化け猫ミッケと黒い天使

第３章 裏世界

06

　チャーシューの泣きじゃくる声で、ぼくは目を覚ました。


「ワイや、ワイのせいなんや！　ワイが、七海ななみはんにお札ふだなんか渡しよったから！」


「薫かおるくんは悪くないよ、自分の部屋に幽霊が出ると泣きつかれたら、誰だって助けてやりたくなるもの……」

　優斗ゆうとくんの声も聞こえる。
　ぼくは体を起こした。いつのまにか、美玲みれいちゃんの部屋のベッドの上に寝ていた。

　カーテンが揺れている。
　窓から差し込んだ夕日が、部屋のなかを朱色と黒のコントラストに染めている。

　ゆっくりと立ち上がった美玲みれいちゃんが、ぼくのところにやってきて、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。ついさっきまで泣いていたのか、赤く目を腫らしていた。


「美玲みれいちゃん、ごめん……」


　美玲みれいちゃんは何も言わずに、首を横にふった。
　チャーシューと優斗ゆうとくんの会話で、萌もえちゃんが一命を取りとめたのはわかった。
　だけど、いまも集中治療室にいて、意識がまだ戻っていないらしい。

　萌もえちゃんが交通事故にあったことは、今日の朝礼でみんなに知らされたそうだ。
　車に向かって歩いていく萌もえちゃんの不審な行動と、事故があった交差点が、有名な心霊スポットだったことで、街にはマスコミが殺到しているらしい。


「わたしのせいなんだ。わたしが萌もえの気持ちも考えずに、やりすぎたから……」

　ぽつりと言った美玲みれいちゃんの言葉に、チャーシューがぶるぶると首をふった。

「それは違う！　黒崎くろさきはんのおかげで助かったもんが、げんにおるやんか！」

　優斗ゆうとくんも、同調するようにうなづく。

「黒崎くろさきさんは悪くない。ぼくも姉さんも感謝してるんだ。今回の件は、きっと、ぼくにも責任が……」

「チャーシュー、新しいお札ふだを用意して」

　優斗ゆうとくんの言葉をさえぎるようにして、美玲みれいちゃんが立ち上がった。
　チャーシューが顔を上げる。
　メガネのレンズにたまった涙が、ぽろぽろと膝に落ちた。

「あかん！　もう誰の犠牲も出したない！　放課後怪奇クラブも……解散や！」


「ふざけないでよっ！」

　涙で声をつまらせるチャーシューに向かって、とつぜん美玲みれいちゃんが怒鳴った。

「いつまでも、関係ない第三者でいられると思ってたの？　怖くてつらい思いをしている人は、いつも動画のなかや他人だけだと思ってた？
　調子に乗って、別の世界に首を突っ込んだわたしたちはね、もう逃げるわけにはいかないのよっ！」

　カーテンが静かに揺れる。
　チャーシューは、もう泣くことさえできなかった。

「わたしには、なんとなくわかるの。萌もえはまだ、あの交差点にいる。でも、いつまでいるかわからない。早くしないと、萌もえの意識は戻らなくなる……。
　お札ふだをくれるだけいいの。今夜、人気ひとけがなくなる夜中の三時ごろまでに、なんとか用意して。わたしはあの交差点にいるから」


　チャーシューが、神妙しんみょうな顔でうなづく。
　ふたりのやりとりを見ていた優斗ゆうとくんが、覚悟を決めたように立ち上がった。

「ぼくも行くよ。ぼくだって、黒崎くろさきさんを巻き込んでしまった、ひとりなんだから」

　しかし、美玲みれいちゃんは目も合わさずに言い放った。


「優斗ゆうとくんは来ないで。足手まといになるから」


　ぼくは驚いてしまった。
　美玲みれいちゃんが、あんなに大好きな優斗ゆうとくんに、こんな冷たい態度を取るなんて。