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最北の修道院
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それから5年の月日が経過した。
国王は寝たきり状態が続き、王太子による独裁は一段と酷くなっている。
テレサはエドモンの事件以来、王都で暮らすようになった。
下手に長期領地に籠って、謀反の疑いなどかけられたらたまったものではないからだ。
シリウスの母、アディーナから渡された鍵で、テレサは5年前からエドモンの屋敷に頻繁に通い出した。
シリウスが戻ってくるまで、この屋敷を守ると決めたのだ。
幸い、5年経った今でもエドモンの人望からか、屋敷が人手に渡ることや壊されることはなかった。
王子は追い出した人間の屋敷のことなど全く覚えてもいないようで、この時ばかりは『王子がバカで良かった』とテレサは思った。
アディーナが大切にしていたバラ園を、日々一生懸命管理している。
テレサはシリウスに言われた通り、家を、ひいては弟を守るために、社交界では猫を被ることを覚えた。
マートンも息子に家督を譲るまでは、何としてでも子爵家を存続させるのだと奮起した。
とは言っても、2人に最大限出来ることは、社交場でひたすら空気になることだけだったのだが。
挨拶だけ猫を被って、あとは空気になれば万事オーケー!
チョロいわ。
多少世間を学び、大人になったテレサは、とっくに気付いていた。
別れの日のシリウスの言葉が、テレサを悲しませないように言った、精一杯の嘘だということを。
シリウスが会いに来て、テレサと結婚する未来なんて訪れることはない。
それでも、もうしばらくはその優しい嘘にすがって生きていたかった。
幸いにも王太子の恐怖政治のせいで、結婚や婚約をしにくくなっている現在、テレサは結婚を急かされることもなければ、婚約者候補すらいなかった。
もうしばらくは、シリウスお兄ちゃんを想っていてもいいよね?
テレサは今も胸に残るシリウスの面影に呟いた。
16歳まであとひと月ほどのある日、テレサは父マートンに呼ばれた。
「悪いんだが、私の代わりに領地へ行ってもらいたい。ここ数年、ろくに見て回れていないから色々心配でな。視察というと大袈裟だが、テレサも久しぶりに帰りたいだろう?」
「まかせて!しっかり見てくるわ!!」
それは願ってもいないことで、テレサは元気に返事をすると、数日後には屋敷を出発した。
領地までは馬車で1週間ほどかかる道程だ。
視察自体も隅々を回るので、領地自体の面積は大したことないのだが、王都へ戻れるのはひと月半後くらいになりそうだ。
『次に家族に会える時には、もう16歳になっているだろうな』と思いながら、テレサは馬車に揺られ続けた。
視察は順調に進んだ。
マートンは目立たないが、実直な性格をしている為、領地経営も堅実に行っていた。
領民にも慕われているし、しばらく顔を出していなくても特に問題は見当たらなかった。
父さまって、何気にいい領主なんだよね。
おかげでなんてスムーズ・・・
さて、残すは最北の修道院だけね。
昔よく遊びに行ってたから懐かしいな。
この国の最北に位置している修道院。
さぞ寒くて過酷な修道院だと思われがちだが、実はすこぶる過ごしやすい環境であった。
マートンが過去にあまりの環境の悪さに驚き、建て替え、常に食料や薪を確保出来るように流通を改善し、土地を改良したからである。
おかげでいまだ間違った認識は根強く残っているが、その実態は明るく、知る人ぞ知る「入りたい修道院ナンバーワン」なのだ。
テレサが修道院へ辿り着くと、顔馴染みのシスターが待っていてくれた。
年は40くらいで、昔よく遊んでもらった女性だ。
「まぁまぁ、すっかり立派なレディになられて!5年ぶり?もっと経っているかしら?お会いできて嬉しいわ」
満面の笑みでテレサに話しかけてくるシスターに、テレサも自然と笑顔になった。
「お久しぶりです。あれは確かカルータ織を見せていただいた時ですよね。あの時は素敵なブックカバーをありがとうございました」
シリウスにプレゼントしたブックカバーは、この修道院で手にいれた物だった。
環境が改善された修道院は、シスター達の手によって新たな名産品を生み出したのである。
思い出話に花を咲かせている時だった。
近くを歩いていた女性がシスターに声をかけた。
「シスター、お客様ですか?お茶でも淹れましょうかね」
聞き覚えのある声のような気がしたテレサは、そちらに顔を向けて驚いた。
シリウスの母、アディーナが洗濯カゴを持ちながらそこに立っていたからである。
「アディーナおばさま!?なんでここに!?」
テレサのすっとんきょうな声が静かな修道院に響いていた。
国王は寝たきり状態が続き、王太子による独裁は一段と酷くなっている。
テレサはエドモンの事件以来、王都で暮らすようになった。
下手に長期領地に籠って、謀反の疑いなどかけられたらたまったものではないからだ。
シリウスの母、アディーナから渡された鍵で、テレサは5年前からエドモンの屋敷に頻繁に通い出した。
シリウスが戻ってくるまで、この屋敷を守ると決めたのだ。
幸い、5年経った今でもエドモンの人望からか、屋敷が人手に渡ることや壊されることはなかった。
王子は追い出した人間の屋敷のことなど全く覚えてもいないようで、この時ばかりは『王子がバカで良かった』とテレサは思った。
アディーナが大切にしていたバラ園を、日々一生懸命管理している。
テレサはシリウスに言われた通り、家を、ひいては弟を守るために、社交界では猫を被ることを覚えた。
マートンも息子に家督を譲るまでは、何としてでも子爵家を存続させるのだと奮起した。
とは言っても、2人に最大限出来ることは、社交場でひたすら空気になることだけだったのだが。
挨拶だけ猫を被って、あとは空気になれば万事オーケー!
チョロいわ。
多少世間を学び、大人になったテレサは、とっくに気付いていた。
別れの日のシリウスの言葉が、テレサを悲しませないように言った、精一杯の嘘だということを。
シリウスが会いに来て、テレサと結婚する未来なんて訪れることはない。
それでも、もうしばらくはその優しい嘘にすがって生きていたかった。
幸いにも王太子の恐怖政治のせいで、結婚や婚約をしにくくなっている現在、テレサは結婚を急かされることもなければ、婚約者候補すらいなかった。
もうしばらくは、シリウスお兄ちゃんを想っていてもいいよね?
テレサは今も胸に残るシリウスの面影に呟いた。
16歳まであとひと月ほどのある日、テレサは父マートンに呼ばれた。
「悪いんだが、私の代わりに領地へ行ってもらいたい。ここ数年、ろくに見て回れていないから色々心配でな。視察というと大袈裟だが、テレサも久しぶりに帰りたいだろう?」
「まかせて!しっかり見てくるわ!!」
それは願ってもいないことで、テレサは元気に返事をすると、数日後には屋敷を出発した。
領地までは馬車で1週間ほどかかる道程だ。
視察自体も隅々を回るので、領地自体の面積は大したことないのだが、王都へ戻れるのはひと月半後くらいになりそうだ。
『次に家族に会える時には、もう16歳になっているだろうな』と思いながら、テレサは馬車に揺られ続けた。
視察は順調に進んだ。
マートンは目立たないが、実直な性格をしている為、領地経営も堅実に行っていた。
領民にも慕われているし、しばらく顔を出していなくても特に問題は見当たらなかった。
父さまって、何気にいい領主なんだよね。
おかげでなんてスムーズ・・・
さて、残すは最北の修道院だけね。
昔よく遊びに行ってたから懐かしいな。
この国の最北に位置している修道院。
さぞ寒くて過酷な修道院だと思われがちだが、実はすこぶる過ごしやすい環境であった。
マートンが過去にあまりの環境の悪さに驚き、建て替え、常に食料や薪を確保出来るように流通を改善し、土地を改良したからである。
おかげでいまだ間違った認識は根強く残っているが、その実態は明るく、知る人ぞ知る「入りたい修道院ナンバーワン」なのだ。
テレサが修道院へ辿り着くと、顔馴染みのシスターが待っていてくれた。
年は40くらいで、昔よく遊んでもらった女性だ。
「まぁまぁ、すっかり立派なレディになられて!5年ぶり?もっと経っているかしら?お会いできて嬉しいわ」
満面の笑みでテレサに話しかけてくるシスターに、テレサも自然と笑顔になった。
「お久しぶりです。あれは確かカルータ織を見せていただいた時ですよね。あの時は素敵なブックカバーをありがとうございました」
シリウスにプレゼントしたブックカバーは、この修道院で手にいれた物だった。
環境が改善された修道院は、シスター達の手によって新たな名産品を生み出したのである。
思い出話に花を咲かせている時だった。
近くを歩いていた女性がシスターに声をかけた。
「シスター、お客様ですか?お茶でも淹れましょうかね」
聞き覚えのある声のような気がしたテレサは、そちらに顔を向けて驚いた。
シリウスの母、アディーナが洗濯カゴを持ちながらそこに立っていたからである。
「アディーナおばさま!?なんでここに!?」
テレサのすっとんきょうな声が静かな修道院に響いていた。
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