高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳

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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》

37.星月夜

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 残雪ざんせつは、赴任してから二年目の冬を迎えていた。
元首夫妻が主催する夜会の招待状と準備品を持参したと、コリンが菜の花色の家と呼ばれ始めた領事館を訪れた。
彼は、元首夫妻や公邸の人々の名代で度々この邸宅を訪れるようになっており、家令の姉弟からは、お使いパシリが出来て一人前だと変に励まされていた。
いつものように午後のお茶から始まり、そのまま夕食となり、食後の果物や焼き菓子を摘んでいた頃。
残雪ざんせつが準備品とは何なのだろう、開けて見てみたいと言い出し、蜂鳥はちどりが美しく包装されてリボンをかけられた箱を開けた。
一瞬、姉が変な顔をしたのに弟も覗き込み、入っていたカードを読んだ。
「・・・当日は、こちらをお召しの上、公邸に来られたし、との事です・・・」
「えぇ?今年はイブニングドレスの指定があるの?出してみて」
ちょっと面倒ねえ、という顔をした残雪ざんせつに、コリンも首を傾げた。
そんな事、聞いた事はない。
蜂鳥はちどりが取り出したものは、真っ青な地に、蘭、竹、梅、菊の大柄の四君子の着物と、銀地の帯。
どうも、元首夫妻が盛装であると気を利かせて用意したらしい。
この地で一式探し出すのは大変だった事だろう。
だが、しかし。
「・・・こんな派手な大振袖・・・。私、二十歳はたちでも演歌歌手でも無いのよ・・・。しかも、帯が銀鮭みたいにギンピカだわ・・・・」
残雪ざんせつは唖然とした。
「仮装大会じゃないですか・・・?」
「きっとお似合いですよ、雪様。ほら、ステキぃ・・・」
蜂鳥はちどり駒鳥こまどりも吹き出している。
「じゃあ、っちゃんも一緒に振袖着て!赤とかピンクの。若いからこその振袖よ。こまちゃんも白の紋付袴でも着れば?!」
「え。嫌ですぅ」
「民謡歌手トリオじゃあるまいし。バカみたいじゃないですか」
残雪ざんせつが、じゃあ何で私だけ、と絶句した。
「ああ・・・。これ公式な招待状だし、カードにもちゃんと夫妻名でサインもしてある・・・。断ったら角が立つ・・・」
なぜこんなに騒いでいるのかわからないコリンは、そういう事なのでどうぞよろしくと微笑んだ。

 この年で、振袖だけでも顰蹙ひんしゅくだろうに、功労賞受賞者としてステージの上に上げられて、大勢に見られながら礼状と記念品を受け取るという名誉という恥を晒したと残雪ざんせつは顔を赤くしていた。
その様子に特使は感激していたのだなと誰もが思ったようだが。
ダンスの誘いを何度も断って立ったまま談笑をしていた残雪ざんせつにコリンが近づいた。
異国の美しい装いと所作と奥ゆかしさに様式美を感じた人々が羨望の眼差しで高貴なる人質を眺めていた。
コリンは、小さな星の形の氷が沢山入ったリンゴの香りのカクテルを手渡し、少し疲れた様子の残雪ざんせつをバルコニーに促した。
数人の少人数のグループや、カップルの先客に挨拶をしながら、二人は暖を取る為の焚き火に近付いた。
空高く月の輝く星降る夜。
月明かりに陰る事なく、冴えた冬の星座がきらめいていた。
階下の庭園にもあちこちに焚き火がおこされて、置き花火もそこかしこで火をつけられていた。
クリスマスパーティー兼授賞式兼ちょっと浮かれた事が許される宴なのだろう。
どこもこの時期は忘年会なのだろうと残雪ざんせつは可笑しくなった。
きんと冷えた空気が、のぼせたような頬と気分を少し沈めてくれた。
コリンは寒く無いかと聞いたが、残雪ざんせつはこの衣服は結構暖かいのだと答えた。
「・・・何度も申し上げておりますけれどね。このタイプはね、未婚の若い女の子のものなんです。私、これ国に知られたらね、いい年こいて何やってんだって言われるんですよ?」
「・・・新聞社も報道も来てましたよ」
コリンに言われて、残雪ざんせつは、ああ、もうだめだと顔を覆った。
「宮廷はもちろん、両親も叔母も大笑いでしょうね・・・。多感な年頃の娘はきっと引いてます・・・」
蜂鳥はちどりはイブニングドレス、駒鳥こまどりはタキシードで決めに決めた装いで、会場の人々に愛想を振りまいている。
「・・・・私だけ、のど自慢大会にでも来たみたい・・・」
人々は、残雪ざんせつの装いをなんて素敵と口々に褒めそやすが、その度に、「すみません、身の程を弁わきまえず」と言いたい気分。
コリンとしては、文化や習慣というものなので致し方無いのだろうが、誰もわからないじゃ無いか、何よりとても美しいと思う。
「・・・私は、何が何だかサッパリですが。とてもお似合いだと思いますよ」
本気でそう思う。
どうやったら伝わるかと悩む程。
「・・・あなたも、周りの人もわからないのが救いね」
やっと笑った残雪ざんせつに、コリンはほっとした。
「何だか、大層なものまで頂いちゃって。ケイティの畑のぶどうなんだけどね」
「それがダメになりそうなのを救って、更に商品にして受賞させて販路まで提供してくれたんですよ。どれだけの貢献か。アダムもケイティも大喜びでしょう」
希望の星という名前のついたワインは今や飛ぶように売れて、驚くべき程の外貨を稼ぎ出している。
「これで私がちょっと評価されて、フィンも私も帰国出来る事につながればいいんだけど・・・」
自分が二年たつように、フィンだって二年たつのだ。
あのくらいの少年の年齢の二年の大きさを思えば、焦りもあるのだが。
今だ、一体いつになったら帰国できるのか見通しも立たない。
安心材料とすれば、宮廷においてフィンは今や人気者らしいのだ。
家令達が心を配ったのだろうとも思うが、まず何より彼の努力と才能の為せる技だろう。
花鶏あとりとはとても親しくなったようで、親友のようにしているそうだ。
花鶏あとり発という建前で、フィンの書いた手紙が、駒鳥こまどり蜂鳥はちどりを介して、彼の両親に度々届けられるようになった。
元首夫妻は安堵し、ケイティは手紙を読んでそっと涙を流した。
「更に良かった事と言えば、アダムが恋人達と関係を切りましてね。これだけの貢献をしている妻がいるのにさすがに不実だろうという事でですね。・・・まあ、またそのうち浮気の虫が騒ぎ出すかもしれませんけどね」
コリンは仕方ないとため息をついた。
「アダムは、御祓いでも行った方がいいかもしれませんね」
「何ですか?」
残雪ざんせつが笑った。
「浮気封じとか、縁切りとかのお願いを聞いてくれる神様がいるんですよ。良縁をくださる神様もいますしね」
「ああ、そりゃあピッタリだ。アダムが浮気しようと思う度に階段から落ちる呪いを掛けてくれる神様とかいませんか?」
残雪ざんせつが吹き出した。
「ケイティも同じ事を言っていたわ。ケイティはもっと強烈。空からアダムの上に飛行機でも落っこってくればいいのにって」
二人は笑い合った。
視線を動かせば、室内の舞踏会ボウルではドレスアップした蜂鳥はちどり駒鳥こまどりが、誘われるままにダンスに興じていた。
家令というのは舞台映えする華やかさがある。
国を離れての緊張が続く任務の日々の中、今日ばかりは楽しんでくれるなら嬉しい事だと残雪ざんせつは思った。
「・・・二人ともさっきから、おいしいもの食べてて・・・いいなあ」
ダンスや会話の合間に、立食パーティーのご馳走様を次から次に平らげている様子を恨めしそうに見る。
グラスの氷を舐めて、チョコレートの端っこをかじっている自分とは大違い。
「ああ、気がつきませんで。飲み物だけで失礼しました。何かお持ちしましょうか。お好きなものはありましたか」
「端から端まで、全部美味しそう。全部食べたい。・・・でもね、これを着ている時は食べれないのよ」
コリンがまた不思議そうな顔をした。
また何かそういう呪いとか何かあるのか。
「・・・違うの。苦しくて。この服、ぎゅうぎゅうにきつくして着るものなの。この格好で平気で歌を歌う歌手もいるけど、私はすこぶる苦手なのよ。食べれないし、トイレにもなかなか行けないの。・・・私、用意からかれこれ17時間経ってるんだけど、起きてから、水と飴と氷とチョコ3つしか食べてないの。だから椅子にも座れないし、ダンスなんて冗談じゃないのよ」
脱水と低血糖を防ぐ為にこうして甘いものと氷を摂取している、息苦しいのと空腹で死にそう、足はむくんでパンパンだし、このままじゃ骨折するかもしれないと呟いた残雪ざんせつにコリンは驚いて目を見開いた。
「そんなに恐ろしい服なのか?!早死にしたいのか?!そんなものすぐに脱いだ方がいい!」
まさに呪術と言わんばかりのコリンの動揺と剣幕に、残雪ざんせつが笑った。
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