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そのスピードたるや風神雷神のごとく。
しかし、道行く人に不審者と思われぬように、私はスニーカーの靴ひもを結ぶふりをした。
よし、このまま後ろに下がるぞ。
ザリザリと、アスファルトと私のスニーカーが擦れる音がする。
私はしゃがんだまま後進した。
じゅうぶん不審者だ。
いや、いいのだ。
不審者と思われてもこの場を無事に切り抜けられるなら。
ザリザリザリザリザリザリザリザリ
靴底すぐに減って穴あきそう。
お気に入りのスニーカーなのに。
二十三歳のいい年した女が何やってんだ?
とん、と何かにぶつかった。
あれ?行き止まりだったっけ?この道。
「何をしてるんですか?」
男の声が降ってきた。上から。
この声は・・・・・
私は振り返り、上を見た。
はるか彼方の上空は青く澄んだ美しい秋の空が広がっている。。。
ああ、空がきれいだなぁ。。。
「何故俺を見ないんですか?」
男は片手をスッと上げて、先が鋭く尖ったハサミを私に見せつけた。
切っ先が逆光に煌めいている。
刺す、打つ(撃つ)、刻む(損壊)が得意な世界の男が私を見下ろしている。
鋭く光る切っ先と同じ、怜悧な瞳で。
刺される!
もしくは刻まれる!!
絶体絶命!!!
私は震えて覚悟した。
カッポーーーン・・・
恐怖のあまりか、鹿威しの幻聴が聞こえた。
絶体絶命にぜんぜんふさわしくない音であった。
純和風の茶室から見える、これまた純和風のお庭には鹿威し。
よかった。さっきのは幻聴じゃなかったんだ。
恐怖のあまりにおかしくなったのかと自身を疑ったが、とりあえずひと安心・・・・・ではない。
この状況を冷静に考えてみろ、私。
茶室にて正座している私の右隣にとある有名な組の組長、通称・組長先生がいる。
そして左隣には切っ先の鋭い花切り鋏を見せつけ私を脅してこの家に連れこんだ、組長先生の懐刀・組のNo.2である若頭がいる。
この若頭、えらく男前だ。私は素直に認める。女には不自由しないだろう面構えだ。背も高く、体格もいい。
理想的な男性の部類に属すると思う。
おそらく気前も良いはずだ。理由は私の癒しの場であったルドベキアの群生地を宅地にしてしまい申し訳ないと、宅地の一部をコスモス畑にしてくれたからだ。ルドベキアは植えられなかったので代わりにキバナコスモスを植えたとのことだった。馴染みの花屋とはいえ、一介の店員にも多大な気遣いをみせてくれたこの一件は、私の気持ちを多いに揺さぶり、私は感謝に涙した。
しかし!それはそれ。それで心を許したりはしない。
私は地味に平凡に生きていけたらいいそれでいいんだ。やっかい事はごめんだ。
そういえば私は若頭の名前を知らなかった。いいのさ、余計なことは知らなくて。
兎にも角にも今の私はヤクザ二人に挟まれ逃げることが不可能な状態だ。
二人どころか部屋の出入口になりそうな場所にはスーツ着た強面戦闘員が立ち、守りを固めている。
穏やかな休みの日のはずが、飛んで火に入る夏の虫気分。
ははははは。
笑いもかわいてしまうな。
そんな物騒な状況で、私の目の前では艶やかな和服美女(推定年齢三十歳)が茶を点てている。
「どうぞ」
和服美女がしなやかなしぐさで私の前に茶を置いた。
私は茶を手にした。
美女が懇切丁寧に点てた茶だ。
いただかねばなるまい。
あ、これいい茶碗だわ。素敵。
山茶花が一輪描かれている茶碗。
手にしっくりとくる。
心で思うだけにしとけばよかったのに、ついつい声になってしまった。
「お気に召しまして?私もお気に入りなのよ」
「なかなか目が高ぇじゃねぇか。そいつは名品よ。国宝になってもおかしくねえ」
私は動きを止めた。国宝??
ふいにそんなことを言われても。
「━━━━━━」
・・・そうね、聞かなかったことにしておくわ。
知らなければ国宝級の茶碗もただの茶碗よ。
ああ、帰りたい。せっかくの休みが・・。
私は茶をいただき、「美味しく頂戴いたしました」と言い茶碗を置いた。
「茶席は初めてではなさそうですね」
と、左隣から若頭の声。
「中学の時、茶華道部でした(茶菓子目当ての)」
「ほう、花の生け方も教わったのか?」
と、右隣から組長先生の声。
「はい(茶菓子くれるから)」
「通りでアレンジの作りのスジがいいはずだ」
「ありがとうございます。人数あわせ要員でしたが、入部した以上はやることはやるのが私の主義なので(すべては茶菓子のために!)」
「よし、今度はうちの茶の席に招待しよう」
と、再び組長先生。
「え?いえ、あの、私、着物などは持ってないので」
焦る私。もう少しましな言い訳はないのか。
「あら、着物なら私のを着せてあげるわ。二十代の頃の着物で今はもう着てないのがあるの。帯も草履も一式そろってるから迷わず着られるわ」
「いえ、あの、」
断り方を間違えた━━━━
「あ、いえ、その、そうじゃなくて」
「なに、かしこまった席じゃねえから気軽に来てくれや。な?」
組長先生が私の肩にぽんと手を置いた。
「まさかうちの会長の誘いを断るなんてバカな真似はしませんよね?」
左隣で脅迫めいた忠告を口にした若頭が懐に手を入れた。
「!?」
今度こそ撃たれる!
「はい!もちろん伺わせていただきます!!」
━━━━━狙撃回避!
「では連絡先を交換しましょう。スマホを出してください」
自分のスマホを手にした若頭がニコリと微笑んでいる。底冷えの笑顔。
「あ、あの、・・」
『嫌だ』と言えず、私はバッグからゆっくりとスマホを取りだした。
「貸してください」
「は、はい・・・」
『敗北』の二文字が頭に浮かぶ。
とうとう電話番号が知られてしまった。
「俺の電話番号を登録しました。何かあったら電話をください。困りごとや悩み事も受け付けていますので遠慮なくどうぞ」
副業で電話相談室でもやってるのか?と思いながら私は力無く
「はい・・・」
と返事をした。
「おい、俺の番号も登録しといてくれ」
と、組長先生。
「あら、それなら私のも登録してちょうだい」
と、和服美女まで。
なんなんだこの人達・・。
もしや私が亡き母親の多額の保険金を手にしている事実を知ってるのでは!?それゆえにこうも私にかまけているのでは・・・。三人で私をカモる気か・・・。
外堀を埋め骨の髄までしゃぶりつくす計画!?
そのスピードたるや風神雷神のごとく。
しかし、道行く人に不審者と思われぬように、私はスニーカーの靴ひもを結ぶふりをした。
よし、このまま後ろに下がるぞ。
ザリザリと、アスファルトと私のスニーカーが擦れる音がする。
私はしゃがんだまま後進した。
じゅうぶん不審者だ。
いや、いいのだ。
不審者と思われてもこの場を無事に切り抜けられるなら。
ザリザリザリザリザリザリザリザリ
靴底すぐに減って穴あきそう。
お気に入りのスニーカーなのに。
二十三歳のいい年した女が何やってんだ?
とん、と何かにぶつかった。
あれ?行き止まりだったっけ?この道。
「何をしてるんですか?」
男の声が降ってきた。上から。
この声は・・・・・
私は振り返り、上を見た。
はるか彼方の上空は青く澄んだ美しい秋の空が広がっている。。。
ああ、空がきれいだなぁ。。。
「何故俺を見ないんですか?」
男は片手をスッと上げて、先が鋭く尖ったハサミを私に見せつけた。
切っ先が逆光に煌めいている。
刺す、打つ(撃つ)、刻む(損壊)が得意な世界の男が私を見下ろしている。
鋭く光る切っ先と同じ、怜悧な瞳で。
刺される!
もしくは刻まれる!!
絶体絶命!!!
私は震えて覚悟した。
カッポーーーン・・・
恐怖のあまりか、鹿威しの幻聴が聞こえた。
絶体絶命にぜんぜんふさわしくない音であった。
純和風の茶室から見える、これまた純和風のお庭には鹿威し。
よかった。さっきのは幻聴じゃなかったんだ。
恐怖のあまりにおかしくなったのかと自身を疑ったが、とりあえずひと安心・・・・・ではない。
この状況を冷静に考えてみろ、私。
茶室にて正座している私の右隣にとある有名な組の組長、通称・組長先生がいる。
そして左隣には切っ先の鋭い花切り鋏を見せつけ私を脅してこの家に連れこんだ、組長先生の懐刀・組のNo.2である若頭がいる。
この若頭、えらく男前だ。私は素直に認める。女には不自由しないだろう面構えだ。背も高く、体格もいい。
理想的な男性の部類に属すると思う。
おそらく気前も良いはずだ。理由は私の癒しの場であったルドベキアの群生地を宅地にしてしまい申し訳ないと、宅地の一部をコスモス畑にしてくれたからだ。ルドベキアは植えられなかったので代わりにキバナコスモスを植えたとのことだった。馴染みの花屋とはいえ、一介の店員にも多大な気遣いをみせてくれたこの一件は、私の気持ちを多いに揺さぶり、私は感謝に涙した。
しかし!それはそれ。それで心を許したりはしない。
私は地味に平凡に生きていけたらいいそれでいいんだ。やっかい事はごめんだ。
そういえば私は若頭の名前を知らなかった。いいのさ、余計なことは知らなくて。
兎にも角にも今の私はヤクザ二人に挟まれ逃げることが不可能な状態だ。
二人どころか部屋の出入口になりそうな場所にはスーツ着た強面戦闘員が立ち、守りを固めている。
穏やかな休みの日のはずが、飛んで火に入る夏の虫気分。
ははははは。
笑いもかわいてしまうな。
そんな物騒な状況で、私の目の前では艶やかな和服美女(推定年齢三十歳)が茶を点てている。
「どうぞ」
和服美女がしなやかなしぐさで私の前に茶を置いた。
私は茶を手にした。
美女が懇切丁寧に点てた茶だ。
いただかねばなるまい。
あ、これいい茶碗だわ。素敵。
山茶花が一輪描かれている茶碗。
手にしっくりとくる。
心で思うだけにしとけばよかったのに、ついつい声になってしまった。
「お気に召しまして?私もお気に入りなのよ」
「なかなか目が高ぇじゃねぇか。そいつは名品よ。国宝になってもおかしくねえ」
私は動きを止めた。国宝??
ふいにそんなことを言われても。
「━━━━━━」
・・・そうね、聞かなかったことにしておくわ。
知らなければ国宝級の茶碗もただの茶碗よ。
ああ、帰りたい。せっかくの休みが・・。
私は茶をいただき、「美味しく頂戴いたしました」と言い茶碗を置いた。
「茶席は初めてではなさそうですね」
と、左隣から若頭の声。
「中学の時、茶華道部でした(茶菓子目当ての)」
「ほう、花の生け方も教わったのか?」
と、右隣から組長先生の声。
「はい(茶菓子くれるから)」
「通りでアレンジの作りのスジがいいはずだ」
「ありがとうございます。人数あわせ要員でしたが、入部した以上はやることはやるのが私の主義なので(すべては茶菓子のために!)」
「よし、今度はうちの茶の席に招待しよう」
と、再び組長先生。
「え?いえ、あの、私、着物などは持ってないので」
焦る私。もう少しましな言い訳はないのか。
「あら、着物なら私のを着せてあげるわ。二十代の頃の着物で今はもう着てないのがあるの。帯も草履も一式そろってるから迷わず着られるわ」
「いえ、あの、」
断り方を間違えた━━━━
「あ、いえ、その、そうじゃなくて」
「なに、かしこまった席じゃねえから気軽に来てくれや。な?」
組長先生が私の肩にぽんと手を置いた。
「まさかうちの会長の誘いを断るなんてバカな真似はしませんよね?」
左隣で脅迫めいた忠告を口にした若頭が懐に手を入れた。
「!?」
今度こそ撃たれる!
「はい!もちろん伺わせていただきます!!」
━━━━━狙撃回避!
「では連絡先を交換しましょう。スマホを出してください」
自分のスマホを手にした若頭がニコリと微笑んでいる。底冷えの笑顔。
「あ、あの、・・」
『嫌だ』と言えず、私はバッグからゆっくりとスマホを取りだした。
「貸してください」
「は、はい・・・」
『敗北』の二文字が頭に浮かぶ。
とうとう電話番号が知られてしまった。
「俺の電話番号を登録しました。何かあったら電話をください。困りごとや悩み事も受け付けていますので遠慮なくどうぞ」
副業で電話相談室でもやってるのか?と思いながら私は力無く
「はい・・・」
と返事をした。
「おい、俺の番号も登録しといてくれ」
と、組長先生。
「あら、それなら私のも登録してちょうだい」
と、和服美女まで。
なんなんだこの人達・・。
もしや私が亡き母親の多額の保険金を手にしている事実を知ってるのでは!?それゆえにこうも私にかまけているのでは・・・。三人で私をカモる気か・・・。
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