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⌘3章 征服されざる眼差し 《せいふくされざるまなざし》
55.催花雨《さいかう》
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コリンが拘束されていたのは南西部より更に西に離れた港町に近い古い城だった。
詳細はよく理解出来ていないが、平定隊として向かった予定より手前で大規模な衝突があり、その最中に捕らえられた。
中世に建造された城は老朽化して放棄されたものであり、簡易の牢として緊急に使われただけの話で、監獄としての機能は満たしていない。
だからこその危険に満ちていた。
地殻変動で満潮になると膝まで海水が上がってくる。
数名が捕らえられたが、殆どが寒さに凍え、不安に精神を蝕まれ、命を落とした。
だが、コリンはそれでも、正気を保っていたのだ。
いっそ狂気に堕ちる方が楽であったろうに、死の誘惑に負けそうになるのに、その度に、誰かに激しく揺り動かされるのだ。
きっと天使とか、亡くなったかもしれない母や姉なのか、もしやわずかな期間幸せを分かち合った恋人かと思ったりもした。
それから間もなく、突然にコリンは助け出された。
「ファーガソン様!お待たせ致しました。まあ、ひどい有様!雪様が不幸を呼ぶ未亡人なのは本当なのかも」
騒々しく現れたのは蜂鳥だった。
リゾートのような格好をして、半死半生の自分を見下ろしていた。
「・・・天使が二人来てね。何度も励まされたよ」
「きっとそれ、雪様に取り憑いている嫉妬深い二匹の悪魔でしょう。でも、まあ、悪魔は、私共の兄弟子ではなく、あなたを選んだようです。さあ、早く参りましょう」
遠くの方から自分を呼ぶ同胞達の声がした。
苛々したように蜂鳥が舌打ちした。
「・・・ああもう、鈍臭い!・・・あいつら、本当に反政府遊撃隊なんですか。泳げもしないのよ!?・・・担架持ってきてよ!・・・は?無い?いいわよ、じゃあ私が担ぐから!」
女家令が怒鳴りつけた。
かつての闘志達も形無しだ。
「・・・なにぶん、どっちかと言ったら学者肌の人間も多いし・・・内陸とか山岳地帯の出身者が多くてね・・・あの、大目に見てやって・・・」
何のことかよく頭がまわらなかったが、とりあえず謝った。
コリン・ゼイビア・ファーガソンは、囚われて数ヶ月後に、かつての同胞達と、彼らを探し出した家令によって解放された。
11番にお乗りください。
指示はそれだけ。
国境近くの駅舎にコンテナがあった。
11という表示と、何か花を模したデザインの印が押されていた。
駅員に、駒鳥が同じデザインの漆塗りに金印の札を見せた。
彼は頷くと、コンテナを開けた。
駒鳥は駅員にいくらか握らせて礼を言った。
「ファーガソン様、どうぞ。ご快適な旅でございますように」
何の冗談かと苦笑したが、コリンは中を覗いて驚いた。
大きなソファやテーブル、軽食の類まで用意された、まるで小さな客室。
「貴方は確かに我々の仇。けど、雪様の未来だとしたら、何をどうしてもあの方の元に送り届けてみせます」
家令は、宮廷の備品。
だから、いかに総家令であろうが、死んでも人に数えられない。
かつての兄弟子と姉弟子の死が、損壊として書類に記されたように。
華々しくともやはり陰がある仄暗い家令の人生にとって、自分達に残雪が与えたものは大きいのだ。
彼女に救われたのは花鶏だけではない。
女家令から産まれた、産まれながらの家令の子に、甘やかな子供時代などと言うものは無い。
女家令は義務で子供を産み、報酬を得る。
そして乳母に預けられて宮廷で育つのだ。
母とも呼ばず、父とも呼ばず、兄弟姉妹の関係となる。
寂しさが無いなんてなんで言えよう。
他の女家令同様に、サバけた蜂鳥じゃあるまいし、こっちは常識人で繊細なのだ。
宮廷で生き、今後どのような策謀や、誰かのつまらない感情の行き違いに巻き込まれ、少しでも愚かな手を打てば死も免れない。
年端もいかぬ頃から、出し抜け、必要ならば突き落としてやれ、と教え込まれて育つ家令の子がふわりと連れ出された陽だまり。
あの離宮での日々を知る我々には忘れられない、あれは幸福。
コリンと駒鳥がコンテナに乗り込むと、駅員が重い蓋のような扉を閉めて、外錠をかけた。
何度か止まる度に、重い扉が開き、躊躇いがちに人が乗り込んできた。
それが、ほぼ知る顔であり、父のかつての盟友達であるのに、コリンは心から驚いた。
夕方遅く、普段は列車が停車しないはずの国境の近くの駅に人の影があった。
男達が二人、話し込んでいた。
こんな田舎の駅員に突然の仕事が舞い込んでいたのだ。
今晩中に停車する列車のコンテナの一つを重機で下ろせという命令だ。
「伯爵夫人の買い物だとさ」
「全く。我が国の貴い方は呑気なもんだ。あっちの国じゃまた元首が殺されたらしいのに」
たまにある内容の仕事ではあるが、今回は宮廷家令が絡んでいるらしい。
「文句ばかり言いやがって!」
カラスみたいに真っ黒の服の女が居丈高に言った。
「平和で豊かだから貴族が呑気してられんだよ。さもなきゃあいつらだってすぐ殺される。ま、呑気だからあんたら、こんないいこともあるじゃないの」
家令がチップにしては高額の金額を閃かせた。
「さすが宮廷家令様!」
現金なもので、彼等は意気揚々と遠くに光る列車の灯りを見つめた。
列車が時間をかけて停車した。
また誰かが乗り込むのだろうか。
コリンが不安気に家令を見た。
ご心配なくと言い、駒鳥が立ち上がると、乱暴に扉が開けられた。
突然、投光器並の光源を向けられて、全員が顔をしかめた。
相手からはこちらが良くわかるのだろう。
中の様子を確認し終わると、光が落とされた。
「彼方よりようこそいらっしゃいました、皆様。お招きお受け頂きまして、衷心より感謝を申し上げます」
慇懃な言い回しの言葉遣い。
冗談のように大きな宝石のついた指輪を輝かせた美貌の女家令が出迎えた。
数日ぶりにまともに外に出て見ると、空からは優しい雨が降っていた。
花々の開花を誘う雨だ。
いつの間にか、春が近づいていたのか、いや、自分が春に近づいたのだと、コリンは思った。
詳細はよく理解出来ていないが、平定隊として向かった予定より手前で大規模な衝突があり、その最中に捕らえられた。
中世に建造された城は老朽化して放棄されたものであり、簡易の牢として緊急に使われただけの話で、監獄としての機能は満たしていない。
だからこその危険に満ちていた。
地殻変動で満潮になると膝まで海水が上がってくる。
数名が捕らえられたが、殆どが寒さに凍え、不安に精神を蝕まれ、命を落とした。
だが、コリンはそれでも、正気を保っていたのだ。
いっそ狂気に堕ちる方が楽であったろうに、死の誘惑に負けそうになるのに、その度に、誰かに激しく揺り動かされるのだ。
きっと天使とか、亡くなったかもしれない母や姉なのか、もしやわずかな期間幸せを分かち合った恋人かと思ったりもした。
それから間もなく、突然にコリンは助け出された。
「ファーガソン様!お待たせ致しました。まあ、ひどい有様!雪様が不幸を呼ぶ未亡人なのは本当なのかも」
騒々しく現れたのは蜂鳥だった。
リゾートのような格好をして、半死半生の自分を見下ろしていた。
「・・・天使が二人来てね。何度も励まされたよ」
「きっとそれ、雪様に取り憑いている嫉妬深い二匹の悪魔でしょう。でも、まあ、悪魔は、私共の兄弟子ではなく、あなたを選んだようです。さあ、早く参りましょう」
遠くの方から自分を呼ぶ同胞達の声がした。
苛々したように蜂鳥が舌打ちした。
「・・・ああもう、鈍臭い!・・・あいつら、本当に反政府遊撃隊なんですか。泳げもしないのよ!?・・・担架持ってきてよ!・・・は?無い?いいわよ、じゃあ私が担ぐから!」
女家令が怒鳴りつけた。
かつての闘志達も形無しだ。
「・・・なにぶん、どっちかと言ったら学者肌の人間も多いし・・・内陸とか山岳地帯の出身者が多くてね・・・あの、大目に見てやって・・・」
何のことかよく頭がまわらなかったが、とりあえず謝った。
コリン・ゼイビア・ファーガソンは、囚われて数ヶ月後に、かつての同胞達と、彼らを探し出した家令によって解放された。
11番にお乗りください。
指示はそれだけ。
国境近くの駅舎にコンテナがあった。
11という表示と、何か花を模したデザインの印が押されていた。
駅員に、駒鳥が同じデザインの漆塗りに金印の札を見せた。
彼は頷くと、コンテナを開けた。
駒鳥は駅員にいくらか握らせて礼を言った。
「ファーガソン様、どうぞ。ご快適な旅でございますように」
何の冗談かと苦笑したが、コリンは中を覗いて驚いた。
大きなソファやテーブル、軽食の類まで用意された、まるで小さな客室。
「貴方は確かに我々の仇。けど、雪様の未来だとしたら、何をどうしてもあの方の元に送り届けてみせます」
家令は、宮廷の備品。
だから、いかに総家令であろうが、死んでも人に数えられない。
かつての兄弟子と姉弟子の死が、損壊として書類に記されたように。
華々しくともやはり陰がある仄暗い家令の人生にとって、自分達に残雪が与えたものは大きいのだ。
彼女に救われたのは花鶏だけではない。
女家令から産まれた、産まれながらの家令の子に、甘やかな子供時代などと言うものは無い。
女家令は義務で子供を産み、報酬を得る。
そして乳母に預けられて宮廷で育つのだ。
母とも呼ばず、父とも呼ばず、兄弟姉妹の関係となる。
寂しさが無いなんてなんで言えよう。
他の女家令同様に、サバけた蜂鳥じゃあるまいし、こっちは常識人で繊細なのだ。
宮廷で生き、今後どのような策謀や、誰かのつまらない感情の行き違いに巻き込まれ、少しでも愚かな手を打てば死も免れない。
年端もいかぬ頃から、出し抜け、必要ならば突き落としてやれ、と教え込まれて育つ家令の子がふわりと連れ出された陽だまり。
あの離宮での日々を知る我々には忘れられない、あれは幸福。
コリンと駒鳥がコンテナに乗り込むと、駅員が重い蓋のような扉を閉めて、外錠をかけた。
何度か止まる度に、重い扉が開き、躊躇いがちに人が乗り込んできた。
それが、ほぼ知る顔であり、父のかつての盟友達であるのに、コリンは心から驚いた。
夕方遅く、普段は列車が停車しないはずの国境の近くの駅に人の影があった。
男達が二人、話し込んでいた。
こんな田舎の駅員に突然の仕事が舞い込んでいたのだ。
今晩中に停車する列車のコンテナの一つを重機で下ろせという命令だ。
「伯爵夫人の買い物だとさ」
「全く。我が国の貴い方は呑気なもんだ。あっちの国じゃまた元首が殺されたらしいのに」
たまにある内容の仕事ではあるが、今回は宮廷家令が絡んでいるらしい。
「文句ばかり言いやがって!」
カラスみたいに真っ黒の服の女が居丈高に言った。
「平和で豊かだから貴族が呑気してられんだよ。さもなきゃあいつらだってすぐ殺される。ま、呑気だからあんたら、こんないいこともあるじゃないの」
家令がチップにしては高額の金額を閃かせた。
「さすが宮廷家令様!」
現金なもので、彼等は意気揚々と遠くに光る列車の灯りを見つめた。
列車が時間をかけて停車した。
また誰かが乗り込むのだろうか。
コリンが不安気に家令を見た。
ご心配なくと言い、駒鳥が立ち上がると、乱暴に扉が開けられた。
突然、投光器並の光源を向けられて、全員が顔をしかめた。
相手からはこちらが良くわかるのだろう。
中の様子を確認し終わると、光が落とされた。
「彼方よりようこそいらっしゃいました、皆様。お招きお受け頂きまして、衷心より感謝を申し上げます」
慇懃な言い回しの言葉遣い。
冗談のように大きな宝石のついた指輪を輝かせた美貌の女家令が出迎えた。
数日ぶりにまともに外に出て見ると、空からは優しい雨が降っていた。
花々の開花を誘う雨だ。
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