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188. ロンド~踊る命~ -5- 悪夢 ②
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ベッドに寝かされたみふゆは規則正しい呼吸で眠りについていた。
穏やかな寝顔だ。夢など見ずに眠っていてほしい。
『悪夢』に悩まされる苦しさは京司朗も経験してきた。
学校から帰宅後、両親の遺体を見つけてしまった衝撃は、『悪夢』となって小学生だった京司朗を襲い続けた━━━何年も、何年も。
なのに今、みふゆを苦しめているのは皮肉なことに京司朗自身だ。
京司朗が熊に襲われる場面がみふゆを苦しめている。
血の海に倒れていた両親を京司朗が何度も夢に見たように、みふゆは血に染まる京司朗を見るのだ。
京司朗はベッドの横の椅子に座り、みふゆの手をなでた。手放した銃の上におかれた手が、やけに華奢に感じた。
みふゆの母親・礼夏の手と似ている。優雅な動きをした、華奢な手の礼夏。
京司朗の自室に現れた礼夏は、みふゆが自分自身で封じ込めた気持ちを京司朗に伝え、銀色の鈴を手渡してくれたのだ。鈴は受け取ってすぐに京司朗の手のひらに吸い込まれて消えた。消える瞬間一度だけリーンと鳴った。そして、左肩のケガの痛みも違和感も消えてしまった。
礼夏は母親として、みふゆを案ずる思いを口にしたあとに、京司朗に頭を下げた。
────娘をどうかよろしくお願いします
そう言って、礼夏は消えていった。
別室で交わされている貴之と矢口の話の内容が気になった。できるなら自分も矢口とみふゆの関係を把握したかった。
京司朗はみふゆの手をそっと撫で、無力さを噛みしめていた。
できないことがあると、まざまざと思い知らされている。現実ならば、力ずくでどうにでもできる。邪魔な人間がいるならば始末するのことも厭わない。
京司朗は自分の属する世界で金も地位も権力も手にしてきた。望めば何でも手にすることができた。
だが、いまの京司朗は何もできない。
自分のせいで愛する者が苦しんでいても、夢の中に入りこみ、助けてやることはできないのだ。じれったさが腹立たしかった。
「ん・・、うう・・・」
「みふゆ・・」
うなされ始めたみふゆの手を大切に両手で握りると、口づけて、自分の額に近づけた。頭を垂れた京司朗の姿は、神に救いを求め、祈りを捧げる信者のようだ。
みふゆの指が何かを探して動いた。
京司朗は矢口の言葉通り、みふゆの手に銃をしっかりと握らせた。
みふゆは夢の中にいた。
夢の始まりに戻っていた。
京司朗がいた。
みふゆは京司朗に懸命に叫んでいた。
若頭!そっちに行っちゃダメ!
お願い!行かないで!
「若頭・・行かないで・・」
みふゆは息を荒くして京司朗に向かって呼びかけている。京司朗はみふゆの手を握りしめて答えた。
「俺はここにいる・・!君の側にいる・・!」
どんなに言葉を紡いでも、京司朗の声はみふゆには届かない。
こんなにそばにいるのに━━━━
夢の中でみふゆは京司朗に叫んでいた。しかし京司朗はみふゆに背を向けてどんどんと歩いて離れて行く。
行かないで!お願い行かないで!
どんなに叫んでも、みふゆの声は京司朗には届かない。
瞳にはこんなにもハッキリと京司朗が映っているのに━━━━
京司朗の後ろで、黒い影が地面から湧き出てきた。
あいつだ。京司朗を狙っているあいつが現れた。
黒い影はぐにゃぐにゃとしたスライム状から人の形をとり、みふゆを見てニタリと笑った。
みふゆは全身に悪寒が走った。
黒い影は四つん這いになり京司朗のあとをついて行く。
危ない!逃げて!若頭!
「あいつがいる・・!後ろに・・!危ない・・若頭・・・!」
みふゆの夢の中に獣が現れたのだ。
京司朗はみふゆの銃を持つ右手を強く握ってみふゆに語りかけていた。
「━━━━撃つんだ。あいつを撃つんだ」
みふゆの手が震えている。京司朗はみふゆの指を引き金にかけ、その上に自分の指をぴったりと重ねた。銃を撃つサポートをしているのだ。
みふゆは足が動かなかった。動けばせめて近くまで行けるのに。
京司朗に知らせる術はないか探した。石でも何でもいい。
辺りを見回すと、右手をぎゅっと握られた感覚がした。何かを持っている。
銃だ。
━━━━撃つんだ。あいつを撃つんだ
声が聞こえた。
京司朗の声だ。
みふゆは銃を構えた。やけに重い。重さに腕が震えたが、ある瞬間、腕は軽くなり震えは止まった。
━━━━大丈夫だ。俺がいる
やはり京司朗の声だ。銃を持つ手を支えてくれている。真後ろから抱きしめられるように、京司朗が体を密着させてみふゆを支えてくれている。
黒い影が大きな獣の影になって京司朗に鋭い爪を振りあげた。
━━━━撃つんだ
みふゆの後ろで、耳元で、京司朗の力強い声がした。京司朗がいてくれる━━それだけでみふゆは心を強くすることができた。
みふゆは引き金をひいた。
「会長!いらしてください!」
胡蝶の声がした。
みふゆに異変でも起きたのかと貴之は別室から急いで出た。後ろを矢口が追った。
「どうした!?」
「みふゆちゃんの銃をみてください」
胡蝶が促した。
貴之はベッドに駆けよった。
みふゆの持っていた木製銃がふたつに割れていた。
銃身の一部が焦げて黒くなっている。
「どういうことだ・・」
「彼女がうなされ始めて、夢に獣が現れたと思いました。だから撃つように言ったんです」
「撃ったのか」
「はい。手が震えていたので俺が支えて一緒に引き金を引きました」
京司朗が淡々と説明をした。
「焦げたところが護符をこめていた場所です。きっとあいつに命中したんだ」
貴之の後ろで矢口が言った。
「銃はどうすりゃいい?権現寺でお焚き上げをしてもらうか?」
「はい。じーちゃんも何かあったら権現寺か眼明寺に持っていけって言ってましたから」
「眼明寺?」
「京都にあるって言ってました。すごく小さい寺だそうで、あ、住所なら・・」
「いや、今はいい。まだ聞きてえこともあるし、その時にでも教えてくれ。みふゆが落ちついてからまた話を聞きてえ」
「はい」
矢口はベッドの上の真っ二つになった木製銃を入っていた木箱にしまった。
みふゆが目覚めたのは翌朝、午前六時。
悪夢は去り、
目覚めたみふゆの側にいたのは京司朗だった。
ベッドに寝かされたみふゆは規則正しい呼吸で眠りについていた。
穏やかな寝顔だ。夢など見ずに眠っていてほしい。
『悪夢』に悩まされる苦しさは京司朗も経験してきた。
学校から帰宅後、両親の遺体を見つけてしまった衝撃は、『悪夢』となって小学生だった京司朗を襲い続けた━━━何年も、何年も。
なのに今、みふゆを苦しめているのは皮肉なことに京司朗自身だ。
京司朗が熊に襲われる場面がみふゆを苦しめている。
血の海に倒れていた両親を京司朗が何度も夢に見たように、みふゆは血に染まる京司朗を見るのだ。
京司朗はベッドの横の椅子に座り、みふゆの手をなでた。手放した銃の上におかれた手が、やけに華奢に感じた。
みふゆの母親・礼夏の手と似ている。優雅な動きをした、華奢な手の礼夏。
京司朗の自室に現れた礼夏は、みふゆが自分自身で封じ込めた気持ちを京司朗に伝え、銀色の鈴を手渡してくれたのだ。鈴は受け取ってすぐに京司朗の手のひらに吸い込まれて消えた。消える瞬間一度だけリーンと鳴った。そして、左肩のケガの痛みも違和感も消えてしまった。
礼夏は母親として、みふゆを案ずる思いを口にしたあとに、京司朗に頭を下げた。
────娘をどうかよろしくお願いします
そう言って、礼夏は消えていった。
別室で交わされている貴之と矢口の話の内容が気になった。できるなら自分も矢口とみふゆの関係を把握したかった。
京司朗はみふゆの手をそっと撫で、無力さを噛みしめていた。
できないことがあると、まざまざと思い知らされている。現実ならば、力ずくでどうにでもできる。邪魔な人間がいるならば始末するのことも厭わない。
京司朗は自分の属する世界で金も地位も権力も手にしてきた。望めば何でも手にすることができた。
だが、いまの京司朗は何もできない。
自分のせいで愛する者が苦しんでいても、夢の中に入りこみ、助けてやることはできないのだ。じれったさが腹立たしかった。
「ん・・、うう・・・」
「みふゆ・・」
うなされ始めたみふゆの手を大切に両手で握りると、口づけて、自分の額に近づけた。頭を垂れた京司朗の姿は、神に救いを求め、祈りを捧げる信者のようだ。
みふゆの指が何かを探して動いた。
京司朗は矢口の言葉通り、みふゆの手に銃をしっかりと握らせた。
みふゆは夢の中にいた。
夢の始まりに戻っていた。
京司朗がいた。
みふゆは京司朗に懸命に叫んでいた。
若頭!そっちに行っちゃダメ!
お願い!行かないで!
「若頭・・行かないで・・」
みふゆは息を荒くして京司朗に向かって呼びかけている。京司朗はみふゆの手を握りしめて答えた。
「俺はここにいる・・!君の側にいる・・!」
どんなに言葉を紡いでも、京司朗の声はみふゆには届かない。
こんなにそばにいるのに━━━━
夢の中でみふゆは京司朗に叫んでいた。しかし京司朗はみふゆに背を向けてどんどんと歩いて離れて行く。
行かないで!お願い行かないで!
どんなに叫んでも、みふゆの声は京司朗には届かない。
瞳にはこんなにもハッキリと京司朗が映っているのに━━━━
京司朗の後ろで、黒い影が地面から湧き出てきた。
あいつだ。京司朗を狙っているあいつが現れた。
黒い影はぐにゃぐにゃとしたスライム状から人の形をとり、みふゆを見てニタリと笑った。
みふゆは全身に悪寒が走った。
黒い影は四つん這いになり京司朗のあとをついて行く。
危ない!逃げて!若頭!
「あいつがいる・・!後ろに・・!危ない・・若頭・・・!」
みふゆの夢の中に獣が現れたのだ。
京司朗はみふゆの銃を持つ右手を強く握ってみふゆに語りかけていた。
「━━━━撃つんだ。あいつを撃つんだ」
みふゆの手が震えている。京司朗はみふゆの指を引き金にかけ、その上に自分の指をぴったりと重ねた。銃を撃つサポートをしているのだ。
みふゆは足が動かなかった。動けばせめて近くまで行けるのに。
京司朗に知らせる術はないか探した。石でも何でもいい。
辺りを見回すと、右手をぎゅっと握られた感覚がした。何かを持っている。
銃だ。
━━━━撃つんだ。あいつを撃つんだ
声が聞こえた。
京司朗の声だ。
みふゆは銃を構えた。やけに重い。重さに腕が震えたが、ある瞬間、腕は軽くなり震えは止まった。
━━━━大丈夫だ。俺がいる
やはり京司朗の声だ。銃を持つ手を支えてくれている。真後ろから抱きしめられるように、京司朗が体を密着させてみふゆを支えてくれている。
黒い影が大きな獣の影になって京司朗に鋭い爪を振りあげた。
━━━━撃つんだ
みふゆの後ろで、耳元で、京司朗の力強い声がした。京司朗がいてくれる━━それだけでみふゆは心を強くすることができた。
みふゆは引き金をひいた。
「会長!いらしてください!」
胡蝶の声がした。
みふゆに異変でも起きたのかと貴之は別室から急いで出た。後ろを矢口が追った。
「どうした!?」
「みふゆちゃんの銃をみてください」
胡蝶が促した。
貴之はベッドに駆けよった。
みふゆの持っていた木製銃がふたつに割れていた。
銃身の一部が焦げて黒くなっている。
「どういうことだ・・」
「彼女がうなされ始めて、夢に獣が現れたと思いました。だから撃つように言ったんです」
「撃ったのか」
「はい。手が震えていたので俺が支えて一緒に引き金を引きました」
京司朗が淡々と説明をした。
「焦げたところが護符をこめていた場所です。きっとあいつに命中したんだ」
貴之の後ろで矢口が言った。
「銃はどうすりゃいい?権現寺でお焚き上げをしてもらうか?」
「はい。じーちゃんも何かあったら権現寺か眼明寺に持っていけって言ってましたから」
「眼明寺?」
「京都にあるって言ってました。すごく小さい寺だそうで、あ、住所なら・・」
「いや、今はいい。まだ聞きてえこともあるし、その時にでも教えてくれ。みふゆが落ちついてからまた話を聞きてえ」
「はい」
矢口はベッドの上の真っ二つになった木製銃を入っていた木箱にしまった。
みふゆが目覚めたのは翌朝、午前六時。
悪夢は去り、
目覚めたみふゆの側にいたのは京司朗だった。
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