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突然の別れ
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翌朝、日が昇るとすぐに、テレサはマートンと共に馬車でシリウスの屋敷へと向かった。
屋敷の前で馬車から降りると、ちょうどシリウスの家族が荷物を抱えて屋敷から出てくるところが見えた。
「お兄ちゃん!!」
大きめの鞄1つだけを肩に担いだシリウスは、駆け寄ったテレサに気付くと、いつものようににっこりと微笑んで迎えてくれた。
「テレサ、来てくれたんだね」
簡素な服に大きな荷物、テレサでもその状況が何を意味するのかすぐにわかってしまう。
今から王都を離れるのだろう。
突然の別れを悟り、テレサは泣くのを堪えきれずに涙を流し、鼻をグズグズさせながら叫んだ。
「なんでお兄ちゃん達がこんな目にあわないといけないの!?何も悪くないじゃない!!悪いのは全部モガッモガガッ・・・」
シリウスに口を押さえられてしまった。
「ダメだよテレサ。良く聞いて。お姉ちゃんになったんだよね?弟を守らなくちゃ。理不尽なことがあっても耐えるんだ。わかるよね?」
嫌だ、わかりたくなどなかった。
テレサはシリウスに飛び付くと、必死に足を絡めて、シリウスがどこにも行けないように踏ん張ってみた。
傍らではマートンもエドモンを説得していた。
「エドモン殿、これから皆で王太子にこの度の沙汰の撤回を掛け合うつもりだ。しばらく猶予をもらえないだろうか」
「いや、それには及ばない。君達にまで何か被害があったらいけないからな。特にマートン、君は息子が生まれたばかりだ。君の仕事は、息子に無事に家督を継がせることだ。僕は失敗してしまったけどな」
肩をすかせて冗談っぽく言ったが、それだけがエドモンの唯一の心残りだったのだろう。
一瞬悲しそうな目でシリウスを見た。
「テレサちゃん、良かったらこれをあげるわ。厨房の勝手口の鍵だけど、屋敷の中に入れるから必要なものがあったら持っていって」
いまだシリウスにしがみつきながらも、アディーナから器用に鍵を受け取る。
彼らは本気で王都を去る気らしい。
「どこに行くつもりですか?」
「いや、まだ何も決めていない。ま、家族で支えあってなんとかやっていくさ」
マートンの問いに、エドモンはサバサバした口調で答えたが、そこには『自分は間違ったことはしていない』という自信が感じられる。
止めても無駄だと判断したマートンは、静かにテレサに告げた。
「テレサ、シリウス君から手を離しなさい。困っているだろう?」
「いーやーっ!!私も着いていく!!」
「お前なんて足手まといにしかならないだろう?ほら、こっちにくるんだ」
力付くでテレサを引き離そうとするマートンと、必死でしがみつくテレサに、シリウス達も苦笑いをしている。
「ねぇ、テレサ。僕はいつか王都に戻ってくる。約束だ。だからテレサも僕が居なくても頑張ってみて。そうだな、テレサは感情が素直過ぎるから、猫を被ることを覚えてみるのはどうかな」
「猫ちゃんをかぶるの?そうしたらお兄ちゃんにまた会えるの?」
「そうだよ。テレサが猫を被って、弟が大きくなるまで令嬢として頑張れたら、会いに来るよ」
「ほんと?その時お嫁さんにしてくれる?」
「はははっ!そうだったね。うん、約束だ」
『シリウスは嘘をつかない』と信じていたテレサは、ようやくシリウスから離れ、そしてふと思い出した。
「そうだった!お兄ちゃん、これ。お土産渡すつもりだったの」
それはマートンの領地の名産品、カルータ織のブックカバーだった。
インディゴブルーの織物に、黄色い花の刺繍が施されている。
「ああ、いい色だね。この花はテレサのトパーズのような瞳と同じ色だ。大切にするよ」
シリウスは丁寧に鞄に仕舞うと、家族揃ってトーマスとテレサに頭を下げた。
背を向けて歩き出した3人を、テレサはいつまでも見送っていた。
屋敷の前で馬車から降りると、ちょうどシリウスの家族が荷物を抱えて屋敷から出てくるところが見えた。
「お兄ちゃん!!」
大きめの鞄1つだけを肩に担いだシリウスは、駆け寄ったテレサに気付くと、いつものようににっこりと微笑んで迎えてくれた。
「テレサ、来てくれたんだね」
簡素な服に大きな荷物、テレサでもその状況が何を意味するのかすぐにわかってしまう。
今から王都を離れるのだろう。
突然の別れを悟り、テレサは泣くのを堪えきれずに涙を流し、鼻をグズグズさせながら叫んだ。
「なんでお兄ちゃん達がこんな目にあわないといけないの!?何も悪くないじゃない!!悪いのは全部モガッモガガッ・・・」
シリウスに口を押さえられてしまった。
「ダメだよテレサ。良く聞いて。お姉ちゃんになったんだよね?弟を守らなくちゃ。理不尽なことがあっても耐えるんだ。わかるよね?」
嫌だ、わかりたくなどなかった。
テレサはシリウスに飛び付くと、必死に足を絡めて、シリウスがどこにも行けないように踏ん張ってみた。
傍らではマートンもエドモンを説得していた。
「エドモン殿、これから皆で王太子にこの度の沙汰の撤回を掛け合うつもりだ。しばらく猶予をもらえないだろうか」
「いや、それには及ばない。君達にまで何か被害があったらいけないからな。特にマートン、君は息子が生まれたばかりだ。君の仕事は、息子に無事に家督を継がせることだ。僕は失敗してしまったけどな」
肩をすかせて冗談っぽく言ったが、それだけがエドモンの唯一の心残りだったのだろう。
一瞬悲しそうな目でシリウスを見た。
「テレサちゃん、良かったらこれをあげるわ。厨房の勝手口の鍵だけど、屋敷の中に入れるから必要なものがあったら持っていって」
いまだシリウスにしがみつきながらも、アディーナから器用に鍵を受け取る。
彼らは本気で王都を去る気らしい。
「どこに行くつもりですか?」
「いや、まだ何も決めていない。ま、家族で支えあってなんとかやっていくさ」
マートンの問いに、エドモンはサバサバした口調で答えたが、そこには『自分は間違ったことはしていない』という自信が感じられる。
止めても無駄だと判断したマートンは、静かにテレサに告げた。
「テレサ、シリウス君から手を離しなさい。困っているだろう?」
「いーやーっ!!私も着いていく!!」
「お前なんて足手まといにしかならないだろう?ほら、こっちにくるんだ」
力付くでテレサを引き離そうとするマートンと、必死でしがみつくテレサに、シリウス達も苦笑いをしている。
「ねぇ、テレサ。僕はいつか王都に戻ってくる。約束だ。だからテレサも僕が居なくても頑張ってみて。そうだな、テレサは感情が素直過ぎるから、猫を被ることを覚えてみるのはどうかな」
「猫ちゃんをかぶるの?そうしたらお兄ちゃんにまた会えるの?」
「そうだよ。テレサが猫を被って、弟が大きくなるまで令嬢として頑張れたら、会いに来るよ」
「ほんと?その時お嫁さんにしてくれる?」
「はははっ!そうだったね。うん、約束だ」
『シリウスは嘘をつかない』と信じていたテレサは、ようやくシリウスから離れ、そしてふと思い出した。
「そうだった!お兄ちゃん、これ。お土産渡すつもりだったの」
それはマートンの領地の名産品、カルータ織のブックカバーだった。
インディゴブルーの織物に、黄色い花の刺繍が施されている。
「ああ、いい色だね。この花はテレサのトパーズのような瞳と同じ色だ。大切にするよ」
シリウスは丁寧に鞄に仕舞うと、家族揃ってトーマスとテレサに頭を下げた。
背を向けて歩き出した3人を、テレサはいつまでも見送っていた。
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