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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》
46.逢魔
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いつもは食材剥き出しの鮭だの海老だの豚バラ肉の塊しか持って来ないコリンが、夜中近くに突然花束を持って来たのに蜂鳥は当然、怪訝な顔をした。
「・・・・ああ、ええと、夜分に大変な無礼を・・・。・・・どうか、そんな目で見ないでくれ・・・」
若い女性に、変人とか気持ち悪いとか思われるのが堪える年頃なのだとコリンは言った。
「いや、あの、実は明日から遠方に向かう事になってね。・・・雪に渡して・・・、ああ、いや、自分で渡す。そしたらすぐお暇いとまするよ。君の主人はどこにいる?」
蜂鳥が無言のまま、じっとコリンを見た。
「・・・もう休んでおられるか。・・・もしかして外出・・・?」
答えず蜂鳥が一歩、コリンに向かって足を踏み出し、邸内に招き入れた。
「・・・ファーガソン様、もし、私共の主人が囚われていたとしたらお助けくださいますか?」
何を言い出すのかとコリンは戸惑った。
「・・・囚われる、と言うのは・・・それは、こちらでの我々の待遇が不満という事だろうか。確かに、ご不自由はさせていると思う・・・。それは、勿論、善処すべきところは・・・」
違う、と蜂鳥が首を振った。
「家令と言うのは、宮城に関わる仕事に携わりますが、特に大切なもののうち、神事がございます。司祭のいる聖堂がありますのと、それからもうひとつ、私は、神殿の神官職なんです」
当然ではあるが、コリンはその実態は掴みかねる様子であった。
「軽く知っている程度の知識はあるが、当然、充分には理解していない。・・・しかし、知る事と、尊重する事は出来るつもりだ」
蜂鳥は、キッチンから小さなガラスのグラスを取って来て手に収めると、自分が身につけていた羽根のデザインのトパーズのブローチピンを外してアダムのジャケットの襟につけた。
「・・・どうぞ。こちらへ」
二階へ続く階段へと誘った。
二階は残雪の私室になっているらしい。
照明を絞ってあるが、柔らかなペールベルーの地に雛菊が描かれた壁紙が、残雪の趣味だと感じられた。
コリンは、夜間でもあり、何より女性の私室だと戸惑ったが、構わず蜂鳥はドアを開けた。
ゆっくりとした話し声が聞こえて視線を向けると、大きなソファで男が残雪の肩を抱いていた。
もう1人、女が残雪の膝に頭を乗せていた。
誰なのか。
どう見ても、親しい、かなり親しい関係。
しかし、こんな場に居合わせるとは。
蜂鳥は黙って、と唇に指を当てた。
2人が愛し気に抱き寄せるのは、残雪。
何かを囁いては、残雪の髪を指に絡めたり、唇を寄せる。
残雪は半分眠りに落ちかけているようで、心地良さ気に2人の囁きにうっすら頷いている。
2人の男女は全くこちらに気がつく様子もなく、残雪を交えて睦み合っていた。
その様子が幸せそうで、官能的で。
それを見つめる蜂鳥の目がどうにも切なかった。
蜂鳥はパーテーションの陰にコリンを誘導して、一度目を伏せてから、手に持っていた小さなグラスを床に落とした。
薄いガラスがパリンと割れる音がした瞬間、空気が変わり、2人の男女の姿は消えていた。
コリンは驚いて、声も出なかった。
蜂鳥はデスクの上の封蝋用のキャンドルに火をつけてからそっと残雪に近付いた。
「・・・雪様、申し訳ありません。私、壊れ物を作ってしまいました。片付けておきます。・・・ソファで寝てはお体に障ります。ベッドにどうぞ」
「・・・あらまあ、私、またソファで寝ていたの。何か割れたの?危ないから、私がやるわ」
「いいえ。ちょっとしたものですから。大丈夫ですよ」
「そう。手を切らないようにね。痛くなってはかわいそうだわ」
残雪はそう言うと、蜂鳥に促されて、ベッドへと向かった。
「おやすみなさいませ、雪様」
蜂鳥は、キャンドルの火を吹き消すと女家令の礼をして部屋を下がった。
手が冷えていた。
コリンは、信じられない思いで自分の手を眺めた。
冷えて強張り、わずかに震えていた。
「・・・・どうぞ」
蜂鳥はブランデーが入った小さなグラスを手渡した。
一気に流し込むと、体に熱が広がった。
ほっと安堵し、じわじわと感覚が戻っていくのが分かった。
「・・・蜂鳥、あれは何?」
「あの方たちは、蛍石様と五位鷺お兄様。先帝とその総家令です」
蜂鳥が少し悲しそうに言った。
「・・・・それは、亡くなった方々だ・・・」
「はい。私の父が見届けました」
「父?」
「私共の両親は、蛍石様が幼い頃からお仕えしていた家令です。蛍石様と五位鷺お兄様を貴方方の国のテロリストが殺したとき、私の父がそばに居たんです」
「・・・幽霊とか、そういう類のものという事か・・・」
「はい」
美貌の女家令が美しく微笑み、断言した。
なぜ笑うのか。
「・・・こんなことが本当にあるのか・・・。あの、グラスを割ったのは?」
「あれはまあ、ちょっとした儀式、おまじないのようなものです。何か音を立てたり、火をつけたり。場の空気を変えるためのもの」
コリンには理解できない事を言う。
「・・・私は愛しい方たちの逢瀬を邪魔した事になりますね」
悲しそうに言う。
前総家令と残雪はわかるが、あの先の女皇帝はどうなのだ。
女皇帝は、総家令と愛人関係だったと聞いていたのに。
残雪は、女皇帝によるほぼ嫌がらせのような人事で乳母をさせられたのだと言う者もいた。
しかし、実際の関係は良好であったと残雪から聞いていたけれど。
「雪様は、五位鷺お兄様の奥様でもいらしたけど、蛍石様の恋人でもいらした。・・・あの方達はそれで幸せ」
コリンは動揺を越えて絶句した。
確かに、先ほどの場面は、蜂鳥が言うように、逢瀬と言うに相応しい甘く幸福な様子であった。
では、蜂鳥は、なぜ自分にそれを見せたのだろう。
親の代から仕えた皇帝の恋人を、兄弟子の妻だった女を、奪うなと言いたいのか。
蜂鳥は首を振った。
「いえ。もし、この事を踏まえた上で雪様をお望みになるなら、どうかあの方をお助けくださいませ。佐保姫残雪様は、いろいろなものに囚われておいでですから。これは、あなたに、そのご覚悟がおありにあればの話です。・・・でも無いなら。今ここで、ご覚悟お決めくださいませ」
蜂鳥が優雅に頭を下げた。
「・・・・ああ、ええと、夜分に大変な無礼を・・・。・・・どうか、そんな目で見ないでくれ・・・」
若い女性に、変人とか気持ち悪いとか思われるのが堪える年頃なのだとコリンは言った。
「いや、あの、実は明日から遠方に向かう事になってね。・・・雪に渡して・・・、ああ、いや、自分で渡す。そしたらすぐお暇いとまするよ。君の主人はどこにいる?」
蜂鳥が無言のまま、じっとコリンを見た。
「・・・もう休んでおられるか。・・・もしかして外出・・・?」
答えず蜂鳥が一歩、コリンに向かって足を踏み出し、邸内に招き入れた。
「・・・ファーガソン様、もし、私共の主人が囚われていたとしたらお助けくださいますか?」
何を言い出すのかとコリンは戸惑った。
「・・・囚われる、と言うのは・・・それは、こちらでの我々の待遇が不満という事だろうか。確かに、ご不自由はさせていると思う・・・。それは、勿論、善処すべきところは・・・」
違う、と蜂鳥が首を振った。
「家令と言うのは、宮城に関わる仕事に携わりますが、特に大切なもののうち、神事がございます。司祭のいる聖堂がありますのと、それからもうひとつ、私は、神殿の神官職なんです」
当然ではあるが、コリンはその実態は掴みかねる様子であった。
「軽く知っている程度の知識はあるが、当然、充分には理解していない。・・・しかし、知る事と、尊重する事は出来るつもりだ」
蜂鳥は、キッチンから小さなガラスのグラスを取って来て手に収めると、自分が身につけていた羽根のデザインのトパーズのブローチピンを外してアダムのジャケットの襟につけた。
「・・・どうぞ。こちらへ」
二階へ続く階段へと誘った。
二階は残雪の私室になっているらしい。
照明を絞ってあるが、柔らかなペールベルーの地に雛菊が描かれた壁紙が、残雪の趣味だと感じられた。
コリンは、夜間でもあり、何より女性の私室だと戸惑ったが、構わず蜂鳥はドアを開けた。
ゆっくりとした話し声が聞こえて視線を向けると、大きなソファで男が残雪の肩を抱いていた。
もう1人、女が残雪の膝に頭を乗せていた。
誰なのか。
どう見ても、親しい、かなり親しい関係。
しかし、こんな場に居合わせるとは。
蜂鳥は黙って、と唇に指を当てた。
2人が愛し気に抱き寄せるのは、残雪。
何かを囁いては、残雪の髪を指に絡めたり、唇を寄せる。
残雪は半分眠りに落ちかけているようで、心地良さ気に2人の囁きにうっすら頷いている。
2人の男女は全くこちらに気がつく様子もなく、残雪を交えて睦み合っていた。
その様子が幸せそうで、官能的で。
それを見つめる蜂鳥の目がどうにも切なかった。
蜂鳥はパーテーションの陰にコリンを誘導して、一度目を伏せてから、手に持っていた小さなグラスを床に落とした。
薄いガラスがパリンと割れる音がした瞬間、空気が変わり、2人の男女の姿は消えていた。
コリンは驚いて、声も出なかった。
蜂鳥はデスクの上の封蝋用のキャンドルに火をつけてからそっと残雪に近付いた。
「・・・雪様、申し訳ありません。私、壊れ物を作ってしまいました。片付けておきます。・・・ソファで寝てはお体に障ります。ベッドにどうぞ」
「・・・あらまあ、私、またソファで寝ていたの。何か割れたの?危ないから、私がやるわ」
「いいえ。ちょっとしたものですから。大丈夫ですよ」
「そう。手を切らないようにね。痛くなってはかわいそうだわ」
残雪はそう言うと、蜂鳥に促されて、ベッドへと向かった。
「おやすみなさいませ、雪様」
蜂鳥は、キャンドルの火を吹き消すと女家令の礼をして部屋を下がった。
手が冷えていた。
コリンは、信じられない思いで自分の手を眺めた。
冷えて強張り、わずかに震えていた。
「・・・・どうぞ」
蜂鳥はブランデーが入った小さなグラスを手渡した。
一気に流し込むと、体に熱が広がった。
ほっと安堵し、じわじわと感覚が戻っていくのが分かった。
「・・・蜂鳥、あれは何?」
「あの方たちは、蛍石様と五位鷺お兄様。先帝とその総家令です」
蜂鳥が少し悲しそうに言った。
「・・・・それは、亡くなった方々だ・・・」
「はい。私の父が見届けました」
「父?」
「私共の両親は、蛍石様が幼い頃からお仕えしていた家令です。蛍石様と五位鷺お兄様を貴方方の国のテロリストが殺したとき、私の父がそばに居たんです」
「・・・幽霊とか、そういう類のものという事か・・・」
「はい」
美貌の女家令が美しく微笑み、断言した。
なぜ笑うのか。
「・・・こんなことが本当にあるのか・・・。あの、グラスを割ったのは?」
「あれはまあ、ちょっとした儀式、おまじないのようなものです。何か音を立てたり、火をつけたり。場の空気を変えるためのもの」
コリンには理解できない事を言う。
「・・・私は愛しい方たちの逢瀬を邪魔した事になりますね」
悲しそうに言う。
前総家令と残雪はわかるが、あの先の女皇帝はどうなのだ。
女皇帝は、総家令と愛人関係だったと聞いていたのに。
残雪は、女皇帝によるほぼ嫌がらせのような人事で乳母をさせられたのだと言う者もいた。
しかし、実際の関係は良好であったと残雪から聞いていたけれど。
「雪様は、五位鷺お兄様の奥様でもいらしたけど、蛍石様の恋人でもいらした。・・・あの方達はそれで幸せ」
コリンは動揺を越えて絶句した。
確かに、先ほどの場面は、蜂鳥が言うように、逢瀬と言うに相応しい甘く幸福な様子であった。
では、蜂鳥は、なぜ自分にそれを見せたのだろう。
親の代から仕えた皇帝の恋人を、兄弟子の妻だった女を、奪うなと言いたいのか。
蜂鳥は首を振った。
「いえ。もし、この事を踏まえた上で雪様をお望みになるなら、どうかあの方をお助けくださいませ。佐保姫残雪様は、いろいろなものに囚われておいでですから。これは、あなたに、そのご覚悟がおありにあればの話です。・・・でも無いなら。今ここで、ご覚悟お決めくださいませ」
蜂鳥が優雅に頭を下げた。
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