
アユミが大学生だと知ったのはついさっきだった。アユミの生活ぶりからすると、大学はほとんど行ってないはずだ。
「きゅーがくうぅぅーーー!一年休学して大学の費用貯めてから通うんだよぉ」
アユミがポニーテールをゆらして踊っている。堀内のブカブカな大きなTシャツが、ミニのワンピースのようだ。
「ちゃんと卒業するぞー!」
アユミは手に持っているおたまを天井に突きあげた。
堀内は、背格好が青木みふゆとよく似ているアユミを気に入ったのだが、行動の端々も似ていると思った。
フラワーアレンジメントが完成すると、腕を目一杯伸ばして天に掲げて無言で喜んだ青木みふゆ━━━
堀内はフッと笑いがこぼれた。
「あー、思い出し笑いだー、社長いやらしー」
「あ?なんだって?イヤらしいことならさんざんしただろーが、足りねえのか?続きヤルか?」
堀内が立ち上がった。
「ゴメンナサイ!食べてからにシテクダサイ!」
カレーのにおいがたちこめるキッチンに立つアユミが両手を堀内に向けて待ったをかけた。

「ところでお前、ほんとに料理できるんだろうな」
堀内は鼻をクンクンさせている。微妙に焦げ臭い。
「まかせてまかせて!これでも自炊歴けっこう長くて━━━━あーーーー!!!」

カレーは焦げていた。

結局ふたりは外で食べることにした。
1階に下りるエレベーターで、アユミは、
「鍋は買って返します。いくらですか?」
と堀内に話しかけた。堀内はすぐさま「要らねえよ」と答えた。
「それはいけません。お客様の日用品を破損した償いはきちんとさせていただきます」
「要らねぇっつってんだろーが」
「しかしですね」
「まさかこの俺が鍋ひとつダメにされた代償に料金踏み倒すとでも思ってんじゃねーだろーな?」
アユミは眼をそらした。
堀内はアユミの頬を片手でむにっと挟んだ。
「図星か?図星なのか?あ?」
「ひゃ、ひゃひょう(社長)、エレへーハーの(エレベーターの)なはへは(なかでは)へーよふは(性欲は)おはへへふらはい(抑えてください)」
「車んなかでかわいがってやる」
「食べてからお願いします。食べる前だとシテる間におなかが鳴りそうで恥ずかしいです」
男に体を開くより、腹が鳴る方が恥ずかしいと真面目に答えるアユミはやはり面白い。

「で?ほんとにカレーでいいのか?」
「はい。カレーです。無性にカレーが食べたいです」
堀内が助手席のドアを開けた。
「あ・・!」
「なんだ?」
「スマホ忘れた。キッチンに」
「・・持ってきてやる。乗って待ってろ」
「あ、いいよ社長」
「無いと不安なんだろ」
「えー・・と、・・はい」
「すぐ来るから乗って待ってろ」
堀内は大股でマンションのエントランスに戻っていった。

アユミは堀内の後ろ姿を見ながら、『やっぱり鍋は買って返そう』と思った。
他人様の、しかもお客様の所有品を破損させてそのままというのはやはり性格的にできない。
アユミは意外と几帳面な性格なのだ。

アユミは堀内に言われた通りに助手席に乗ろうとした。すると、ミャーミャーと鳴き声が聞こえた。
「猫がいる・・」
アユミはキョロキョロとした。
「猫ちゃーん?どこー?」
しゃがんで車の下を見回したがいない。
「もしかしてボンネットの中?」
アユミが独り言を言いながら立ち上がった。

ドンッ!・・と誰かがぶつかってきた。

アユミはぶつかってきた誰かの方を向いた。
知らない女がいた。
「・・・だれ?」
アユミが言った。
見知らぬ女も、
「あんた・・、誰・・?」
と驚いた表情で言った。
女はゆっくりとアユミから離れた。
「なんで・・?なんで・・・あんた青木じゃないの・・?」
「なんで・・って・・・」
アユミはその場に崩れた。
右の脇腹にナイフが突き刺さっていた。

女は崩れて座ったままのアユミをみて、後ろに二、三歩よろめくと、そのまま走り去った。

アユミは腹に刺さったナイフを触った。
━━━━どうすればいいんだろ、これ
考えながら、徐々に思考が削られていった。
アユミはひとつだけ心残りになったことをつぶやいた。
「社・・長・・・ごめん、・・なべ、・・・返せ・・な・・い・・・」
車に寄りかかっていたアユミの体がずるりとコンクリートの上に倒れた。

アユミの瞳に空が映った。もこもことした白い雲が浮かんでいる。

━━━━ああ、いいなぁ・・あの雲・・・

アユミのまぶたが閉じていく。

ほんの少し笑顔をつくって、アユミはまぶたを完全に閉じた。









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