高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳

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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》

39.アザレアの手紙

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 コリンは元首夫妻を前にソファに座らせられていた。
定例のごく小規模な会議ミーティングの後に、お前は居残りだと言われたのだ。
居残り説教される程の過失も思い当たら無いのだが、いつも鷹揚おうようなアダムには珍しく少し困惑したような様子で、妻であるケイティに至っては悪さをした生徒を叱る女教師よろしく腕組みして自分を見下ろしている。
「あなた!?随分噂になってるわよ?」
「・・・はい?」
「女性に、人前で、しかも夜間の屋外で服を脱げと言うなんてどういうつもり?」
耳を疑うような鬼畜の所業。
コリンは何の言いがかりだと驚いて元首夫人を見た。
「いいか、ファーギー、そういうのはいけない。手順があるし、それじゃうまくいかない。まずもって、毎分ごとに機嫌をとれ」
アダムが先輩風を吹かせてアドバイスをした。
クリスマスパーティーの夜のことかとコリンは思い当たった。
「違う!誤解ですよ。貴方がたのせいですよ。・・・あの服!あれはどうやらものすごく苦しいものらしいんです。半日以上食事も出来ず、座ることすら難しく直立不動でいなければならないんです」
今度は夫妻が驚いて目を丸くした。
「・・・あれはそんな恐ろしいものだったのか。まるで呪いの鎧だな。それは申し訳ない事をしたな」
「だからダンスも断っていたのね。皆さん、とても残念がっていたのよ。私のところに雪とのダンスの予約票が来ていたんだから」
それは初耳だとコリンは面白くなく思った。
残雪ざんせつが聞いたら、それこそ地獄の訓練か拷問だと言いそうだ。
「コリン、あちらの領事館菜の花色の家に行く時はちゃんと手土産プレゼントを持って行ってるんでしょうね?貴方、先週お使いに行ったけれど、何を持参したの?」
「鮭とロブスターを一匹づつ」
「なんで魚と海老?!・・・女性のお宅よ?普通、お花やワインでしょう!?」
「そうだぞ。熊が熊の友達のところに手土産持って行ってるみたいじゃないか」
「いや、あの人達、食い物持って行くのが一番喜ぶから・・・」
特に名物とか名産品が一番受けがいい。
全くもう、とケイティが夫を見た。
「・・・アダムだって、女性のところには、お花とワインとチョコレートくらいは持って行くのでしょうに」
自分に飛び火したのに勘弁してくれとアダムがため息をついた。
夫妻が言わんとするところはわかるのではあるがとコリンはため息をついた。
「・・・白状すると。正直、さっぱり距離が縮まらないんだ・・・・」
やっぱりまだ詰めるほど距離があるのか、とアダムは呆れた。
コリンの父や兄とも親交のある程の長い付き合いだ。
コリンが残雪ざんせつに心奪われているのは分かっているけれど。
距離と言われれば、そう。
その距離はなかなか縮まらないはずだ。
その距離の間に、高く厚い壁も、深い溝もあるのだから。
一瞬黙ってから夫妻が顔を見合わせて、ケイティが口を開いた。
「・・・コリン、これは、雪がこちらに来る前に手紙で個人的に知らせて来た事なの。彼女が公表はしないほうがお互いの為にいいと言ってね。だから、我々もそういう事にしていたの」
ケイティが、残雪ざんせつが到着する直前に夫妻宛に届いた手紙を思い出しながら言った。
無地ではなく、可愛らしい躑躅アザレアの花が描かれた封筒と便箋に、私的なものであるのがうかがわれた。
「・・・雪、お嬢さんがひとりいらっしゃると話していたでしょ?」
「こちらに来る前に急いで家督を譲って、母上と叔母上が補佐をされているとか聞きました。でも提出された書類に彼女の婚姻記録は無かった。つまり未婚で子供をもうけたことになるはず」
その辺の事情はやはり聞きづらい。
そうね、とケイティが頷いた。
「・・・家令と言うのはね、戸籍とか出生証明書のようなものが無いのですって。だから、生きても死んでもいない扱いになるわね」
「我々は、前の女皇帝が暗殺された時に、死傷者の数がこちらの数とあちらの公表の数が違うのは混乱期でもあったからとそれほど気にしていなかった。・・・家令に限って言えばそれは人員の数ではなく、物損という扱いになるからしいんだ。となれば、生死もだけれど、結婚とか、そう言う書類も存在しない事になるらしいんだな」
物損?
人間の数には入らない、と言うのか。
なんて非人間的な。
では、あの姉弟もまたそう言う不安定な身の上という事では無いか。
義憤というより悲しみを覚えてコリンは押し黙った。
「・・・その一行の中に、雪の夫にあたる人物がいたと言う事ですか。では、家令?」
「そう。残雪ざんせつのご夫君はね、女皇帝陛下の総家令だった方だそうよ」
コリンは驚いて無言のまま夫妻の顔を見返した。

 

 残雪ざんせつ蓮角れんかくからの手紙を読んでいた。
几帳面だが、案外可愛らしい字を書く女家令を思い、笑みこぼれた。
以前、残雪ざんせつに貰った躑蠋アザレアのレターセットがこうしてやっと使えて嬉しい事、ワインが実に美味しかった事、尾白鷲おじろわしにも届けたらとても喜んでいた事、宮廷では橄欖かんらんの手前、表立ってはいないがワインが人々の話題にはなっている事が、書き綴られていた。
それから、橄欖かんらん帝が妊娠継続ならなかった事も。
腹の子の父親である二妃が廃妃になった事。
それは家令の姉弟から聞いてはいたが、悲しく痛ましい事だと思った。
残雪ざんせつが驚いた声を上げた。
「・・・十一じゅういちが離婚したって。なんだか、気まずい・・・その経緯も書いてある・・・」
家令の姉弟が色めき立った。
「本当ですか?!」
「思ったより早かったなあ。一年チョイくらいかな?」
ほら!と残雪ざんせつ蓮角れんかくの手紙を見せた。
「本当だ。・・・へぇ、蓮角れんかく姉上って手紙だとこういう丸っこい字を書くんだ。意外」
「いつも気取った字書いて書類を寄越すのにね。・・・二面性を感じるわ」
姉弟はなかなか容赦がない。
蓮角れんかくは二人の母親ではあるが、手紙など貰った事も無いから私的な文字は今まで見た事も無かった。
「結婚してたのも知らなかったけど・・・。・・・まあ、私ったら。胡蝶蘭も贈らずに」
「は?」
「お祝いは胡蝶蘭、お見舞いはカトレア、お悔やみは菊でしょ?」
「え?そうなんですか?じゃ、この場合、残念でしたねって菊ですか?」
「え?遅れてごめんってまずカトレアじゃない?」
「・・・菊はお悔みだってば。どっちにしろ、もう気まずくて何も贈れないわよ。私に教えちゃダメだったの?言ってくれたらちゃんとお祝い送れたのに」
「まあ、貴族同士の結婚ですからね。我々が口を挟む隙間なんかないです」
「そもそも、十一じゅういちお兄様が、グイグイ来る橄欖かんらん様と、昔、鶺鴒せきれいお姉様がお決めになった日雀ひがらお姉様との縁談をなんとか断る口実に決めた消去法でしょうから」
「他にも、十一じゅういち兄上とどうにかなりたい女なんていっぱいいますしね」
蜂鳥はちどり駒鳥こまどりが辛辣にも楽し気にも言うのを、残雪ざんせつは感心して聞いていた。
「・・・まぁ、十一じゅういちって、モテるのねぇ」
しかし、決定打になったのが、数年前に共に嵐の夜を越えたあの黒毛の馬とは。
もとは残雪ざんせつが兄弟子に譲った馬だと聞いて、蜂鳥はちどり駒鳥こまどりは驚いた。
「・・・でも、知らなかったわ。あの子、軍で立派に働いていると聞いていたから」
「立派に働いてましたよ。サラブレッドなのが信じられないくらい、ばんえい競馬並みの働きをしてましたから。あの馬、古代なら戦車チャリオットだってひいてましたよ。数年前に十一じゅういち兄上が引き取ったんです」
十一じゅういちに代わって前線に出向した八角鷲はちくまが手を焼いていたのを見かねて、十一じゅういちが引き取った。
「勝手に生き物を処分するなんて、嫌がらせにしてもたちが悪いわよね。貴族の女ってだから嫌」
「・・・あなた、だからそれは・・・。・・・嫌がらせなんかじゃなく、夫の愛を確認したかったのよ。変な言い方だけど、勿論、その後の、愛しているからのゆるしも含めてね」
「なんでそんな事を?結局、分かったのは、自分が愚かなのと、夫がサッパリ自分を愛していない事だけなのに」
ああもう、若さって残酷、と残雪ざんせつが呟いた。
「・・・そんな事しなきゃならないくらいに、彼女は夫を愛していたと言う事よねぇ。やった事はいただけないけど、健気と言えば健気よね」
「明らかに余計嫌われるのがわかっていてもですか?」
残雪ざんせつが、そうですよ、と頷いた。
「・・・ふうん、須塔紗和すとうさわ姫、チャンピオンベルト返上で無差別級のリングを降りた訳ですか。・・・さあ、雪様!そしたら本格的に始まりますよ!?」
蜂鳥はちどりが鼻息荒くクッションに重いパンチを入れた。
「・・・何が?」
「女皇帝と、日雀ひがら姉上のキャットファイトです!」
家令の姉弟が心からワクワクした様子なのに、これでは宮廷は大変だろうなあと残雪ざんせつは思った。
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